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22デバッグ作業を怠ると大火傷必須


「あれは一体なんの話だったんでしょう?」

「ゲーム……ってやつだろ」


 聖女ユナが居た塔を出るとやはりこの話題になった。そりゃそうだ。ユナにこの騒動の動機を聞いたら主な原因に上がった話が、意味不明な単語の連発だもんな。ゲーム、アイテム、キャラ、攻略。


「彼女が言っていたのは、私の世界にあったコンピューターゲーム、というか、誰かによって作られた物語……そうね、書籍のような物と思ってくれて良いわ」


「は?それって……」

「俺たちは作られた『物』だと言いたいのか?」


「……そんな事!」


 そんな事思ったことも無い。

 短い間だが、ずっと一緒に居たランティスとアーチを物だと感じた事は一度もない。

 しっかりと自分の意見を持ち、それぞれに性格があり、好みも違う。

 作られたキャラクターだとするならば、あまりにも人間すぎる。決して思った通りに動いたりはしないし、憎たらしい言葉も発する。


「そんな事思った事、ない。私はそのゲームを知らないし、彼女が思い込んでいただけという気も……する」


 そもそも私は自分の世界に帰る事は出来ないと言われている。よってそのゲームの確認のしようがない。おそらく日常のどこかで一度は見ているかもしれないが、スマートフォンのスクロールのついでにチラ見するくらい一瞬なので、タイトルすらわからない。


 たまたま似たような世界観に強制入場させられて、たまたま似たような人間がいたから勘違いした。でもって、思い通りの世界、ゲーム通りの世界を再現する為に、なんかよくわからん私という異分子を排除しようとしたと。

 自分の思い通りの『ゲームの世界』にするために。


 うーん……、ぶっ飛んだ発想だな。




「はぁ、そうは言われても、俺は俺だしな」

「ランティス……」

「そうですね〜、確かに聖女ユナ様の言葉や態度は変でしたから、そう言った妄言は今更ですねぇ〜」


 ヘラリと笑ったアーチが、サラッと酷い事を言った。妄言て。笑顔で言うにはパンチが利いているセリフにお姉さんびっくりよ。


「アーチさんや、それは言い過ぎでは」

「まさかまさかトキさんや」


 おどけたように、アーチが両手を広げて手と顔を振った。

 その直後途端に顔からストンと表情が消える。


「あの聖女様が僕たちを人として見てないって事は気がついてましたから」

 

「ひぇ」


 アーチの表情が抜け落ち、光を宿さない瞳が空を彷徨った後、にこりとまた笑顔を浮かべてこちらを向いた。こわい。


「あれ? 知りませんでしたか? あの聖女様ってば殿下やあの騎士達以外には冷たいんですから」


「そうなの?」


「そりゃもう」


 そうなのか。そういえばシェリルちゃんももう一人の聖女様に怒鳴られちゃったとか言ってたっけ。あんな可愛いお顔をして、自分に甘く他人に厳しいタイプか。


「まだ調査中なんですけど、下っ端の騎士は基本無視らしいですし、メイドには気に入らない事があると当たり散らす、いじめのでっち上げ、最終的に殿下に言いつけるそうです」


「うげ」


 ベッと舌を出して嫌そうに声を上げたランティスに1票。


「そこに関しては貴方達に任せるわ。彼女が今後真面目にやってくれればきっと今までの事をリカバリーできるはずよ」


「リカバリー、ねぇ……」


 わかる。

 わかるわかる。

 どんな職場にも一人は話の通じない人が居るってのは嫌ってほど経験してるよ。

 でもね、前向きな思考は大事なのよ。

 

 まぁ、しかし。

 そうなってくれなければ困るのが本音だけど。

 忘れてもらっては困るのは、彼女が使い物にならないから私がこんな召喚ショーに巻き込まれたわけだ。ちょっと…いや、そこそこ……、うん、だいぶ楽しくはやっているが、勝手に呼ばれて『聖女だしよろしくどうぞ』って扱いはクソだと思っている。


 一つ気になるのは、彼女、ユナが言っていた『帰りたい』その言葉は私も口に出す事はあるが、気軽さが段違いだった。まるで方法を知っているかのような言い方に感じた。捉え方は十人十色ではあるものの、含まれたニュアンスを捉えるのはコミュニケーションの基本。


 顎に手を当てて、考える。

 私と彼女がこの世界に来た経緯は違う。

 彼女は望んで来たように感じる。私が生きている世界はVRこそあれど、こんな世界に入り込むような技術は無い。仮にうっかりゲーム内に入ったとしても、私はその手順を踏んでない。家にゲーム機は無いし、そもそもそんな技術は生まれてない。あってもアバター。それに、ランティスやアーチ。

 彼らがプログラムで動いているとは思えないのだ。どう見たって生身の人間。


 何を思い出しているのか、口先を尖らせたランティスとアーチが、私の視線に気がついてこちらを向いた。キョトンとした顔に、ほんの少しの陰りが見える。


「あ? どうした?」

「なんですか〜?」


 うん、やっぱり。

 機械みたいな反応なんかじゃ無いし、うん、やっぱり人間だ。確認するようにペタペタと腕に触ると、不思議そうに私を見た。

 

「腕だけで良いのか」

「あれ、もう良いんです?もっと触っても良いですよ〜」


「わーい」


 筋肉最高だぜ。なんと言ってもこの世界でしっかり稼ぐには力が命!ちゃんと地に足をつけて生きていくには各自の努力が必須項目。大学生で言えば必須単位と言っても良い。

 


 だから、余計に思う。

 そんな中で、盲目にゲームの世界だと思い込み、自分のためだけの行動を起こす。

 

 やはり、彼女は、帰る方法を知っている……?


「……少し落ち着いたらもう一度聖女ユナに会いたいんだけど……ついてきてくれる?」


 彼女の瞳は彼らを人として映していない。

 それをなんとなく感じ取っていたほど優秀な彼らは、彼女を好まないだろう。不快で不気味な物を見るようなアーチの目を思い出す。

 こんな事を頼むのは酷かな。嫌がるかもしれない。そうなったら一人でいくけど、単独行動もう解禁かな……。


「良いですよ、トキの為です」

「……気分は良く無いが、トキが望むなら」


「ありがとう」


「おい、ちょっと残念そうな顔なんだ、もしかしてそろそろ『単独行動できるかな〜』とか思ってたろ。まだまだ逃げ出さないか監視中だからな」


「えぇ!? だめですよ! この国の食の運命はトキが握ってるんですから!」


「ちょっとやめて! また脳死で頼ろうとしてる!! 自立しろ私から!!」



 そして私を解放しろ!筋肉とニコニコ魔人から!



 近いうちにもう一度聞きに来れば良い。

 そうすれば彼女の精神も落ち着いているだろうし、周囲の噂話も今回の騒動も少しは落ち着いて、きっと彼女があの塔を出て生活していく事も難しくは無いはずだ。

 自分の世界に帰る方法はそれから聞いてもきっと遅くは無いはずだ。急がば回れ。成功したいなら急ぐべからず。焦って良い結果になった事ないだろう時枝!そう思っていた。



 



 ———深夜、青い顔をした国王様が私の部屋にくるまでは。





「……は?ごめんなさい、深夜だからかな……夢かも、国王様が私の寝室にいる……?」


 ドアを激しくノックする音と、部屋の外で何かを話す声が聞こえて、ぼんやりとする意識の中で目を開いた。

 霞む視界で部屋を見渡せば、就寝した時と変わっておらず、夜の帳は下りたまま。

 カーテンの隙間から見える空もまた、色が濃いままだ。時計を見ると、深夜帯と言ってもいい。早朝といえばそうなのだろうが、まだまだ太陽の姿は見えない。狭間の時間。


「ああ、夢ではない。はよう目を覚ませ、聖女殿……! 一大事だ」


「う、うん?」


 不躾に部屋に入ってきたのは騎士達を引き連れた国王様達だった。

 いや、不躾にズカズカと入室の禁を犯したのは国王様だけだ。他の騎士達はさすがに入ってくる事を躊躇して扉の前で立ち止まっていた。

 紳士的でよろしい。

 乙女(3×歳)の部屋に断りもなく入ってくるなんて恐ろしい大罪、私以外なら許されないんだからな。頭がおかしいのでは?王族ならせめてマナーを叩き込んでくれよな……。


 目を擦りながら、『一大事』という言葉を思い出す。あまりの無遠慮さに怒りと眠気で我を忘れてたよ。鎮まった静まったおーけー。


 布団から這い出て、いつのまにか部屋に居たシェリルちゃんが羽織りを持って来てくれた上着を羽織って椅子に座った。同時に、国王様も正面に腰を下ろした。よく見れば、国王様の顔は青ざめている。



「どうしたんですか、こんな時間に」

「聖女が姿を消した」


「はい?」



 薄暗かった部屋に、オレンジの光が入り込み、太陽が顔を出し一日の始まりを知らせている。劇場の幕が上がっていくように、部屋に徐々に暖かな光が差し込んでくる。


 清々しい朝とは真逆の空気に、なんとも慌しい一日が始まっていく気配がした。


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