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30/47

30 敵は身内にあり。部下は大事にしないと酷い目に遭うのはどこの部署も一緒。


 長い廊下をすり抜け、大きな扉がいくつも並ぶ部屋へとやってきた。蝋燭の火だけで照らされた部屋は火が揺らめくごとにユラユラと明るさを変え、少し不気味な雰囲気がある。

 綺麗な部屋なので廃墟感のないお化け屋敷、そんなとこだ。

 薄暗い部屋の中には、奇妙な事にいくつもある扉は宙に浮いており、ふわふわと上下運動を繰り返している。

 その中の一つから、女の子のぶつぶつ話す声が聞こえてくる。聞き馴染みのある声に確信する。


 ここか。


 ほんの少し開いた扉の隙間を覗き込めば、これまた見覚えのある顔がチラリと見えた。


 彼女を連れて帰る。

 そう意気込み扉に手をかけた。





「キリト」

「……ああ」

「で、いいのよね?」

「うむ、構わん」


「それで私はどうすれば?」

「ああ、それか」


 押し込まれた部屋は、大きなベッドが一つ、机が一つ、椅子が一つ。

 たった一つしかない椅子に腰掛け壁にもたれかかったキリトに向かい合う形になる。

 

 大きな翼を持った魔物の男は、キリトと言う名前らしい。魔の国に入ってからやけに饒舌に感じるのは、他国に入ると魔王との契約上話すのが難しくなり、かなりの集中力と力を使うからなんだそうだ。ボソボソと話していたのも、辿々しい言葉使いも、どうやらそのせいなのか。


「あの女、ユナを連れ帰れば良い。それだけだ」

「彼女の事、守っていたじゃない。なのにどうして」

「あの女が我が主人であるデリウス様の寵愛を受けているからだ……くそっ口に出すだけでも腹立たしい……本来なら我が殺してやりたいところだが、それではデリウス様の怒りを買う」

「それで私」


 キリトはむつりとした顔のまま頷いた。


「そうだ。デリウス様に手ずから殺されるのもやぶさかではないが、理由があの女というのが気に食わん。よってはよ連れて帰れ」

「そう言われても」

「人間には人間、聖女には聖女が対処して然るべきだろう。案ずるな、デリウス様のお心のケアは我がする」

「心配してねぇよ」

「貴様聖女だろう。聖女ならすぐさま何なりと理由をつけて連れ帰れ」


「また脳死!」


 おっとなんとなくこの男の思考が読めてきたぞ。魔王様大好き脳か。簡単に言いやがってからに!


「ふん、魔王様も物好きな方だからな、あんなちんちくりんにご興味を持たれた様だが、なんともいけ好かない餓鬼だ。たまたま面白がった魔王様が呼びかけに応じてこの城に連れてきただけだというのに……魅了の魔法で掌握したと勘違いして我が物顔で徘徊するクソ餓鬼」


「……」


「人間を愛しておられる博愛のデリウス様にベタベタベタベタ付き纏う醜女め」


 なんだろう。

 この他部署から借りてきたできる部下のストライキを目撃してしまったみたいな。

 突如やってきた新人が地雷だった古株の復讐みたいな。


 どちらにしてもなんでも「聖女だしできるっしょ」やめてもらってもいいやろか?ジト目でキリトを見れば、ニヤリと目を細めふふん、と私を見た。なんだよ。


「ふん、貴様。我のこの翼が気に入っておるのだろう。褒美に存分に触らせてやっても良いぞ」

「えっ」


 何故わかったの!?私が喋る魔物のもふもふに顔を埋めてみたいと思ってるって!!


「ふん! 貴様が懐に潜ませている我の羽根が見えておるからに他ならん! ずっとさわさわと手遊びをしておるではないか」

「あ!」


 しまった。

 昔流行ったぷにぷに肉球のキーホルダーの如くストレス発散に触っていたのがバレている。数枚懐に入れてあった羽根がふわりと浮き上がり、取り返そうと足掻いたのも虚しく、キリトの手の中に収まった。


「どうする?」

「やります!」


 こうして私とキリトの交渉は無事結ばれた。





 聖女ユナ、彼女がキョロキョロと辺りを見回したあと、祈るような動作をして、何か大きな石の様なものに手を伸ばした。


 占い師がよく扱う水晶玉の様なものに似ているが、その大きさは人の顔ほどもあり、部屋の真ん中に飾られている。中には黒いモヤの様なものがぐるぐると渦巻いていて、なんだか禍々しさを感じてゾッとする様なものだ。この世界に強制的に呼ばれてからパンチの強いものばかり見ているが、現実離れしたものはやはりまだ慣れない。質の良さそうな台座の上に大切そうに置かれているから、何か大切なものなのだろうか。


 ユナの指が、その水晶玉に触れた瞬間、空気がピタリと止まり、音も、匂いも、全ての色が溶けて、灰色になった。


「えっ」


 止まった空気の中、水晶の中からニョキニョキと黒い手の様なものがずるりと這い出て、スローモーションのようなモノクロの世界の中、ユナに向かって手を伸ばしている。ユナの表情がゆっくりと恐怖に満ちたものへと変わっていく。私の中で、ザワザワとしたものが湧き出す。これは良くない!


 扉を力一杯こじ開けて、できる限りの速さで彼女に近寄ろうと駆け出した、いや、駆け出そうとした。

 その瞬間、腕が強い力でグンと引かれて、体が後方にがくりと傾いていく。


 腕を引かれた反動で、何かにドンと背中がぶつかった。「まって」声が頭上からごわりとした布の感触と、ツルツルした髪がペチリと額にぶつかって、私を覗き込む瞳と視線がぶつかった。息が止まる。吸い込まれそうな赤い瞳に、白い陶器の様な肌、赤い唇に高い鼻。漆黒の長い髪の毛。大きくうねるツノ。


「ま、ままま、魔王……?!」

「ふふ、正解♡」


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