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蒼達の4人は突如現れた陸上自衛隊所属のヘリコプターに救われた。
縄文小学校の校庭から離陸すると、あっと言う間に地面が離れて行き、徐々に奥の方の景色が広がって見えた。機内はエンジン音と耳鳴りのような高周波音が鼓膜を震わせ、そのままでは会話する事は出来いほどだった。
蒼達はヘッドセットを渡され着けるように促された。
ヘッドセットを着けると、鼓膜を震わせていた騒音は軽減されたが、それでも激しいエンジン音とローターが空気を切り裂く音が頭の中に飛び込んでくるようだった。
「自分は、陸上自衛隊の柳川3等陸佐。立花陸将から仰せつかって君達を迎えに来た。我々は何が起こっているのか把握できていない、君たちが戦っていた相手とオレンジ色の光は何だったんだ!?それに何で拳銃を持っているんだ!?」
柳川と名乗った自衛官はこの隊の隊長なのだろう。迷彩服の上からでも厚い胸板や筋肉質の前腕を見れば常に鍛えているのが分かった。左胸にはダイヤモンドを月桂樹の葉で囲むようにデザインされたレンジャー徽章と、ダイヤモンドの代わりにパラシュートをあしらった空挺徽章の2つが縫い付けてあった。
蒼は説明しようと声を出したが、自分の声も聞こえず、相手にも伝わっていない。
「蒼!このクリップが付いたボタンを押しながら話すんだよ!」
花宗はクリップが付いたPTTスイッチを持ち上げて見せた。
「私は花宗 結月。助けて頂きありがとうございます。柳川3佐という事は情報本部の方達ですか?」
柳川と名乗った自衛官は明らかに狼狽えている様子で、少し前のめりになった。
「な、何で知っているんだ!?いかにも立花陸将も自分も情報本部の者だが、どこで自分の事を知った?本部長は公式サイトに載っているが、それ以外は非公式になっているはずだ!」
ヘッドセットを着けていても『キーーーー―』という、耳鳴りのような高周波音は常に聞こえていた。
「立花陸将は私の祖父から連絡を受け、柳川さん達を私達の所に寄越したんです」
「どういう事だ?」
蒼達が装着しているヘッドセットとは違い、自衛官は全員フライトヘルメットを被っていた。そしてサングラスのようなバイザーを降ろしているため、表情までは分からなかった。
「立花陸将は私たちの組織の協力者です」
柳川3佐は頭を振って続けた。
「余計に意味が分からん!駐屯地に着いたら詳しく教えてくれ!」
ヘリの窓から見える太陽は、だいぶ西に傾き丹沢山系の稜線に近付こうとしていた。
20分もしないうちに機体は徐々に降下を始め、遠方の景色がどんどん見えなくなっていた。そして、前方を見ると、街の光の中にぽっかりと開いた暗く広い平地に長い滑走路が見えた。
(あそこに着陸するのかな?)
莉子も沢原もぐったりと椅子に座って項垂れていた。莉子は良いとして、沢原さんには大変な1日だったはずだ。2人を見て蒼はそんな事を考えていた。
ヘリが滑走路上でホバリングをする頃には、だいぶ暗くなっていて西の空が少し紫色にぼんやりと光っているだけだった。
機体の向きが変わると、地上に『FOLLOW ME』と電飾された小型トラックが見え、機体はその後を付いて格納庫や管制塔がある方へ低空飛行していた。
そして、大きな黄色い円の上に来ると、誘導員の緑と赤の誘導棒に合わせ下降し、地面の感触が機体に伝わってきた。
(おー!着陸した)
「今からエンジンカットするから、ローターが完全に停止するまでは機体から降りないでくれよ」
蒼は緊張しながらPTTスイッチを押した。
「りょ、了解です!」
蒼が花宗を見るとニコリと笑っていた。彼女も安心したのだろう。
「花宗さんだったかな?悪いが銃は預からせてくれ。それと君たちは、このヘリの乗っている隊員以外と接触や会話をしないようにして欲しい。もちろん戦闘が有った事も秘密にしてくれ」
4人は黙って頷いた。花宗は2丁の銃から弾倉と装填してある弾丸を抜いて、チャンバーに残弾が無いのを確認した。それから柳川3佐に2丁の銃と弾倉を渡した。
表情は分からなかったが、花宗が手慣れた手つきで銃を扱うのを見て、自衛官達は驚いている様子だった。
――――
ヘリコプターから降りるとすっかり陽が落ちていた。
沢原を見るとまだ少しフラつきながら歩いていた。
「沢原さん大丈夫?大変だったよね?」
「うん、ありがとう。大溝君。大溝君は大丈夫?」
「うん、僕は大丈夫だよ」
「莉子はどう?本当に怪我とかない?」
「うん、大丈夫。疲れただけ」
「そか、ならいいけど」
「みんな付いて来てくれ」
柳川3佐は管制塔がある建物に入って行った。4人の自衛官と蒼達もそれに続く。
そして、会議室と書かれた部屋に通された。室内には折り畳みの長テーブルが4つ組み合わせてあり。パイプ椅子が並べて置いてあった。
「みんなテキトウに座ってくれ」
蒼達は並んで座ると、その反対側に5人の自衛官が座った。フライトヘルメットはヘリコプターを降りるときに置いてきていて、今はそれぞれデザインと色が違う帽子を被っていた。その中で一人だけ女性自衛隊員がいた。
「じゃあ、始めようか。先ずは自己紹介からだな。この人は遠山 巌1等陸曹、それから基山 雅治2等陸曹、矢留 瑠衣2等陸曹、最後に神崎 日向3等陸曹」
空調装置を点けたばかりの部屋は、ヘリの中より蒸し暑かった。天所に取り付けられた古い大型の空調装置はガタガタと振動しながら頑張って動いていた。
「私は花宗 結月、そして、こっちは大溝 蒼、そして、妹の莉子ちゃんは中学2年生、それから同じ部活の沢原 亜紀さんです。3人は高1です」
「高校生と中学生‥‥‥。それで、詳しく聞かせてもらおうか」
5人の自衛官はさっきの戦闘を見ていた。しかも、大人対子供で銃撃戦をやっていたのだ。真相を知りたいに決まっている。
花宗は、毅然とした態度で、自衛官を一人ずつ見た。それからゆっくりと、大人たちに引けを取らない堂々とした顔つきで話始めた。
「柳川3佐。はっきり言って、信じてもらえないと思います。もし、信じてもらえても、今までの価値観が大きく変わると思いますが、宜しいですか?」
柳川は、花宗の高校生らしからぬ態度に、少し臆していた。
(この少女は何者だ?なんだこの威圧感は)
「地球外文明の飛行体が向かって来ているんだ、それ以上驚く事が有るとでも?それに君たちを助けるために、自分は一人の人間を射殺した。既に我々も君たちの戦いに巻き込まれているんだ。だから、全てを隠さずに教えてくれ」
(そうか、この柳川さんて人が最後の敵を倒したのか)
蒼は最後に倒れた敵が誰の手によってのものかずっと気がかりになっていた。
「分かりました。それではお話いたします‥‥‥。その前に、先ほど倒した敵は我々イデュの協力者が何も残していない筈です。なので、安心してください」
「協力者?死体を処理しただと!?」
驚く柳川3佐と他の隊員に、花宗は頷いて見せた。
それから、花宗は人類創生に関わるアブアマやディンギルの事、サンクトゥスレガトゥス協会や蒼が狙われている事、それにオレンジ色の光の事、それと拳銃の入手について淡々と説明した。
しかし、全てを信じる事はできないだろう。時折鼻で笑ったり、隊員同士で耳打ちしたりと、花宗の話を値踏みでもするように聞いていた。
「なるほど‥‥‥。今地球に向かっている飛行体は数億年前に人類を作った宇宙人の片割れで、ディンギルと名乗り人類を支配する為に再び来ていると‥‥‥?そして、そのディンギルの信者が救世主を殺すために君達を襲ったと言うんだな?そしてその救世主の一人が、そこに居る大溝 蒼とういう少年だと‥‥‥」
「はい、その認識で問題ありません」
「うーん‥‥‥。人類が異星人に作られたと言うのは直ぐには信じられないが、現在、多数の飛行物体が地球に向かっているのは確かだ。それに、君がオレンジ色の光を手から出して、銃弾を弾いたのも見た‥‥‥」
「ねぇねぇ、ユヅキちゃん。貴方がやったオレンジ色の光はどうやったの?魔法とか?それとも科学的な装置とか?」
WACの矢留が話に割って入った。慣れなれしく花宗の名前をちゃん付けで呼んでいたが、失礼な感じというわけでは無かった。矢留も花宗の様にスラっとしていて、愛嬌のあるクリっとした瞳が何か小動物を感じさせ可愛らしい感じの女性だった。
「あれは、魔法とは違います、それに科学というか、アブアマが遺したテクノロジーの一つなんですが、この円筒印章というものを媒介として、精神的なエネルギーを物理的に作り出すものです。そうですね、科学と超能力の融合とでも言うのでしょうかね」
花宗はそう言うと、ポケットからクリスタルの円筒印章をテーブルの上に置いた。
「へーそうなんだ!凄い!!この円筒印章?を使えば誰でも使えるの!?」
矢留はニヤニヤしながら円筒印章を手に取ると握ったり、楽しそうにじっくり細部まで眺めていた。
「いえ、これは我々イデュのウテガが受け継ぐ遺伝子が、円筒印章と反応してエネルギーを増幅させます。だから、限られた人にしか使えません」
「なるほどね。それは残念ね‥‥‥」
使えないと聞いて、よほど悔しかったのかパーッと明るかった表情が一転、ショボーンとして暗くなった。
「まさか、矢留2曹はそれを使って魔法少女になろうと思っているんじゃないっすか!?もう少女っていう年‥‥‥ゴフッ!!」
神崎の頬には矢留の肘がめり込んでいた。
「失礼だが、君がとてもVIPには見えないんだが、その、証拠みたいなものはあるのかね?」
遠山1曹は色黒で、鋭い眼差し、短く綺麗に刈り揃えた髪、袖を捲った迷彩服からニョキリと伸びた前腕は太く筋肉質で、いかにも自衛官と言う感じだった。それに柳川と同じ2つ徽章を胸に着けていた。
「はぁ、正直、僕も今日言われたばかりで、自分でも守護者だなんて言われて現在思いっきり戸惑っている最中です‥‥‥」
蒼は今日一日の疲れと、圧し掛かるプレッシャーに力なく答えた。
それを聞いて遠山1曹は蒼に哀れみの声を掛けた‥‥‥。
「そ、そうか‥‥‥スマン、なんか、大変だな‥‥‥」
「今は手元にありませんが、カラグを探すためにイデュに古くから伝わるトゥムがあります。それは、僅かにカラグの体から発散されるエネルギーを探知する道具で、それを使って我々イデュが大溝 蒼を探し出しました。それに敵も同じような道具を使って蒼を見つけていたと思います」
「なるほどね。証拠はそのトゥムしかないと。うーん。では、さっき言っていた協力者について教えて欲しい。組織化されているのか?」
柳川は何の証拠もない高校生の話をどこまで信用して良いのか考えていた。銃撃戦に死体の処理‥‥‥。この時代に隠蔽出来る事が信じられなかった。
「アブアマやイデュの事は先ほどお話した通りです。ウテガは長い年月の間に世界中の様々な分野に浸透して、この時をじっと待っていたのです。そして、その間にウテガに協力してくれる人を増やしていった。でも協力者達が組織化されている訳ではありません。中には小さなグループを作っているかもしれませんが。それと、ウテガではありませんが、ウテガの遺伝子が混じっている人が居て、深く協力する人達もいます。そう言う人達が処理などの特殊な業務を担っています。立花陸将の場合は、古事記にある八咫烏と呼ばれる最古の秘密結社から今の陸自情報本部長まで、危機が迫った時にカラグを保護せよと伝えられてきました。とは言っても、殆どの人達は言い伝えを信じていなかったようですね。しかし、実際に地球外文明の飛行体が地球に迫っているという事実から、立花陸将には信じて頂けたようです」
ビクッ!!突然テーブルが揺れた。
「スーっ‥‥‥スーっ‥‥‥あ!!危ない!!大溝君!!あぶ、ない、って‥‥‥スーっ‥‥‥スーっ‥‥‥」
蒼は声の主に目を向けると、沢原は項垂れて完全に寝ていた。少し涎を垂らし、寝言まで言っていた。一体どんな夢を見ているのだろうか?
それを見て、この部屋にいた者達は緊張した一日の中で、少しだけフッと緩んだ空気に包まれていた――。
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