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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第二章 賢王リアムの話
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2話 檻

 毎日リアムは朝早く起きて、広い畑に水を魔法で撒いていたよ。


 お昼ごはんはもらえなくて、喉が渇いたら魔法で水を出して飲んでいたよ。


 夕方になると学校に行っていた子どもたちが帰ってくるんだ。子どもたちが楽しそうにしながら家路につくのを、リアムはいつも横目で見ていたよ。


 ランバート王国の国民は教育を受ける権利があるのだけれも、リアムは赤ちゃんの時に移住してきて養父母が役所に届けていないから、書類上はプラット村にはいない子になっていたんだ。


 教育を受ける権利だから、親権を持つ養父母には受けさせる義務はないんだ。権利があるだけで、子どもが学校に行ってなくても罰則はないし、国から注意されないよ。



 利口な子が権利とか言うかもしれないけれど、十も満たない子どもが自分から、教育を受ける権利があるから学校に行くんだ!なんて言う子はあんまりいなさそうだよね。


 親権を持つ人の義務にしなかったのは、リアムたちのいる村のように子どもを労働者とみなす貧しい地域が多いから、子どもたちが昼間学校に行ってしまうと貴重な労働力がなくなってしまうんだ。


 リアムみたいに学校に行けない子どもは、たくさんいたと考えられていたよ。推測なのは各市町村が国に報告義務がないし、実態を把握しようとはしていなかったからなんだ。


 ダヴィドは学校に行っていて、リアムは行けなかった。一つの家で子どもの待遇が違うということがランバート王国では、ざらにあったよ。


 ダヴィドが学校に行けたのは、水魔法が使えるリアムがいたからだよ。


 水源がなかったり、水道が通っていない場所に畑がある家は、朝から晩まで子どもが水汲みに行っていたんだ。



 リアムは水を撒いて畑の雑草をさっさと抜いてから、マロおじいさんの家に走ったよ。


 この日はお話をしていなくてがっかりしていたけれど、気を取り直してエドおじさんのところへ向かったよ。


「おじちゃんいる?」


 家の中にいなかったから畑かなって裏手に回ったよ。


 汗を拭きながら農作業しているエドおじさんを見つけたんだ。


「おじちゃん!」


「おう、リアム!」


 エドおじさんはトマトを収穫していたよ。どれも実が割れてしまっているんだ。


「なんで割れちゃうのかな?よそのは綺麗なのに」


「たぶん、水とひりょうをやりすぎなんだとおもう」


「え?やりすぎ?ないと枯れるだろう?」


 エドおじさんは肥料を買うお金がないから、家畜の糞や作物の葉っぱとかの腐葉土を使っていたよ。


「だれかが、トマトはとてもつよいさくもつだから、ひりょうや水をあまりやらなくても、そだつんだっていってた」


「そうなのか…」


 エドおじさんは若干村八分にされていて、農業を相談できる相手がいなかったんだ。


「いたんでたり、われてもりょうりすれば、たべられるよ!」


 この日収穫した色々な野菜を切って、鍋に入れたよ。


 虫がついてたり、傷んでいるところを取って、サクサクっと料理を作っているとエドおじさんが感心していたよ。


「手際いいな。よく料理するのか?」


「しないよ?おばちゃんはおれがつまみぐいするだろうからって、キッチンにはいれないんだ」


「作ったことがないのに作れるのか?」


「みんなつくれないの?」


 エドおじさんは作れない人だよ。元貴族説が有力になってきたね。


 出来上がったトマトスープを器によそったよ。


「リアムも食べていけ」


「うん!」


 リアムは嬉しそうにスプーンを掴むとムシャムシャ食べ始めたよ。


 塩気もお肉や魚も入っていない野菜だけのスープだけれど、久しぶりに器に入ったスープを飲めて嬉しかったみたい。


「リアムはたまに俺も知らないことを知っているから、不思議だよな。お前、文字習ってないのに、帝国の文字を読めただろう?」


「おじちゃんはよめないの?」


「ちょっとは読めるが。ランバートで使われてる文字は読めないんだろう?」


「うん。なんでだろう?」


 エドおじさんが持っていた本を見せてもらったんだけど、読めなかったよ。


 一年前くらいに帝国から来たという旅人が村に寄ったんだけれど、村人と旅人はお互いの言葉がわからなかったんだ。


『隣の村に行くなら、そこの道だよ!』


 リアムが何ともないように帝国の言葉をスラスラ話して、道案内してあげたんだ。


 そこでリアムが帝国の言葉を習ってもいないのに、話せることがわかったよ。


「おれ、てんせいしゃなんだよ。おじちゃんもしらないことをしってるから、あたまがよくて、えらいひとだったんだよ!

 たまにおれのいばしょは、ここではなくて、ここにいるべきじゃないっておもうんだ」


「どこに行くべきなんだ?」


「わかんない」


 転生者だとかここにいるべきではないとか、子どもがよく夢想することだし、今の生活がつらくて現実逃避したいだけだとエドおじさんは考えていたよ。


「地図もろくに見たことがない、勉強したことのないお前がどこに行ってもやっていけないぞ?」


「おじちゃんがべんきょうおしえてよ!」


「うーん。勉強なんて大分昔にやったから、忘れてるしな…。読み書きや歴史くらいは教えられるかな」


「ぜったいだよ!おれ、そろそろかえるね!」


 リアムは養父母の家に帰ったら、また遅いってスザンヌに怒られて、ごはんぶちまけの刑を受けたよ。


 リアムはエドおじさんの家でスープ飲んだからお腹がすごく減っているわけではないのだけど、朝ごはん抜きにされるかもしれないから拾って食べたよ。


「おい、リアム犬。非国民の家に行ったのかよ?」


 エドおじさんは非国民って呼ばれていたよ。


 リアムはどうしてエドおじさんがそう呼ばれているのかを知らないし、非国民という言葉の意味もよくわかっていなかったんだ。ダヴィドも正確に理解しているかは不明だけどね。


 何を言っても馬鹿にされるから、リアムは黙々と食べていたよ。


「返事しろよ、犬!」


 殴られても無視して食べていたよ。


 相手にされなくて腹が立ったのか、ダヴィドはリアムを蹴ったよ。


 リアムはもういいやと水魔法でさらりと辺りを綺麗にしてから、殴られた傷を魔法で治したよ。


「ダヴィドって、なんのまほうをつかえるの?」


 ダヴィドはムッとしてから、くるりとリアムに背を向けて家の中に入っちゃったよ。


 ダヴィドは魔法が使えなかったんだ。リアムが使えるのが悔しいみたい。


 リアムの唯一の抵抗方法は魔法を見せることだったんだ。


 魔法を使ってちょっと疲れたから、いつもの窓の下に座ったよ。


 スザンヌがダヴィドに何やら言い聞かせていたよ。


「いい?明日は学校に帝国の人が来るみたいだから、大人しくして目立たないようにね」


「大丈夫だよ。魔法使えないし」


「魔法が使えなくても魔力があると、帝国がこどもを連れていってしまうの。優秀なダヴィドが連れて行かれてしまうのが、ママンは怖いのよ」


 スザンヌたちは魔法の使い方も魔力というものも、よくわかっていなかったよ。村に魔法を使える人は少ししかいなかったんだ。


「わかった。大人しくする!」


 ダヴィドは元気よく見当違いな返事をしていたよ。


 リアムは帝国にあまりいい印象を持っていなかったけれど、ここで犬扱いされるよりはいいんじゃないかと思ったんだ。


「ママン。なんで帝国の人がプラット村まで来るの?魔法使える人が少ないのに」


「ママンもよくわからないけれど、帝国を作った人が転生する日が近いから探しているらしいわよ。ママンが子どものときから言っているの。転生なんてありっこないのに頭おかしいのよ、帝国人って。

 そういえば、宿題やったの?」


「…まだ」


 リアムはもう親子の会話を聞いていなくて、いつ畑を抜け出して学校に行けるかって考えていたよ。


「リアム」


 ナトンに呼ばれて、はっと顔を上げたよ。


「お前は絶対に明日畑から離れるな。わかったな」


「…わかった」


 リアムは畑仕事から抜け出せるチャンスはあるはずだと、寝るときも考えていたよ。


 でも次の日は、いつもその日の作業を言ってから放置するナトンが、四六時中リアムについて回ってきたんだ。


「このはたけのむしとりと、くさむしりをすればいいんでしょう?おじさんいなくても、だいじょうぶだよ」


「いや、あの木にたくさん害虫がついていたから全部取るぞ」


 夕方までナトンと一緒だったから、リアムの脱走計画は狂ってしまったんだ。


 コーヒー畑が続く道を一台のバイクが走ってきたよ。この時代は魔力で動くバイクや自動車が開発されていたんだ。魔力はガソリンスタンドのような場所があって、そこで買えるよ。


 安いバイクはプラット村のような貧しい人々に人気だったんだ。


「おい、ナトン!帝国の奴が畑の方まで来るってよ!リアムを隠せ」


 ナトンのお兄さんが叫んだよ。


 リアムは畑の中にある、農具をしまっている小さな物置小屋に押し込められてしまったよ。


「ここにいろ。魔法は絶対に使うな!」


「なんでかくれなきゃいけないの?さぎょうおわらないよ?」


 やっと巡ってきたチャンスを逃すまいとリアムは必死に考えたよ。


「作業はしなくていい。休憩だ、休憩」


「おじちゃんとやったからつかれてないよ?はやくおわらせてかえりたいよ」


「リアム。俺らが、身寄りのないお前を育ててやったんだ。帝国に行くとか裏切る真似はするなよな?お前もエドのように非国民になりたくなかったらな!」


 リアムの腕をぎゅっと強く掴んでから、ナトンは小屋から出ていったよ。


 脅されるのは慣れていたから、リアムはコソコソ小屋から出て、道の見える場所まで隠れながら進んだんだ。


 二台の車がリアムのいる畑に停まったよ。


 ナトンが何の用だっておおげさに怒鳴っていて、帝国の人がアナベル地方の言葉で説明しているよ。


 リアムのところからでは聞こえないから、ゆっくりとナトンたちの方へ近づいたよ。


 帝国の人は手に金属でできた箱のようなものを出したんだ。


「これは魔力を測るもの。この畑に魔法が使われたような数値が出ている。

 水の属性。使い手、会わせてほしい」


「うちには魔法使える奴なんていない。魔法具で水を引いているんだ!わかったなら、帰れ帰れ」


 ナトンは追い出しにかかったよ。リアムはここにいるよと走りだそうとしたとき、ナトンがこちらの方を見て睨んだよ。


―――俺らが身寄りのないお前を育ててやったんだ。帝国に行くとか裏切る真似はすんなよな?お前もエドのように非国民になりたくなかったらな!


 ナトンの言葉が浮かんで、リアムは足が動かなくなってしまったんだ。


 帝国の人たちは諦めたのか、車の方へ歩きだしたよ。


 リアムは大きな檻に入れられて、目の前で鍵がかけられたような気がしたんだ。


―――まって。おれをつれていって。


 心の中で叫んでも聞こえるはずもなく、車は去ってしまったんだ。


 リアムは水魔法を使うなときつく言われて、珍しく夕飯まで遊んでいいと言われたんだ。


 普段なら大喜びしたけれど、喜べなかったんだ。せっかくこの生活から抜け出せるチャンスを棒に振ってしまったからね。


 ショックの中で歩いていたら、エドおじさんの家の前にいたよ。


「リアム、どうした?またダヴィドにいじめられたか?」


 暗い顔をしているリアムをエドおじさんは心配したよ。


「ていこくのひとがはたけにきた。おれ、ていこくは、まほうのつかいてをさがしてるって、きいた。ていこくにいけば、ここより、ごはんおなかいっぱいたべられるとおもった。いったら、ひこくみんになる。

 ていこくはわるものなんだ。おれらがまずしいのはていこくのせいだもん」


 リアムは頭の中がぐちゃぐちゃになって、泣きたくなったよ。


 エドおじさんはリアムの腕を優しく掴んで、家の中に入って座らせたよ。


「色々悩んだみたいだな。お前はまだ十歳で、この狭い村のことしか知らない。何も世の中のことを知らないのと同じだ。この村が貧しいのは必ずも帝国だけのせいではない。

 リアム、まずは学べ。知らなければ考えることも選ぶこともできない。俺が知っていることを教えてやるから、元気出せ」


 わしゃわしゃと撫でられて、リアムは少し気が楽になったんだ。


 それから毎日少しずつエドおじさんから文字や計算、地理など教えてもらったよ。


「次は地理だ」


「ちり~?おれ、ちりより剣やりたい!おじさん、剣もってるでしょう?つよい剣士になりたい!」


「剣なんか飾りだぞ?今は銃を使えないと話しにならない。だが残念ながらここには銃がない」


「じゅうって?魔力砲のこと?」


 エドおじさんはとても驚いたよ。学校に通っているダヴィドも知っているかどうか微妙なところだよ。


「魔力砲を知っているのか。あれは千年前にデスペハード帝国が開発したもので、原理は同じだが今は銃身がとても短くなっている。魔力砲のような長いモノももちろんあるが、かなり威力があって軍隊しか持てない決まりだ」


 ここで言っている銃は、拳銃を想像してもらえるといいよ。


「デスペハード、帝国」


「ああ。帝国って普通呼んでいるが、正式な国名はデスペハード帝国だ」


「聞いたことある」


「そりゃあるだろう。北のとてつもなくでかい国だからな。地図あるぞ」


 本タイプの地図をテーブルの上で開いたよ。埃がかぶっていてリアムは鼻がムズムズしたよ。


「こんなに大きかったっけ?」


「大きいぞ。エルスター地方全土と、レナータ地方の北側半分、中央(ケントルム)が国土だ。建国して二千年と、この世界で一番長い歴史を持つ国だ。俺らのいるランバートはだいたい二百年くらい。他にも国はあるが、この地図はおじさんがここに来る前に買ったものだから、国名が変わっている国もあるだろう。

 これに大昔の地図も載っていたな…」


 ペラペラ捲られて、あるページでエドおじさんは手を止めたよ。


「千年前に書かれたハイドランジア大陸の地図だ」


「ハイドランジア?」


「ああ、大陸の形がアジサイの形に似ているから、どこかの偉い人がそう命名したそうだ。しかもハイドランジアという言葉は、古代中央(ケントルム)語で、もう誰も使っていない失われた言葉らしいぞ」


「…知ってる、その話。この地図も。俺が知っているデスペハードはこれだ」


「リアム?」


 リアムは呆然と地図を見ていたよ。頭の中で掠めてそれが何か捕まえられず、とてももどかしかったんだ。


「おじちゃん。俺、きっと帝国の誰かの生まれ変わりなんだ。だからここにいるべきじゃないって思うんだ」


 リアムは幼い話し方をしていたんだけど、急にはっきりと話すようになってエドおじさんは驚いたよ。


「リアム。お前はデスペハードの誰かの転生者かもしれない。でも今はプラット村のリアムだ。学もない、力もない金もないお前が、ここから出たら生きていけない。まずは力をつけろ」


「じゃあ剣を教えてよ!俺はパパみたいな立派な傭兵になるんだ」


「いやーお前のパパは確かに剣の腕もよかったが、『水攻めのシャルル』と言われて、水魔法が得意だったんだ」


「たくさんの敵を水魔法で倒したんだろう!俺もパパみたいになるんだ」


 目をキラキラさせて、エドおじさんは吹き出したよ。


「その顔、シャルルそっくりだな。剣は教えるがまずは体力作りだ。

 あとは傭兵になるには傭兵の常識を知らないといけないが、おじさんは傭兵ではなかったから全部は知らない。とりあえず、傭兵たちに聞いたことを話す」


「わかった」


 リアムがやる気満々だけれど、エドおじさんは大切なことを教えないといけないと思ったんだ。


「シャルルは水魔法がとてもうまくて、ランバートの偉い連中からも声がかかったくらいだった。それに帝国からも。

 帝国は天候もあやつる水魔法を使えた始祖の生まれ変わりを探している。

 始祖とはデスペハード帝国を建国した初代の父親で、人の平等を掲げた人なんだ。帝国人はその人の考えと血を受け継いでいるから、始祖と呼んでいる。

 その始祖のシャルルは生まれ変わりではないかと思われていたんだ。瞳の色はお前と同じで蒼かった。始祖という奴も蒼かったそうだ。

 水魔法の使えるお前のことを知れば帝国はお前を欲しがるだろう。

 だから待遇はかなりいいはずだ。お前が帝国に行くかどうかは、お前が決めることだ。だが、行けばランバートの奴らはお前のことを敵と思うだろう。それだけランバート国民の帝国への感情は最悪なんだ。

 お前はどこの国の人間であるか、よく考えて決めろ。考えることや意志は誰も邪魔してはいけないし、自由なんだ」


「じゆう…?」


「誰の奴隷でもない、思考も奪われない、自分の道は自分で決められることだ。決めたからには自分に責任がある。誰かのせいにはしてはいけないんだ」


 リアムには難しかったみたいで、ぎゅっと眉間にシワが寄ってたよ。


「自由っていいね!俺にはなさそうだよ。俺はナトンたちの奴隷だよ…」


「リアム。お前は奴隷じゃない。強くなれ。自由は自分で勝ち取るんだ。頑張ればいつかはまたチャンスが来る」


 うんと頷いたよ。


 リアムは希望を心に灯して帰ったけれど、スザンヌに帰りが遅いとまた怒られたよ。


 ダヴィドに馬鹿にされ、膝を抱えて空を見上げたよ。無数の星が輝いていたけれども、リアムは綺麗だなと思う気持ちはなかったんだ。


 星のさらに先の空を見つめ、光の王が現れないか待ち望む。


 養父母のところを逃げ出す力も勇気も、リアムはまだまだ持ていなかったんだ。


 次回投稿は10/12になります。

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