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「奄美諸島の郷土料理である『鶏飯けいはん』を京風アレンジしたものだから、『おけいはん』だ。いいネーミングだろうに」


「たしかに、わかりやすいですけど」


 でも、なんか釈然としないというか。


「えっと……ケイ、ハン……?」


 四ノ宮さんが僕らを交互に見て、再び首を捻る。


「鶏の飯と書いて、鶏飯だ。鶏飯は、米にほぐした鶏肉、錦糸卵、椎茸、パパイヤ漬けか沢庵漬けなどの具材と、葱、きざみ海苔、刻んだタンカンの皮、白胡麻などの薬味をのせ、丸鶏を煮て取ったスープをかけて食べる料理だ。沖縄県にも、同じ字でケーファンと読む似たような料理がある。米にほぐした鶏肉、椎茸、ニンジン、シマナーと呼ばれる高菜、錦糸卵を載せ、鶏や鰹節でとった出汁をかけて食べる料理だ。薬味は、おろし生姜や山葵、すり胡麻などだな」


「へぇ……」


「この『おけいはん』は、米にほぐした鶏肉に錦糸卵、椎茸、きざみすぐき、たっぷりの九条葱ときざみ海苔を載せて、鶏ガラに昆布を加えて取った一番スープをかけて食べる。薬味はお好みで、おろし生姜やすり胡麻、七味など」


「なるほど。鶏飯の京風アレンジだから、おけいはん……」


「そうだ」


 一陽さんが大きく頷き、傍らに置いていた横手型の急須を手に取る。

 そして、四ノ宮さんの目の前で、出汁をゆっくりとどんぶりに注ぎ入れた。


 その一点の濁りもない、輝くように澄んだスープに、四ノ宮さんが息を呑む。 


 鶏出汁のよい香りがあたりに漂い――僕のお腹がそれに反応してしまう。ぐ~っというその小気味のいい音に、一陽さんがやれやれとため息をついた。


「……貴様は……」


「いやいや、そんな呆れられても。昼ごはん食べたの、十時半ですから。もう十六時過ぎですよ? 普通にお腹減りますって」


 一陽さんは仕方ないなとばかりに肩をすくめて、ゆっくりと立ち上がった。


「同じものでいいなら、盛りつけるだけだから、すぐに出せるが?」


「……! 本当ですか!? ぜ、ぜひ!」


 それは思いがけない言葉だったのだけれど、僕は間髪容れず飛びついた。


「一年ぶりですし、食べたいです!」


「そうか。じゃあ、一分待て」


 一陽さんがダイドコに入ってゆく。僕は思わず拳を握り締めた。 やった! めちゃくちゃ嬉しい!


「一年、ぶり……?」


 一人意味がわかっていない四ノ宮さんが呟く。

 僕は、そのきょとんとした顔を見つめて頷いた。


「僕も、一年前に倒れたんだよ。この店の前で」


「えっ!?」


「理由も、四ノ宮さんとほぼ同じだ。食生活を疎かにしすぎて、栄養不足に陥った上での体調不良」


 四ノ宮さんが言葉を失う。僕は座卓に頬杖をついて、美しい奥庭を見つめた。


「あのころは、元気な日なんてほとんどなかったな。いつもどこかしら、調子が悪かった。僕も四ノ宮さんと同じく、好きなものにはわりと猪突猛進なタイプなんだよね。だから、第一希望の大学に入って、好きなことを好きなだけ学べる状況に、テンションがおかしくなっちゃっててさ」


「…………」


「一応、『健康的で規則正しい生活』をしなきゃとは思っていたんだよ? 親父に心配をかけたくなかったし。でも思ってただけで、具体的には何もしなかった。栄養がどうとか、そういう知識がなかったってのもあるけど、きちんとした食事を心がけたら、それなりにお金も時間もかかるだろ?」


 それよりも、ほかのことにお金も時間も使いたかった。


「朝は食べない。昼は安くて簡単に済ませられるもの。夜も安くて腹にたまればなんでも構わない。とにかく《《食事なんかで》》、お金も時間も使ってたまるかって思ってた」


 四ノ宮さんが俯く。おそらく、自身にも覚えがあることなんだろう。


 僕はあらためて四ノ宮さんを真っ直ぐ見つめると、ほかほかと湯気を立てるどんぶりを手で示した。


「食べて。四ノ宮さん。めちゃくちゃ美味いから」


 それは、僕の考え方を根底から変えた料理なんだ。


 僕が、僕であるための努力をするようになった、大切な――思い出の料理。


 四ノ宮さんが、ドンブリに視線を落とす。そして、傍らの木匙を手に取った。

 まずは、澄みきったスープから。


「っ……!」


 おそるおそるといった様子で一口啜って――その瞬間、大きく目を見開く。

 すぐにもう一度掬って、息を吹きかけて冷ますのもそこそこに、口に入れる。


「あ、あっつ……」


 それでも、匙は止まらない。何度も何度も口に運ぶ。


 僕は目を細めた。一年前の僕もそうだった。感謝の言葉も忘れて、無心で食べた。


 美味しくて。


 ただただ、涙が出るほど美味しくて――。


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