メモリーループ番外編 第一章 お前ら何しに来た
ガタンと音を立てて、馬車が止まる。
慌てて謝罪する御者を逆に気遣う言葉をかけた相手に、向かいに座る彼が溜め息をつく。
「普通逆だろ」
「良いじゃない、わざとじゃないんだから」
そう言って再び書物に視線を落とす彼女に、彼はなんだかムカムカした。
というか、国を出立してからずっと彼女はこんな調子だ。
王妃様から貰ったという推理物の小説を読みふけっている。
おかげで、全く構ってもらえない彼は、忠犬ならぬふて腐れ犬と化していた。
「おい」
「ん~」
「こっち見ろ」
「あ~と~で」
全二十巻シリーズの半分まで読み進めた彼女は、そう言って彼の言葉を流す。
もう――切れた。
「紅藍っ!」
「へ?きゃあぁぁぁっ!何してるのよっ」
「五月蠅い!ってか夫を放置するお前が悪いんだからなっ」
最初は我慢したが、その我慢も二月近くなればもはや限界。
そう――凪国への船旅の間も、馬車に乗っている間もずっとずっと我慢した。
むしろ我慢しまくった方だと言って良いだろう。
「ってどこ触ってるのよっ!馬鹿!今の自分の状態を見なさいよ!見られたら完全に誤解されるじゃないのぉぉっ!」
紅藍の言葉に一瞬躊躇するが、ようは見られなければ良いだけの事。
御者も心得ているので、途中で邪魔するような野暮な輩ではない。
そうして、彼――藍銅は紅藍に覆い被さる。
というか、自分達は夫婦ではないか。
正式な婚姻をした夫婦ではないか。
今更誰が二神の仲を裂くと言うのだろう、裂けると言うのだろう。
散々紅藍に酷い事をした。
紅藍が赦してくれた事こそ奇跡だ。
たぶん藍銅の運は、来世の分までしっかりと使い切ったに違いない。
凪国での一件も落着し、それからしばらくして夫婦となった藍銅と紅藍。
しかし、その後も順風満帆かというとそうでは無かった。
まあ――それは良い。
そのぐらいでは償えないほどに、藍銅は紅藍を苦しめたのだから。
だから藍銅が苦しめられるのも当然だ。
けれど、けれど――。
「推理小説に取られるのだけは我慢出来るかぁぁぁぁっ!」
「やめなさい馬鹿あぁぁぁぁっ!」
前より沸点低くなったんじゃないかこいつ――と、紅藍はもはや野獣と化した夫を突き飛ばした。
それで軽く飛ばされてくれている事から、まだ本気で来ているわけではない事を悟る。
本気で来られたら、いくら紅藍でも太刀打ち出来ない。
というか、本来の性別ではないのに力だけは男って何だ――。
「だから!普段ならまだしも、性別を変化させている状態でこんな事をしたら同性愛者って誤解されるでしょうがぁぁぁぁっ!」
紅藍の夫は藍銅と言う。
そんな彼は、海国王宮の官吏ーーではなく、後宮を統括する四妃の一神、淑妃の地位につく存在だった。
では女なのか?
いや、違う。
確かに普通は妃と言えば一般的に女を指すが、海国では違った。
海国後宮に居る妃達は、正妃を除けば全て女性と見紛う男の娘達。
それも絶世級の見た目は美女美少女。
そうなった理由は、別に後宮の主たる海王が男色家とかそういうのではない。
愚かな者達に狙われた男の娘達を保護し、なおかつそれ以降手を出させない為にあえて海王が男色家であると偽って後宮の妃とする事で保護しているのである。
ゆえに、海国の妃達は男妃と呼ばれている。
そんな見た目は女、性別と体は完全に男という後宮の妃達は、現在では三百名を超す。
本来であれば、後宮の主は正妃たる王妃だが、海国後宮では彼女が来る前から四妃という貴妃、淑妃、徳妃、賢妃の四名が実質後宮の権力者として君臨していた。
藍銅はそのうちの淑妃だから、すなわち後宮を統括する存在として、後宮に居るのが普通だった。
因みに、後宮での生活はというと普通なら王の訪れを待って着飾り、教養を深め思い思いに過ごし、夜は王を慰める為に侍るというものだろう。
しかし、男色家の「だ」の字もなく、ましてや双方に恋愛感情も性的な欲求も抱かない王と男妃達。
それもそうだ。
王が愛するのは女性である王妃ただ一神。
一方、男妃達も妃として男に居るが、既に相手がいる者は半数に及んでいた。
もちろん、藍銅のように妻持ちという者は少ないだろうが。
ただし、藍銅と紅藍の場合もその後宮の特殊性から婚姻は公にはされず、秘密裏の婚姻として公にする機会を窺っている状態である。
というのは、後宮に入り王の妃となったにも関わらず、男妃達に懸想し拉致監禁を企てその身を狙う者達は掃いて捨てるほど存在するからだ。
それも、後宮の一歩外を出たら刺客にぶち当たるほど。
排除しているが、恋に狂う、いや、欲望に狂った馬鹿達は始末に悪く、駆逐しても駆逐してもゴキブリの如く現れる。
そしてその身を略取しようと全力を尽くすのだ。
その情熱とやる気を別の方向に向けて欲しい。
しかも本神の意志を総無視での行動という時点で、もはや話し合いすらままならない。
いや、向こうは話し合いなど必要ない。
あるのは、果てしない肉欲だけ。
そんな彼らのせいで、男妃達は外に出られない。
本当は後宮で文武を極め生きる力を得て新しい神生を外で歩んで欲しかったのに。
しかし、それで諦める海国上層部でも男妃達でも無い。
いつかは外に出て普通に生きてやると心に誓い、彼らは戦い続ける。
そうーー今まで地獄ばかりの神生を生き抜いてきたのだ。
きっと、これからも頑張れる。
特に愛する者を得た者達は強かった。
彼女と幸せな家庭を築くのだと胸に誓い突き進む姿は、見る者の胸を強く打つ。
彼らだって好きで女顔に産まれたわけではないのだ。
たまたま産まれてしまっただけで、神生を狂わされた。
しかし、それももう終わり。
これからはより強く生き抜き、絶対に幸せを手に入れてやる。
そしてその第一神者として、妃の地位から退けず後宮住まいのままだが、紅藍と結婚した淑妃は。
もはや海国後宮の勇者、アイドル、救世主だったりする。
淑妃の存在は他の男妃達に勇気と希望を与えた。
まあ、そこに行くまでは涙涙しかなかったが。
しかしそれも自業自得。
これからもそのツケは支払わなければならない。
がーー。
「む、むぅぅっ?!」
紅藍の唇に口づけし、思う存分貪ってからにしよう。
そうして、王都の城門前に辿り着いた時には、紅藍はぐったりとした状態で上機嫌の藍銅に横抱きにされていたのだった。
窓がノックされ、護衛の武官が声をかけてくる。
「もう少しで城門に入ります」
丁度他国からの使者達も来ていたらしく、現在城門前は長蛇の列となっている。
その最後尾に付いた馬車は、ゆっくりゆっくりと進む。
武官に返事をしてまた窓を閉めた藍銅は、こちらを恨めしそうに見る紅藍を楽しげに見つめた。
「こ、こんの……馬鹿淑妃っ」
「藍銅だろ。ああ、今は藍英か」
藍英ーーそれは、藍銅の外での名前だ。
だが、ここで一つ疑問があるだろう。
というのは、先に説明したとおり後宮に居る男妃達は、彼らを狙う者達のせいで外に出られないという事だ。
出る事は出来るが、出たが最後襲いかかられまくるとなれば好き好んで出る者は居ない。
藍銅だって以前紅藍を追い掛けて出てしまって拉致られたぐらいなのだから。
しかしーーその危険性をおかしてでも、藍銅はここに居る。
そう……海国の使者として凪国の宴の参加を命じられた紅藍と数ヶ月も離ればなれになるなんてあり得ない、出来ない、無理。
というか断固拒否。
なのに王妃様はにっこり笑顔で「凪国にはお世話になったから」と言って送りだそうとした。
お世話になったというか、凪国に居たせいで事件に巻き込まれたのだと言えば、そこまで逃げなければならない原因を作ったのは誰だと逆に笑顔で指摘された。
そうなればもうグウの音も出ない。
しかし、しか~し!!
そこで退くのは淑妃の名が廃る。
いや、紅藍を愛する者として断固付いて行く事を譲らなかった。
そして考えに考えた末、上層部から出た答えは。
『ダメもとで良いから、女に変化してみろ』
と、ようは男の娘好きに襲われているのだから、肉体から女に変化してみてはどうかという事。
昔に比べて、現在では神力制限は格段に規制が減っている為、肉体変化ぐらいの術ならば可能である。
そうして肉体変化し、完璧な美女となった藍銅。
名前も藍英に変えて、紅藍の侍女として付きそう事になってこの二ヶ月。
もちろん今も女体変化したままだ。
うん、まあーーとりあえず襲いかかる者達の数は変わらないし、余計に増えた気がする。
しかしそれでも何とかなっているのは、王が護衛として影の一神をつけてくれた事、そして事の事情を知った凪国側からも影を一神つけてくれた為だ。
あとは、藍銅自身の努力もあるが。
そんなわけで、自国はおろか凪国にも迷惑をかけての訪問だが、まあ今は内乱は起きてないし、周辺国で争っている国も無いから可能だったと言える。
因みに、これで一つ海国は凪国に借りを作った事になる。
が、愛する者の為に性別すら変化させて同行するその藍銅の愛に心打たれている凪国上層部は多いので、たぶん、きっと、その分は請求されないと予想された。
その間にも順調に入都の順番は進み、とうとう海国の順番まであと少しとなった。
しかしここからが長い。
中々前の使者団の手続きが終わらず、藍銅達は待たされる事となった。
「かなりかかるね」
「そうだな……」
そう言うと、藍銅は窓を開けて外に居る武官に声をかける。
「あとどの位かかりそうだ?」
「え~、と、そうですねぇ」
武官は前を見ながら、腕を組む。
「俺的には、一時間ぐらい?」
「お前的で言うなよ、おい」
この武官とは旧知の仲な為、どちらも気安い言葉で話す。
しかし、上司からは怒られた。
「なんという口のきき方をしているんだ」
ボカッと頭を叩いた相手に、武官は頭を抱えながら涙目で謝罪した。
しかし彼、はというとそんな部下をそのままに藍銅へと頭を下げる。
「すいません、藍英殿」
「いや、別に。ってか、お前結構礼儀に厳しいなーー雲仙」
「まあ、いつも弟に口煩く言ってますからねぇ」
そう言うと、海国国軍を統治する大将軍の二大側近『左』に所属する雲仙がカラカラと笑った。
普段は潜入捜査を主に担当するが、今回は紅藍と藍英の護衛として同行していた。
本当は双子の弟にして、二大側近の片割れの『右』にその任務が下される筈だったが、彼は大将軍の護衛として別の任務に当たっている。
おかげで、『左』にその任務がまわってきたのだ。
すなわちそれは愛する妻との数ヶ月の別れとなるが、そこは大神として頑張って仕事を優先している。
流石は『左』。
『右』ならばこうは行かない。
そう評され、『左』は心の中で少しだけ哀しくなったのも事実だったが、彼は大神としてそれを押し隠した。
「それにしても、とても美しい艶姿ですよ。素晴らしい絶世の美姫です」
「ふ、褒めるな」
雲仙の言葉に、藍銅は淡々と何の感情もない口調で答えた。
男なのに絶世の美姫などと言われて喜べるほど藍銅は神が出来ていない。
むしろ褒め言葉か皮肉かわかりゃしない。
しかし、紅藍は違った。
「……」
ムスっとして口を閉ざした紅藍。
確かに藍銅はとても綺麗だし、それこそその美貌は絶世の美姫すら裸足で逃げ出すほどの美女である。
分かっている。
色香だって滴るようにこぼれ落ち、その所作も完璧な淑女である。
しかし、しかしだ。
相手は、仮にも夫でしかも本来の性別は男。
どんなに見た目は性別を超越した美女でも。
美しい美姫ですねと夫を褒められて喜ぶ妻が居るだろうか?
いや、居ない。
いくら自身も色々とぶっ飛んだ神生と思考をしてきたとはいえ。
紅藍だって乙女心はある。
「……」
「紅藍?」
ぷいっと頬を膨らませて顔をそらした妻に、藍銅は激しい衝撃を受けた。
何?!この可愛すぎる生き物はっ!!
拗ねてしまった妻をそう称する事が出来るぐらい、藍銅は妻馬鹿だった。
むしろ、藍銅の世界は今や紅藍を中心にまわっている。
お前、頭大丈夫か?と王妃様に心配されるぐらいには。
でも大丈夫。
後宮の男妃達とか、海国上層部とかは応援してくれてるから。
「こ、紅藍」
「何よ」
雲仙は静かに窓を閉めた。
それと同時に、紅藍が再び藍銅に襲いかかられているのが見えたが、すぐにカーテンが引かれたので無問題。
「空が青いなぁ」
「雲仙様、雪降ってますけど」
むしろ白いというのが正しい。
「で、まだ列は進まないのか」
正確には、まだ前の使者達の受付は終わらないのかーーだが。
「仕方ありませんよ。前の使者達は俺達の所とは違いますからねぇ。流石に違う世界からの使者だとそれだけ受付にも時間がかかりますって」
そうーー前の使者の一行はこの炎水界の者達ではない。
海国とて馬車は数台に、護衛となる武官達に侍従や侍女達である程度の大所帯だ。
しかし、前の一行はざっと見て海国の三倍の数だ。
そしてその馬車の紋章は。
「星界にある国だったな、確か」
星界ーーそれは、炎水界と同じく天界十三世界を構成世界の一つ。
炎水界が炎水家と言う十二王家の一つが統治しているように、星界は星家という家が統治している。
しかも星家は、十二王家筆頭と呼ばれる代表各たる名家。
一応、十二王家に属する家々は対等とされているが、星家はそんな各家を纏めあげ、有事には星家を中心にして纏まる事が暗黙の了解となっている。
すなわち、十二王家と天帝を繋ぐ立場的な存在である。
そして今受付をしている国は、そんな星家が司る星界において名だたる大国である。
確か……序列第六位に属する国だったと雲仙は記憶している。
かの世界にも、国の数は数百から千に及ぶ。
すなわち、そこの六位という事はかなりの上位国と言う事だろう。
そこからは、現王の愛娘たる王女が使者として来ることになっていた。
本来であれば他の世界から一世界の一国、たとえ大国とはいえそこにわざわざやってくる事は中々に珍しい部類に入る。
けれど、来年は各世界の序列第十位国が天帝のおわす宮殿に集まっての会議がある為、その前の顔合わせという事か。
あそこはその王女が後々国を継ぐという噂だから。
まあ、王女以外の子どもが居ないのだから当然と言えば当然である。
「確か、御年十五になられるらしいな」
「へぇ~、まだ子どもに毛が生えたようなもんですねぇ」
「いや、神の成神は二十歳だから十五は普通に子どもだろ」
確かに暗黒大戦で軍を率いた者達には十代の子ども達が多かったし、国王や上層部になった者達にも十代は多かった。
しかし、それはそうせざるを得なかったから。
大神達が率先して闘ってくれるならそうしてた。
それが出来なかったから闘わざるを得なかった。
自分の身は自分で守る。
平和は自分達の手で掴む。
そこに大神も子どもも男も女も無かった。
その時に比べれば、今は本当に良い時代になった。
完全に戦が無くなったわけではないが、暗黒大戦時代に比べれば雲泥の差、それこそ楽園と言える。
「凄いですねぇ~、やっぱりその世界の威信をかけているだけありますねぇ」
「そうだな……」
「そういえば、今回他の世界から来るのは、この前の星界からのと、もう一つありましたよね?」
「ああ、確かーー」
その時、前の一団の受付が終了したとの報せが来て、そこで雲仙達のつかの間の談笑は終わった。
王宮の医務室に集まった一同。
彼らが知る紫蘭はと言うと
『お~ほほほほほ!下着を寄越しなさいなぁっ!』
『ふふ、恥ずかしがる事はないんですよーーってか、脱げ』
『いい?男は自ら脱いでこそ、その男気が磨かれるってものよ』
『うふふふふ、このカップリングもいいわねぇ……複数プレイもス・テ・キ』
『【ピー】が【ピピー】して、彼の【ピッピー】と彼の艶めかしい【バキュン】を太すぎる【バキュキューン】で【自主規制】って言うのはどうかしら?!』
と、恥も外聞もなく、恥じらいも乙女的な初々しさもなく、男達のハッテン場へと突っ込んでいく、紫蘭。
『やっぱり新しいアイデアの為には、ナマよナマ!現場取材に限るわねぇ~』
と言って、泣きながら止める元寵姫達を振り払って
公園のトイレ、とか
公園のベンチ、とか
公衆浴場、とか
サウナ、とか
映画館、とか
軍隊の基地、とか
ハッテン場の聖地と呼ばれし場所を、愛車のママチャリで爆走していった事もある。
しかもガチムチの、プロ級の、それは匠というレベルの。
え?初心者コースは?
そんなものは必要ありません。
一時期、憧れのハッテン場に突入した紫蘭の「はぁはぁ」という野獣の様な呼吸音が苦情で上がった事もあるが、問題ナッシング。
あ、ちなみに現場取材しにいった先で出会った者達は、本神達同意の上でのラブラブ同性カップル達ばかりだったとか。
良かったねーーと言い切る凪国宰相夫神に、全力で周囲がツッコんだのは言うまでもなく。
そんな紫蘭。
腐女帝ーー紫蘭。
ぼーいずらぶのアイデアの為には、どんな危険だって厭わずむしろ突っ込んでいく、猛者。
その雄々しさをもっと良い方向に使って欲しいと願った事数知れず。
どうしてこうなったんだ?と疑問に思う事数知れず。
「ってか、誰これっ!」
「何これっ!」
「紫蘭のそっくりさんか?!」
集まった元寵姫達の幹部達は恐れおののき、上層部の幹部達は絶句した。
そんな中、かなり失礼な事を言われまくっている紫蘭はとりあえず黙っていた。
「修羅、これ何?!」
「紫蘭」
「嘘よ!これが紫蘭?!あの紫蘭?!あの紫蘭なの?!」
「茨戯、何度も口にしてるとこすまないけど、本神だから」
「紫蘭の皮を被った偽物なんじゃ……」
「それ、浩国切れるよ~流石に」
なんて、朱詩や茨戯、明睡を始めとした上層部が慌てたのも最初のうち。
そのうち、次第に冷静さを取り戻した上層部はその明晰すぎる頭で、思い出した。
そうーー彼らは知っている。
紫蘭がおかしな方向に突き抜ける前の、彼女を。
だから、今では元寵姫達だけが「これは誰だ!」と騒いでいる。
「とりあえず、分かった?」
「……ああ、なんとなく」
「なんかよく見たら、うん」
「もう懐かしいって感じよね」
よくよく見れば、話をすれば、その雰囲気とか色々知れば。
凪国上層部には分かってしまった。
彼女が、彼らの知る紛れもない本神だと。
「わ、我が君!紫蘭はどうしちゃったんですか?!」
「これは偽物なのか?!」
慌てる玲珠と柳に、朱詩は力なく首を横に振った。
確かに自分も偽物か?と思ったりもした。
しかし、これが偽物である筈が無い。
「うん、まあ……本物だよ、そこにいる紫蘭は」
「嘘だ!」
「そんなのあり得ない!」
なら聞くなよーーとは、優しい上司である朱詩はツッこまない。
「ああ~、まあ確かに仕方ないよね」
「そうねぇ。でも仕方ないわよぉ。彼らは知らないんですから」
「そうだな」
知らない知らないと言われた元寵姫組は、顔を見合わせる。
どういう事だろう?
「ってか、どうして皆さんはそんなに冷静なんですかっ!」
「紫蘭がまともでおかしいんですよ?!」
まともでおかしいーー。
まともなのにおかしい神扱いされる、紫蘭。
「何かしら?この理不尽な言葉」
「理不尽っていうか、理不尽なのか?」
「おかしいのが普通、っていう扱い自体が普通は変なんだけど」
しかし常時おかしかった紫蘭は、その変態モードが普通と認識されて久しい。
いいのか、それで。
だが以前、紫蘭にその事を告げれば、彼女は素敵な笑顔でこうのたまった。
『それが私のチャームポイントなのよ!あ、間違った。私の魅力的な一面なのよ!!』
変態がチャームポイント。
魅力的な一面が変態。
どっちもどっちどころか、嫌だそんなの。
『それに変態じゃなくて、ぼーいずらぶの伝道者って呼んでくれると嬉しいなぁ』
過去に『大根の愛の伝道者』が凪国に存在した。
そこに新たな『ぼーいずらぶの伝道者』が誕生するーー。
ロクなのいねえなぁおいいぃぃいっ!
むしろ他国から、凪国は変態の産出国ですか?と聞かれるだろうがぁぁぁっ!
「茨戯様、泣いてます?」
「泣いてるわよ!うちの国の未来を憂いてっ!変態国家って呼ばれたらどうすんのよっ」
「だ、大丈夫ですよ茨戯様!」
「炎水界一の変態国家は煉国ですから!」
「そこと比べたら凪国なんてまだまだ変態度が低いですっ!」
「ちょっ!どこと比べてんのよっ」
よりにもよって最悪極まり無いあの今は亡き亡国と比べるなんて。
そしてそんな事をするから。
「しゅ、朱詩落ち着けっ」
「へぇ~、うちの国を、あの最低な国と、比べるんだぁ」
元煉国の民である玲珠と柳からしても、煉国にはなんの未練もない。
むしろ解体されてハッピーな気分だ。
それは他の煉国出身の元寵姫達も同じ事だし、元寵姫以外の元民達も同様だった。
「でも、果竪さんぐらい大根好きな神って中々いませんし」
「紫蘭は黙ってろ!!しかもそれ微妙に変態国家って認めてるだろっ」
あ、矛先が紫蘭に向いた。
そしてそのまま紫蘭は廊下へと連れ出され、別室へと連れて行かれる。
それを慌てて追い掛ける、茨戯。
そこに、やはり呼ばれていた明燐が溜め息をつきながら口を開いた。
「とりあえず朱詩はおいておくとして」
「いいんでしょうか?」
「いざとなったら止めますから、鞭で」
鞭という単語に、一斉に震え出す元寵姫組。
それを気にせずに明燐は先を続けた。
「私達は今の状態の紫蘭を良く知っているんですわ」
時が止まった。
「……は?」
「あの、もう一回」
「ってか、紫蘭は産まれた時から変態だったんじゃ」
むしろ産まれた時からああだったら、何としてでも両親が矯正させようと尽力しただろう。
幼児のうちから、ぼーいずらぶ。
怪盗のごとく華麗に下着を盗んでいく幼児。
人間からすれば、神なら出来ると言われそうだがーーやらせてたまるか。
そして神だって出来ない事はある。
「いえ、もともとの紫蘭はまともでした」
その言葉がこれほど虚しく響くのも、やっぱり紫蘭を語る時ぐらいである。
「そう……あの時、紫蘭が凪国に連れてこられる前までは」
その言葉に、元寵姫組はハッとした。
まさか、その話を聞かせない為に、朱詩は紫蘭をこの場から遠ざけたのだろうか。
「信じられないかもしれませんけど……本当に、紫蘭は普通の少女でしたのよ」
ぼーいずらぶなんてとんでもない。
変態だなんてとんでもない。
「それはつまり、ぼーいずらぶにも興味なく、変態っぷりもない」
「ええ、ごく普通の少女です」
「それがなんだってあんな風になったんですかぁ?!」
その一言に集約される、元寵姫組の疑問。
ってか、今聞いている内容は本当に真実なのだろうか?
「なんでああなったのか?は……まあ、ただ今の紫蘭は浩国で王妃として生きていた頃、そして大戦時代の紫蘭そのものなんですわ」
何が、どうなって。
ってか、まとも?
元々はまともが標準装備?
あれ、なんかおかしいぞ。
変態と紫蘭はイコールだった筈なのに、その前提が覆される。
常識が覆される。
いや、何よりも、紫蘭が普通だった?
今のおかしくなった紫蘭の方が元々の性格だった?
「浩国で何があったんですか!」
「いや、むしろ凪国に入国した事で脳に致命的な欠陥が生じたとしか」
鞭の乱舞が元寵姫組を襲う。
「もう一度、言ってごらんなさいな?」
「すいません女王様!」
「申し訳ありません女王様!」
「どうかお慈悲をっ」
危うく神生を強制終了をさせられる所だった。
しかし、彼らはこれだけは言いたい。
「浩国は紫蘭に対して何をしたんだぁ?!」
元寵姫組は知らない。
上層部から紫蘭が王妃である事を知らされるまで、彼女の素性を知らなかったように。
彼女の身に起きた悲惨極まりない現実を。
知るのは、凪国国王と上層部のみ。