Cute and Blue
謎の男達につけられていると危惧する蒼は足早に自宅に向かっていた。
家はもうすぐそこ!チラッと振り返る。そして、男達もすぐそ‥‥‥。
!!
「蒼!大溝 蒼!!」
誰かの声がした。蒼を呼ぶ声だ!
(だ、誰だ!?)
蒼は立ち止まり辺りを見回す。後ろばかり気にして、前には気付いていなかった。ぬるりとした額の汗を手の甲で拭う。
花宗 結月が、通りの反対側の少し離れた場所に立っていた。
後ろを見ると、男達の影も軽のワンボックスも見えなくなっていた。
(あ、あれ?男達と車が居ない!?やっぱり気のせいだったのか??)
――
花宗は足早に蒼に近づいて来た。
「蒼君、買い物?」
彼女はさっき別れた時と同じ制服のままだった。
「う、うん、そうなんだ。夕食の材料を買いに行っていたんだ」
蒼はそう言いながら買い物袋を持ち上げた。
「へ~そうなんだ。蒼君が作るの?」
「うん、本当は妹が作る当番なんだけど、なんだか、言いくるめられて‥‥‥」
「凄いのね!で、何作るの?」
花宗はくりっとした目を更に大きくして、蒼が何を作るのか興味深々の様子だった。
「妹様の言いつけ通り、イタリアンなハンバーグ」
「へ~!おいしそう!」
‥‥‥
花宗は手を胸の辺りで組んで、目を輝かせている。多分、蒼の一言を待っているのかもしれない。
‥‥‥
「そ、その、一緒に食べる?」
「うん!食べる!」
食い気味に返答する花宗。間違いなく、ご相伴にあずかろうと企んでいたのは、鈍い蒼でもすぐに分かった。
「そ、そう。ならいいよ。味は保障出来ないけど」
「大丈夫よ!味は気にしないから!」
『味は気にしない』これはどういう意味なのだろうか?食事をするのに味を気にしないと言うのは、それ以外に何を気にすると言うのか?蒼は一瞬そんなことを考えたが、それよりも、今日会ったばかりの女子が家にくるという事に気付いて、畏れ慄いてしまった。
(そ、そうか!!ど、どうしよう!ヤバイ!ヤバイ!どえらい事してしまった!ぼ、僕如きが‥‥‥話の流れで誘ってしまったけど‥‥‥良かったのか?)
蒼は太陽の暑さに加え、緊張からか汗がダラダラと流れ始め、急速に口の中がカラカラに乾いていく。
「どうしたの?凄い汗だけど」
「だ、大丈夫です!ちょっと、深く考えてしまって‥‥‥。い、いや何でもないです!」
蒼は冷静さを失っている事を見透かされないように、口にした事を慌てて否定した。
「本当?ならいいけどね」
(あぁぁ、莉子が何て言うだろう?僕がこんなにカワイイ女子を連れて行ったら、ショックのあまり即死するか、心を永遠に閉ざし意識がどこか遠くへ行ってしまうかもしれない)
――――――――――――――――
「ただいま‥‥‥」
莉子はまだリビングにいて映画を観ていた。
「ボッチ―遅いよ、何や‥‥‥」
「お邪魔します」
(ん?お邪魔します?誰がお邪魔してくるの?しかも女子の声だったぞ!?)
莉子は鹿狩り映画を一時停止にして、玄関に通じるドアを見ていた。
「莉子、その、夕食に一人参加する事になったんだけど‥‥‥」
(このボッチ―は何を言っているんだ?誰が参加するって?母さんが帰って来たとか?叔母さん?蒼と一緒に家に入って来る人なんて、肉親以外いない筈よね‥‥‥ま、まさか!?)
ドアが開き、リビングに蒼と知らない女子が入って来た。
「妹さんの莉子さんね?初めまして、花宗 結月です。はす向かいのアパートに越したばかりで、今日から弥生高校に通う事になったの。宜しくね」
妹はソファから起き上がり、体育座りをして花宗を一瞥すると、くるりと頭をTVに向け鹿映画を再生し観始めた。
(これは幻覚か?さては、蒼が薬を盛ったな!!エンジェルダスト!?クロコダイルか!?阿片か!?それかホログラム、地縛霊、浮遊霊‥‥‥そ、そうか生霊か!?)
莉子は、出来るだけ安心できる、最適な答えを導こうと努力していた。しかし、どれも納得できる答えでは無かった。
「おい!莉子しっかりしろ!良いかこれは現実だ!戻って来い!」
蒼はスマホのライトで莉子の目を照らす。瞳孔は拡大したまま反応が無い。慌てて頸動脈に指を押し当てる。トクントクン‥‥‥。指先に血流の感触があった。
「よし!心臓はまだうごいてる!‥‥‥って、いい加減にしろ!莉子!ほら、花宗さんに挨拶して!」
すると、莉子の瞳に光が戻り指先がピクリと動き出した。
「は!あ、あれ私は‥‥‥ボ、ボッチ―!?」
「ほら、こちらは花宗さん僕のクラスに転入したばかりの人だよ」
蒼はキッチンへ行き、食材を冷蔵庫にしまいながら、正気を取り戻した莉子に向かって花宗 結月を紹介した。
「ほ、本当に人間!?なんで蒼兄に知り合いが?」
「莉子さん、こんにちは。さっきそこでバッタリ会って、夕食に誘われたの。お邪魔してもいいかな?」
『誘われた』というのは正確じゃない。『誘うように仕向けられた』というのが正解だと蒼は思った。
「は、はい!も、もちろんでございます!どうぞごゆるりとお過ごしください!!」
ショックで即死する事も、心を閉ざすことは無かったが、それでも脳が正しく動いていないようだった。
麦茶が入ったグラスを3つトレイに乗せ、蒼がリビングまで持ってきた。
「おい、莉子。言葉が変だぞ、大丈夫か?」
彫りが深くクリっとした大きな瞳、スタイルも良い花宗 結月に莉子は見とれてしまっていた。
(なぜ、こんなカワイイ子がボッチ―と一緒にいるんだ?しかも、会ったばかりのようだし。そして、ボッチーが夕食に誘った?ありえない!!)
「莉子ちゃん、どうしたの?何か顔についてるかな?」
「え!いや、そ、その‥‥‥大丈夫です」
何故か頬を赤らめる莉子。
「まぁとにかく宜しくね!私はすぐそこにあるアパートに住んでいるの」
「へーそうなんですか?でもあそこって、ワンルームのアパートだと思いますけど」
「蒼君と同じ反応ね。流石兄妹。私は一人暮らしなのよ。両親が自立しろって五月蠅くて」
「はぁ~そうなんですね!なんだか、カッコいい!」
莉子は目を輝かせている。高校生で独り暮らしをしている花宗 結月が、兄よりもずっと大人に見え、カッコよく映った。
「莉子ちゃんはさっきから何の映画を観ているの?」
「これですか?花宗さんは知らないと思いますよ」
花宗はタイトルを確認すると、
「ユヅキで良いわよ。あぁ、これ知っているわ。鹿映画でしょ?戦場に行くやつ」
「知っているんですか?私、この俳優さんが好きで、色々観ていてこれに行きついたんです」
「私も好きよ。でも、この映画はちょっと戦場がリアル過ぎると言うか、女子中学生には刺激が強いんじゃない?」
この映画は、戦場で捕虜になり、劣悪な環境に加え、戦友を相手にロシアンルーレットをやらされる。そして、徐々に心が破壊されていく怖さを、観る者の心に刻んでいく。確かに、女子中学生が見る様な部類の映画では無かった。
「そうなんですよね。残酷で観ていて怖いんですけど、出ている俳優の演技が半端なく凄いんです!!実際に体験していたんじゃないかってくらい真に迫っているんです!」
身を乗り出して、この映画の良さをアピールする莉子。
「花宗さん、莉子の講釈に付き合っていると、長くなりますよ」
「蒼君もユヅキでいいわ。私も映画が好きだから大丈夫」
「え?あ、うん‥‥‥分かった、ユ、ユヅキさん‥‥‥」
「そうなんですか!?お好きな映画は!?」
映画好きというユヅキに親近感を持ったのか、莉子は嬉しそうだった。
「そうね‥‥‥、ラブストーリーからカルト・ムービーまで色々と観たわ。『サウンド オブ ミュージック』とかは名作だと思う」
「あ、すいません‥‥‥それは知らないですね。どんな映画何ですか?」(カルト・ムービー?)
「舞台は第2次大戦中のポーランドの古いミュージカル映画よ」
「へー!ミュージカル映画か‥‥‥まだ観た事ないですね。是非観たいです!」
「ところで、今日は莉子が当番だって知っているよな?手伝うつもりは無いの?」
キッチンから蒼が声を掛ける。
「だって‥‥‥。そうだ!ユヅキさんも一緒に作りましょうよ!メインは兄が作るので、私たちはサイドメニュー担当で!」
「う‥‥‥。そ、それは御2人の為にも辞退しておくわ‥‥‥。捌くのは得意なんだけど」
「へー!ユヅキさんは魚を捌けるんですか?!」
莉子は大きな勘違いをしている。花宗が言う捌けるとは、もっと大きな毛むくじゃらの生き物だ‥‥‥。
「ま、まあね‥‥‥。ただ、料理はちょっと‥‥‥」
罠や矢で狩って、捌いて、塩コショウをふりかけ焚火で焼く。これを料理と言うなら花宗は得意だった。しかし、食器を使う料理は、あまり得意では無い。
窓の外は随分と暗くなっていて、時折稲光が見えた。
「あら、雷?雨が降るのかな?」
太陽は隠れていても、まだまだ外は湿度が高く纏わりつく様な嫌な空気が漂っている。雨が降れば少しは不快な空気が心地よくなるかもしれない。
花宗は莉子が座っているソファから少し離れたオットマンに座ってスマホを取り出した。
「あら、母からメールが‥‥‥ちょっと待ってね」
そう言って花宗はメッセージを打つ。
『1862158 現在標的の家。数時間滞在予定。バックアップ要請。不審者2名と車両の画像を添付。以上』
――――――――――――――――
「わお!凄い!これ全部蒼君が作ったの!?」
蒼流イタリアン・ハンバーグのディナーセット。
合い挽き肉のハンバーグに、荒く切った新鮮なトマトを使ったソース。隠し味は粉末のインスタントコーヒー。トッピングは食欲をそそる香りの、とろりとしたグリエールチーズ。付け合わせに裏漉ししたジャガイモに生クリームを合わせたポンピューレ。鮮やかな紫色のトレビスとエンダイブ、グリーンリーフ、レタスのサラダに、スープはシンプルな大根の味噌汁。
「そうだけど、そんなに大変ではないよ」
ケロっとした顔で言う蒼。
「そうなんですよ。悔しいけど、蒼兄は料理が出来るというか、上手いんです」
普段は蒼を小馬鹿にしている莉子も、たまには素直になる事もある。花宗が来ているからかもしれない。
「じゃ、食べよう」
今日、初めて会った女子が家に来て夕食をともにしている。蒼にとって、ここ数年の中で一番の珍事だ。
「ねぇ、蒼君。祥‥‥‥、お母様はいらっしゃらないの?」
「母さん?母さんは、どこだろうね‥‥‥多分、中東か南米か、東南アジアか。世界のどこかの遺跡を巡っている筈だけど。先に言っておくけど、父さんは居ないんだ」
「そ、そうなの。じゃあ暫くは2人って事ね。お母様は考古学者なの?」
「うん、考古学者でユニセフの職員」
蒼と莉子の母、大溝 祥子の影響で蒼も古代の遺物に興味を持つようになった。
「そっか、じゃ世界中を飛び回って研究しているのね」
「うん、そんな感じ」
蒼が見た目とは裏腹に、家ではしっかりと家事をし、妹の面倒見る姿をみて、花宗は凄く感心し、安心していた。
――――
「ごちそうさまでした!凄く美味しかった!!」
花宗は久しぶりに食事らしい食事を摂る事が出来て心の底から満足していた。
「ユヅキさん、是非また来てください。いつもこのボッチ―と2人で食べているので、来てもらえると嬉しいです!またボッチーに作らせますので!」
莉子は上から目線で勝手な事を言っている。
「おい!いい加減ボッチ―、ボッチ―言うな!それに、お前も当番を守れよな!」
莉子はニヤリと笑って肩を竦めた。
「そうね、こんなに美味しい料理なら毎日でも来るかも!!」
「はい!是非是非!!」
「じゃ、私はもう行くわね。本当にご馳走様でした!美味しかった。明日の朝は迎えにくるから」
莉子が眉間に皺をよせ、花宗と蒼の顔を交互に見た。
そして、蒼の表情も暗くなった。明日からこの女子と登校する事をすっかり忘れていた。
「な、何それ?一緒に学校へ行くの?このロンリーボッチ―と??」
「おい、なんだか増えているぞ!」
「そうよ、同じ学校だし部活も一緒、それに住まいは近所だからね」
「マ、マジか‥‥‥」
驚愕の表情を浮かべる莉子達と別れ、花宗は大溝家を後にした――。
お読み頂き感謝いたします。なにやら学校で起きるかもしれませんね‥‥‥。




