17 社訓は出来ていたら掲げてない【ダトー】
重たい瞼を押し上げると、真っ暗だった世界は、目を開けてもまだ真っ暗なままだった。今は何時だろうか。暗い部屋に光はない。
小さな窓が高い位置にポツンとついている部屋で、月のか細い光だけが部屋に差し込んでいる。光をたどって見上げれば、ズキリと体が痛んだ。
「ここは、独房か」
まさか自分が入るとは思わなかった。
地下牢とはまた別の、清潔にされた独房は監視対象に対してあてがわれる部屋だ。そうか、俺はまだ犯罪者ではないのか。
ホッとする気持ちと、戸惑いに襲われるが、納得するものはあった。
自分が転がされていたのは、ベッドでもなく、ソファでもない。
堅い地面に無造作に捨て置かれた身体はミシミシと音を立てて痛みを訴えている。
野宿であっても、夜通しの見張りであっても体がこうも痛くなることは無かったはずだった。随分と鈍っている体に、ゾワリと得体の知れない思いが駆け巡ってくる。
うっすらと痛む頭に残っている記憶を辿る。
ぶつぶつと途切れ途切れの記憶は、どこか曖昧で、ほとんど思い出すことができない。
外の花壇で大事に育てていた花が美しく咲いたんだ。体に似合わず、花を育てるのが好きな俺を「優しくて素敵だ」と褒めてくれたのが嬉しくて、それを言ってくれたユナに渡そうと、一等美しく咲いた花を摘んで、それで……。それ以上は、頭を振ってみるも、くらりと目眩がしただけで、うまく思い出すことはできない。
それに、聖女を名指しで呼ぶなんて、どうかしている。
とんでもない事を自分がやっていたのかと思うと、背筋が凍る。己の大胆な行動と、恥知らずな振る舞いに羞恥よりも恐怖が襲ってくる。
信じられない気持ちのまま、頭の中でぐるぐると回っては途切れる記憶達は、自分の意思とは反して、思い出したくないものばかりが思い出されてくる。強く焦がれた聖女への想い。聖女以外はどうでも良くなっていた恋情。あれは恋情と呼べるのかもわからないが、抑えられない衝動だけが俺を突き動かしていた。
何故、俺は……
もう一人の聖女に口汚く罵った言葉は、とても正気ではない内容だった。自分の口から出たとは信じられない。
あれほど聖女ユナを敬愛し、それだけを求めていた気持ちは、今の自分には無い。そこにはぽっかりと冷たい穴が空くだけだ。
「そうか、俺は、取り返しのつかない事をしてしまったのだな……」
ただ残るのは、絶望だけだ。