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The Providence ー遭遇ー  作者: hisaragi
Chapter 1
11/28

Sup?×Quietly

 大溝 蒼は目を覚ました。窓に目を移すと陽は出ていないが、外は白んできているのが見えた。


(断ればよかった‥‥‥)


 花宗が学校でどのように振る舞うのか、それによって蒼にも影響してくる。出来れば皆が居る前では目立つような事をして欲しくない。


 薄暗いベッドの上で縮こまって余計な事を考える。昨夜は随分と久しぶりに同級生と過ごして楽しくなかった訳ではない‥‥‥。


 しかし、当たり障りのない、静かな学校生活を送ることが出来ればそれでいい。友達との思い出作りも諦めている。ただただ穏便に、平穏に暮らせればそれだけで満足だった。


(どうせ、僕は影なんだ‥‥‥影は影らしく、地面に這い蹲って生きていくしかない)


 壁のデジタル時計は7時。結局、2時間ばかりベッドの上でウジウジと縮こまっていた。そろそろ起きて準備をしなくてはならなかった。


 眉間に皺を寄せ、のそりとベッドから這い出すと、トイレ経由で1階に降りて行く。


「おはよう‥‥‥」


 心の澱が言葉にも表れ、抑揚もなく暗い音が口から洩れた。


「お、ボッチ―。マジで一緒に行くの?」

 トーストを頬張りながらコーヒーが入ったマグカップを口に近づける。そして、朝から元気な莉子の開口一番は、蒼が心配している事だった。


「さあね!僕だって分からないよ!!」

 不安そのものが、口から漏れ出し、力強く莉子に当たる。


「そんな大きな声出さなくても良いじゃん!!ちょっと聞いただけじゃん!」


「ゴ、ゴメン‥‥‥」

 立場が逆だったら、蒼も何の気なしに聞いてしまったかもしれない。


 いっその事、学校をサボってしまおうかとも考えたが、結局は先送りになるだけ。それは、彼女が強引なところがあるんじゃないかと、蒼は考えていたからだ。彼女が何を考えて蒼に近づいたのかは分からない。蒼の悲しい境遇を救おうとしているのか?はたまた、一目惚れか‥‥‥。

 普通の男子だったら、カワイイ女の子と通学する事は誰もが一度は夢見るものだ。だが、蒼の場合はネガティブに考えて心を乱される。


 TVを見ると、天気予報では今日も気温が上がり、30℃を超えると言っている。熱中症アラートも最高になっていた。


(暑い一日になりそうだ‥‥‥)




 朝食は各々で準備する。莉子も蒼も自分でトーストを焼き、必要ならソーセージをレンチンしたり目玉焼きを作る。


 でも今日の蒼はコーヒーとトースト1枚だけで済ませた。緊張から胃がキューっと締め付けられ食欲がない。かといって腹に何か入れていないと、余計に気持ち悪くなりそうだった。


「じゃ、ボッチ―先に行くよ!まぁ頑張ってね!お・に・い・ちゃ・ん」

 莉子は揶揄うように言うと、蒼の言葉を聞く前に家を飛び出して行った。


「うっせ!!!」



――――



 TVの時計は7時45分。


 ピンポーン


 ビクッ!


 インターホンの音で蒼の体が動いた。


(はぁ‥‥‥本当に来たんだ‥‥‥)


 蒼はゆっくりと玄関へ行き扉を開けた。


「蒼君、おはよう。昨日はご馳走様。もう行ける?」

 昨夜も家に来た、花宗 結月が玄関に立っていた。


「お、おはよう‥‥‥。準備は出来ているけど‥‥‥ほ、本当に一緒に行くの?」


「そうよ!だってその方が自然でしょ?」

 花宗の額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 

「一応言っておくけど、出来れば目立ちたくないんだ‥‥‥だから、花、ユヅキさんと学校へ行ったら悪目立ちしてしまう」


「大丈夫よ。ただ一緒に学校へ行くだけでしょう?同じクラスで隣の席、部活も同じ、それに家がお向いさん。全く問題無いじゃない?」

 こう聞くと確かに問題が無いように聞こえた。


(でも、それは普通の男子の場合だよ‥‥‥)


「わかったよ。ただ、目立ちたくないんだ。僕は卒業までひっそりと過ごしたい。それが皆の為になるんだよ‥‥‥」

 蒼は口を開くたびに惨めな気持ちになり、聞いていた花宗 結月は悲し気な視線を蒼に向けた――。



 弥生高校までは徒歩で約30分。自転車通学でも良いのだが、急いで学校へ行く必要もない。前の晩に仕入れた、ネットの面白いネタを話す相手もいないし、好きな子に気を引く言葉を掛ける事も無いのだ。



 学校が近づくにつれ、生徒が増える。それでも、花宗は蒼の横を歩きながら話し掛けた。


「それで、部活はどんな活動しているの?」


 生徒からの視線を感じながら俯き加減で歩く。


「特に決まった事は無いよ。殆ど単独で石器とか土器の採集に行って、良いものがあれば部室で保管するだけ。部員も3人しか居ないし」


「ふーん‥‥‥そうだ、忘れるところだったわ。『Sup?』のユーザーネームを教えてよ」

 『Sup?』はSNSの一つで、少なくとも日本の若者の90%以上は使っているらしい。通話、テキストは勿論、ショート動画やブログページなど、好きなようにカスタマイズして利用できる。Sup?はWhat's upを省略したスラングで、やぁ!、元気?と言う意味だ。


「これ。これが僕のユーザーネーム」


『あれ!?あれって1年の大キモ(・・・)じゃね?』

『あ、ほんとだ!大キモだ。隣誰よ?』

『さぁ、知らんね。でも、カワイくね?』


『あの人って、大キモっていう人でしょ?何で女子と登校しているの?』

『おい、なんだあれ‥‥‥』


 大キモだ。大キモだ。大キモだ。大キモだ。大キモだ。大キモだ‥‥‥。


『転入生の花宗さんじゃね?隣は大キモだよ!なんで?』

『うわぁ、顔真っ赤にして、キモっ!!ウケル!!』

『花宗さん、無理やり付き纏われているのかな?』


 大キモだ。大キモだ。大キモだ。大キモだ。大キモだ。大キモだ‥‥‥。


『大キモストーカー現る!ww』


 蒼はこうなると予想していた。予知能力なんか無くても誰でも分かる。


「だ、大丈夫よ!最初だけだって。それに私もフォローするから」


 心臓を締め付け、胃を握りつぶそうとするように、周囲の言葉や視線が蒼に纏わりつく。顔を上げる事は出来なくなった。殆ど自分の爪先だけを見て歩いていた。


「良いんだよ。こうなるって知っていたから。一番の解決策は、僕から離れる事。それが一番手っ取り早い‥‥‥」


「そ、そんな‥‥‥。でも、それは出来ないわ。少なくとも登下校は一緒に‥‥‥」

 この時の花宗の表情を、蒼は見ていない。哀れみと悲しみとが混ざり、花宗の表情を作っていた。


「もう、放っておいて欲しい。僕に出来る事は無いし、それに花宗さんにも無いんだよ‥‥‥」

 寂しそうにつぶやくと、立ち止まり地面を見ていた。


「蒼‥‥‥」


「ゴメン。先に行くよ」

 蒼は俯きながら、歩き出した。ここで、家に帰ってしまっては、二度と学校へは行けなくなる。高校だけはなんとか卒業したい。だから、心の底から逃げ出したかったけれど、それこそグッと堪えて、力を振り絞り学校を目指した。


 蒼の心臓は過回転し、胃から内容物が飛び出しそうになっていた。


 そして、一歩踏み入れた。


 教室に入ると、SNSを経由してすでに噂が広まっていた。学校でも最底辺に位置する大溝 蒼が、転入したばかりの魅力的な女の子と登校してきたと‥‥‥。


 皆がスマホを手にし、蒼に視線を向ける。



 蒼の隣にピッタリとくっついていた花宗の席は、いつの間にか元の位置に戻されていた。



「おはよう!」


「あ、花宗さん。おはよう!」


「ユヅキで良いわよ」


「ユヅキちゃん。どうしたの?なんで、大溝君と一緒になんか‥‥‥」

 

 花宗に声を掛けたのは、前の席の斎藤 加奈子だ。声を落として、少しは蒼に気を使っているのだろう。


「蒼君と同じ部活に入ったし、実は家もお向いさんなの」


「そ、そうなの!?でも、あの子には近づかない方が良いわよ。何考えているか分からないし、誰かと話をしているところなんて見たことないしね」


「そう?でも普通の男子と同じよ。昨夜は夕食もご馳走になったし」

 斎藤は花宗の言葉に耳を疑う。


「それってどういう事?大溝君の家に行ったの?」


「マジで!花宗さん大キモと一緒に学校に来たってマジなの!?」

 2人の会話に割り込んできたのは、花宗が紹介された時、一番大騒ぎして担任の鈴木に叱られたヤツだ。

「そうよ。えっと‥‥‥」


「加藤です。ヨロシク!」

 自信満々に笑顔で応える加藤。そして、徐々に花宗の席に人が集まってきた。


工藤(・・)君、私が蒼君と一緒に来ると何か問題でもあるの?」


「花宗さん、イヤだなぁ、加藤ですよ、カ・ト・ウ。だって、ボッチの大キモだよ?それに、大キモの家でご飯を一緒に食べたって?」

 花宗の皮肉にも意に介さずニヤついている。


「そうよ。行ったわ。素晴らしい手料理をご馳走して貰ったの!」

 花宗はキッと加藤を睨んでいる。


 既に、大溝が望まない方向に話が向かっている。嫌でも耳に入って来るが、じっと、動かず、静かに、耐えていた。


「大キモが料理?まさか!石器で肉切ったり、土器に盛り付けたりして!?ギャハハハ」

 加藤の下卑た笑いに、周囲の者達も大笑いしている。


 ガタっ


 プツリと糸が切れた‥‥‥。


 一斉に蒼の方を見る。教室内は途端に静かになった。


 蒼は席を立つと、教室を出て行った。


 折角築いた平穏な生活が、たった4か月で終わったのだ。


『なんだ?アイツ』


『キモッ!』


「蒼‥‥‥」


――――


 蒼は部室に向かった。出来るだけ、人目を避け、校舎の裏や誰にも目に付かないように慎重に――。


 部室棟に入ると、ジメっとした黴臭い臭いが漂っている。制服の後ろポケットに入ったスマホが何回か震えた。


 スマホを見ると花宗からSup?にメッセージが入っていた。


 内容を見ずに通知を消した。


 それから棚にある自分のボックスから、お気に入りの石器を取り出した。


 黒曜石で出来た鏃だ。弥生時代に作られた、木の葉の様な形をしている。大きさは5㎝ほどある。それを、ギュッと握ると、鏃の鋭い縁が手の平の痛覚を刺激した。


 室温は体感的に30℃近くあるかもしれない。額や後頭部の毛穴から、汗が滴り落ちて来る。


 蒼は何も考えられなかった。


 さっきほどの辱めを受けた事は一度もない。いつもは、周囲の人達が腫物を触るように遠巻きに避けるだけ。

 

 しかし、花宗 結月の出現で嫉妬や妬みが一種のヒステリーのように増幅され、それが蒼にぶつけられた。


 (どうしたら良いんだろうか‥‥‥)


――――


「加藤君、君が大溝 蒼をどう思おうと知った事じゃないし、私が大溝 蒼と何をしようがとやかく言われる筋合いじゃないわ!それに、なんで大溝 蒼を嫌がるか‥‥‥あなた達も理由が分かってないくせに!!」

 花宗の言葉に教室は静まり返り、加藤も面食らって黙っていた。


 それから、教室をぐるりと見まわして、鋭い眼差しで言い放った。


「いい!皆もそうよ、大溝 蒼に言いたいことがあるなら私に言いなさい!!」


 この教室にいた全員が、転入生の豹変ぶりに驚き、そして、その気迫に誰も言い返せないでいた。


 その直後、始業のチャイムが鳴った。騒ぎを聞きつけて他の教室からも見物人がいたが、教師が来たことで自然と散って行った。


 その中に沢原 亜紀も居た。


 そして、この事件を切っ掛けに、花宗もちょっと変わった人(・・・・・)という位置づけになり、積極的に関わろうとする者は殆ど居なくなった――――。


 

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