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イスラエル製の5.56㎜ガリル自動小銃の30連弾倉を外し残弾を確認していた。装填してあった弾倉には15発、それと予備弾倉と合わせて75発しかない。それ以外にはベレッタM92Fが1丁と予備弾倉が1本。小銃と拳銃を合わせて残弾は105発だった。
35歳くらいの男性は、残った3人を集め各人の残弾を確認していた。
「班長、俺はメインとサブで105発だけです」
田中の年齢は23歳、ひょろりとした体格のどこにでも居そうな青年は、黒いチノパンにコンバットブーツ、それに黒いウィンドブレーカーを羽織り、レッグホルスターにはベレッタM92F、手にはガリル自動小銃を携えていた。
班長と呼ばれた男は35歳位、充血した目を大きく開き、残り3人になった部下を鼓舞するために、神の名を口にした。
「我々の任務は弾丸が1発になっても銃口を悪魔に向け命を奪い取る事。我々のディンギルを祝福し地球にお迎えするのだ」
3人は拳を握りしめ、声を揃えて神を称える言葉を、呪文の様に唱えていた。
「ディンギルの下!!」「ディンギルの下!!」「ディンギルの下!!」
「奴らはあのホテルに籠城している。負傷者と子供連れだからすぐには動けない。車両かヘリがもうすぐ来るはずだ。最後の一人になっても悪魔の進軍を止めなければならない。先に神の下へ行った者達の残弾を集めて来い。我らが撃ち落としたヘリからも使える武器があればそれも集めるんだ。お前と‥‥‥お前の2名で行って来てくれ。その間、私と田中で奴らを監視する。奴らが動き出すときがチャンスだぞ。急げ!」
班長に指名された1人は死んだ仲間のもとにへ走った。そして、ポケットやリュックを漁り銃と弾薬を回収すると、次の死んだ仲間へ走る。もう一人は墜落した自衛隊のヘリへ走っていた。
班長と田中は従業員通用口と書かれた、大きな金属製のドアが良く見える、茂みと立木の間に移動し身を潜めていた。
「奴らは必ず裏から移動する。バリケードを築いたエントランスからは出てくることは先ずない。とにかく誰でも良いから当てろ」
「はい、分かりました」
フェアウェイの芝の上を跡を付けながら風が幾度も
流れた。
木々の葉が擦れる音がして。葉に落ちる水滴がボタボタと音を立てている。
(雨に濡れれば体温が一気に下がる。できるだけ早く決めなければ不味いな)
田中はブルッと震えると、ウィンドブレーカーのジッパーを首元まで上げた。そして、ガリル自動小銃を構え直しながら天を仰いだ。
――――
1年前――。
田中は友人の誘いでセミナーに参加した。全く興味は無かったのだが、別に参加するだけならと本当に軽い気持ちだった。
都内にある古いビルの一室に、テーブルが付いたパイプ椅子が30脚ほどが並んでいた。田中と友人が部屋に入ると空席は4つほどしかなく、誰一人音を立てず、静かな会場の壇上に50歳位の中肉中背の、全く特徴のない男性が登壇するところだった。
最初の30分は他人との付き合い方について、ああした方が良い、こうした方が良いと、大して中身の無い話を淡々としているだけで全く興味を持てず、田中は何度も欠伸を噛み殺していた。
しかし、後半になり講師が変わると一転して、会場は緊張感に包まれた。
前半までの講師とは違い、35歳位、細身で、ブラウンのスーツを着ている普通のビジネスマンに見えるが、異様なのは目を見開き、充血した目は殆ど瞬きをしない。そして、オーバーな身振り手振りで話を進めていた。
(なんだこの男は。目がイッってるじゃん。瞬きもしないし‥‥‥)
「今ある宗教の全ては、一つの神に繋がっている。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教、仏教などは、元々はその神が成した事を盗んで布教していった。人類創生や洪水伝説、神の雷、そして仏教やヒンズー教の宇宙観‥‥‥。その一つの神はディンギルであり、唯一無二の神である。シュメールに残る神話もディンギルに作られた人類の口伝が元になっている」
講師はハッキリと全ての宗教を否定し、シュメール文明まで持ち出して来たのだ。
(しまった。宗教のセミナーだったのか‥‥‥。これは早く逃げないとな‥‥‥)
大学でネットワークビジネスや宗教、左翼系活動家がセミナーという隠れ蓑から、強引な勧誘をすると噂では聞いていたが、まさか自分がその場に来るなど考えてもいなかった。
隣に座る友人を見ると壇上を見つめている。そして、持参したノートに熱心に何かを書き込んでいた。田中はそれを見て、友人が完全に洗脳されているのが分かり怖くなった。こいつは助けにならない。自力でこの場から逃げないと、大変なことになってしまうと少し焦り始めていた。
古いビルの空調は音の割に仕事はしていない。うっすらと額に汗が滲んできていた。
「今日は特別にディンギルが遺した御業をお見せしよう」
会場は『おおおーー』と大きな歓声が上がり色めき立った。
(どうせマジック紛いのインチキなショーだろう。フン)
アシスタントの女性は黒い布が掛けられたカートを押して、壇上の中央に来るとカートの左側に立った。横幅は70㎝ほど、縦もそのくらい大きさの物体がカートに乗せられている。
「今からお見せするのは、ディンギルが唯一の神である証拠のうちの一つ。そして、今の人類の科学力を持ってしても到底作り出すことは出来ない。この仕組みを人類が理解し、生み出せるとしたら後2、300年くらいは掛かるであろう」
講師は自信満々に両手を上げて会場を盛り上げる。
参加者は身を乗り出して、講師が言うディンギルの御業を見ようと固唾をのんで見守っていた。
(そこまで言う御業とやらはどんな物だ?人類が300年も掛かってやっと作り出せる?正気か?)
田中はゴクリと唾をのみ込んだ。信じてはいないが、少しずつ緊張してきたのも確かだった。
「ではお見せしよう。失われた神の御業、人類を作りたもうたディンギルの力を!」
講師の言葉に合わせてアシスタントが布を勢いよく引いた。
ステンレス製のカートに乗せられていたのは、肉厚の透明アクリルケース。しかし、中に何が有るのか田中の席からではハッキリとは見えなかった。
(なんだ?何が‥‥‥有るんだ)
田中は目を凝らして壇上のアクリルケースを見ていた。
講師とアシスタントはケース上端にあるハンドルに手を掛けて持ち上げた。ケースにはなにも繋がっていない。マジックなどでよくある、タネも仕掛けもありませんと言っているのだろう。
会場は静まり返り、何が起きるのか待っていた。壁に掛かった時計の音、空調装置のベアリングの異音が耳に触る。
再びケースはカートに乗せられたが、数分間は何も起きなかった。それでも、参加者は黙って待っていた。
モソ‥‥‥モソ‥‥‥サ‥‥‥サ‥‥‥
(ん!?底に何か有るのか!?なんだ!?底が動いているのか!?)
何も無いように見えたが、底が少しずつ波打って、何かが動き始めていた。
会場は静寂から一転、騒つき始め、『おおーー!』という驚きの声が彼方此方で聞こえた。そして、それが会場全体に伝播していった。
波打つのが止まると中央に纏まり始め、にゅるりと上に伸び、黒っぽい光沢のある球を形成しようとしていた。
(なんだ?クラゲ?それとも粘菌の塊?スライムみたいな‥‥‥ここからじゃ何か分からない‥‥‥)
アクリルケース内の物体の動きに合わせて、講師の男性は更に目を見開き、唾液を飛ばしながら怒鳴るように話出した。
「唯一の主ディンギルが生み出した神を守る従順な兵士!それを、我々サンクトゥスレガトゥス協会は復活させた!近い未来再びディンギルがこの地球を救う為に来られる。その時、我が主を滅ぼそうと純粋な悪のカラグが目覚め、世界を永遠のカオスへ突き落す。我々はディンギルに抗う悪を屠り、人類が永遠の命を授けられるように、今から準備しなくてはならない!!その一つがこのエルである!これは命を持った液体金属。磁性流体のような特性と、自我を持ち、慈しみと怒りの感情を併せ持っている最強の戦士!」
(こ、こいつは何を言っているんだ!?感情を持った液体金属?神を守る兵士だと!?)
アクリルケースの中央に浮かんだ物体は、真球に近い形状になると完全に停止した。
参加者は興奮し、いつの間にか『ディンギル!!ディンギル!!ディンギル!!‥‥‥』と称える声が会場内を埋め尽くし始めていた。
そして、会場内の声に合わせアクリル内の物体が再び動き出した。一瞬で雲丹の様に棘を無数に出すと、ぐにゃりとスライムのような形状になり、形を変えながらケース内を飛び回り始めた。
講師が指をパチンと鳴らした。それと同時に物体は球体に戻り完全に停止した。すると一瞬でユニコーンのような角を伸ばすと、肉厚のアクリルケースに突き破った。そしてまた完全な球に戻った。
会場内からは驚きの声と、称える拍手が鳴り響いた。
エルと呼ばれた物体をよく見ると、一つの目が現れ人間の様に瞬きをしていた。
(なんだ?こ、これは!講師の指示で動いたのか!?あの厚いアクリルを一瞬で突き破ったのか!?信じられない。しかも、あの目は何なんだ!?感情‥‥‥が有るのか?)
田中はその後の講師の言葉は覚えていなかった。ただ、ずっと考えていた。
(ディンギル?本当なのか!?近い将来に地球に来るのか!?もし本当なら‥‥‥)
田中がふと気づくと、セミナーは終わり殆どの参加者は帰っていた。
そして、田中は立ち上がり講師に近付いて話掛けた。
「あ、あの‥‥‥。本当に人類を救いに来るのですか?永遠の命をもたらしくれるのですか!?」
講師の男は公演中とは違い凄く落ち着いた柔らかい表情をしていた。
「そうだ。もう、地球に向かっている。もし、興味があるなら、連絡先を教えてくれないか。ディンギルの話をしてあげよう」
――――
「班長、弾薬回収してきました。アイツが良いものを持ってきましたよ」
男はニヤリと笑ってそう言うと、もう一人の男がゴルフカートの後ろにキャディーバッグを載せるように、M2ブローニング重機関銃を載せて来ていた。自衛隊のヘリに搭載されていた物を鹵獲して来たのだ。
「ほう。これは使えるな。弾もある。急いでカートに固定しろ!これで少しは有利になる」
男達は4人乗りのゴルフカートの後方に向けてM2ブローニング重機関銃を載せ、キャディバッグを固定するベルトやロープなどを使って強引に固定した。
(これで少しくらいは持つだろう)
田中は辺りを見回した。自衛隊らしいヘリの編隊が、高度を下げて南に向かっているのが見えた。
プレイヤーが居ないゴルフ場は、鈍色の空のように寂しく感じられ、冷たい雨が本格的に降り始めてきた――。
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