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3-8

「――凛」


 まるで逃げるようにダイドコに入ってすぐ、一陽さんも戻ってくる。

 僕は作業台に大皿を置いて、あらためて深々と頭を下げた。


「すみませんでした。玉子焼きをバイキングコーナーに置いてから、お客さまのもとへと行くべきでした」


「繰り返すが、謝る必要はない。貴様は何も悪くない」


 きっぱりと首を横に振って、僕へと手を伸ばす。


「――顔色が悪い。大丈夫か?」


 大きな手が、僕の頬を包み込む。

 その温かさに、僕はホッと息をついた。


「……はい、大丈夫です」


 少し、トラウマが刺激されてしまっただけだ。問題ない。


 そんなことよりも、今いらっしゃるお客さまに、不快な思いや残念な思いをされたまま帰られてしまうほうが問題だ。


「一陽さん――お願いします」


 まるで縋るような一言に、一陽さんが優しく微笑む。

 そして、安心しろとばかりに、僕の頭をポンポンと叩いた。


「任せろ」 





          ◇*◇




 

「あの、もし……」


「え……?」


 朝営業が終わり、片づけもすっかり済んだころ――カラカラと出入り口が開く音がして、遠慮がちな声が響く。

 昼営業のためにおくどさんの準備をしていた僕は、立ち上がって中戸を開けた。


「あ……」


 そこに立っていたのは、あのご婦人だった。

 その後ろには、バツが悪そうに顔を歪めた藤堂の姿も。


「あらためて、お詫びを申し上げたくて……」


 ご婦人が申し訳なさそうに言って、深々と頭を下げる。


「店主さん、手は空いておられるかしら?」 


「はい、ええと……」


 僕は少し考えて、客席を手で示した。


「中でお待ちください。すぐに呼んできます」


 きっと、聞こえているだろうけれど。


 ご婦人がもう一度頭を下げて、ナカノマに上がる。

 藤堂も――『玉子焼きを駄目にしてしまったこと』だけは悪いと思っているのだろう。ぶすったれてはいるけれど、素直にそのあとに続く。


 僕は小さく肩をすくめて、ダイドコの戸を開けた。


「一陽さん……」


「――聞こえていた」


 一陽さんが息をつき、頭のタオルを取る。


「大して気にしてはいないが、謝罪をしたいというのであれば受け取ろう」


「…………」


 ゴミ箱には、大量の玉子の殻がある。


 あのあと――。一陽さんは、神がかり的な速さで玉子焼きを作り直しただけではなく、特別に明太子と海苔入りの玉子焼きもこしらえて、バイキングコーナーに並べてくれた。それも、あの騒ぎに居合わせたお客さまが一人も帰らないうちに、だ。


 普段、朝営業のバイキングに並ぶ玉子関係は、出汁巻き玉子か玉子焼きのどちらかと、茹で玉子に生玉子だけだから、いつもよりちょっとお得な状況になった。

 そして、騒ぎに居合わせたお客さまが帰られるときには、必ず一陽さんも表に出て来て頭を下げてくれた。


『任せろ』という言葉どおり、玉子焼きを食べられずに帰るお客さまも、不愉快な思いをしたまま帰るお客さまも、一人も出さなかった――はずだ。


「……っ……」


 僕は唇を噛み締めた。


 お客さまは、一陽さんがケアしてくれた。

 でも、じゃあ一陽さんは?


 大切な店でトラブルを起こされ、そのフォローをさせられたあげくに、藤堂がそれこそ昨日のような調子で一陽さんを侮辱したら――僕はどうすればいい?


「……なんて顔をしている」


 不安げな僕を見て、一陽さんが目を細める。

 そして、優しく僕の頭をポンポンと叩いた。


「大丈夫だ。すべて任せておけ」


「っ……」


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