日常は変化する
「音羽ってなんか変わってるよね〜。」
何気ない会話。
「空気が読めないっていうか?自分だけ特別アピールしてる感じ?あ、全然悪い意味じゃないんだけどさ〜。」
何気ない会話。
「でもやっぱりみんなと違うアピとかウザイだけだからやめた方がいいと思うよ〜。」
何気ない、会話だ。
「そ、そうかなー?やっぱ私空気読めてないかぁ。気をつけるね、えへへ。」
……こうやって、何もかもにへらへらする自分が、嫌になる。
私の名前は晴川音羽。一応、そこそこ有名な中高一貫校に通っていて、一応、その中学校の吹奏楽部で部長をしている。
周りにいるのは、私の友達……になるんだろうか。とにかく、いつも一緒に行動している人達だ。
コンクリートの道路を踏みしめて歩く。
彼女らは大層気分の良さそうに、私の性格の悪さを指摘している。曰く、本人に直接伝えるなら悪口じゃないらしい。
……バカみたい。
「……ちょっと音羽、聞いてる?私はあんたのために言ってるんだけど。」
「あ、ごめんごめん。ちゃんと聞いてるよ。」
あぁ、本当に。
くだらない毎日で、くだらない人生だ。
今日も明日も明後日も、ずっとずっと変わらない、退屈な日常だ。
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時間も夕方に差し掛かり、辺りは街灯が街を照らし始めていた。
春、と言ってもまだ涼しい方だろう。風が少し冷たく吹き付けている。
コツコツ、とアパートの階段を上っていき、203号室の扉の前で私は足を止めた。
ドアノブに手をかけ、ガチャりという鍵を開けた音と共に私は玄関へ足を踏み入れた。
ここで少し、私の話をしよう。
私は兄弟も姉妹もおらず一人っ子で、父親は随分前に他界。義理の母親は残された遺産で今日も散財しているみたいだ。お父さんが死んだ3年前はまだ気にかける素振りを見せていたのに、今となってはその気配さえ感じられなくなっていた。
二人暮しでもそこそこ広く暮らせるこの部屋だが、こういった事情があるために私はもはや1人の様な状態でこの家に住んでいる。
家は静まり返って、なんとも言えない空気が漂っていた。ギシギシと床のフローリングが軋む音がする。掃除は自分1人でしているため、手の届かない場所にはホコリが溜まっていた。家具だけ高いものを揃えていても、使う人がほとんど居ないのなら意味が無いだろう。
そう思いながら部屋の明かりをつけた。
「〜〜〜♪はっぴばーすでーでぃぃあおっとはぁ〜〜〜!!!はっぴばーすでーとぅ〜〜⤴︎ゆぅう〜!!!」
パチパチパチーと拍手が聞こえた。
「なにしてんの。」
部屋に知らない人がいた。
もしや入る家を間違えただろうか、と玄関に置いてある写真を確認する。
……父と私が写っていた。間違いなくここは私の家だ。
じゃあ
「……誰?」
素朴な疑問であった。
少し見回してみると、リビングにはソファでくつろぐ謎の男性が1人。そして本棚の奥にあったであろう分厚い辞書を黙々と読んでいる子供が1人。さらには何故か2人の間に立ち大声でハッピーバースデーを歌っている女の子が1人。
と、私の存在に気づいたのか、彼女らは一斉にこちらを向いた。
そして
「わぁ!音羽だ!初めまして!!!」
と謎の女の子が叫んだ。鼓膜が破れかけた。
彼女はちょこちょこと小走りに私の方へ近づいてきて、私に手を伸ばした。
「私は咲希!よろしくね!」
意味がわからない。
意味がわからないが、とりあえず反射的にその手を握ろうと手を伸ばす。
だがその手は触れることなく空ぶった。
女の子が手を退けたわけでも私が無理やり捻った訳でもない。
私の手は彼女の手をすり抜けたのだ。
「あ、忘れてた!実は私たち……」
満面の笑みでピースしながら、彼女は告げる。
「幽霊、なんだよね!」