15残業代は出ますでしょうか?
ざわりざわりと、周囲の人が騒ぎ出す声が、まるで波の様に押し寄せてくる。
人の波をかき分けて現れたのは
「は、父上……!?」
「国王様!」
「陛下……」
「……」
「陛、下」
「それで、誰が私を謀ったと?」
突如現れた国王様に、周囲はザワザワと騒がしくなるが、さすがにと言おうか、国王様が話し始めると波を打ったかのように静かになる。
私にとっては予定通り。
動揺はない。上手くいってくれて、まぁ、気分はさほど悪くない。私の思い通りというよりは、この先は国王様の思惑に任せるほかない。
なんといっても政治は国王の仕事だ。内政の管理も彼次第。
「それは……っ」
かろうじて声を出したのは王子殿下だ。
それでも、驚きが勝ってしまったのかまともに話せてはいない。
聖女ユナに至ってはガタガタと震えて、国王の顔すら見えていない様だった。
「父上、なぜ……隣国に向かっていたのではなかったのですか……?」
「ほぉ、一体何故だ? 誰から聞いたのだ?」
国王様の目は、鋭く光った。
息子を見る目としては冷たく暗い。悲しむ様な視線に戸惑うのは、王子殿下の方だった。
一変した気配を感じたのは周囲も同じで、ホール内を見渡せば誰もが一人の人間を見ている。
その視線は、ついさっきまで私に向けられていたのに、今では私なんか目に入っていないだろう。
今、疑心に塗れた視線は、聖女ユナ、その人に集まっている。それが答えを出している。そう思ったのは私だけではないはずだ。国王様もまた同じだろう。
「そうか……相分かった。それで……お前達、これほど人を集めて何をしようと言うんだ?何故彼らを拘束している?」
すい、と視線が映り、私の騎士達への問いかけに変わる。答える様子のない息子や聖女ユナに痺れを切らしたのか、彼らの口から聞きたくはないのか。私の知るところではない。
「この、この偽聖女の仕業だ……! 父上、私たちはこの女にまんまと騙されていたんです!」
人を指差すことがマナー違反なのを忘れてか、おおきく振りかぶって、文字通り私の目の前に指を突き立てる。
私はその指を見ることなく、国王様に視線をやれば、その鋭い眼光が私をチラリとだけ見る。
「それは誠か? 聖女トキ殿。貴女は私を、この国を謀ったと?」
「……っそうです!!」
いいえ、そう答えようとした。それよりも先に、甲高い声が響いた。
「……ふむ、聖女ユナ殿。私は貴女ではなく聖女トキ殿に聞いている。それに……貴女はまだ先ほどの私の問いに答えてはいない、急くな、しばし待たれよ」
「!」
目を潤ませ、いかにもか弱くひ弱な犠牲者の様な姿で媚びる様な視線を国王にぶつけた様だが、何一つ国王には響かなかった様だ。ひう、と小さく声を上げて、身を縮こませた。『まだ答えていない問い』その言葉で明らかに体を震わせていた。
「して、聖女トキ殿。貴女は偽の聖女と呼ばれる理由は?私を騙しているのか?」
「いいえ」
国王様の問いに、私ははっきりと答えた。それを聞いた王子殿下の眉が吊り上がり、真っ赤になった顔は、クシャリと潰れ、皺がよる。普段の凛とした美しさはそこにない。
「なんだとぉ! 何を言う……! この、魔女め!!」
「!」
荒げた声と共に、バシン、と大きな音が響いた。短い悲鳴と、ハッと周囲から息を呑む声が上がった。