84話 水神王アニバルの話41
会談が行われる部屋に行くと、シーンと静まり返っていたよ。
両者とも警戒しているのか目も合わせないよ。
アニバルは宰相の隣の席に行こうとしたから、フェデリコは一段高くなってる皇帝の椅子の背もたれを軽く叩いたよ。
「陛下はこちらに」
「いや皇帝陛下が座る席だろう?」
「こちらに」
「水神王陛下。早くしていただきたく」
宰相の苦情にアニバルはなんだろうこの状況って思ったよ。
「俺はこっちの席に早く座りたいんだが?そもそも地位ははっきりしておいた方がいいと思うが?」
「いえ、水神王陛下はそちらに座っていただきたく」
宰相はアニバルが神だと使者たちに印象づけたいようだね。アニバルはそのもくろみを壊してやろうかと思ったけれど、話が進まないから大人しく皇帝の椅子に座ったよ。
フェデリコが黙って目配せしてくるから、アニバルは仕方なく口を開いたよ。
「少々ごたつき、お待たせしてすまなかった。使者の方々は俺が水神王と呼ばれている理由はご存じないと思う。
シエロ教には元々水の神の信仰はないのです。どうして水神と呼ばれているかというと、俺は元々平民で狩人をしていました。そのときに住んでいた村が中央教の信者たちの村で、前世の記憶から村の治水をしたり病気の治療したところ、俺のことを水の神様、レナータの言葉では水の神様の使いと言われるようになりましてね。毎回水の神様の使いと言うのが面倒だったのか、村人から水神様と呼ばれるようになったのです。
この国のすべての者がシエロ教かといわれれば違うとお答えしておきます。
またどこぞの国がレナータの国へ我が国が侵攻すると言っているそうですが、我が国はそんな気はありません。レナータの方からすれば、むしろどこぞの国の方が脅威なのでは?聖神使様は我が国は敵だと仰っているのですか?」
使者はそれぞれ目配せしたけれど、末席にいた一番若い男の人を多く見ていたよ。アニバルはあれっと思ったんだ。
今の聖神使は七十近くの老人とも、二十代の若い男とも情報があったんだ。
アニバルはさりげなくこの若い男を観察していたよ。
若い男は話さず、年配の使者がまたもや話し出したよ。
「我々の敵は信者を誘惑する悪魔であり、神々を冒涜する者たちです。貴国は神々を信じず蔑んでいると聞き、確かめるために参りました。
しかし水神王陛下の仰ることがまことならば、我々はその旨を聖神使様にお伝えし、レナータ各国には争いは不要と言うまででございます」
カランバノスはアニバルを腰抜けだと思い、レナータの国々とデスペハードが戦争するのを嫌がるだろうから、脅しとして聖神使に告げ口したようだけど、アニバルは逆にカランバノスありがとうと思っていたよ。
「誤解が解けて安心しました。レナータ各国にお伝えください。戦争ではなく、お互いの幸福のために友好関係を結び交易しましょうと。我々はわざわざ戦争をして豊かな土地を奪うとは考えていません」
一部の大臣や貴族はアニバルの発言が不服そうだったけれど、神様の決定に逆らえないようだったよ。アニバルはどうしても思った通りにしたいときは、パワハ…神の威厳を振り撒いていたようだね。
「戦争の件は各国にお伝えしましょう。交易については貴国からお伝えください」
「それはそうですね。失礼した。
して、どこぞの国にはどう伝えるのですか?聖神使様が神々の教えを広めるための使者団を政治目的に動かさねばならない状況が、前世の俺の感覚からすれば腑に落ちないのですがね。
我が国はどこぞの国と仲がいいわけではありませんので、告げ口はいたしませんよ。場合によってはお手伝いしても構いません」
「…例えばどのような?」
いらないと突っぱねないね。聞くだけ聞いとこうかということみたい。
「俺の知るレナータは千年も前のことです。お手伝いできることがあるかは話をうかがってからでしょう。
今できることなら助言くらいですが。今年の春までレナータの海沿い、とりわけカランバノス、おっとどこぞの国との戦争をしている国や地域で疫病が流行していると聞きました。病に兵がなり、それで兵が不足して同盟関係の近隣の国へ要請していると。
どこぞの国も帰還した兵が発病したようで、病を持ち帰ったとみえる。両国とも病のことを伏せているようですが、俺の耳にはいるくらいだ。患者も増えているでしょう?レナータの国々は参戦しない方がよろしいかと。
冬は疫病は流行りやすい。今のうち国境封鎖しておくべきでしょう」
「それでは戦禍の国と民を見捨てることになりますが?」
「ならばすぐさま戦争はやめるべきと我が国にではなく、どこぞの国へ使者の方々は行くべきでしょう。最悪戦争で死ぬ数よりも疫病で死ぬ方が多いかもしれません。
一応どこぞの国に忠告しましたが、敵国の忠告は聞かないでしょう」
「…」
おや、疫病について否定しないね。どうやら聖神使側も疫病の流行を察知しているようだよ。
「お望みなら援助はしましょう。ただ、人はやりませんのでご了承を」
「承知しました」
使者は聖神使にデスペハードがレナータへ侵略の意思はないと伝えてくれることになったよ。
「援助とはどういうものですか?」
会談は終わりという雰囲気になったときに、一番若い使者が聞いてきたよ。
「流行りの病に効く薬草が我が国にあれば、お送りします。薬や魔法は確立されてますか?」
「…しておりません。可能であればデスペハード帝国の保管してある治癒魔法の本を閲覧させていただきたく」
「レナータの文字で書かれたものはあまりありませんが」
「エルスターの文字は読めますので」
アニバルは外国の使者が自分の国の文字を読めて、ちょっと悔しかったよ。
想像した以上に疫病が各国に広がっているのではないかと思ったよ。
「蔵書をお見せする代わりに詳しい病状と効果がありそうな薬や治癒魔法を教えてください。もしも我が国に入ってきたときのためにも」
「構いません。デスペハード帝国は疫病の治療魔法や薬草を集めていると耳にしました。できれば効きそうな治療方法がありそうなら見させていただきたいのですが」
レナータで治療方法がすぐに見つからず、藁もすがる思いで来たみたいだね。
「かなり苦戦されているようですね。専門の使い手や医師を集めましょう。我が国も情報がほしいですから」
ルークススペース帝国での感染症で壊滅した都市もあり、デスペハード帝国はそれを教訓に建国当初から感染症や病の治療方法を各地から集めて研究していたんだ。
この時代でデスペハード帝国は、病の治療方法について進んでいたよ。
聖神使の使者さんたちがデスペハードに滞在している間、アニバルはエスコンディド村が完成したと聞いてさっそく行ったんだ。
雪崩から五年が経っていて、久しぶりに村に入ると立派な家々が並んでいたよ。どこか懐かしさが漂うのは村人たちが住んでいた家を真似しているからなんだ。
すべての家に雪降ろしの魔法具が設置されて、村の周りには魔物避けと山には雪崩防止の柵が作られていたよ。
魔法具にあまり頼らない、当時の最新の技術が詰め込まれた村になったんだ。
教会も新しくなっていて、村長が生きていたら嬉しくて号泣するだろうなと思うとクスッと笑ってしまったよ。
「立派な教会が出来たんだ。神使がいてほしいな」
こうしてはいられないと、ガルシア領主のお屋敷がある街に行ったよ。
アニバルは街の教会に行ったことがなくて、楽しみにしていたけれど普通の家のようなたたずまいで、一見教会に見えなかったよ。
ホセにここだと言われたから、ノッカーを叩いたよ。アニバルは王様の格好ではなくて街の平民のような格好をしたよ。いきなり偉い人が来たら、神使たちがびっくりすると思ったから街の人を装ったんだ。
出てきた男の人は神使の格好をしていたから、アニバルは教会だったって安心したよ。
「ここは中央教会だと聞いたのですが」
「そうです。ガルシアには初めてお越しですか?」
「街の教会は初めてで」
中に入れてくれたよ。ステンドグラスもなく、村の教会とあまり変わらない大きさだったんだ。
隠れるように教会は建っていて、シエロ教の迫害を恐れているようだね。
祭壇で祈ってから、自己紹介したよ。ホセは祈らず、教会の出入口で立っていたよ。
「俺はエスコンディド村で狩人をしていたアニバルという。街の教会はここひとつだと聞いたのだが、信者はどのくらいいるのか?」
「礼拝のときは入りきらないほどになります。エスコンディド村の人はたまに見かけますね。パブロさんから村の雪崩の話は聞いています」
パブロは母親の家に行く途中で雪崩が起きて、森へ逃げて助かった男の人だよ。
「そうか。パブロも来ていたか。その村が新しくなったから、みんなに知らせようと思ったんだ。
来たばかりで頼むのもおかしいが、住民が増えたら神使様に月に一度でもいいから礼拝をお願いできないかと思って、今日来たんだ」
見ず知らずのアニバルの頼みごとに、神使も浮かない様子だよ。
「ご存知だと思いますが、エスコンディド村を含め、多くの信者を抱える村は国から酷い扱いを受けています。私どもも村へ神使の派遣をしたいのですが、この街の信者たちを守るので手一杯でして」
「そうか…。仕方ないか。邪魔して悪かった。パブロは確かこの辺りに住んでたよな?」
「ええ。私も今日顔を見に行くつもりだったので、一緒に行きましょう」
顔を見に行くってなんだろうと思っていると、神使は寂しそうに笑ったよ。
「昨年辺りから身体を壊していて、ほとんど寝たきりなのです」
アニバルは神使と一緒にパブロの家へ向かったよ。走りたい気持ちを抑えて、最悪という文字を頭から振り払ったよ。
病人がいる独特な部屋の臭いに、アニバルは自分が悲しい顔をしていないか自信がなかったよ。
パブロはアニバルの顔を見ると驚いてから、へへと笑ったよ。
「ああ、やっぱり水神様は水の神様の使いなんだ。迎えに来てくれたんだな」
「なにがやっぱりだ。寝たきりになる前に何で俺に連絡しなかった?俺は村で一番の治癒魔法の使い手だったのは知っているだろう?」
アニバルはパブロの身体を視たよ。身体の中にたくさんの塊みたいなものができていて、血が流れずにたまっていたよ。
「知ってるさ。でも水神様は村を直すのに忙しいのに俺にかまけている場合じゃねえと思ってよ」
「馬鹿か。数少ない村人がいなくなって、作った意味がないじゃねえか。もうお前の家も出来てるからよ。早くよくなって住め」
「水神様」
「今、痛みをとる魔法かけてやるから待ってろ」
「村で死にたい」
パブロは長くはない。長時間馬車の移動は身体の負担になるから、村に連れていくのは彼の命を削ってしまうよ。
「俺は一人だけ生き残ってしまった。その考えがよ、一人で暮らしてるといろんな所でひょっこり頭に浮かぶんだ。
賑やかな街にいれば気が紛れると思ったが、よその子どもを見れば死んだ孫を思い出す。
水神様は怒るかもしれないけどよ。早く家族に逢いたいんだ」
「怒らねえよ」
アニバルはパブロの身体の血の流れをよくしてあげたよ。気休めにしかならないけれどね。
「俺は何度も転生した。一度きりの人生だった村の連中と代わってやりたいと思ったことがあった。でもそれは無理なんだ。誰かの魂に成り代わることはできないんだ。
パブロ、帰ろうぜ。みんなが眠っている村に」
アニバルはパブロを連れていく支度をしたよ。神使は病気のパブロの世話をずっとしていたから、ついてきてくれることになったよ。
アニバルは狩人の格好をして、魔力砲を背負って村に向かったんだ。パブロはその方が水神様らしいと笑っていたよ。
パブロは一人では歩けないから、アニバルが背負ってあげたよ。
新しい家をパブロは見上げたよ。
「立派なもんだ。俺らの村じゃないみたいだ」
「そういうなよ。これからあんたの村になる」
パブロは答えずただ村を眺めていたんだ。
大きくて綺麗な教会につくとパブロは感激していたよ。
「これはでかい扉だな。死んだじいさんは太ってて、いつも教会の扉にはまって抜けなくなるんじゃないかってガキのころ思ってたんだ。これならじいさんみたいな人でも通れるな」
中に入るとどうしてか、レナータの若い神使とエクトルがいたよ。
「なんでいんだ?」
「雪崩に巻き込まれた中央教の村があると聞いて、見てみたいとおっしゃったので連れてきました」
「まだ誰も住んでないけど?」
アニバルは一番前の椅子にパブロを座らせたよ。
「俺が一番だな」
パブロは弱々しい声で言うのが、アニバルは胸が詰まる思いがしたよ。
「横になるか?」
「いや、いい。神様たちの像はここにあったものか?」
「ああそうだ。昔からこの村を見守ってくれている像だから、新しくしない方がいいと思ってよ」
「そうだな。それがいい。俺も死んだら神様たちと一緒にここを見守るよ」
「何言ってんだ。お前は天の国に行くんだ」
「まだ行きたくない。せっかく水神様が新しく村を作ってくれたのに。みんなが帰ってきて暮らすのを見届けないと。
だからよ。水神様。水の神様に少し待っててくれるように頼んでくれないか?」
アニバルは頭を掻いて困ったよ。
「俺は神様の使いじゃないって、何回も言ってるだろうが」
「俺も村長もみんなそうだって思ってるぜ。
いくら神様だって広い大陸の、多くの人間を守れないだろうよ。雪崩をきっと止められなかった。少しでも村の人を助けられるように、神様があんたを村に呼び寄せたのさ。
じゃなかったらあの日、吹雪は止まないで、みな雪崩に巻き込まれていた」
アニバルが口を開こうとしたのをパブロがニヤリと笑ったよ。
「あんた自分を責めただろう?。氷の鳥は関係ないからな。
俺らは諦めていた。でかい街に行って稼いで楽したい。エスコンディド村の出というだけで、どこも雇ってくれない。村から出ると白い目で見られる。
でもあんたはそんな俺らを助けてくれた。川が氾濫するなら土手を積み上げて氾濫しないようにしよう。大雪で雪かきが大変だから、勝手に落ちる魔法具を作ろう。賊が来たから入らないように柵を作ろう。
今までの俺たちは仕方ないと何もしてこなかった。あんたが村の奴らを導いてくれた。
水神様、ありがとう。俺はもう死ぬみたいだ。だから神様の使いであるあんたに送ってほしい」
「俺よりガルシアの神使いるし。なんならそこにいる神使に頼むか?若いが聖神使様の使者なんだぜ」
「聖神使様の?そりゃすごい。俺ついてるな」
「なんだよ。俺に頼むんじゃないのかよ」
神使たちも笑っていたよ。パブロは目を閉じたよ。
「疲れたか?寝るか?」
「少し。帰って来られたんだなって。水神様。本当にありがとう。
これで、みんなの元に行ける…」
パブロの血の巡りはゆっくりになり、止まってしまったよ。ずるりと椅子から落ちるのを支えて、横にしてあげたんだ。
パブロは新しい家に入ることなく、教会で息を引き取ったんだ。
神使の二人にパブロのお葬式を頼んだけれど、葬送の言葉はアニバルがすべきだと言われてしまったよ。
「千年前のやり方しか知らないぜ?」
「亡くなった方はあなたに送ってほしいとおっしゃったので、やり方は関係ないと思います」
「聖神使の使者なのに、かなり柔軟なんだな」
千年前のお葬式のやり方は今は誰もやってはいないけれど、アニバルはルドのやっていたことを思い出しながらやったよ。
レナータ語の葬送歌をガルシアの神使はどうしてアニバルが知ってるのだろうと思ったけれど、近くにいた少年をエクトル皇子と聖神使の使者が言ったからアニバルの正体に気づいたんだ。
聖神使の使者は千年前の儀式を見られて、内心感激していたようだよ。
アニバルが撒いた聖水はステンドグラスから差し込む光りで輝き、幻想的だったよ。
こうしてパブロはアニバルたちの手で、家族が眠る村の墓地に埋葬されたんだ。




