メモリーループ番外編 第一章 のほほんお茶会
「そうですか……そんな事が」
凪国国王の執務室の主は、部下からの報告に小さく言葉を漏らした。
「それで、朱詩と茨戯が紫蘭に説明した内容についてですが」
「それについてはそのままで良いでしょう。ただし、貴方方も危惧したように、襲撃者が捕まったという事で紫蘭は国に戻る事を考える筈です。あれは責任感が強いですからね。いくら夫が馬鹿でも、見捨てられないんですよ」
それが結局は紫蘭を追い詰めたと、凪国国王ーー萩波は心の中で溜め息をつく。
「紫蘭が浩国にーーそれを聞けば、あの紅葉辺りは狂喜乱舞しそうです」
「不吉な予想だな、それは」
「予想ですむものか馬鹿。今はレイオルと八雲も凪国王宮に来ているんだぞ?その配下達も。下手すれば本当に奪い取られるぞ」
「浩国側が受け取りを拒否して下されば万事オーケーなのですが」
「あのなぁ~~、浩国は炎水家様や他の水の列強十ヵ国が凪国での紫蘭預かりが決まってもなお諦めなかった国だぞ?しかも、今もずっと返せと言ってきている」
そこに集う、上層部の中でも纏め役に属する者達が揃って溜め息をつく。
「まあ……まず間違いなく、紫蘭は言いくるめられるでしょうね」
記憶が無い事を差し引いても、なりふり構わなくなった紅葉達が相手では太刀打ち出来ない。
「まあそこは陛下の話術で何とか」
「いっその事、『凪王陛下に身も心も捧げたので帰れません』とか言ってもらいますか?紫蘭に」
「浩国との戦端が開かれるっつぅのっ」
「というか、あの紫蘭が陛下に身も心も捧げる?」
「信憑性ないですね。むしろ奪われるの方が良いかも」
好き勝手な事を言う上層部に、萩波は笑顔を浮かべた。
「良いですね、それ。ただしその場合は貴方方の伴侶も後宮入りさせますが。ええ、どんな手段を使ってでもさせましょう、そして別の男に下げ渡しましょう」
すいませんでしたーー
悪のりした上層部が一斉に土下座した。
「まあとにかく、今は紫蘭の事ですね」
「浩国に返さない理由はどうしたら良いでしょうか?」
「今回の襲撃者は捕まった。けれど、今度は浩国の方で問題が起きているので、少しこの凪国でゆっくりしろーーと浩国が言っているとでも誤魔化しましょう」
「浩国国王陛下の親書の偽造ですね、お任せ下さい」
にっこりと微笑む上層部の一神に萩波は頷くと、ゆっくりと椅子から立ち上がって窓の方へと歩み寄る。
「今回は各国の要神達も来ています。何事も無く済めば良いのですが」
そんな萩波の不安は、後々嫌な方向で的中する事となる。
ーー凪国宰相、明睡。
元寵姫組の混乱を静めて王宮内にある自分の離宮に一度戻った所、彼は見たくもない光景を見てしまった。
「まあ明睡様、お帰りなさい」
そう微笑むのは、愛妻ーー涼雪。
この度ようやく妻に迎えた愛しい少女が柔らかく微笑む。
離宮の中庭にある四阿でお茶を飲む姿は、明睡からすれば絶景だった。
しかし、それは隣に居る神物によってあっという間に天国から地獄に叩き落とされた。
「なんでお前が此処に居る」
「なんでですかね~、まあ、敢えて言うなら紅藍姫が原因ですが」
そう言ったのは、海国上層部が一神ーー雲仙。
彼は手合わせを求めて、軍部の建物がある場所まで行った。
しかしそこに部下から紅藍姫が藍銅を突き飛ばして外に出てしまった事を聞かされ、すぐさまUターンする羽目となった。
荒ぶる乙女?は以外に行動的だったらしい。
迎賓館区域の出入りを司る門まで来ていた紅藍は、追い掛けてきた藍英、そして雲仙の説得にも応じなかった。
聞けば、まあ色々と理解が出来る紅藍が受けた仕打ち。
『俺のせいじゃない』
確かにそうだろう。
しかし、海国迎賓館に奇襲をかけた藍銅を狙っていた者達が、雲仙ですら目眩がするほど紅藍を扱き下ろさなければ。
迂闊だった。
いや、ある程度予想していたが、よくそこまで紅藍の女としての尊厳をけなせるものだ。
ひたすらに藍銅を『女』として褒めたたえ、紅藍をけなしまくった愚か者達。
怒り狂った紅藍が刺客達の半数を仕留めたというから凄い。
やはり荒ぶる乙女は恐ろしいという事だ。
そんな紅藍は、誰が説得しても怒りが収まらず、ほとほと困り果てていたところーー。
紅藍の報せが来るまで話をしていた軍部の高官が心配して雲仙を追いかけて来た。
そこで、話し合った結果。
「だからなんでそこで涼雪の所に来る選択をするんだっ」
凪国の癒やしーーと言われる涼雪ならば何とかなるだろうと言われ、ダメ元で縋ってみたところ、最初はプリプリとしていた紅藍も次第に心を開いていった。
いや、そもそも紅藍は『嵐』として凪国王宮で働いていた頃に、何度か涼雪と言葉を交わす機会があり、その時点で涼雪を信頼おける相手として認めていたらしい。
「本当に本当に酷かったのよっ」
「ええええ、本当になんて酷い方達なんでしょうね」
涼雪の胸に縋り付き泣きじゃくる紅藍。
その隣では、藍銅もとい藍英がふて腐れた様に茶器に口を付けていた。
「雲仙……」
「すいません。ですが、おかげで紅藍姫も落ち着いてきました」
「あ、宰相閣下お久しぶりです」
先程まで泣いていたくせに、今度はケロッとした笑顔で明睡に手を振る紅藍。
その変わり身の早さには溜め息が出るが、明睡が嫌悪する粘着質で性質の悪い嫌がらせを辞さない女性達とは違うカラッとした性格は彼にとっても好ましかった。
「……全く。というか、陛下に挨拶する前に凪国の高官夫神と一緒に居れば下手な事を勘ぐられないぞ?」
下手すれば、必要以上に海国と凪国が癒着していると思われかねない。
まあーーだからといって、凪国に下手な手出しを出来る国が今あるとは思わないが。
しかし用心にはこした事はないし、慢心してもならない。
そして炎水界に無用な争いを引き起こす事だけは避けなければ。
「確かにその通りです、宰相閣下。だから、他の国々にも同じ様な行動を起こしてもらう事にしました」
「……そういう問題か?」
がっくりと項垂れた明睡に、雲仙はニコニコと笑った。
ようは、一部分でやるから勘ぐられるのだ。
みんなでやれば、煩く言われる事は無い。
「今頃、各国がそれぞれに気になる国と談笑している頃ですねぇ」
「お前な……」
「でも喜んでましたよ?私的に仲の良い相手と会おうにも、別の国となれば機会は少ない。凪国はそういった者達にも配慮し、ここでは一定の礼儀とルールの下で、国の立場を関係なく会う事が出来る場所として提供して下さっていると」
「ただし、ありにも礼を欠き、迷惑をかける行為には厳罰を加えると」
「それは当然の事ですよ」
口の回る雲仙に明睡はもう一度溜め息をつくと、そのまま涼雪の隣へと腰を下ろした。
「明睡様、お茶をどうぞ」
「ああーーこれは涼雪が入れたのか?」
にこりと微笑む涼雪に、明睡はお茶を一口含む。
甘い香りと味が広がり、疲れが吹き飛んでいく。
「それにしても、海国はよく紅藍姫をこちらに出したな?」
「それだけ紅藍姫の能力を認められたという事です」
雲仙が流れる様にその問いに答えた。
「まあ、紅藍が行かなければ王妃様がこちらに来る事になっていたが」
「ふっ……それだけは避けたいと」
王妃様を行かせるぐらいなら、紅藍を行かせるとはーー流石はあの海王である。
「それと、まあ新婚旅行的なものを紅藍達に贈ったというものもありますが」
へ?と首を傾げる紅藍。
それとは裏腹に、溜め息をつく藍銅。
どうやら藍銅は薄々だが気づいていたらしい。
「藍英殿はその身の事情から、あの宮から出られませんからね。新婚旅行など夢のまた夢。ですから、今回は良い機会でしょう」
まあ、藍銅は女体変化しても狙われまくっていたが。
しかし後宮の住神からすれば、外を愛する女性と一緒に旅行するなど普通ではあり得ない。
それは夢とも言える、状況だった。
「なるほどーー」
「凪国には感謝しております、色々と」
特に差し向けてくれた影は、何度も藍銅の危機を救ってくれた。
「それにしても、涼雪様がお元気そうで本当に良かったです」
「それはこちらもですよ、紅藍姫。また、結婚おめでとうございます」
にこりと笑う涼雪の言葉に、紅藍は顔を真っ赤にした。
改めて言われると恥ずかしい。
その隣では、先程までふて腐れていた藍銅が機嫌良くお菓子をつまんでいた。
「お似合いのカップルだって言われてるぞ」
「いや、そこまで言ってないから」
藍銅、お前性格変わったな……と、藍銅の予言のせいで涼雪との仲が間違った方向に進んでしまった明睡は思った。
いや、神のせいにするのはいけない。
いくらその予言があったからといってーーいや、その予言があったからこそ明睡はそうならないように自分を律するべきだったのだ。
はっきり言って、神の事は言えない。
なんて愁傷な事を考えていた明睡の視界の片隅で、藍銅が紅藍に口づけている。
どうやら、お似合いと言われた事で先程酷く刺客から扱き下ろされた事を思い出した紅藍が再び機嫌を低下させた事に新たな魅力を感じて口づけてしまったらしい。
という内容を、藍銅が紅藍に語っている。
散々唇を貪った後に。
ああ、本当に変わったなーー
「おい、あれが後宮の四妃の一神で良いのか?」
「藍英様は他の妃様達と共に後宮を立派に統治して下さっています」
ある意味、後宮は王宮の中でも異質な存在であり、そこは一つの独自の社会が造り上げられている。
後宮内特有の社会、文化、世界。
後宮は王宮以上に身分や地位が物を言い、そこには一種の独特なヒエラルキーが存在する。
ただし、それは他の国の後宮も同様だが、海国はその後宮の成り立ちそのものが特殊であるからして、後宮を統括する四妃の地位はある意味上層部に匹敵する程だった。
いや、上層部が認めている以上、彼らもまた上層部と同等とされている。
大戦時代に共に戦っていなくとも、戦友。
それが四妃の誇りであり、高い矜持の源ともなっている。
「後宮の男妃達もまた、我が海王陛下の御代を支える大切な支えなのですよ」
「凪国での元寵姫組達と同じように、か」
自慢げに微笑む雲仙に、明睡は不敵に笑う。
「そういえば、泉国からは柚蔭妃様がいらしてるんですね」
ふと話題を変えた雲仙に、明睡も頷いた。
「ああ。あそこは王妹が本当は来る筈だったんだが……色々とあってな」
「王妹殿ですか」
海国と縁を切っても切れない、泉国国王の王妹。
彼女の件では、海国も色々と協力した過去がある。
そしてそのせいで、海国宰相は危うく、いや、完全に愛する女性に逃げられた過去があった。
まあ何とか捕獲して、今は落ち着いているが、あの時の宰相の嘆きは凄まじいものだった。
その時に駆り出され、宰相にぶちのめされた雲仙はぶるりと体を震わせる。
弟の『右』が助っ神に来てくれて事なきを得たが、そうでなければ確実にトドメをさされていた。
今でこそ笑えるが、当時はあの冷静な宰相の新たな一面に他の上層部達も絶句した程だった。
とはいえ、泉国王妹の件は放置すれば海国にも災いが来る事は確実だったし、何よりも王妃様にも関わる事である。
まあ事が終われば全てよし、とするしかない。
それに、泉国からはお礼として、色々と便宜を図ってもらっているし。
「柚蔭妃と話をしたのか?」
「いえ、ちょうど連れ戻されている所に通りかかりまして。むしろ俺が柚蔭妃様を見たと女官達が騒いで大事になりかけました」
「はっ……相変わらずだな」
「まあでもーー以前であれば問答無用で抹殺だった思いますから、殺害を自制した分良かったと言えますがね」
一際美しかった女官を思い出し、雲仙はくすりと笑う。
一瞬自分を見たその目に宿る殺意を綺麗に押し隠したが、雲仙は気づいていた。
あれは狩神の目だと。
狩神として、獲物を見る目つきのあれがただの女官などではない。
王妃の護衛として据えられたものだろう。
一度手合わせ願いたいーー
ただし、その場合は真剣な殺し合いとなるが。
「言っとくが、凪国王宮での私闘は認めないからな」
「分かっております」
闘う事は好きだが、それで周囲に迷惑をかけるつもりはない。
強い相手と、他に迷惑をかけない場所で全力を振るって闘いたい。
それが、雲仙の願いの一つだ。
それは雲仙が根っからの武神と言える所以の一つとも言える。
「それにしても、今宵の宴は楽しみですね」
「そうだなーーその時には藍英はどうするんだ?」
「もちろん参加しますが。紅藍の侍女として」
刺客の嵐にならなければ良いがーーと内心呟くも、それ以上に紅藍の機嫌が急降下する方が問題だ。
まあ、宴で機嫌を悪くして立ち去る様な真似はしないだろうが、迎賓館に戻ってから藍銅と乱闘するぐらいはきっとやってのけるに違いない。
と、これでは紅藍の沸点が低すぎると思われがちだが、そこに至るまでの経緯を考えれば紅藍はかなり我慢した方だ。
それに最初からこう怒っていたわけではない。
「俺が女でも切れるな」
「同感です」
雲仙が女でも、紅藍が受けた刺客達からの仕打ちを考えれば切れる、いや、心が折れる。
「まあーー雲仙も宴には参加するんだろう?」
「ええ。紅藍姫と藍英様の御身をお守りする為に」
正確には、刺客が紅藍を馬鹿にしまくるのを少しでも防ぐ為に。
「大変だな、お互い」
「そうですね」
まだ宴も始まっていないのに、どっと疲れた二神は同時に溜め息をついたのだった。
新しい部屋を与えるーーと言う朱詩の申し出を断り紫蘭が戻ってきたのは、最初に目覚めたあの部屋だった。
到底浩国王妃が滞在する部屋とは思えないが、紫蘭にとっては何故か一番ホッと出来る場所だった。
「紫蘭、本当に部屋を移らなくても良いのですか?」
傍に居てくれるのは明燐。
この凪国王宮の侍女長である。
本来であれば凪国王妃付きの侍女長が大国とはいえ、他国の王妃に付くなどあり得ない事だ。
しかし、状況が状況だからと明燐は譲らない。
更に紫蘭が明燐を説得する理由として、下女として隠されていた紫蘭に明燐が付く事でいらぬ疑いをかけられるという事をあげた。
ここでは紫蘭の素性を知らない者達は多い。
だからただの下女として生活していた紫蘭に王宮でも名高く目立つ明燐が傍に付けば当然周囲の目を惹き付けるし、紫蘭の素性に気づく者達も現れるかもしれない。
いくら襲撃者が居なくなったとはいえ、それは良からぬ考えを生み出す危険な事だと言い募るが、それでも明燐は退かなかった。
「しかし紅葉が傍に居ない今、あなたを一神にする事は出来ません。今までは紅葉が同じく凪国王宮で働く存在としてあなたをお守りしてきたのでそれで良かったのですが」
紅葉ーー。
そう、紅葉の姿が無い。
彼女は今、別の件で紫蘭の傍を離れていると言う。
「ですが、だからといってここまで明燐さんにご迷惑をおかけするわけには」
ようはさっさと紫蘭が浩国に戻ってしまえば良いのだ。
しかし、そう出来ない理由が紫蘭にはあった。
というか、夫からだと渡された親書に書かれていた内容は、紫蘭が浩国に戻る事を阻むものだった。
紫蘭は親書を改めて開き、溜め息を漏らした。
「この件さえなければ、すぐにも浩国に戻ったのですが」
浩国王都にて、ある貴族の派閥に不穏な動き有り。
縁者の娘を王の妃に据えるべく、大規模な違法行為を行っているとの事。
よって、一番のターゲットにされやすい王妃はしばし凪国に留まる事。
そんな旨が記載されていた。
こういう事態は今までもにも何度も引き起こされていたから、紫蘭はまさかそれが凪国側が造り上げた嘘だとはこれっぽっちも疑わなかった。
酷い時には、王に側室を持たせる為に地方で騒動を起こす馬鹿も居るぐらいだから。
しかも本神の女性にその気もないのに巻き添えにしたり、下手な時には後宮に入れる為の女性を集めるべく美女狩りをする馬鹿達も居た。
今回はこの美女狩りも同時に行われているとかで、紫蘭は強い目眩を覚えていた。
「紫蘭、こちらの事は大丈夫ですよ。持ちつ持たれつですからね」
「ですが……」
しかし紫蘭の申し訳なさを吹き飛ばすように、明燐がそっと親書を持つ彼女の手を握った。
「紫蘭、確かにあなたの気持ちは分かります。この国に迷惑をかけたくないというあなたの気持ちは。でも、ここで無理をして帰れば余計に浩国王宮に迷惑がかかるかもしれません。あなたという存在は、王に縁者の娘を捧げる者達からすれば邪魔者であり、切り札にもなり得るのですから」
「明燐さん……」
「浩国に戻れば、即座に魔手が伸ばされるでしょう。でも、ここに居ればその心配もありません。凪国王宮が紫蘭を守ります」
力強く、明燐は言う。
「ですから、どうかもうその事については悩まないで下さいな。それよりも心を和らげてこちらでの生活を楽しむべきです」
「……楽しむ?」
「そうですわ。浩国王妃ともなれば、殆ど王宮から出られない生活だと思われます」
明燐の言うとおりだった。
後宮に缶詰ではないものの、王宮から王都に出ることは滅多に無い。
だからこそ、フィーナや花央の嫁ぎ先にも行くことは出来なかった。
「でも今は凪国に居る。そう、いつもとは違う場所に居るのですよ」
「明燐さん……」
「いつもと違う場所に行くと気分転換になると言いますわ」
「それは確かにそうですが……でも、気分転換になると言っても、行ける所は限られますし」
他国に訪れている、しかも匿われている王妃が下手に出歩く事など出来ない。
そうーーましてや、浩国では出来ない事をする事も出来ない。
しかし、明燐はそんな紫蘭に首を横に振った。
「浩国と凪国は違いますわ」
「え?」
「一つはあなたが王妃だとは知らない者達が凪国王宮では殆どです。ですから、あなたが出歩いたところで咎める者は居ないでしょう」
それは王妃として常に神の目に晒されてきた紫蘭にとっては、強い衝撃をもたらすものだった。
「ようは浩国王宮で気軽に出歩けないのは、あなたが王妃だと皆が知っているから。そして知ってるからこそ、王妃に悪意を持つ者達はあなたを狙う」
「……」
「でも此処にはあなたを王妃だと知る者達はごく僅か。それも信頼おける者達ばかりです。ですから、浩国王宮に比べればマシです」
「マシ……」
「そうです、それこそ王宮内であれば自由に出歩けるほどに」
「明燐さん……」
それは紫蘭にとっては青天の霹靂だった。
しかしそこで気づく。
「で、でもこちらで襲撃者に襲われたって事は、私を王妃だと知る者達が居たという事ではないですか?」
「確かにその通りですが、その者達は凪国の民ではございません」
襲撃者は浩国の者だと告げられ、紫蘭はツキンと胸が痛んだ。
「その襲撃者達は、浩国からずっとあなたを始末する機会を窺いながら追い掛けてきたのです。そして、こちらで決行した」
それも王宮内に入られたら手が出せないから、王都手前の街でそれを決行したという。
丁度凪国王宮側からもその街まで迎えに神を出していたから、寸での所で助け出せた。
でなければ、確実に殺されていたと。
「そこまでご迷惑をかけたなら、余計に」
自由に出歩くなんてーーと言えば、明燐は楽しそうに笑う。
「いえ、むしろ自由に出歩いてもらう方が良いのですよ。だって、普通他国に滞在している王妃がそんな事をするなんて思わないでしょうから」
「……あ」
「実際に、あなたを下女としてからは襲撃者達はあなたの姿を見失いました。つまり王妃とは思えない行動をとって頂く方が紫蘭の身は安全だったのですよ」
「……確かに、そういう考え方もありますね」
「ええ。だから、大丈夫なんですよ」
王妃とはこうあるべきものーーという凝り固まった考え方の者達が出す刺客なら、王妃らしからぬ行動を取ることである程度回避出来るという。
主が主なら、部下も部下。
これが徹底的に教育された暗殺組織ならまだしも、そうでなければ主の考えた方に基本影響されるのだというーー部下の刺客達が。
「まあ王宮から出るのは控えて頂きたいですが、そうでなければ大丈夫です。ただ、浩国関係者には近づいてはいけません」
「え?」
それは紅葉に、と言う事か。
「紅葉もそうですが、今は新年を迎えるにあたって浩国からも使者達が来ています。彼らと不用意に接触する事で、あなたの素性を知られては元も子もありませんから」
「た、確かに……でも、紅葉達はそれを知ってますか?」
「ええもちろん。ただし、演技で知らないふりをする事もありますがね」
紅葉達も知っているなら、問題無いだろう。
紫蘭はそう判断した。