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2-8

「本音と建前。言葉と裏腹な心、か……」


 火吹き竹を使って、強い炎を育てる。その後ろで、一陽さんが小さく呟く。


「裏腹。裏表。あべこべ。逆さま。反対……。冬のものを、夏に食べる……」


 瞬間、一陽さんがハッと息を呑む。


「夏に食べる、冬のもの……?」


「……!」


 その言葉に、僕もハッとして一陽さんを振り返った。


「もしかして――!」





          ◇*◇




 

 翌日、日曜日――。『稲成り』は定休日だ。


 通常ならば、一陽さんも店には決して出てこない。シロとクロが、主の時間外の労働を快く思わないからだ。


 しかし今――店内には、一陽さん、僕、四ノ宮さん、そして四ノ宮さんの先輩の四人が。


 もしかして先輩の思い出の『おばあちゃんのカブの煮物』の謎が解けたかもしれないと、僕が昨日、四ノ宮さんに連絡したためだった。


 四ノ宮さんの先輩は、長瀬颯太(そうた)と名乗った。脱色した金色の髪に、人懐っこそうな目。その名のとおり、吹き抜ける風のように爽やかな印象だった。


「あの、それで……」


 神さびた迫力美形に気圧された様子で、長瀬さんが一陽さんをこわごわ見上げる。


「まず、これを試してほしい」


 一陽さんが僕の手から盆を受け取り、長瀬先輩の前に置く。

 盆の上には、ガラスの小鉢が一つ。中には、鮮やかな翡翠色がなんとも美しい煮物が。干しエビと枝豆が入った澄んだ黄金色の餡が、トロリとかかっている。


「これって……」


「冬瓜だ」


 長瀬さんと四ノ宮さんが、同時に「トウ、ガン?」と首を傾げる。


「そう。冬の瓜と書いて、冬瓜。だが、旬は夏だ」


「え……? 夏が旬なのに、『冬の瓜』なんですか?」


「そうだ。名前の由来は、貯蔵性が高く、夏に収穫しても冬までもつことから。実際は、冬までもちはしないのだが、たしかにほかの野菜に比べれば長持ちするほうだな」


「……へぇ……」


 四ノ宮さんが興味深げに、小鉢を覗き込む。

 その隣で、長瀬さんがひどく戸惑った様子で視線を揺らした。 


「あの、でもこれ……見た目からして違うんですけど……」


 申し訳なさそうな言葉は、《《僕らの予想どおりのもの》》。

 一陽さんが「だろうな」と頷く。


「え……? だろうなって……」


 長瀬さんは、心の中で盛大に『でも、思い出の「おばあちゃんのカブの煮物」の正体がわかったかもしれないと聞いて来たんですけど?』とツッこんだことだろう。一陽さんを前にして、それを口にすることはなかったけれど。

 意味がわからないといった表情の長瀬さんに、一陽さんが「でも、試してみてくれ」と言う。


「一口だけでいいから」


 そこまで言われたら、断れるはずもない。長瀬さんは箸を手に取ると、翡翠色の野菜を口に運んだ。


「っ……!」


 瞬間、驚いたように目を見開く。


 信じられないといった表情のまま、ゆっくりと味わって――呑み込み、「嘘だろ?」と小さく呟く。


「どうだ?」


「す、すごく似てる……! ちょっとだけ違うけど、でもトロッと柔らかくて……!」


 長瀬さんが興奮気味に答える。僕は、そっと席を離れてダイドコへ。二膳目の盆を手に、静かに一陽さんのもとに戻った。


「でも、やっぱりちょっと違うかな。こちらは、舌に若干青臭さを感じるというか……。そもそも、こんな緑色じゃなかったし……」


「そうか。では、次はこちらを」


 一陽さんが盆を受け取り、二つ目の小鉢を長瀬さんの前に置く。瞬間、彼はハッと息を呑んだ。


 同じガラスの小鉢。黄金色の餡も同じ。


 ただ、野菜だけが、透き通った白――。


「ッ……! こ、これっ……!」


「――食べてみてくれ」


 一陽さんに促されて、長瀬さんがそれを口に入れる。

 刹那――彼はブルリと身を震わせ、今にも泣き出しそうに顔を歪めた。


「……! 先輩……」


 四ノ宮さんが心配そうに、その横顔を見つめる。

 長瀬さんはことさらゆっくり――しっかりと味わって呑み込むと、一陽さんを見た。


「っ! これです! トロトロで、柔らかくて、餡も優しくて……」


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