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2-2

 そして、あげびたしも、取引先の農園から、傷があったり形が悪かったりで売りものにならない野菜が格安で大量に手に入ったため、これも今朝、僕と四ノ宮さんのためだけに作ったものだ。


「これ、万願寺とうがらしですよね? 私、食べたことないんですけど」


 四ノ宮さんが少し心配そうに眉を下げて、おずおずと一陽さんを見上げる。


「やっぱり辛い……ですか?」


「なんだ。娘。辛いものは苦手か?」


「ピリッとした刺激ぐらいだったらむしろ好きですけど、それ以上となると……」


「大丈夫だよ。四ノ宮さん。万願寺とうがらしって名前だけど、辛みは全然ないから」


「え? そうなんですか?」


 僕は、一陽さんにラップを手渡しながら頷いた。


「うん。そもそも万願寺トウガラシは、伏見とうがらしとカルフォルニア・ワンダーってピーマンの一種との自然交配で生まれたとされているのもあって、味はかなりピーマンに似てるよ。だけどもっと甘くて、肉厚で、中の種ごと食べられて、歯切れがいい」


「へぇ、そうなんですね」


「一陽さんのあげびたしはめちゃくちゃ美味いから、期待してて」


「楽しみです!」


 四ノ宮さんが晴れやかに笑う。

 しかしすぐに、ふと何かに気づいたように、再び眉を寄せた。


「夏野菜のあげびたし……夏野菜……。あの、カブって夏野菜ですか?」


「え? カブ? カブはスーパーでは年中売ってるけど、夏野菜ってイメージじゃないな。どちらかというと、冬……」


 一陽さんを見ると、液漏れしないようにあげびたしのタッパーをラップで包みながら、「そうだな」と頷く。


「正確には、春と秋から冬にかけての二回だ。十一月から一月ごろにもっとも多く市場に出回り、甘くて美味いとされている」


「ですよね?」


「じゃあ、京都に、夏が旬のカブがあるとか、そういったことは……」


 奇妙な質問に興味を引かれたのか、一陽さんが作業の手を止め、顔を上げる。


「そりゃ、京の伝統野菜にもいくつかカブがあるが、旬は変わらないぞ」


「そうですか……」


 四ノ宮さんがうーんと考え込む。僕は首を傾げた。


「カブがどうかしたの?」


「実は、サークルの先輩が、『おばあちゃんのカブの煮物』を追い求めてるんです」


「おばあちゃんのカブの煮物?」


「ええ。先輩は三重県の伊勢で生まれ育った方なんですけど、お父さんの実家が京都で、幼いころはよくおばあちゃんの家に遊びに行ってたんだとか。そこで食べたカブの煮物が、どうしても忘れられないらしくて……でも……」


「でも?」


「先輩、『煮物が出てくるのは、決まって夏だった』って言うんです。むしろ『夏にしか出てこなかった。冬に作ってと言っても、絶対に作ってくれなかった』って……」


 思わず、一陽さんと顔を見合わせる。


「私は食材の旬などには疎いので、ピンと来なかったのですが……」


「たしかに、カブの旬を考えると、変な話だね」


 旬ではない時期にしか作らない、カブの煮物なんて。


「そうなんです。それで、ほかの先輩たちからもからかわれたりしていて……」


「夏に出てきた以外の特徴はないの?」


 四ノ宮さんが「ええと、たしか」と天井を仰いだ。


「お出汁はとろみがついていて、カブは透き通っていて、温かいのも美味しかったけれど、自分はキンと冷やしたのが好きだったって……」


 一陽さんが、唇に指を当てて考え込む。


「とろみがついた出汁で、冷やしても食べられる? 『カブの葛煮』というものがあるが、それか?」


「別の先輩が、それじゃないかって紹介したみたいなんですけど、違うって言ってました。出汁の味は似てるけど、カブの食感がまるで違うって……」


「ふむ」


「その店だけじゃわからないだろうって言われて、いろいろな店でその料理を食べてみたそうなんですけど、やっぱり違うって言ってました。あれじゃないって」


 困ったように眉を下げ、そっと息をつく。


「別の先輩たちは、『子供のころの記憶だし、すごく美味しいものとして美化しちゃっただけだろう』とか、『記憶がそもそも歪んでいるから、たどり着けないんだろう』とか、あげくには、『そもそも夏にしか出てこないカブって、その時点で笑い話だろう』って、まともに取りあわなくなっちゃって……」


「あー……」


 わかるなぁ……。子供のころ、神の食べものかってぐらい美味しいと思っていたものが、大人になってから食べたらそうでもなかったなんてこと、結構あるもんな。

 たしかに、その先輩の記憶が正確かどうかなんて、ほかの人はもちろん、本人にだってわからないし、確かめようもない。


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