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28そこは無理せず専門家に任せろ


「なんなの一体……」


 空と大地、その中間にポッカリと大きな黒い渦がぽつねんとそこに浮かんでいるのを見上げて、大事なことなので二回も言ってしまった。

 そこへ向かって吸い込まれるように空気が流れ、強い風が吹きこむ。


 その空間へは、たった数秒走れば届く距離だ。

 それは一般的に距離がある方だが、この世界は違う。魔法があり、想像を超える速さで移動する魔物も存在している。禍々しい力を感じる物に対してとる距離としては全く足りていない。


 それほどの距離しかないせいか、私の周囲を囲むように剣を抜いた騎士達からピリピリとした空気が伝わってくる。


 その時、頭上で、何かが大きく羽ばたいた音がした。それも、随分と近い距離でだ。シャッと何かが通る気配がした。

 ハッとして空を見上げると、そこには羽根が一枚、ひらりと風に遊んで、静かに私の目の前に落ちてきた。ふさふさの羽根は、根本に漆黒、先端に行くほど宝石のエメラルドのような美しい色に変化し、角度を変えるとテラテラと光り輝いている。



「……羽根? っ! きゃっ」


 

 バサバサと大きな羽のような物が動く音と共にビュオォ、っと大きな風が吹き、土煙が舞った。

 土煙が渦を巻き、柱が出来上がる。

 徐々に、ほどけるように茶色く濁った風がハラハラと床へ落ちていく。

 その中からうっすらと2人の人間がいるのが見えた。


「あれは……?」

「人、か?」

「いや、人よりも大きい……?」

「ちっ、土煙でよく見えん」


 私の前に立つウレックス達も、煙に視界を奪われながらも何かが居るというのは捉えているようだ。


 あれは、大きな、羽?

 鳥……?


 いや、違う。

 手の中にある羽根に目をやる。その美しい羽根色は、茶色い煙の中から現れた塊と同じ色だ。

 やや猫背気味な背中から生えた大きな翼を折り曲げて何かを包み込むようにして立っている。大事そうに抱える中身は私たちの方からはその背に隠されて見ることはできない。


 人の形をしたものをそろりと包みを開くように、大きな翼をバサリと開けた。


 私たちの事などまるで気にも止めていないというような振る舞いに、しばし呆然としていると、羽根を折りたたむと同時に、下を向いていたであろうかぶりがゆっくり持ち上がる。

 一体何者なんだろうか。

 緊張で思わず喉が鳴った。

 嫌な空気が、その場に流れている。じめりとした空気が重く体にのしかかるようだ。風邪を引いた時に似た気だるさと身体の重さが嫌に気になった。

 

「アーチ……? ランティス!」


 ふと、みんなの様子を伺えば、ありえないほどその顔には大量の汗が流れている。

 瞳孔が開き、肩で息をする姿に驚いた。

 ゼェゼェと喉の鳴る音がする。


 ランティスが私の肩を掴むと、チラリと視線だけで背後を確認する。そこには森への一本道が見える。走ればすぐに森の中だ。


「……トキ、あいつはヤバそうだ……もし動けるなら、はや、く……」


「! きゃ、っぅ」


 ズン、と重力がおかしくなってしまったかのように、突如体に圧がのし掛かる。体が重い。

 手や、足を動かすのも億劫になる程の重さに、思わず膝を地面に取られた。ガツン、と砂地に膝が押しつけられてかなり痛い。砂にジワリと血が滲んでいる。


 ジトリ、と粘ついた視線がまとわりつく感覚に顔を挙げると、翼を仕舞い込んだ後もなお大きな図体の何者かが、そこにいた。背筋をゆっくりと正した姿は男のそれだ。音もなく、ゆっくりと首がこちらを向く。グリンと真後ろまで向いた顔は、表情は無く、ざんばら髪の目つきの鋭い男がじぃ、とこちらを見る。


 その奇妙さと不気味さに言葉を失っていると、ズン、とさらに体に重みが増した。

 それを合図に、ドサドサと私の周りを囲んでいた騎士達が膝をついていく。

 

 今までなんとか耐えていたのだろう。

 苦しそうに顔を歪め、口を噛むハウが「……え?」と呟き、驚いたような顔を作る。


「うそ、偽物じゃん、だる」


「……ユナ!」


「あー、はいはい、ご苦労様〜」


ひょこりと翼を持つ人物の腕の中から現れたのは、なんと姿を消していた聖女ユナだった。


 彼女は城にいた時と変わらぬ容姿と表情で、花のようなかんばせにも関わらず心底面倒くさそうに息を吐いた。

 くるりと、ダンスでも踊るかのように踵を返すと、てくてくと慣れた様子で黒い渦の中へ足をかけた。


「ちょ、待って! どこへ……!」


 息が切れる。

 たった一言話すのにも、聖女の力を使って回復してやっとだ。


「あー……うざぁ……なんでもかんでも口出さないでよねぇ、ばばぁマジうざい……じゃあ、キリトぉ〜」


「……」


 ぎち、と音を立てて、キリトと呼ばれた男がユナの方を向いた。


「こいつら、殺しといて」

 

 ———な!

 あまりの唐突な言葉に言葉を失う。

 何それ。

 なんでもないように、それ食べても良いよ、と許可を出す様な気軽さで放たれた言葉は可憐な少女が放ったとは思えない様な物騒な言葉だ。

 ここに居る誰もが信じられないものを見るように彼女を見た。


「……」


 ぴくり、と男の眉が動く。

 ユナの声に何も答えない。

 この男さえも、ユナの言動に戸惑いを感じている様子さえ伺える。


「……やってよ、デリウス様に言いつけてやるわよ」


「……御意」


「ひっ、きゃ!」


 ずずず、と地面が揺れ、パキリと足元の石が小さなものから破裂音と共に割れて砕けていく。

 慌てて自分とランティス達全員に聖女の力でなんとかしようとするも、間に合わない。

 動揺が勝って、上手く力が使えない……!

 目の前で私を守るように立っていたダトー、ウレックス、ハウがドサドサと地に崩れていく。


「あは、じゃー……よろしくね」


 ユナはそれだけの言葉を残してずるり、と渦の中に入っていった。後ろ手に振っていた手の最後がトプン、と音を立てて、目の前から完全に消えた。


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