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メモリーループ番外編 第一章 男運が悪かったのです

 正方形に広がる凪国王都をぐるりと囲む城壁。

 東西南北それぞれに城門を持ち、普段は厳重な警備の元に多くの者達がそこから王都へと出入りする。

 そんな中、現在東側と西側の門は一般市民の立ち入りを制限していた。

 それは、すなわち他国からの貴人達の入都専用門としているため。


 本来なら正門たる南門がその役割を担うのだが、そちらを制限する事で民達の生活に大きな影響が出てしまう為、それを防ぐべくその様な役割分担がされていた。

 あくまで、民達優先。

 それは他国も同意している為、何事もなく各国の使者達は門を通過していた。


 それは、大晦日から正月三日間にかけて行われる凪国の新年会に出るため。

 あの凪国を陥れかけた大事件以降、各国の絆をより深めようということで始まった大祭。

 そうして毎年、水の列強十ヶ国を中心に、多くの国の使者達が凪国王宮に集い交流を深める。


 これは炎の国々も同じであり、こちらは炎の序列第一位の国に集結し、同じ様に交流を深めていた。


 そんなわけで、凪国の王宮に向けて続々と使者が入っていく中、凪国王宮の上女に身をやつした浩国上層部が一神――紅葉は自国からの使者を出迎えていた。


「お久しぶりですね、レイオル、八雲」


 入門の受付作業はまだ30分ほどかかる。

 その間にさっさと紅葉は自国の使者達が乗っている馬車へと乗り込み、くつろいでいる昔馴染みへと優雅な笑みを向けた。


 そんな紅葉に、浩王が三大側近が一神――レイオルと八雲が不敵な笑みを浮かべて出迎えた。


 因みに、残り一神は浩国宰相となって王の傍に侍っている。


 向かいに座った紅葉がすらりと長い足を優雅に組めば、その相変わらずの態度に思わず彼らから苦笑がこぼれ落ちる。


「久しぶりだな、紅葉」

「お二方も息災で何よりです。また遠路はるばる来て頂き幸福の極み」

「心にもない事を」


 普段口数の少ない八雲は、紅葉の言葉を皮肉る。

 そんな相手に、紅葉は色香が滴る微笑を浮かべた。


「それにしても、我が国からは王直属のお二方を使者として使わすとは思いませんでしたわ」

「別にあり得なくはないだろう」

「他国からは王族が来る場所もある。それに比べれば私達は王族でも何でもないが」

「ええ。中央地帯を境にして、東西の大区域をそれぞれ統治される王の代理者たるお二方ならば、それこそ王族に匹敵する立場というもの。ねぇ?浩国西部統治者――レイオル、浩国東部統治者――八雲」


 紅葉の言葉に、レイオルと八雲は何でも無い事の様に言葉を返す。


「統治者というか、ただの監査役だが」

「そう。浩国に数多ある州を治める領主達の纏め役程度だ」

「ふふ、ご謙遜を。あの癖のある領主達を、広大な領土を持つが故に王だけでは目の届きにくい細部にまで支配力を行き渡らせる為のお二方の手腕は聞き及んでいますわ」


 そういうと、紅葉は意地の悪い笑みを浮かべた。


「そんなお二方に嫁ぎたいという女性達も日に日に増しているという事も。ふふ、いつになったら慶事が届くのかと心待ちにしてますのよ?」


 紅葉の言葉に、それまで表情を和らげていた二神の顔が固まる。

 美しすぎる美貌から、一切の感情がそげ落ちた。

 普通なら余りの恐ろしさに凍り付きかねないが、紅葉は気にしなかった。


「お二方が幸せな結婚をする事。それは紫蘭の望みでもありましたから」


 意地の悪い笑みを消した紅葉が呟いたそれに、反論したのはレイオルだった。


「痛々しいまでの皮肉だな、それは」

「レイオル」


 紅葉の嗜める様な呼びかけに、レイオルは瞳を閉じる。


「ですが、いつまでもあなた達が独身でいる事は赦されません。もちろん、無理矢理結婚を強制する事はもうありませんが、あなた方は独身女性、いえ、既婚女性であろうと彼女達やその親類縁者からすれば魅力溢れる婿がねなのです。正妻はおろか、妾でも良いからという者達は腐るほど居ます」

「はっ……俺達の妻になりたいだと?」

「別に、彼女達の中から選ばなくても宜しいですよ。そう――あなた方の傍に昔から居る彼女達でも良いのです」


 その相手が誰を指しているかなど、レイオルにも八雲にもすぐに分かった。

 昔の自分達なら大喜びで結婚していただろう。


 しかし――。


「一度の結婚の失敗ぐらいで何だと言うのですか。所詮あれはただの政略結婚」

「紅葉」

「忘れておしまいなさい。ただの、悪い夢です」

「紅葉!」


 叫んだのは、いつも穏やかな八雲の方だった。

 彼は息を切らして、血走った目で紅葉を見つめる。


 本当に――愚かな男達。


 自分を道具として利用する事など何とも思わないし、他者を使い捨ての道具として使う事にもなんら罪悪感など無い。


 しかし、そんな紅葉でも彼らの亡き妻に対する扱いには眉を顰めるものだった。

 いや、そんな風に思えたのは。


『忘れてください』


 彼女達を何よりも大切にしていた、紫蘭の言葉。

 彼らを責めもせず、ただその一言のみ言って立ち去った紫蘭。


 彼らがするべき事を、紫蘭が行った。



 八雲が妻だったフィーナを失った時。

 レイオルが妻だった花央を失った時。



 紅葉は今でも鮮やかに思い出せる。



 何事にも義妹が第一で、全てにおいて彼女を優先させた八雲。

 嫁いで来た妻の事は一応は気にかけるが、政略の相手としか見ていなかった。

 そうして全てが儀礼的で、名ばかりの妻として扱っていた。

 いや、八雲からすれば望まずとも丁重に扱っていただろう。


 しかし、何事にも義妹が最優先にされ、フィーナは全てにおいてほったらかしにされていた。

 上がそうなのだから、周囲も当然そうなる。

 統治者としては完璧でも、夫としては最低な男。


 まあ、時々品物を送ったりしていたし、義妹が出かける時に一緒に連れて行く事もあった。


 だが、あの日もまた八雲は義妹を優先してフィーナをほったらかしにした。

 そして、フィーナは――死んだ。


 だが一番最悪だったのは……フィーナが死んだ事を周囲が知ったのが、死後一週間以上経過してからというものだ。


 土壌と気候の条件から、遺体が腐敗する事はなかった。

 しかしフィーナは、獣にも劣る愚かな男に襲われた末に殺され、冷たい土の下に埋められた。


 何故誰も気づかなかったのか?


 それは、フィーナが死後もまるで生きているかの様に存在していたからだ。

 密度が濃すぎた幽体は実体を持ち、フィーナは普通に宮殿へと戻り暮らしていた。


 全ては、自分や多くの女性を殺していた、その悪鬼を打ち倒す為。

 その悪鬼が八雲の義妹をターゲットにし、その手にかけようとした時にフィーナは本性を露わにした。


 既に死んでいるのだ。

 悪鬼の凶刃が届くはずもなく、フィーナは相手を追い込み奴は発狂した。

 それを見届けたフィーナは一言だけ八雲と義妹に謝り、そして冥府へと旅立った。


 最初は何が起きたか分からなかった。

 けれど丁度その頃、フィーナが死んだ翌日から宮殿に滞在していた紫蘭が彼女の遺体を見つけ出したのだ。


 フィーナと接するうちに感じた違和感。

 そして誰よりも先に、紫蘭は土に埋められたフィーナの体を見つけた。

 まるで救いを求める様に、降り注ぐ雨の中、土砂降りの雨で流れた土の中から突き出た手を握りしめていた紫蘭。


 泥だらけとなった友の全裸遺体を抱き締めた紫蘭に、誰もがかける言葉がなかった。


 フィーナの夫だった、八雲でさえも。


 そしてレイオル。

 彼の方は最初から花央を厄介物扱いしていた。

 元々その悲惨過ぎる境遇から、心を開く相手はごく僅か。

 それは八雲や浩国国王、上層部も同じだが、特にレイオルは酷かった。

 義姉だけが、心の支えと公言して憚らない。


 そんな相手に嫁いだ花央は、徹底的にレイオルに無視された。

 時折言葉をかけられても、嫌味を言われ、罵倒されたという。


 それでも、そんなレイオルに誠心誠意尽くしていた花央。

 何を言っても笑顔を絶やさず、義姉にも実の姉の様に接する様に逆にレイオルが義姉から怒られたほどだった。


 義姉は花央の味方だった。

 八雲の義妹が、フィーナを慕っていたように。


 けれど……レイオルが、少しずつ花央に心を開いていった時にはもう遅かった。


 レイオルの政敵となった男に戯れに辱められた花央は、その事実を押し隠した。

 しかし身籠もってしまったからにはそうもいかない。

 けれど政敵の男は自分の罪の発覚を恐れ、花央が男漁りをしているという噂を流した。

 それはあっという間に広がり、更に酷い噂となった。


 それがレイオルの心を頑なにした。

 レイオルが憎み抜く実の母こそが、男漁りの末に実の息子を再婚相手に売り飛ばし、またレイオルの義姉も好色貴族に売りつけた諸悪の根源だったからだ。


 売られた回数など数え切れない。

 レイオルの義姉は好色貴族の子どもを孕まされ、そして強制的に流させられた。

 大戦中に浩国国王が彼らと出会うのがもう少し遅ければ、レイオルの義姉は完全に子どもを産めない体にされていただろう。

 それを何とか寸での所で助け、妊娠可能な状態へと回復させたのが当時浩国国王が率いる軍の軍医として、現在は王宮医師として働く上層部の一神である。


 レイオルは母を憎んだ。

 そして母と同じ事をするという花央を罵った。

 そんな中で、花央は子どもを出産する事になった。


 たとえ憎い相手の子とはいえ、流す事も殺す事も出来なかったのだろう。


 けれど長年の精神的な疲れと、夫からの激しい拒絶の前についに花央は子どもと共に儚くなった。


 だが運命とはなんと残酷なのか。


 花央を罵りながらも、どこかで花央は違うという思いがあったレイオルは、自分を馬鹿だと思いながらも噂を流した相手を探し出していた。

 そしてその相手が、花央を辱めたのだという証拠を掴んで捕縛し、すぐさま花央の元に駆けつけた時には。


 花央は既に虫の息だった。


 最後まで我が子を心配し、レイオルに謝りながら息絶えた花央。

 優しすぎたのだ、愚かなほどに。

 レイオルに不満一つ言う事なく、最後まで彼を心配した彼女にレイオルに仕えていた者達もまた気づかされた。


 でも、もう遅い。

 もう、死んだ相手は帰ってこない。


 先にフィーナが死に、その半年後には花央も死んだ。


 花央は我が子を紫蘭に託すつもりだった。

 けれど子どもも助からなかった今、駆けつけた紫蘭はフィーナの時と同じ様にレイオルへと言ったのだ。


『花央の持ち物、全部持っていくね』


 静かに、一言も責める事もない紫蘭。

 八雲も、そしてレイオルもまた失ってからその大切さに気づいた。

 そう――気づいてしまったのだ。


 自分の気持ちに。


 愚かだ。

 身勝手だ。

 ふざけるな。

 そんな資格などお前にはない――。


 そんな事は誰よりも分かっている。

 誰よりも自分が相応しくない事は分かりきっている。


 謝罪する事すら赦されず、永遠に苦しみ抜いて死ぬのがお似合いだろう。


 それでも……這いずるように、妻の全てを持って行かれた八雲とレイオルは浩国王宮に辿り着き、そしてそこで知った。


 紫蘭は、フィーナと花央の持ち物全てを燃やし尽くしていた事を。


 フィーナと花央の実家は、二神を不出来で愚かな娘として見ていたから、持ち物なんてもはや存在していなかった。


 何一つ、赦されなかった。

 その手に残す事を。


 何一つお前達の手に残すものか――そう言われているようだった。

 だが、そんなレイオルと八雲に紫蘭は言ったのだ。


『きっと、フィーナと花央じゃなければ……貴方達にそんな思いを抱かせる事なんて無かったんでしょうね』


 そう言うと、フィーナと花央が最後に紫蘭に渡してくれと預けた手紙を渡された。


 そこには書かれていたのは恨み言でも何でもなかった。


『ずっと愛してました。そしてこれからも愛してます。全てを赦します。幸せでした。だから、嘆かずにどうか幸せに』


 どちらの手紙にも、そう書かれていた。


 愚かな夫に。

 妻を顧みない夫に。

 酷い事ばかりしていた夫に。


 決して赦してはいけない筈の夫に。


『もう、相手に優しくする事が出来るよね。西部も東部も安定してきた。だから……もう、政略結婚はしなくても大丈夫。今度こそ、愛する相手と結婚して、幸せになるの』


 そうして立ち去った紫蘭。


 たとえ身勝手でも、自己満足でも。

 勝手すぎる考え方でも。

 そしてどんなに相手から冷たくされても。


 強く生きた彼女達。


 相応しくなかったのは、レイオルと八雲の方。


 最初から手の届く相手では無かったのだ。


 失ってから、それに気づいた。


 それから間も無く、今度は紫蘭が王の怒りを買って遠方の離宮へと遠ざけられた。

 そして更に一年後――王が全ての事情を知り、紫蘭を迎えにいきそこで――。



 全ての記憶を失った紫蘭を見る事となった。


 その後、紫蘭の記憶は戻る事はなかった。

 戻りそうになる度に恐慌状態を引き起こし、夫どころか王宮の誰をも拒絶した。

 いや、正確には戻りそうになる度に倒れ、目覚めた時にはそれまでの記憶を全て失ってしまうのだ。


 何度も、何度も。


 新しく構築した記憶すら忘れ、記憶はある地点まで戻されるのだ。

 あの日、病院で目覚めた時に。


 全てを忘れた状態で目覚めた、その時まで。


 記憶は巡る。


 同じ事が起きないように


 同じ目に遭わないように


 忘却は繰り返される


 メモリーループ


 終わりと始まりを失い、何処までも――巡る


 もう二度とあんな目に遭わない、ただそれだけの為に



 もう幾度目か分らない忘却が行われていくーー


 度々自傷行為を起こした紫蘭。

 誰も止められなかった。

 止められる相手も居なかった。


 フィーナが死に、花央が死に。


 もう、誰も紫蘭の心に入り込める相手は居なかったのだ。


 そうして遂には塔から飛び降りた紫蘭は、事情を知った凪国へと連れて行かれた。

 浩国国王、そして上層部の制止を振り切って。

 しかも炎水家がそれを認めてしまったからには、もうどうにもならない。


 奪い返したくても、それは炎水家への反逆行為となる。


 だが、紫蘭を奪われたのも仕方が無いのかもしれない。

 これは罰。


 愚かすぎる自分達への、罰なのだ。


 生きているだけ良いじゃないか。

 フィーナと花央はもう二度と戻ってこない。

 どこかで生きていてくれているという望みすらもない。


 それに比べれば、遠くで妻が生きている浩国国王はまだマシだ。


 だから、浩国国王の暴走時には全力で止めた。

 他の上層部も加わって、紫蘭を連れて行こうとする凪国国王と上層部に攻撃をしかけかけた彼らを、全身傷だらけで止めた。

 反逆者として殺される事も覚悟した。


 でも譲れなかった。

 何としても、ここは行かせなければ。


 でなければ、紫蘭は確実に死ぬ。


 もう、この国には紫蘭の心を癒やせる相手は居ない。

 浩国国王もまた、紫蘭に強い執着を始めた。

 妄執と言う名の寵愛を傾けた。


 だが、紫蘭にはもう、そんなものは必要ない。

 気づいた時にはもう遅い。


 最初から愛しい相手と出会える、結ばれるのは本当に幸運なことだろう。

 沢山の出会いと別れを繰り返す中で出会えたり、中々出てこないという事も多い筈だ。


 しかし、自分達の場合はすぐに運命の相手が分からなかった――というだけではすまされない。

 間違った事ばかりしてきたのだ。

 酷い事ばかりしてきたのだ。


 赦されない、事を。


 彼女達は赦す、と、愛していると残してくれた。


 でも、それに縋るつもりはない。

 赦されない罪から逃げるつもりはない。

 彼女達に甘えるつもりもない。


 そんな事をすれば、あまりにも彼女達は悲惨ではないか。

 愛しても愛してくれない夫、嘲る周囲、その身を襲った悲劇、そして家族からも「愚か者」として捨てられて。


 それでも愚かな夫を赦すと言った彼女達。


 その優しさに、甘える事なんてできない。

 この罪は一生をかけて償っていくべきだ。


 少し違えば、きっとそこには優しい未来が待ち受けていただろう。

 それを投げ捨てたのは、レイオルと八雲だ。


 だから、自分達は償う。

 そして、敬愛する王が同じ道をこれ以上進まないように力を尽くす。


 それが紫蘭を失う事になっても。


 そう心に誓った筈。


 けれど、それでもふと思い出す度に思う。


 紫蘭を、主の元に取り返したいと。


 自分達では叶わなかった未来を夢見てしまう。


 主の元で、幸せそうに笑う彼女の姿を。


 そして自分達はたぶん、二度と結婚しないだろう。

 愛する気持ちを知った。

 でも、それを他の女性に向ける事はきっと無理だろう。


 義務だからとして娶ったとしても、また愛せなくて不幸な女性を作るぐらいなら、養子を貰う。

 いや、養子が貰えなくても部下を跡継ぎにしても良いし、部下の子どもを跡継ぎとして教育しても良い。

 それか、今の地位を自分が降りても良い。


 身勝手すぎるだろうが、それでも失った彼女達しか居ないのだ。

 もし万が一結婚するとしたら、それは彼女達しか居ない。


 魂は流転するという。

 きっともう二度と顔も見たくないだろう。

 罵り、罵倒し、殺したいほど憎いと叫ばれるかもしれない。


 しかし、レイオルと八雲は決めていた。


 いつか、いつかまた彼女達が生まれ変わってきた時。

 その時にこそ、新たなる償いをしようと。


 罪は一生をかけて償う。

 それと同時に、生まれ変わった彼女達が幸せになれるように。

 たとえ、その相手が自分達でなくとも。




「まあ、結婚の事は決まる時には決まるものですからね。私が何か言う必要もありませんわ」



 彼らの決意を知っていて、その上でそれを口にした紅葉はきっと性格が悪い。

 でも、そんな皮肉を言われても仕方のない事をした。

 八雲も、レイオルも、そして紅葉も。


 ただ――心にもない事を言う事に、紅葉も胸の痛みを覚えていた。

 今までは偽りの愛を謳い心を捧げる事に、何の痛みも苦しみも感じなかったというのに。


 それはたぶん、紅葉もまたどこかでフィーナと花央の死を悲しんでいるのだろう。


 生きて、幸せになって欲しかった。

 そう、思うぐらいには。


 その後、紅葉達の乗った馬車は王都の城門を無事に通過し王宮へと向かって進んでいった。



 一方、その頃――。


「紫蘭がおかしいんです!」

「紫蘭が変なんです!」


 完全にパニックになっている悧按と秀静を力ずくで黙らせた修羅は、椅子に座る紫蘭へと視線を向ける。


「ふむ」


 じろじろと見られるのは良い気はしない。

 しかし、紫蘭は修羅の美貌に魅入っていた。


 両性具有の中でも珍しい、男性器と女性器両方を持つ修羅。

 股間にぶらさがっている物以外は、体の曲線も、胸から突き出た大ぶりな白桃も、細い腰も、形良い臀部も、そして何よりその顔全てが美少女という有様。


 しかし、中身は完全に男だったし、性的指向も女性の方を向いていた。

 といっても実の父と兄、そして母にすらいかがわしい虐待――と言う言葉では収まりきらない地獄をみせられてきた彼は、女性すらも憎んでいた。

 けれど彼を助けてくれた百合亜だけは別で、その後大戦真っ只中に入った現在の凪王率いる軍で生活を始めてからは、だいぶその神嫌いも直ってきたという。

 ただし、一般の神に比べると大丈夫な範囲は恐ろしく狭いが。


 しかも同じ上層部とはいえ、百合亜に手を出そうものならもうもう。


『五月蠅い』


 そんなわけで、あまりにその行動が目に余るようになった頃。

 ついに我慢しきれなくなった果竪が修羅を平手打ちし、そこからは少しマシになったらしい。

 しかもその時、修羅の体が激しく地面に叩き付けられたというから、どれほどの威力だったのだろうか。


 しかしそれからまた問題が起きた。

 果竪に殴られた修羅が、その後マジ泣きしたのだ。

 普段はキャラ被りしているとケンカになる朱詩にも本気で慰められたと聞く。


『うわあぁぁぁん!果竪が、果竪が、果竪がぁぁぁぁっ』

『いや、うん、確かにちょっと修羅が悪かったと思うよ、それ』

『果竪に嫌われたあぁぁぁあっ』

『それは大丈夫だよ修羅。果竪、あれで結構あっさりしてるから』


 特定の事に関してはかなりウジウジさんだが、修羅に対しての事、明睡のシスコンっぷりについてとかそういうのはかなりあっさりしている。

 でなければ、普通顔をグーで殴った明睡など死んでも赦さないだろう。

 逆に明睡の方が罪悪感で押し潰されそうになっているというのに。


 だから紫蘭からすれば、果竪が上層部の中では一番最強ではないのかと本気で思っている。

 普通上層部を平手打ちになんてしたら逆に殺される。


 しかし果竪はあの凪国国王に寵愛され、上層部を殴っても大丈夫。

 これを最強と言わずして何と言うか。


 そして果竪も最初から手が出るわけでは無い。

 言いたい事も我慢し、我慢出来なくなった後はきちんと言葉で説明する。


 それをしても全く駄目な場合に、初めて手が出る。


 たいてい相手側が悪いのだ、そういう場合は。


「今も果竪さんに殴られているんですか?」

「ちょい待て。なんでそんなピンポイント発言?」


 因みに紫蘭は、大戦時代に修羅が何度か果竪に殴られているのを見た事がある。

 一番激しい打撃だったのは、修羅が大根を散々に扱き下ろした挙げ句、足蹴にして徹底的に踏みつけた時だ。


 その時の果竪は


 恐怖の大魔王


 泣かされたのは修羅だけでなく、あの明睡とか朱詩とか他の上層部も泣いたらしい。


 

『今、何したの?』



 地獄の使者も真っ青。

 あの時の果竪の顔を直視した者は即気絶したというから凄い。


 まあ、あの時は色々とあって果竪も機嫌が悪かったから仕方ないのかもしれないが。

 その後もよくちょくちょく大根を捨てられたり、炎にくべられたりしても中々あそこまでは怒った事はなかったみたいだし。


 そんな大根大好きの果竪。

 大根愛してウン百年。


 それはそれは色々な事があった。

 中でも紫蘭が覚えているあの事件。


 とある好色馬鹿男、でも性的指向は男の娘限定という馬鹿領主が居た。

 彼は玩具で男の娘達を嬲る事も大好きで、たまたま果竪が持っていた大根を見て言った。


『ふ、そのような太い大根ならたっぷりと新しい奴隷達を楽しませられようぞ』


 と、まだ奴隷にもしていないのに、勝手に自分の奴隷認定をしてくれた、奴。

 もちろんその奴隷はというと、後の凪国上層部男性陣とか、浩国上層部男性陣とか、それぞれのトップ――すなわち萩波とか、紫蘭の夫とかである。


 そんな相手の馬鹿さ加減に、貞操の危機に陥っているにも関わらずあきれ果てていた彼らは、その後の果竪の発言にこそ危機感を抱いたという。


『ちょっと!私の大切な白く艶めかしい大根にそんな穢らわしい欲望を抱くなんて恥を知りなさいこの獣!大根の敵!』


 違う――と、果竪以外の全員の心が一つになった瞬間は今でも思い出させる。

 それは、好色馬鹿領主すらも全力で思った。


 誰が性的指向が大根だと言った。


『っていうか、大根の愛はプラトニックラブよ!体から始まる恋愛だとしても、純真無垢な大根にそんな事を強要するなんて!大根がPTSDになったらどうするの!むしろ怪我したりあの白い肌に傷がついたらどうしてくれんのよっ!馬鹿馬鹿馬鹿あぁぁっ』


 大根に傷つくうんぬんより、男の娘達の体の方が先に壊れるつっの。

 絶対にあの領主、大根と合体させる気だぞ、おい。


 自分達の体より大根を優先された事に傷ついた凪国上層部は、その後涙ながらに果竪を説教したという。


 うん、まあ確かに酷いよね。


 いくらお馬鹿な紫蘭でも、凪国上層部が可哀想になった。


 まあ、果竪の暴言と暴力のおかげで領主が油断した事から、他の神質となった男の娘奴隷達を怪我一つなく助け出せたと言ってもいいが。


 え?暴力って?


 もちろん、馬鹿と言いながら大根で領主の顎を殴りあげた事だ。

 むしろそっちの方が大根に対して酷くないだろうか?


「今も果竪さんは大根で相手を殴ってるのかしら?」


 ほうっと溜め息をつく紫蘭を余所に、修羅の頭の中は激しく回転した。


 うん、やっぱり、この紫蘭はいつもの紫蘭と違う。

 そして修羅の考えが間違っていなければ――。


 いや、修羅一神での判断は危険すぎる。

 そもそもメモリーループという厄介な現象が起きている相手なのだ。


 ここは、他の者達の意見も聞かなくては。

 そしてその為には、この紫蘭を彼らにも見せなければならない。


 今も恐れおののきパニックになっている悧按と秀静を再び黙らせると、修羅はこの後に起きる騒動を予想し気が重くなるのだった。

 


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