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16直帰希望です

 


 はぁ、はぁ、と切れ切れな荒い呼吸と、地面にドン、と叩きつけられる鈍い音が鳴り響く。


 グッと握った手のひら、そして私の頬はジンジンと痛ま……なかった。


 そう。痛まなかった。



「はっ、はっ、おまっ、な、なな殴ったな!?」


「———殴ろうとした人間が被害者ぶるのやめてくれます?」


 叫んだ人物を見下ろす。

 そこには頬を押さえて、床に転がるフロルド王子殿下。頬は真っ赤に腫れて、口の端は血が滲んでいる。これでもかと言うほど大きく開いた目は、化け物でも見るかの様に私を見上げる目はどうしてだか焦点が合っていない。


 そう。

 何が起こったのか分からなかった人のために説明するね!

 殴られそうになった手を左手で叩き落とし、反対の手で思い切りビンタした。


 誰が?


 私がだ。


「なな、私はっ! 一国の王子だぞ!?国家反逆罪だ……! お前ら! 騎士なら、こいつ、こいつをすぐに殺せぇぇ!!!」



 阿鼻叫喚といえばいいのか、状況はなんともいえない空気に包まれる。一瞬間ざわりと波打ったどよめきも、王子殿下の大声で、シン……と静まり返った静かな空間が訪れる。

 誰もがここで口を出す勇気はないのだろう。

 なんといっても一国の王子。

 そしてそんな彼の逆鱗に触れることがどんな事なのか、顕著に表れているこの瞬間。とても声を出して引き摺り出されるのは勘弁願うという感じだろう。


 恐ろしく空虚な叫びだった。

 聖女ユナを見れば、見開いた目の中でパチンと毒々しいピンクの炎が燃え盛っている。バチバチと線香花火の様に弾ける聖女の力が燃えている。


 それはこちらを凝視している彼女の騎士達や王子殿下の瞳の中でもまた、バチバチと火花を散らした。それは間違いなく、聖女ユナの力だ。


 瞬間。


「魔女め! 魔女メ!!」

「コノ国カラ出テイケ!!」

「死ンデシマエ」

「出テイケ!」

「偽物! 偽聖女ォ!!」


 叫ぶ様に、憤怒した様に罵詈雑言が、騎士ダトーの、ウレックスの、ハウの、そしてフロルド王子殿下の口から次々と放たれた。誰もが息を呑む音が聞こえる。まるでそれを踏みつける様な罵声。蹴飛ばす様な怒声が、飛び散っていく。


 まさに異様だと思う。

 狂った様に喚き散らす姿は、私が賞金目当てで討伐に出かけた時に遭遇した魔物のそれの様だ。

 さてどうしたものか。討伐の時と同じ様に、思考を回したその時。

 


 ドサリ



 聖女ユナが、突然糸が切れた様に気を失い、床に倒れ込んだのが見えた。


 私の騎士達が拘束のために背後で支えていたおかげもあり、顔から床にダイブとはならなかったみたいだが、それでも突然の異変に騎士達も彼女を抱き支えるのは難しかった様で、支え損ねた体が床にぶつかった。


 彼女が倒れると同時に、怒鳴り、喚き続けていたダトー、ウレックス、ハウ、フロルド王子殿下の4人も、突如気を失いバタバタと倒れ、床にゴロリと転がった。


 キャア、と周囲から驚きの悲鳴が短く聞こえる。


「……蓄えていた力が無くなったのね」

 

 聖女の力は不思議なもので、私の場合は美味しい食べ物で補給しなければあっという間にガス欠になってしまう。この感覚は小さな子供の時以来の感覚で、うっかりしていると赤子のように会話中に眠り込んでしまう。すっからかん。この表現がしっくりくるのだ。これは大人が長い私には慣れるのにかなり時間がかかったが、彼女もまた、その感覚を見誤ったのだろう。

 彼女がどんな方法で力を補充していたのかは知らないが、力を使い続ければ倒れてしまうのは私も経験済みだ。


 倒れた彼らが騎士達によって運ばれていくのを見届けると、集まっていた使用人達は国王様の呼びかけによってそれぞれが仕事に戻っていった。

 おそらく、この城の外に今起こったことが漏れ出ることはないだろうが、しばらくの間は城の中で噂になることは間違い無いだろう。何故漏れることがないかというと、王城で働く時は契約を結ぶらしいのだ。口外禁止。時効なし。……昔何かあったのだろうか?



 使用人達がこの出来事の行方に興味があるのは透けて見えた。後ろ髪を引かれる思いで部屋を出ていく使用人達の顔には小さな戸惑いと好奇心が隠しきれない様に表情として出ていた。


 王城でのスキャンダルは彼らにとっては刺激的な話題なのだろう。雲の上だと思っていた人間の生々しい行動は、どの世界でも共通の良い餌らしい。


 どさくさに紛れて私に対する恐怖心を吐露する子たちがいたが、聞き捨てならない。

 何が「え、怖い」「王子を殴った」「暴言を吐くとは聖女にあらず」だのなんだの聞こえていたわよ。違う違うから。一方的な暴力みたいに言うのやめてね!?これなんていうか知ってますか!?正当防衛って言うんですけど!よって私は無罪。声を大にして言いたいわ。


「任せてください!」

「ありがとうシェリルちゃん」


 シェリルちゃんを拘束していたロープを解けば、噂話をしている子達の方を指さしてこくりと強く頷いてたったかと走っていった。ありがとう、シェリルちゃん、たすかる〜。


「トキ、怪我は……ないな」

「どちらかというとフロルド殿下が心配ですよ……、だってすごい音してましたよ」

「ちょっと、アーチお前……そこは嘘でも乙女を心配しなさいよ! モテないわよ!」


 こいつら。私をゴリラ扱いしやがって。

 ランティスは飄々と「モテなくて結構。今のままで問題ない」なんてニヒルな微笑み浮かべて余裕綽々で腹立つ。モテてんだなこいつ。居た居た。会社にも「ハハん、俺普通にモテてますけど何か?」ってタイプ。そう言うやつはこんな顔するんだ!私は知っている!

 アーチにいたっては「嘘です嘘です、怪我はありませんか?身体検査しますか?」と爽やかにセクハラをかましてきた。そのワキワキする手を引っ込めたまえよ。


 いい度胸だ、ケツを差し出せ。タイキックのお時間だ。


「……」

「……あっ……」


 無言でアーチに蹴りを入れたら、バチん、といい音が鳴り、何故か私の足の方がダメージを負ってしまった。

 ニコニコ魔人、お前も筋肉の手下だったのね。

 ちょっと気持ちよさそうに変な声を出すな。



 ランティスと共にアーチに軽く引いていると、状況を冷静に見ていた国王様が、はぁーと大きめの溜息を吐いて、深刻そうな表情を浮かべた。

 私達以外居なくなり、空っぽになった広い部屋の真ん中で再度短く息を吐いた。


「ふむ、状況は理解した……聖女ユナが倒れ、それと同時に我が愚息と騎士達がほとんど同時に倒れた……操られていた、と考えられるわけだな」


「そうだと思います。私に殴りかかるというのはおおよそ王子殿下がなされる事ではないと思いますし……あ、殴ってしまってすみません」


「いや、殴られて然るべきだっただろう。でなければ聖女殿が怪我をする……国を助けて貰っている立場としては、それはあってはならない事なのだから」


 また一つ、国王様は重たげな溜息を吐き出しながら、疲れた様に遠くを見つめた。

 気落ちするのはよくわかる。

 自分の指導ミスでプロジェクトの進行に支障をきたした上司の顔が浮かんだ。


 しかし、実は聖女、結構偉いポジションだったらしい。

 そうなの?

 軟禁されてたけど。

 それは今でもそうか。見張りがついているし。

 もはや奴隷レベルで働かされてますけど、有給っていつもらえますかね?誘拐神隠しというクソやばい仕様だけど、衣食住が天元突破しているので相殺!解散!


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