85話 水神王アニバルの話42
アニバルはパブロの葬式を済ませると、次の日から各地に散らばった村人たちに会いに行って村ができたことを伝えたよ。
でも避難先で馴染んでしまった人が多くて、中にはそこで結婚した人もいたよ。
災害から約五年。
アニバルにとってはあっという間に過ぎた年月だったけれど、十代だった子どもは成人し、恋をして結婚をする。
小さかった子はもう親の顔も忘れかけている。
子どもにとっては、とても長い五年だったんだ。
「そっか。みんなが幸せに過ごしているならいい」
アニバルは笑って村人の新しい生活を喜んでいたよ。
ただ心はとても悲しかったんだ。
「誰も住まないってよ。どうするかこの村。俺が住もうかな」
「移住させればよかったのに」
エクトルは帰りたいと言っていた村人が帰らないと言い出したから、怒っていたよ。何のためにアニバルが頑張ったんだってね。
「俺がみんなの気持ちをもう一度聞かなかったのがいけなかったんだ。もしかしたら戻ってくる人もいるかもしれない。そのために村を綺麗にしておこうと思う。帰ってきたときに荒れ果ててたら、悲しいと思うし」
アニバルは村に住むことを決めてしまったから、これまた王宮は大混乱だよ。
そんな王宮の様子も知らずに、アニバルは毎日住む家を変えて管理していたよ。
どうしてか家って人がずっと住まないと、ぼろぼろになってしまうんだ。
フェデリコが月の何日かは王宮で暮らしてとお願いしてきたから、仕方なく帰ったよ。
すると美女と美酒がずらっと並んでたんだ。
「お疲れの陛下に少しでも癒していただきたいと私が揃えました」
イケメンロドルフォが笑顔で言ったよ。
アニバルは美女にお酒をついでもらって、たくさん褒めてもらってすぐにデレデレになったよ。
浮いた話がなかったアニバルも女の人を寝室に連れ込むことがあって、周りはやっと色沙汰に興味を持ってくれたって思っていたよ。
この時アニバルは三十代。子どもを作ってもらって、アニバルの子どもとフェデリコの子どもか孫と結婚してほしいと王族や宰相たちは思っていたそうだよ。
本人は結婚の話になると、頑なに王族や貴族の女性と結婚しないと言うからね。
アニバルは一夜限りで同じ女の人と会うこともしなかったよ。
今までしなかったのに、美味しいごちそうも食べたいと言って贅沢を始めたよ。
気づけば聖神使の使者が半分レナータに帰っていたんだ。
あの若い使者がアニバルに謁見を求めたよ。
アニバルのいる部屋に入るとお酒臭くて、使者は思わず顔をしかめたよ。
「用ってなんだ?」
アニバルは寝そべり手酌していたよ。
「謁見の願いを聞き入れてくださり、感謝します」
「俺は暇だからいつでもいいぞ。何の話を聞きたい?聖神使殿?」
若い使者は一瞬動きを止めてから、笑みを浮かべたよ。
「私は使者ですので、聖神使様ではありません」
「あんたが言うならそれでいいぜ?
噂では前の聖神使は高齢で疫病にかかり、亡くなった。そのあと何人か聖神使になったが、みんな高齢で病気になったり、疫病にかかってしまった。聖神使が立て続けに倒れては困る。だから若い神使が継いだ。でもまた死んでは困るから、まだ疫病が広がっていない国へ避難した。
というのは俺の勝手な妄想だ。酒呑むか?」
「…この後調べたいことがありますので」
ふーんとアニバルは言ってからお酒を飲んでいたよ。
ドアの付近にはエクトルとホセがいたよ。エクトルは護衛みたいなことをしなくていいのにね。
「転生とは、どのような気持ちになるのですか?」
てっきり疫病について聞かれるのかと思ったから、アニバルは吹き出しそうになったよ。
「なんだよ。そんなこと聞きに来たのか?」
「興味はありますが、お訊ねしたいことが今の質問に関係ありまして」
「あっそ。気持ちねぇ。徐々に思い出したからな。全部思い出したのが死にかけてたときだから、嬉しいとかそんなのはなかったな。
ただもう大切な人たちはいないのと、あの時代ではないと、たまに寂しいときはある」
アニバルはエクトルの方に顔を向けたよ。
『お前はどうだった?エトーレ?』
『俺も死にかけてましたし。ただあなたが光帝陛下なのかと思ったら、とても嬉しかったですね』
『だからあのとき、俺にべったりくっついていたのね』
若い神使は耳をそばだてていたようだよ。
「レナータの奴からしたら、なまっているように聞こえるらしいが、話した内容わかったか?」
「ところどころわからないのですが、予想はできました。光帝とはルークススペース帝国の皇帝につけられた通り名ですね。疫病について調べるとその時代に行き着くのです。当時のことは戦火で資料がなくなりました。
疫病は数百年置きに流行しますが、当事者の口から当時のことを聞くことはできません。千年前、どうやって病が終わったのか知りたいのです」
アニバルは身体を起こして、グラスをテーブルに置いたよ。
「やっぱり真面目な話じゃねえか」
アニバルは魔法で酔いざましをしてから水を飲んだよ。あっという間の出来事に使者さんは目を丸くしていたよ。
「正直言って、我々は病に負けた。あちらが急に消えたんだ。だから生き残れた」
「消えた?」
「ポネンテという街は知っているか?」
「ええ。今も難攻不落の美しい都市として有名です」
「そうか!ポネンテ領主や領民の努力は報われたんだな」
アニバルは満足そうに笑った後、真面目な顔になったよ。
「ポネンテは千年前、何が起こったかは?」
「住民のほとんどが病になり、動けない者ごと埋められたと」
「酷い話だろう?だが、我々にはそうすることしかできなかった。病の正体を悪魔だとほとんどの民が信じていた時代だ。悪魔に住み着かれた街と恐怖していたくらいだ。
それが特定の生き物の仕業であるとは知らなかった」
アニバルの時代も高度な顕微鏡はなくて、細菌やウィルスは見られなかったよ。
ただ視覚化魔法で超人的に使える人がいて、感染症に感染した人は普通の人よりなにかがたくさんいることを発見したんだ。
そんな高度テクを持つ使い手はあまりいなかったから、身体の中に生き物増殖説は広まらなかったよ。
だって自分の中に別の生き物が増殖してるって考えるの嫌でしょう?
高度テクを持つ人間顕微鏡が何人か出て、やっと生き物のせいだということがわかったよ。
ただこれが生き物ではなく、近代も学者の中にも悪魔が悪さをしていると信じている人は多かったよ。
「千年前の皇帝から今の神使に伝えられることは何もない。
千年間、人々は疫病と戦ってきて多くのことを知り、そして勝とうと努力してきた。今の方が千年前よりも進んでいる。
レナータで見つからぬならデスペハードで。デスペハードで見つからなかったら、他の土地に治療方法があるかもしれない。
だが、疫病も生き物だ。駆逐されぬように戦って強くなる」
「もちろん、千年前よりは今の方が魔法も薬学も進歩しています。
治療方法も煮詰まってしまったため、一度初心にかえりたいとお話をうかがいたかったのです。当初の魔法はどのようなものか知りたいのです。そこから今日の魔法の出発点になっているのに、資料がほとんどありません」
アニバルは話が長くなりそうだと、ホセに使者にも飲み物を出すように言ったよ。
アニバルはすでに効果がないとわかっている当時の治癒魔法を教えたよ。
「当時はかかりはじめに効いたが、闘病期間が長くなるほど効果はなかった。
最近、デスペハードの医療関係で予防という考え方がある。病院で広がらないように浄化魔法を徹底したほうがいいだろう」
治癒魔法が現代の言い方をすれば、身体の免疫を高める方法で、薬草は抗生物質のようなものだったよ。ただ重症化すると効かなかったんだ。
浄化魔法はアルコールなどの殺菌や除菌のようなものだと思ってね。
この時代は免疫という言葉はなかったけれど、一度かかった人はかかりにくいというのがわかっていたよ。
どうしてそうなのかという実験が、ウシなどの動物で行われていたんだ。
ハイドランジアの近代の終わりにウィルスの発見、免疫という考えがうまれ、ワクチンが開発されたわけであって、アニバルは結局中世のやり方をやっていくしかなかったんだ。
「教えていただいた治癒魔法は私が聞いた限り行っている医師はいませんね。千年前に多少効果があったなら、研究するのもいいでしょう」
「あんた、神使というより研究者みたいだな」
ブツブツと独り言を言ってメモをしていた使者は顔をあげたよ。
「元々は教会の医師でした。聖神使クレメンテ三世のときに教会も疫病と戦うべきと、教会内にある医務局が主体となって対策組織が作られました。私はそこで副局長をやってまして。デスペハード帝国の医術が進んでいると聞き、来たのです」
「ん?カランバノスに言われて来たんじゃないのか?」
使者は苦笑を浮かべてから万年筆を置いたよ。
「教会としては、信徒たちの安全が脅かされると聞けば確認しないといけませんでしたし。私にとってはこの国に来る口実ができたと思って喜んだのですが、中央教ではない大国に来るのは初めてで、我々を見る目はこうも違うのかと身が引き締まりました。陛下のお陰で今日まで追い出されずにすみました」
「快適ではなかっただろう。許してくれ。あの子らは神々を信じきれなくなったんだ。だからと言って俺は自分を神だと公言するほどできた人間じゃないしな」
「神だとおっしゃれば色々と便利なのでは?」
少し揶揄が含まれているのをアニバルは気づいていたよ。
「俺が神なら疫病を作らない、飢饉にしない、雪崩を起こさせない。それができないから俺は神ではない。
前世も毎日祈ったが、神々は現れなかった。聖神使エジリオも聖神使でしか行かれない聖域に行っても、神々に会えなかったと言っていた。
…もし神々に会うことがあるなら胸ぐらをつかんで言ってやるんだ。
なんであんたらを信じた者たちを救わないってな」
若い神使は目を伏せて声を潜めたよ。
「わかります。痛いほど。水神王陛下はそれでも神々を信じられますか?」
若い神使は多くの人が感染症で亡くなるのを見ていて、神様は助けてくれないのかと思ってしまったみたいだね。
「俺がいた村で雪崩が起きて大勢死んだのは知っているよな?
雪に村が覆われて多くの家も潰れた中で、教会だけが全壊を免れて逃げ込んだ人たちは助かったんだ。神々の像も雪崩の衝撃で倒れていたのに、水の神様の像だけは立っていたんだ」
「神は村人をお守りしたと?」
「さあな。あの時、雪の中で冷たくなっていく村人を助けられず、みんな死んだのかと絶望した。
水の神様の像だけが立っていた。俺にはそれで十分だ。神は望み、追い求めると姿を現さない。でも稀に片鱗を見せる。だから俺は神々は人が求めるものではなく、そばにいて見守ってくださる存在だと思っている。
俺の持論はどうでもいいな。それで他に何を聞きたいんだ?聖神使エジリオ十一世?」
若い神使はアニバルの言葉に感慨深いと感激していると、はっと目を見開いてアニバルを見たよ。
王がニヤニヤと笑っていて、神使ははめられたと思ったよ。
「…ずるいですね」
「油断してるとひっかかるよな。俺もやられたぜ。エジリオっていうのは本名か?」
「いいえ。私がエジリオ一世に憧れていたのを知っていたので、私の師でした前の聖神使様が亡くなる前につけてくださいました」
「エジリオ一世って千年前の?」
「そうです。その…。エジリオ一世はどういう方でしたか?」
もじもじしてるから、アニバルは大笑いしたよ。
「恥ずかしがるなよ。いいぜ。話してやる。というか、あんたは転生を信じるんだな?」
「え?レナータでもデスペハード帝国の始祖の話はよく耳にしますし、転生は古くからあるのかと」
「教典には書かれていないのに?」
聖神使は不思議そうな顔をしてから、ああと言ったよ。
「異教徒の弾圧や教えを抹消した歴史がありましたね。ルド…陛下の時代はまさにそのときだったと聞いています。今はそれほど締め付けは強くありませんが、一部の神使は他の教えに否定的です」
「といっても随分ゆるくなったな、教会は。ギスギスしなくていいや。暴君ルドって呼んでもいいぜ?」
「いやそんなわけでは…。レナータでは確かに暴君と言われております。ただエジリオ一世や教会側の評価は随分と違うものだと」
「エジリオ様の手記は残っていないと聞いたが?」
「残ってはいませんが、周りにいた人々の手記や記録が残っています。
私はルド陛下が暴君だとは思えなかった。あなたにお会いしてはっきりわかりました。進んで人を虐げる人ではないと。
私は陛下の協力なくして、デスペハード帝国の医術を学ぶことは出来なかったでしょう。
一度ついてしまったルド陛下の汚名を雪ぐことは難しいかもしれない。何かの形でルド陛下と水神王陛下のことをレナータの民に伝えたいと考えております」
深々と若い聖神使が頭を下げていると、エクトルが満足そうに笑みを浮かべていたよ。でもアニバルは敬えとは言わなかったよ。
「俺やルドの名誉を広めるよりも、あんたはレナータの民を救え。
…千年前の皇帝より頼みがある。聖神使様。故郷の民を頼みました」
聖神使エジリオ十一世は、はいと返事をしたよ。
アニバルは微笑んでから、エクトルを手招きしたんだ。
「エジリオ様について話そう。彼の肖像画があるけれど見ますか?」
聖神使エジリオ十一世は少年のように目を輝かせて、アニバルとエクトルの話を聞いていたよ。
レナータにはエジリオの肖像画がなかったようで、エジリオ十一世さんはずっと眺めていたそうだよ。あんまりにも見ていたから、アニバルが画家に命じて模写させて、あげたんだ。彼はとても大事にしたそうだよ。
二ヶ月ほど滞在してから、聖神使たちは帰って行ったよ。レナータの国々も困っているから、カランバノスへ牽制してくれることになったよ。
アニバルは聖神使が帰ると、エスコンディド村に行って住みついちゃったから、護衛とかいろんな人も住みはじめたよ。
一週間ほど経って、ガルシア領の街にいた神使が来たよ。しかもたくさんの人を引き連れてね。
「先日は水神王陛下と知らず、失礼致しました」
「あ?身分明かしてなかったし、気にしなくていいぜ。その人たちは?」
「ここに住むのはかつての村人ではないといけませんか?よろしければ街に居づらい信者たちをここに住まわせていただきたいのです。レナータの神使様が褒めるほど立派な教会があると聞いてみんなが来たいと」
神使が連れてきたのは中央教の信者だよ。
アニバルは喜んで人々を迎えたんだ。
元村人が戻って来られるように、その人たち用の家は空けておくように頼んだよ。
アニバルは住んでいた小屋も整備したよ。しばらく住んでいなかったから、魔物や動物に入られて荒らされていたんだ。
小屋への道も草むらになって、初めて入った人は途中道を迷いそうなほどだったよ。
魔力砲を持って森に入ろうとすればホセたちに止められたけれど、お構い無しだったんだ。
意気揚々と森に入ったら、木の根っこにつまずいて転んだよ。
アニバルはショックを受けていたんだ。
「前はこんなので転ばなかったのに。狩人失格だ」
「陛下はもう狩人ではありません!」
王宮で贅沢三昧をしていて、高カロリーな食事をしていたから、筋肉より脂肪がついちゃったみたいだね。
新しい村人たちは、アニバルたちを遠目から見ていたよ。王様だし、気が変わって迫害されるかもしれない。
アニバルも村人たちの不安を知っていて、話しかけたり、狩りで獲ったものをお裾分けしたりしたよ。村人たちも次第に心を開いてくれたんだ。
それから、各地にちらばっていた元村人たちはパブロが死んだと聞いて、お墓参りに来たよ。
多くの人が村には残らずに、避難先に帰って行ったんだ。
避難先の女の人と結婚した人が来たよ。奥さんが出来立ての綺麗な村が気に入ってしまったみたいで、ここに住むことになったんだ。
それを聞いたアニバルは満面の笑みになったよ。
「そっか!よかった」
「水神様…。ごめんなさい。色々やってもらったのに」
元村人はアニバルが村の家を再現して作って待っていたことを知って、涙が出てきたよ。
「ああ。待ってた。お帰り。戻って来てくれてありがとな」
「水神様…!」
元村人が抱きついて号泣したから、逆に困っていたよ。
元村人一人帰還すると、考え直した村人たちが徐々に帰ってきたよ。この人たちが水神様と呼ぶから、ガルシアの街から移住してきた人まで呼ぶようになったよ。
「水神様、トニアとイバンは?」
戻ってきた村人に聞かれたよ。
「ヴァリエンテに行った子どもたちは、ここに戻っても親や親戚がいない。ヴァリエンテの里親の元で暮らすってことになったんだ。トニアたちもヴァリエンテにいるってよ」
その後トニアは成人すると共に、ヴァリエンテの男の人と結婚したよ。その知らせにアニバルは喜んだけれども、トニアたちは戻って来ないのかと少しがっかりしたよ。
アルスランと手紙のやりとりしていて、時折トニアも一緒に手紙をくれたよ。返信には村に戻ってきてとは一度も書かず、元気そうでよかったと書いてたんだ。




