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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第一章 三王の話
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8話 暴君ルドの話4

「魔法を見せてって、いいですけど俺と一緒にいると馬鹿にされますよ?」


 教会を出て、人気のないグラウンドの端に向かったよ。


「いいの。いつも馬鹿にされているから。ほら、私の髪黒いでしょう?私の祖父が南から来た移民なの。河にいた魔物を退治したとかで貴族になったけど、父は下っ端騎士でね。ルドも髪が黒みがかっているから南から来たの?」


「さぁ?ずっとここの土地にいるって聞いているけど」


 年はルドとカリーナは同じだったから、話しやすかったよ。


「私も水の使い手だから、お手本見せるわ」


 呪文を唱えて手のひらに水を出したよ。魔法できた細かい水がガタガタ揺れて見えて、他の生徒と同じだと思ったよ。


「カリーナは水を感じられている?」


 カリーナはパンッと手を叩いて水を消して、肩を落としたんだ。


「視えないわ。『視え』たら一流って言われるけど、幼い頃から訓練してるけれど、多分私は無理ね」


「諦めたらそれで終わりだよ。先生はわざと教えないんだ。理由はわからないけれど」


「どういうこと?」


 ルドは周りを見渡すと木に柑橘類がなっているのを見つけたよ。


「あの実は水分があると思う?」


「オレンジだからあるでしょう」


「あの実の中の水を見られる?」


 当たり前のことを聞かれておかしそうにしていたカリーナは笑みを消したよ。


「視えないわ。あなた『視える』の?」


「目を凝らせば『視える』。視えたらこういうこともできる」


 ルドが凝視して心の中で膨張しろと言うと実が弾けとんだんだ。カリーナは周りに人がいるか確認したけど誰もいなかったよ。


「今のルドがやったの?」


「うん。やってみる?」


 カリーナは訝しげにしていたけれど、興味に負けてルドに教わることにした。


「ちょっと手を貸して」


「うん?」


 ルドの手の上にカリーナの手を乗せたんだ。


「自分でもいいし、俺のでもいい。血の流れるのを感じられるかな?」


「うーん。脈打っているのはわかるけど」


「脈ではないよ。流れているのをイメージして」


「イメージ…」


 カリーナはイメージを掴めないみたいだ。ルドは両手を挟み込んで少し魔法を使うと、カリーナは驚いて手を引っ込めようとしたよ。


「ちょっとなに!何か手を()う感じがして気持ち悪い」


「カリーナの血の流れをほんの少し変えたんだ。その気持ち悪い感覚を意識して」


「うん…」


 ルドが魔法をやめると血が手にぱぁっと一気に流れる感覚がしたんだ。正座して急に立つと痺れて、そのときにバーッて血が流れる感覚がするよね?そういう感じだよ。


「あ…」


 カリーナは何かを掴んだみいだね。目を開いて、自分の血の流れを感じたんだ。


「俺の血の流れを感じて」


 カリーナはルドの血の流れを見ようとして、何度も繰り返したよ。そうしたら何かが流れているのがうっすら見えたよ。


「これが血の流れ。水の流れね!」


「見えた?あの実を見てみて」


 カリーナは目を凝らすと今までオレンジ色の実に見えていたのが、ぼんやり滲むように見えたよ。


 そういうとルドは満足そうに頷いたよ。


「そういうことだよ。あれを膨らませてみて」


「膨らます?」


「言葉にしてもいいし、手をかざしてみてもいいよ」


 カリーナは遠くの実を手をかざして集中したよ。しばらくして、一部が膨らんだらピリッと皮の一部が()けて果汁がでたよ。カリーナには実の中が膨張して果汁が出るのが視えた(・・・)よ。


「すごい!あなたこういう世界をみていたのね」


 感動しているカリーナに、ルドは破れた実とカリーナの心臓を交互に指差したよ。


「あの実は人の心臓だとしたら、俺らは潰せることになる。カッとなって誰かの心臓を潰したら、友だちも家族もいなくなるから気をつけてね」


「恐いこというわね。言われてみれば血の流れを感じられるから、心臓には一番血があるし攻撃しやすいわ。脳は?」


「頭蓋骨があって『視えない』。カリーナは視える?」


 カリーナは目を細めてルドの頭を見たよ。


「視えないわね。甲冑を着られたら心臓視えないじゃない」


「うん。だから戦場では使えないね。これは秘密だよ。水の使い手の弱点になる」


「わかったわ。ってあなた慣れてるわね。もしかして誰かの心臓を潰したことあるの?」


 昔にと答えかけて、あれと思うよ。ロレンツォのときは兵士を血の流れを悪くしただけだったから殺してはないよ。遥か昔に誰かの心臓を壊したことがあったようで、ルドはもやもやしていたんだ。


「ムカツク騎士隊長の舌を破裂させたことはある」


「もしかしてビゴン家の人?三十代くらいでしかめっ面している。最近舌を怪我して話せないって聞いたけどあなたの仕業?」


「多分その人」


「あなた、よく生きてたわね。農民なら普通なら、その場で殺されてたわよ」


「もう彼らに弟みたいに可愛がっていた奴隷を殺されたから。そのことを領主様に話したら過去は過去だといって咎めはなかったよ」


 カリーナは呆れていたけれど、ルドが悪い人ではないとみて、お願いしてきたよ。


「これからも教えてよ。代わりに文字教えるから」


「…俺って目立ってる?」


「うん。悪目立ち。同学年の友だち作りなよ?あと三年あるんだから」


「俺は一年だけ特別入学しているから。カリーナは今年卒業だよね?貴族の女の人は卒業したら何するの?」


「結婚するのよ、結婚。あなたに魔法を教わっても結婚して子ども産んで育てて。あーなーんも魔法なんて役に立たないわね」


 カリーナはうーんといいながら背筋を伸ばしたよ。


「勉強したいんでしょう?」


「ルドが新しい世界を見せてくれたからもっと見たくなったわ。でも女は結婚以外に道はないわ」


「あるじゃないか。魔法を極めた人が名乗れるマエストロが。俺はカリーナに教えたことは多くの人に教えるつもりないし、カリーナがあまり高い位の家ではないから。上級貴族はもう多くのものを持っている。与える必要はないよ」


 魔法を極めたいならマエストロに弟子入りしてから、マエストロに認められるとマエストロと名乗れるんだ。


 マエストロは学校で教えたりして生計を立てるけれど、中には森や山奥で仙人のような暮らしをしている人もいるよ。


 貴族のカリーナもルドの言いたいことはわかるよ。富はすべて貴族が持っていってしまうからね。


「わかったわ。私も誰にも教えない」


 と約束したがらカリーナは魔法の授業でさっそく試したみたいで、三年のクラスは大騒ぎになったみたいだよ。


 聞きつけたルドはカリーナを門の前で待ち伏せたよ。カリーナは友だちがいるみたいで、女の子二人と並んで歩いていたよ。


「あら、ルド。どうしたの?」


「どうしたも、こうしたもないよ。魔法、使わないって約束したでしょう?」


「誰にも教えないって約束したけど使わないって約束はしてないわ。お陰で水の使い手のマエストロを紹介してもらえそうなの。今度来るからルドも会ってみなさいよ」


「…カリーナの道が開けたからいい。マエストロから魔法を教わって」


 ルドは門の外へさっさと出ていくよ。


「ちょっと待ってよ。何を怒っているのよ」


 早歩きで行くのでカリーナは友だちと別れて、ルドを走って追いかけたよ。カリーナ以外追ってきたないとみて、ルドは止まったよ。


「魔法の先生に呼び出されて、魔法の道に進む者以外は視る(・・)ことを教えるなって言われたんだ。魔法を使う必要のない人が高度な魔法を持つことは危険だからって」


「どういう意味?」


「俺が人の心臓を破壊出来るって言ったよね?農民のときから出来たんだ。それって貴族の人はどう思う?」


 政治を学ばない女子でもわかったみたいだよ。カリーナは肩を落としたよ。


「…平民が力を持てば反乱を起こされるかもしれないわね。でも私たちは貴族よ。使えてもいいじゃない」


「俺みたいな平民寄りのやつが平民に教えて軍隊を持つのを恐れているのが一つ。本音は極めた人間からすればお遊び感覚でやっている貴族の子女に本気で教える気はないってこと」


「ああ。なるほどね。あなたはどうなの?これから」


 ルドはレンガ作りの壁があってここから見えないけれど、学校の教会の方を見上げたよ。ベージュの屋根が少し覗いていたんだ。


「俺は理不尽が嫌いだ。奴隷も平民も、言い分すら聞いてもらえなくて、疑われただけで殺されるのはたまらなく嫌だ。食事も貴族は一日何回も取れる。平民は一回。奴隷なんて今年の実りが期待できないから一日一回食べられればいい方だ。最悪売られるか殺される。貴族が食べていけるのは農民が畑を耕して、家畜を育てているからだ。

 神々はすべての人は幸福であるべきだと仰るが、幸福は一部の人が持っている。俺は変えたい。でも貴族になったところで俺は出来ることが限られている」


 学校で受けた差別だね。あれはきっと大人になっても続くのだろうとルドはわかりきっていたんだ。


「神使になって各地に水の恵みを求めているところにいく」


「ここを出ていくの?」


「そのつもり。雨の恵みはすべての人が受けるべきだ。別のところもきっと渇きと餓えに人々は苦しんでいる」


「あなた真面目ね。確かに貴族よりも神使に向いてるわ。神使になると財産は教会のものになるし、結婚もできないわよ?」


「貴族になったときに畑も家も手放した。俺はこの身一つだ。あ、奴隷の二人もいたな。二人にもどうするか聞いてみないと。奴隷も頑張れば神使になれるはずだし」


 ルドは楽しそうに将来設計をたて始めたよ。カリーナは会ったばかりのルドに口を挟むことはしなかったんだ。


 休みの日になるとルドは奴隷市場にいってジーナとマッテオを探したんだけれど、なかなか見つからないよ。肩を落としてアックルーア教会に行くんだ。グレータがいつも慰めてもらってから帰るんだけど、この日は目を輝かせていたんだ。


「明日、学校で雨を降らせるんですよね?私たちも行くことになったのです。エジリオ聖神使様や裁きの神(ジュリシーオ)様の神使や闘いの神(バッギア)様の神使などたくさんの神使も行きます」


「えっ!そんなに!緊張するんですけど」


 失敗したらそれこそ笑い者だね。頭を抱えてしまったルドにグレータは困ってしまったよ。


「いつも通りやればいいんです。大丈夫ですよ」


「グレータ様は水の使い手ですよね?水の流れは視えますか?」


「いいえ。私はそこまで修行ができておりません。視る(・・)人をお探しですか?」


「俺一人では身体がもちませんし、複数人で一緒にやって雨が降らせることが出来るなら、もっといろんな所でできると思ったので」


「ルド様はどうして複数人で同時に同じ魔法をしないかご存じですか?」


 ルドは学校で習ったなと思い出したよ。


「確か八百何年にフェローチェという都市の大聖堂で神使と信者たちが火の神(フィアン)様の誕生を祝って魔法を大勢で使ったら、大爆発が起きて教会が粉々になった事件ですよね。それから多数で同時魔法の使用は禁止になったとか。駄目か…」


「ルド様のご負担を考えると誰か天候を操る術をもった方がいいですね。大神使様に相談してみます」


「ありがとうございます」


 カリーナが水を視られた(・・・・)から、他の人も教われば天候を操ることができるのではないかと考えたよ。


 ルドはダメもとでグレータに頼んでみたよ。


 翌朝もとてもよく晴れて秋の終わりだというのに暑いぐらいだったよ。


 グラウンドに生徒や教師だけではなく、神使や貴族も来ていて大勢になったんだ。


 エジリオは微笑みを浮かべていたけれど、腰に剣をさしていたよ。護衛専門の神使なら剣を扱うけれど、普通の神使はもっていないんだよ。


「雨に濡れるから学校には降らすな」


 領主から無茶振りされてルドは頬がひきつっていたよ。


「雨よ、雨。水の神・アックルーアよ。我らに今しばしの涙をお恵みください」


 ルドはいつもの通りに祈り、魔法を空にかけたよ。雲がもくもくわいて学校の周り以外は降りはじめたよ。奇妙な現象にみんなそわそわして窓から遠くを見たり、学校の外に出て雨に打たれたりしたよ。


「ルド様。お疲れ様です」


 グレータを始め神使は笑顔でルドを労ったけれど、生徒たちは驚いていたよ。キアーラを狙っている取り巻き男のエドモンドは鼻で嗤ったよ。


「神使様の誰かが手伝ったのだろう」


 神使がアックルーアの使いだとか、統一王の再来だとか騒いでいた生徒たちは一瞬にして静かになったよ。スクールカースト上位の発言って恐ろしいね。


 エジリオはルドが学校で爪弾きにされているのを察して、提案してきたよ。


「水と火。相反する属性だけれどもどちらが強いと思いますか?」


「どちらともいえないと教わりましたが」


「ではここで決めましょう。火の使い手としてマエストロの称号を持つ私とアックルーアの使いであるルド様とどちらが強いか」


 エジリオが神使なのに剣を腰にさしていたのをルドは気になっていたよ。その剣をエジリオは抜いたんだ。

 

 決闘と聞いて闘いの神(バッギア)の神使たちは手を叩いてヤジを飛ばしたよ。神様に仕えるには下品だけれども、彼らの多くは兵士として戦場に行ったことがある者ばかりだったんだ。


 身も心も清いものがよいと考える神使にとっては、闘いの神(バッギア)の神使をあまり好ましく思っていないよ。


「神使兵が抜けきっとらんな」


 裁きの神(ジュリシーオ)の神使は馬鹿にしたようにエジリオを見ていたよ。ルドはエジリオが神使兵と聞いて驚いたよ。


 神使兵は教義と教会のために戦場で戦う人たちで、キリスト教なら十字軍、仏教なら戦国時代の延暦寺の僧兵みたいなものかな。異教徒を人と見なさない熱狂的な信者も多いけれど、多くの神使兵は身寄りがなくて教会や領主の駒として戦闘訓練された少年兵ばかりだったんだ。


 エジリオはグランデフィウーメ領に来る前は、別の戦争が絶えない地域にいて、家族を幼いときに亡くして神使兵になったんだ。


 死線を掻い潜ってきたエジリオは火の使い手として魔法を極めたんだよ。その力と人柄で若くて大神使になり、神使兵出身の異例の聖神使になったんだ。


 エジリオの生い立ちをルドは知らないけれど、神使兵となれば一流の使い手であることは知っていたよ。


「い、今ですか?俺は剣はまったくダメで」


「構いません。水魔法で応戦してください」


「攻撃魔法は得意じゃないので…」


 グダグダいうなと闘いの神(バッギア)神使が騒ぎ出してしまったよ。


 引くに引けなくなったから、ルドも剣を抜いたよ。


 はじめの合図でエジリオがルドの周りを一定の距離を保ちながら走りはじめたんだ。どうしてか地面に剣を引きずっているよ。エジリオの戦い方を知っている人は大盛り上がりしていたよ。


「あれがでるぞ」


 削れた地面からカッと火がついたんだ。どうやら剣は普通の剣ではないみたいだよ。地面との摩擦で火を起こすことができる、火つけ石みたいな鉱石でできているっぽいね。


 ルドが学校を雨で濡らしていたらできなかったかもね。土が乾燥しているからエジリオには有利だったんだ。


「え?」


 ルドは周囲に火で囲まれて軽くパニックになったよ。


「ではいこうか」


 エジリオは楽しそうに笑って手を真上にあげると火の勢いは強まって、うねうねと壁のように燃え上がり、ルドに襲いかかったよ。


 熱風と真っ赤な炎にルドは身体が固くなって動けなくなってしまったよ。エジリオはルドが動かないことを変に思ったよ。


「驚かせてしまったかな」


 ルドの返事はないし俯いて震えだしたよ。



 肺に入る熱い空気、燃え盛る炎。



 ルドは自分ではない記憶に支配されたんだ。


『俺は死にたくない!』


 掻きむしるようにしてから、身体の周りに水がただよったかと思ったら鉄砲玉のように飛び出してきたんだ。エジリオは冷静に避けたよ。じゅっと水が炎に当たって消えたんだ。


『このままだとみんな死んでしまう』


 ぶつぶつルドがレナータで話されていない言葉に、エジリオは驚いたよ。


「この言葉は統一王のいたチェントロの言葉に似ているが…」


 ハイドランジアの現代では統一王時代に使っていた言葉は失われたけれど、紀元千年代ではまだ使われていたというのが書物に記されていたんだ。


 エジリオは神使兵時代にあちこち行っていて、色々な言葉を覚えたんだ。


 だからエジリオは、生まれも育ちもグランデフィウーメのルドが他の言葉を知っているのは考えづらかったんだ。この時代の農民は生まれた場所を出ずにほとんどがそこで生涯を終えるからね。


『あなたは誰?』


 それにエジリオは神々の伝承は統一王のいた地域から始まったと聞いて、熱心にその地方や言葉を学んでいたんだ。


 ルドはのっそりと怯えた顔をあげたよ。


『俺の名前…。思い出せない。ここはどこ?』


 エジリオはゆっくりとルドに近づきながら聞いたよ。


『ここはレナータにあるグランデフィウーメ領。あなたはどこから来たんだい?』


 霊が人に乗り移ることがあるとエジリオは聞いたことがあったから、ルドに霊が乗り移ったと考えたよ。


『どこ?ここは集落じゃない?ああ、俺は隣の集落の(おさ)に襲撃されて…』


 戦いの最中であることを思い出したみたいで、ルドは叫び声をあげて水を囲む炎に向かって飛ばしたよ。でも消えないから、強い魔法をと考えたよ。


『濁流を。あの山を崩したように』


 ルドの周りになみなみと水がたゆたい、濁流のように火に押し寄せて消してしまったよ。それでも水の勢いは衰えず、エジリオに迫ったよ。ありったけの炎を出したけれども押しきられて、転がるように避けたんだ。濁流は止まらず校舎の木々をなぎ倒してから消えたよ。


『守らなきゃ、みんなを』


「ルド様!しっかりなさってください」


 エジリオの叱責にルドははたと目を瞬かせたよ。


「あれ?俺…。エジリオ様!」


 エジリオは肩から血を流していて、ルドは自分でやってしまったのだと恐ろしくなったよ。


「これしき大丈夫です。挑発したことをお許しください」


「大丈夫じゃないですよ、血が…」


 神使たちが駆け寄る前に、ルドは震える手を傷口にかざして治癒魔法をかけたよ。すぐに治ったからエジリオは驚いたよ。


「早い…。治癒魔法もできるのですか」


「首を切られてしまった人は治せませんが」


 ルドの暗い顔にエジリオは心に踏み入れることをためらったけれど、ルドについている霊を知りたかったんだ。


 怪我を治すとルドはふらふらだったよ。アグネーゼをはじめ、アックルーアの神使たちがこぞってエジリオを責めたよ。


「ルド様は雨を降らせてお疲れなのです。それなのに挑発して戦わせるとは」


「悪かったと思いますよ!ルド様を休ませましょう。私も休みたいのですが」


「あなたは学校の花壇を直すのが先です!」


 年上のアグネーゼに叱られて、聖神使様も頭が上がらないみたいだよ。


 木が折れて下にあった花壇は壊れていたよ。雨が降らないから、花が枯れてなかったのは幸いだったね。

 ルドが壊したんだけど、ここは大人げなかったエジリオが直すことになったよ。


 ルドは救護室、保健室みたいなところだよ、そこのベッドで休ませてもらうことになったんだ。


 疲れてぐっすり眠ったけれど、誰かの話し声で目が覚めたよ。


「起こしてしまいましたか」


 エジリオとアグネーゼがベッドサイドの椅子に座っていたよ。


「今は…」


「夕刻です。起きて大丈夫ですか?」


 アグネーゼは心配そうな顔をしてから、エジリオをちらりと睨んだよ。エジリオは苦笑して改めてルドに謝ったんだ。


「最上級の魔法を使った上に戦わせてしまいまして、申し訳ございません。あれだけ魔法を使ったのに起き上がれてお話できるのに驚きですが、どうしてチェントロの言葉をご存知なのです?」


「チェントロの言葉?」


 ルドは目を丸くしたけれど、アグネーゼも驚いていたよ。エジリオは頷いてから座り直して姿勢をただしたよ。


「神々の教えはここより東にある統一王がいた場所から広まったとされます。他の神使が話していたのを聞かれたと思いますが、私は十代まで神使兵をしていました。あそこまで遠征にいきましてね。住んでいる人たちは、そこをケントルムと呼んでいました」


「ケントルム…?中央(チェントロ)


「そうです。レナータではチェントロといいますが、ルド様はケントルムをどうして中央(チェントロ)だとご存知なのです?誰か知り合いにチェントロの出身の方がおられたんですか?」


「いませんでした。どうしてわかったんだろう。俺、さっき自分ではない記憶が勝手に現れて、知らない言葉を話していた」


「記憶が現れて?私と戦ったときの記憶はあるのですか?」


「あります。エジリオ様があなたは誰と聞いて。あれはなんだったのだろう」


 エジリオとアグネーゼは顔を見合わせたよ。霊が乗り移っていたならば、依代(よりしろ)は記憶がないはずなんだ。


『あなたが誰だかわかりませんか?』


 エジリオがケントルムの言葉で聞いたよ。ルドは眉を寄せたよ。


『言葉が少し変だね』


 ルドとエジリオは互いの発音が若干違ったんだ。


(なま)りですかね。ケントルムでも離れれば離れるほど言葉が訛って通じないところもあります。どこにいたかわかりますか?」


「…()はケントルムにはいなかったと思います。真っ黒い枯れた大地で実りもなくて。ずっと働かされていた。岩だらけの暗い場所にいて…。鎖に繋がれてて。鎖?」


 ルドは鎖を繋がれたとでもいうように両腕を見たよ。


「奴隷だったんだ。そうだ。思い出した。小さいときから親がいなくて、育ててもらったおじさんが言ってたんだ。雲は水だって。それで雨を降らせたら(おさ)に気に入られて。…隣の村?ああ、あの時は村って言ってなかったけど、あの村を雨を降らせて…山が崩れたんだ。たくさんの人を俺は…」


 ルドは無意識に頭を抱えてしまったよ。アグネーゼは痛ましそうにルドの肩を撫でる。


「あなたのついている霊が奴隷で、長という人に命令されて殺したというのですか?」


 アグネーゼはにわかに信じられなかったよ。でもルドが嘘をついているように思えなかったんだ。エジリオが中央(ケントルム)の言葉で聞いたよ。


『それで殺してどうなりました?』


『女の子をもらった。俺の力がほしいから子どもを作らせるために。でもその時の俺は何も知らなかった。無知だった!考えることを放棄して、そしてそして。俺の集落に火矢が放たれて、燃えるなかで俺は死んだんだ』


 ルドは頭痛が酷くて吐き気もしたよ。震えるのでアグネーゼはエジリオに目で止めるようにいうよ。エジリオは酷い人ではないから聞くのを止めたよ。ルドが早口で聞き取れなかった単語もたくさんあったけれど、何となくわかったみたいだね。


「またお話を聞かせてください。でもルド様の中にいつまでもいてはルド様によくありません」


 エジリオは徐霊を考えたけれど、ルドは激しく頭を振って何度違うと言うよ。


「あれは俺でした。俺だったんだ。昔奴隷だったから、奴隷たちが苦しむのを見るのが嫌だったんだ」


「ルド様。その霊はあなたではありません。人は死んだら天の国(パラディーゾ)か、地獄(インフェルノ)のどちらかに行きますが、希にこの世界に魂が残って誰かに取り憑くといいます。身体には一つしか魂はいられません。奴隷の霊を取り除かないとあなたの身がどうなるか私どももわからないのです」


 人は死んだら裁きの神(ジュリシーオ)の前に立ち、生前の罪を告白するんだ。そこで嘘をついたら舌を抜かれて言葉を奪われるんだよ。ジュリシーオの裁きで無罪なら天の国(パラディーゾ)へ、有罪なら地獄(インフェルノ)へ行くよ。どの魂も永遠にどちらかに居続けるという考えだから、当時の人は生まれ変わりや転生という考えがなかったんだ。


 エジリオたちはどちらかに行き損なった霊が地上を彷徨(さまよ)い、ルドに()いていると考えたよ。


「奴隷の魂は俺だ。そうじゃなかったら魔法は使えますか?神々が俺たち一人一人の魂に魔法を贈られたのではないんですか?もしも奴隷の霊がいなくなったら、俺は最上級魔法が使えなくなるということです」


 それはエジリオたちも困った話になったよ。今徐霊してルドが魔法を使えなくなったら、雨を降らすことができずに、いつまで続くかわからない水不足に怯える日々を送らないといけなくなるんだ。


「私も霊についてはわからないことばかりです。調べさせていただきますが、何か思い出したら教えてください」


「無理に思い出してはなりません。人格が乗っ取られたという話を聞きます」


 アグネーゼはルドがルドでなくなるのを心配していたんだ。ルドは微笑みを浮かべて肩におかれたアグネーゼの手に触れたよ。


「思い出しても俺は俺です。あの奴隷は俺ですから。エジリオ様。思い出させてくれてありがとうございます。奴隷のときはとてもつらかったけれど、幼い俺を見捨てずに奴隷のおじさんたちが一日一つしか与えられなかったパンをわけてくれたり、優しい記憶を思い出せました。

 雲は水だって教えてくれた懐かしい声の主もわかったので」


 ルドは涙が自然と流れてきたよ。


『もういないんだ。彼らは』


 アグネーゼはルドが何と言っているのか知りたくて、エジリオの方を見たけれど、エジリオは黙ってルドを見ていただけだったよ。

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