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21 恐れ入りますが、お約束はいただいておりますか?


 さすがは王城と言ったもので、割と長い期間この城の中の部屋に住んでいるにも関わらず、この城の中に恐ろしくたくさんの部屋が存在することに今更ながら驚いた。




 童話かなんかに出てくる髪の長いお姫様でもいらっしゃるのかしら?というほど細長く高い塔を見上げれば、想像するだけでくたびれてしまった。体が若いせいで忘れがちだが中身は30代の体力の限界を嫌というほど知っているお年頃。見上げる首の角度で今からどれくらいの重労働が待っているか計算くらいおちゃのこさいさいなのである。パワースポットに行っても神聖さを感じる前に登らなくてはいけない階段によりもたらされる身体的苦痛を計算してしまう系の女子だったのよ。これを?登るんか?私が?ひえー。


「ふわぁぁ……」

「なんちゅう声を出してるんだ……」


 やれやれ、じゃないのよランティス。横をご覧下さい。アーチだって似たようなもんでしょうが「ふぉぉ」って声が漏れているわ。


「アーチ、お前ここ担当は回ってこなかったのか?」

「そうなんですよ〜、僕、この辺の警護の仕事回って来なくてさ。あまり知らないんですよ〜、僕は泥くさーく最下層の罪人担当です」

「最下層?」

「そうですよ〜」


 最下層、なんて言われると、何となくだが騎士が行う仕事の中では汚れ役って感じだな。ランクとしては低いイメージがある。というか騎士がやるのか……。暗殺者とか、隠の者とかそういう感じかと。うん、これは完全に偏見だけど。


 このイメージはあながち間違ってはいないのか、ランティスも変な顔をしていた。隊が違うから業務内容はお互い把握しないものなの……?まぁ、部署が違えば都度都度会社全員の仕事の把握なんてできないから、どこの組織も同じようなのだろう。そう思えば納得。

 アーチは人好きのする笑顔で、にこにこと笑むと、「別に僕は良いんですけどね〜最下層、嫌ではないですよぉ」と気にする様子もないようだ。


「……」

「……」

「え? 何です?」

「……ちなみにどんな業務を?」

 興味本位で聞けば、一瞬間変な間ができたが、アーチはにこりと誤魔化すように笑って、口を開いた。


「えーと、拷———」


「ん?」


 突然ぱくぱくとアーチが口を動かすだけで声が聞こえて来なくなった。それは当たり前の事で、耳を覆い隠すように大きな手が私の両耳を塞いでいたからだ。

 私の顔なんて片手で十分に掴めてしまいそうな大きな手が両サイドを覆うものだから、もう何も聞こえない。背後から何か言っているようだが、振り返ろうにも手で固定されているため首は動かない。代わりにアーチの顔が見えているが、一瞬真顔になったが、にこりといつものように笑顔になったかと思うと、ランティスと何かを話している。

 耳元でボワンボワンゴウンゴウンとくぐもった音だけが聞こえている。耳を澄ませて見てもよく聞こえなくて、ひとりポカンとしていると、耳を圧迫していた手が離れて顔が自由になる。


 私は内緒話なんてしないというのに。堂々と目の前で話してかつ耳だけ塞ぐとは。何という焦らしテクニック。すごくもどかしくてイライラするわ。疎外感!


「……ちょっと! これ絶対取引先の前でやらないでよね! 目の前でコソコソやられたら苛々しちゃうでしょう! どんなプレイよ! で、何だったわけ?」


 本当にもどかしいったらないわ!と二人を睨みつければ、ランティスは困ったような顔をして気まずそうに頬を掻くも、何も言わずに肩をすくめるだけだ。

 はぁ?ちゃんと返事しなさいよ、と詰め寄ろうとしたら、アーチのふふ、と漏れる声が聞こえてきた。人差し指を薄く形の良い唇にあてがうと、シーと息を細く吐いた。


「内緒話なんだからナイショ、ですよ」

「……」

「女に聞かせる内容じゃねーんだよ」

「えっ何それ……絶対エロい事でしょ……! そうに決まってるよ、そんなニコニコ顔であんなことやこんな事をコソコソやってるんだ……! 同人誌みたいに!」

「あ?どうじんし?」

「え〜何ですかそれ〜、楽しそうですねぇ」

「うわっやりそう!!」


「そうですかぁ?じゃあ〜」

 ふふ、と楽しそうに笑んだアーチは、瞳を怪しく光らせて、耳元に寄ると、いつもの調子とは全く違う掠れた声で囁いた。


「トキが罪人になったら教えてあげる」

「!」


 その笑顔絶対攻め!!しっとりと低い声に、ひ、と口元を覆う。


 興奮している私とは打って変わって、ランティスは呆れたように溜息をついてさっさと先へ歩き出してしまった。おま、他人事じゃねーからな。ここが『絶対BLになる世界』だったら一番に狙われる可愛子ちゃんはランティス、お前だからね!



 気をつけなさい、と肩を叩くと、ランティスに気持ちが悪いと罵られた。だめだよ!威勢がいいのも危険なのよ。




 螺旋状に昇っていく長い階段を登っていくと、ポツリと一つの部屋が現れた。この塔はさほど大きくは無い。しかし一部屋のみしか作れないほど小さくはない。それから考えると、かなり厳重に管理されている事が伺えた。


 まるで、スパイ映画に登場するような銀行の金庫のような重厚な扉を抜け、さらに二つほど扉を開いた先に、一人の女性がポツリと椅子に腰掛けて小さな窓から外をぼんやりと眺めていた。


 彼女がこちらをゆっくりと振り向くと、その表情が露わになった。


 不自然に空いた空間が気になったが、入り口付近に置かれた椅子にランティスとアーチに促されるままに座ることにした。


「聖女ユナ、質問に答えていただきたい」

「……」


 じろりとこちらを睨むような瞳に、ゆらりとピンクの光が揺らぐ。

 

「何故、騎士達や王子殿下を操るような真似を?」

「……」

「もう一度聞きます、いったい何故そのような乱暴な事を?」

「———だって!!」


 ガタン、と椅子が音を立てて倒れる。


「だって!」

 

 こちらに向かってズンズンと進む聖女ユナに、ランティスとアーチは立ち上がり私の前で剣に手をかける。しかし彼女が私に触れる事も、触れられるほど近寄る事もなかった。


 ドォン、と窓を叩いたような衝撃と大きな音と同時に、すぐ目の前で彼女の手が空を叩いた。


 空を、という表現は正しく無い。

 まるで見えない壁がそこにあるように、彼女の手は透明な空間を、見えない壁を叩いた。


「何も起こらないんだもの! ここって『異世界より愛を込めて』の世界じゃ無いの? 全然お助けキャラも出て来ないしアイテムだって貰えない! 私だって一生懸命聖女やってた……! それなのに、全然うまく行かないし、全然ハーレムになんないし……だったら、自分で何とかしなくちゃって思うじゃない?」


「は、はれむ?ちょっと待って……一体どう言う」

「ハーレムよ! 乙女ゲーム知らないの? 信じられない! バカじゃ無いの? せっかくこんなチャンスが来たのに! せっかく攻略方法まで全部全部覚えてたのに! それに、みんなも私の事好きになってくれてたのに……!」


 あまりにも、非現実的な言葉の数々に呆気に取られていると、聖女ユナは「ちゃんとセリフも、キャラが欲しい言葉も全部言ったのに」とポツリと呟き、俯いてしまう。


 乙女ゲーム……?いや、乙女ゲームは知っている。乙女のための恋愛ゲーム。やった事はないが、スマートフォンいじってたらいくらでも広告でめちゃくちゃ出現するのでそりゃあ知っている。

 しかし、ご都合主義満載の乙女ゲームでしたここは!と言われても信じようがない。思い通りにならない事もそりゃああるし、コミュニケーションは必須。ロールプレイングゲームのようにいくつかあるセリフを選択して答えるようなものでもない。

 魔物は出るし、魔王だっているらしいし、武器もあれば戦争だってあるだろう。どんな恋愛ゲームですかそれは。飯はまずいし、乙女ゲームのくせに私は無礼だとか言われていきなり殺されそうになったし。

 もっとこう、目に見えるパロメーターであったり、アイテムであったり、明確なアクションや強制的に発生するルートのようなものがあったっていい。ゲームならば。


 チラリ、とランティスとアーチを見る。

 聞き馴染みのない言葉の数々を懸命に理解しようと頭を働かせているのだろう。彼女の言動を聞き逃さないよう、注意深く、しかし信じられないものを見るように聖女ユナを見つめている。

 

 彼らはどう見ても普通の人間だ。

 息をして、美味しいものを食べれば目をキラキラさせて。

 生身の人間で、一人の生きている青年だ。ちゃんと会話もできるし、数パターンしか話せない無機質なキャラクター村人Aなんかではない。触れれば暖かいし、嫌な事もあれば嬉しい事もあるだろう。聖女ユナの言葉は、『物』として扱っているような、おおよそ人間に対しての振る舞いではない。これじゃあ、あまりにも……。


 背中に冷たいものが通る感覚がする。

 ポツリと浮かび上がる。じゃあ、操られていた彼ら、王子殿下や騎士達の思いはどうなってしまうの?彼らも、彼女のゲームじゃない。ただのコマじゃない。彼女のためだけの人形じゃない。

 

 これじゃあ、あまりにも報われない。



「あーあ、ゲームと一緒じゃないなら、帰りたい」



 吐き出すように呟いた言葉は、今までで一番残酷で無慈悲な言葉だった。

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