Zephis
1946年にIndex Thomisticusプロジェクトが始まって以来、電子書籍は目まぐるしく進化し、2060年代には世界遺産に登録されている十数個の図書館/美術館や、各国にある中央図書館を除いて、ほとんどの書店/図書館/美術館は都市開発計画によって閉鎖され、e-book競争に競り勝ったAmazon Kindleのアーカイブに吸収されていった.しかし、この残された施設も100年以上の異常気象(台風Makaylaなど)や自然災害(西ヨーロッパ超巨大震災など)によって破壊され、雄一残されたイギリスの大英図書館も、2184年には火災によって焼け落ちる.もっとも、紙を使用した本がなくなったわけではない.E-book競争を勝ち抜いた企業は画面部に紙を使用した高級端末も発売していた.しかし、木材を切り倒し、食料に生成できる再生石油をわざわざ再利用できないインクにし、巨大な機械を使って印刷するなどという非効率なことは誰もしない.というわけで、2207までには、数千人の熱心なコレクター以外、世界で“本”を持つ者はいなくなった.
2207年の初めに、太陽系外で小惑星Zephisが発見され、年中、おそらく12月までに地球に衝突するとされ、急遽NASA, CNSA, ESA, RFSA, JAXA, ISROなどの各国の宇宙機関が集まり、臨時国際宇宙機関(TISA)が発足した.
4月、小惑星の探査をする予定だった2機の探査機が発射され、両探査機はZephisに接近した時点で謎のシステム障害により通信が途絶える.しかし、9月に、各核保有国のミサイルを予算度外視の火星ミッション用のロケットに搭載し、地球と金星のスイングバイを使って連続射撃をしたArmageddon計画の結果、Zephisの軌道変更は成功する.
しかし、最接近日の1か月前、ESAのPhobos基地の観測により、Zephisは異常に強い磁場を発生させていて、これによって探査機がシステム障害を起こしたと判明する.つまり、Zephisが直接地球に衝突しなくても、磁場による強力な誘導電流で世界中の電子機器が狂うということだ.各国はもうすでに政治の中心となっている巨大コンピューターを保護しようとし、学術雑誌の出版社は重要な論文の、Wikipediaは自身の印刷に取り掛かるが、最後本が出版されてから100年以上たっていることもあり、全く進まなかった.
最接近日の一週間前、Zephisが肉眼でも観測できるようになるころからZephisの磁場はいくつかの南極基地によって観測され、その2日後には方位磁針でも観測できるほどになり、安全対策のため世界の発電所は閉鎖され、金属との接触が禁じられた.当日は世界中の電力網の発火・破壊が観測された.Zephis通過後、モーターが焼き付かなかった発電所が再稼働され、簡易的なラジオ放送や電話は復旧したが、全コンピューターのデータは1ビットも残らずに破壊され、人類の英知は塵に化したと思われていた.
しかし、世界のデジタル化の流れに置いて行かれていた例の本のコレクターが結成し、その合計数百万にもなった本を集め図書館を建て、人類の英知は保存された.
めでたし、めでたし.