81話 水神王アニバルの話38
デスペハードにおける鉄砲である魔力砲。もちろん、大型の大砲は古くからあったよ。魔法が弾になるのは近代に入ってからになるよ。
旧ゲレル国が戦争で火薬を使ったことで、火薬の武器の開発がされてきたよ。
大砲も開発されて、ハイドランジアの中世後期には戦場で使われていたんだ。弾が岩だったのが、近代に入ると鉄の弾が使われていたよ。
ならカランバノスや他の国も、鉄砲や魔力砲を開発してもおかしくないじゃないかって思うよね。
学院の魔法優位な風潮があったのを覚えているかな?
ハイドランジアの世界全体で魔法が使える人は、特に貴族の間で選民意識があって、魔法を使わない道具は優先度や価値が低かったんだ。
戦闘方法もいかに高度な魔法で、敵をたくさんやっつけることが求められていたよ。
魔力砲の基になる魔法陣が完成するまで、とても長い年月がかかったし、魔力を使わない鉄砲には弱点があって普及がしなかったんだ。
弱点とは何か。
ヒント?
日本の種子島にポルトガルから伝わったものってなーんだ?
小さい子はわかんないよね、ごめんね。
学生さんや大人はわかるかな?
はい、そう。火縄銃だったよね。
ハイドランジアの鉄砲、つまり銃は火薬を火につけて爆発させて発射するものだったよ。
デスペハードやカランバノスは雨や雪が多く降る土地柄だったから、鉄砲は馴染まなかったんだ。火縄銃って縄に火をつけるから、雨が降ると火が点かないんだ。
あとは火薬の臭いで折角隠れていても、敵に見つかってしまうというリスクもあったんだ。
ほら花火の臭いって結構するでしょう?
当時は庶民が火薬なんか簡単に手に入らないから、嗅ぎなれた人からすればすぐに敵がいるってわかっちゃうよ。
だから魔法具の防御壁を破壊するには銃を開発するより、まずは破壊力のある大砲のような大きいものが優先に作られていたよ。
ヴァリエンテは砦を破壊するのに投石機使っていたじゃないかって?
おお、よく覚えているね。
大砲って鉄の塊だし、弾も重いでしょう?
それを遠方から運ぶのは大変だし、投石機は木造でばらして運んで、現地で組み立て可能。
しかも大砲は角度や風向きによって狙ったところに飛んでいかなくて、狙撃する人の腕にかかっているところが大きかったらしいよ。
魔法があるハイドランジアの歴史と、キミたちの住む世界と違うところかな。
キミたちの世界では、西暦一二〇〇年代の中国で銃の原型となるものが発明されていて、西暦一五〇〇年代には火薬は使われずに、火打石と鋼を擦り合わせて発火するスナップハンス方式というのができたんだ。
それに比べたら、火薬の使用から千年経っているハイドランジアの技術開発スピードは遅いかもね。
さて、シエルボの戦いの話に戻すよ。
デスペハード軍は大砲の部分だけ器用に防御壁を破いて、設置が完了したよ。
「陛下、お耳を塞いでください」
鉄の弾のように魔力の大砲も発射時は爆音がするよ。
仕組みはとても難しくてここで説明したら、みんな寝ちゃいそうだから簡単に言うよ。魔力というエネルギーを圧縮して一気に放出するから、爆音がするんだって。何となく想像できたかな?
魔力の大砲を防ぎきれずに、カランバノス側の防御壁に大きな穴が開いたんだ。
本当の開戦はここからだよ。
これはもう攻撃に出るしかないと、カランバノスも大砲を持ち出してきたよ。
早く出せばよかったじゃんと思うけれど、大砲を発射すると味方の防御壁を破ってしまうリスクがあるよ。
打ち手が防御壁の外に出るから、ヴァリエンテとデスペハードの騎馬隊に狙われてしまうよ。
落とし穴で敵を驚かせ、背後からの攻撃と矢のように速い騎馬隊の襲撃。カランバノスは防御に回ってしまって、大砲の準備どころではなかったんだ。
まずは先手を取ったデスペハードが有利かな。
大砲を準備している間にカランバノスの騎馬隊が前に出たよ。
魔力砲がずらーっと並んでこちらを向いているよ。デスペハードは獲物を待ち構える獅子のように動かないんだ。
「「「うおぉぉぉぉぉ!!!」」」
カランバノスの第二部隊、騎士階級の兵士たちは鬨の声を上げて馬を走らせたよ。
盾や魔法具の防御は彼らは持っている。でも一、二度は守ってくれたけれど、魔力砲の連射には耐えられず甲冑を撃ち抜かれて倒れていくよ。
「続けろ」
アニバルは魔力砲の威力を確信し、続行を命じたよ。
これって慈悲深いのかな?
数百人の騎士たちは落とし穴の反対側、デスペハード帝国連合軍に辿り着くことなく殺されたよ。
カランバノス側は長篠の戦いの武田軍の気分だっただろうね。
圧倒的な兵器の差にカランバノス側の首脳陣はまずいと思いながら、味方の兵を頑張って鼓舞したよ。
落とし穴の中の人たちは頭を出すと危ないから、ピュンピュン頭上を飛ぶ魔力砲を眺めているしかないよ。
ヴァリエンテ・デスペハード騎馬隊は、横方向からカランバノスの陣へ魔力砲を撃ちまくっていたよ。
馬に乗って手元がぶれるのに、ヴァリエンテ兵の命中率は弓並みだったんだ。
しかもすばしっこく逃げるから、敵は魔法や矢を中てることができないようだね。
カランバノスの歩兵部隊も大勢で果敢に進むけど、バカスカ魔力砲に中って倒れていくよ。
誰かが死んだ兵に身を隠しながら、ほふく前進をし始めたよ。魔力砲やデスペハード側の大砲に中る人が減ったんだ。
狙う側も物陰に隠れられてしまって、狙いづらいよ。
カランバノスの大砲が始まり、魔力砲部隊の防御壁が破壊されて死亡者も出始めてしまったんだ。
魔力砲の数は圧倒的にデスペハードが勝っていたけれど、大砲の数はカランバノスの方が勝っていたんだ。
カランバノスは防御壁へ回していた魔力を攻撃へ切り替えたよ。
デスペハードも防御壁と攻撃魔法に集中して、魔法の使えない兵士は待機していたよ。
激しい撃ち合いが続く。千年前にはない光景だったけれども、人の殺しあいということは変わらなかったんだ。
味方の損害は敵に比べて少ないけれど、兵は死んでいるよ。
アニバルはすぐに戦争を終わらせる方法はないかと思ってしまうけれども、魔力砲は肉弾戦の時間を短くしたんだ。
防御壁も作っては破壊されて、攻撃も敵を削っていないように見えて、カランバノスは作戦を変えてきたよ。
新しい将軍という人は、殺したヴァリエンテ兵から魔力砲を奪い、斥候に渡してとある命令したよ。
斥候さんは音も立てずに走り、山に入ってデスペハード陣が見渡せる場所へ向かったんだ。
デスペハードの見張りも森にいたよ。鉢合わせないよう、木の上に登ってやり過ごしてから進んだよ。
戦場が見渡せる場所に出ると、デスペハード軍がジリジリと前進していたんた。
カランバノスの斥候は中央付近に魔力砲の先を向けたよ。
デスペハード側も防御壁が穴だらけで、替えの魔石もなくなったから、防御は捨てて攻撃を指示したよ。
魔法の使い手は攻撃魔法を放ち、魔力砲部隊も撃ち続けたよ。
「陛下。魔石の魔力が切れるころです」
西の将軍が懐中時計を見たよ。
ちょっと、補足するね。この時代は懐中時計が発明されていたけれど、とても高価で一般の人は持てなかったものだよ。
ヴァリエンテのように魔力がないけど、魔力砲の腕のいい人たちには魔力を持つ魔石をつけたものを渡していたよ。
アニバルはもう少し敵を排除したいと思ったけれど、魔力砲の魔力切れになれば剣より重い魔力砲は荷物にしかならず、あまりいい武器にはならないよ。
「魔力砲隊後退、歩兵前進!」
剣を抜いて歩兵部隊が前に出ると魔力砲部隊は下がったよ。
アニバルのところに魔力砲部隊の隊長がきたよ。
「よくやってくれた。魔力が残っている者はしばし休憩後、歩兵部隊の援護をするように」
「御意」
両軍の歩兵部隊が乱戦になれば、間違えて魔力砲で味方を撃ってしまうかもしれないからね。魔力砲部隊で元気な人たちは、山の斜面を駆け上がって敵を上から射撃したよ。
敵の歩兵の数はほぼ落とし穴で落としているから、千を切っていたよ。
アニバルはさて自分も何かしようかなと思って周囲を見渡すと、横の山の斜面が少し気になったよ。可視化魔法で視るとうっすら人らしい影が見えたんだ。
「なあ、エクトル。あっちの山に斥候出していたか?」
「横を突かれるといけないので、配備しています」
「そうか。俺の思い過ごしかな」
アニバルは歩兵部隊がぶつかり合うのを眺めていたよ。
エクトルがそろそろ降伏を呼び掛けるかとアニバルの方を向いたら、アニバルが気にしていた山の方でキラリと何かが光ったよ。
「陛下!」
エクトルがアニバルの腕を掴んだと同時に、アニバルは防御魔法を展開したよ。
ガガガガっと魔力の弾が防御魔法を削り、アニバルは手を翳して魔法具の防御魔法を展開したよ。やっとそれで消えたんだ。
アニバルはすぐさま魔力砲をぶっぱなしたよ。しかも連射でね。
「中んなくても威嚇にはなっただろう」
アニバルの低い声に西の将軍はつばを飲んだよ。
「お怪我は?」
エクトルが心配そうな顔をするから、手を見せたよ。
「フェデリコがマルコの指輪を持っていけとうるさかったが、つけていてよかったな。千年前の技術も捨てたものではない」
アニバルは皇帝の指輪を撫でたよ。
エクトルは斥候を呼んで山を見るように言ったよ。
アニバルは魔力砲を左の手のひらでパシパシと、叩いて苛ついているよ。
「大将の首を直接狙っていいのか?なら俺が行くぜ」
「危ないのでおやめください!エクトル皇子も何か仰ってください」
西の将軍はアニバルが行ってしまいそうで、必死に止めていたよ。エクトルは山の方を睨んだんだ。
「陛下はここにいてください。俺が行きます」
エクトルが魔力砲を背負い直していたよ。
「エクトル皇子様まで!!」
「おい、誰かフアンを連れてこい。敵の偉い奴の顔を知っているか聞く」
アニバルはもはや将軍の話を聞いていなかったよ。
フアンは客人でもないし、微妙な立場になっていて、後方部隊で待機していたよ。
連れてこられてまたエクトルが殺気立っていたから、アニバルに何かあったんだと思ったそうだよ。
「フアンはカランバノスの将軍らの顔はわかるか?」
アニバルも怒っているから、フアンは全部は知らないと恐る恐る答えたよ。
「フアンも連れていく」
「危険ですから、陛下はおやめください」
将軍や護衛たちが必死に止めているよ。
「旦那、何があったんですかい?」
「カランバノスは魔力砲を持ってるのか?俺目掛けて放ってきやがった。もし俺の軍から盗んだのなら、締め上げきゃ気がおさまらねぇ。いくら魔力砲の研究に金と時間をかけていると思っている!金くらいよこせ!」
命を狙われたことに怒ったわけじゃないみたい。エクトルと将軍はあれって顔していたから、アニバルと怒りポイントが違ったようだね。
「軍曹の話では上から魔力砲の調達命令されていて、傭兵の間でコネや情報ないかって聞かれたことはある。流れたのがあるのかもしれないぜ」
「いや全部管理している。ヴァリエンテにも貸し出しているが、魔力砲の数を数えているし、全部にシリアルナンバーが振られている。年に何度か一つ一つこっちの人間が確認している。破損も軍で管理してるし、あとはデスペハードの馬鹿貴族がよそに売っていないかってことだが」
フアンと話しているうちに頭が冷えてきたよ。
斥候が引きずるようにカランバノス兵を連れてきたよ。左肩の胴あてが割れて血が流れていたよ。
「陛下が撃たれた辺りにこの者が倒れていました。近くに魔力砲がありまして」
アニバルは受けとるとシリアルナンバーを確認したよ。頭の数字によってどこ向けのものかわかるようになっていたんだ。ヴァリエンテ国に貸し出している番号だったよ。
「戦闘中に亡くなった兵士の魔力砲は回収しきれていません」
ヴァリエンテ兵を率いていたアルスランがすまなそうに報告したよ。
「お前たちのせいではない。カランバノスが盗っ人なんだ。おい、お前が俺を撃ったのか?」
返事はなかったよ。ヘルムも被っていたから表情が見えづらかったんだ。
アニバルはヘルムを外させたよ。さらりと束ねた長い髪が現れて、まるで女の人のような顔をしていたよ。
「…お前、女か?」
答えずアニバルを睨んでいた顔が歪んだよ。つうっと口から血が流れたんだ。
「その女を抑えろ!」
アニバルは兵士に腕を抑えさせて、口を開けさせようとしたけれど抵抗しているよ。
アニバルはどうしてか女の人の顔をはたいんだ。その拍子に口が開いて血が飛び散ったよ。女の人の顎を掴んで、口に手を突っ込んだよ。
「おめえには色々聞きたいことがあんだから、勝手に死ぬなよな?女だから捕虜になればデスペハード兵の慰みに使われるとか思ってんのか?俺はお前の身体に興味ねえ。興味があんのは、魔力砲の腕だ」
「陛下。興味なくても女性に対してそういうのは言うものではありません。だからナンパが失敗するのです」
「ぐあっ!ここで言うか、エクトル!!」
精神ダメージを受けながらも治療は続けたよ。女の人は目を丸くしてアニバルを見ていたよ。
口が治ると胴あてを脱がせて、肩の傷を治したよ。服越しでも盛り上がっている胸に女の人だってわかるよ。
「素直に答えろ。繰り返すが慰みとか変態なことはしない。な、将軍」
「品行方正の我が軍はそのようなことは奨励していません」
「フアン。カランバノスはどうなんだ?」
「あ?正規軍は禁止はしているが、上によってだな。俺はしねえけど、傭兵には規定はないからな」
フアンはじろじろと女の人を見ているよ。
「ド変態だったんだな、フアンって」
「俺はしねーよ!!戦争終わったらちゃんとした店に行くからよ!」
「お前、奥さんとか恋人いねーのか?」
「いねえよ。悪かったな!あんたみたいな王様と違って、美女がワラワラ集まるわけではないんだよ!」
アニバルは目をそらして深くため息をついたよ。
「俺を種馬を見るような眼をしながら、近づいてくる美女は多いが」
「な、なんか、ごめんな、旦那」
「フアン。黙りなさい。これ以上、陛下を傷つけるのは許されない」
エクトルがフアンを睨み付けているよ。
「…お前の一言もダメージでかかったぞ?」
「陛下、この女をどうするつもりです?」
アニバルの抗議はエクトルに無視されたよ。咳払いしてから、女の人に聞いたよ。
「魔力砲はどこで手に入れた?」
答えるかと女の人は顔をそらしたよ。でもアニバルはそらした方に顔を向けて、おいどうなんだとしつこく聞いたよ。とても嫌な顔されたけどね。
「ほら答えろ。慰みにはしねえが、拷問しないとは言っていない。お前がこれを盗んだのなら、正式にカランバノスを非難する声明を出すまでだ。
お前の国は盗賊国家として汚辱にまみれることになるな」
「…私は盗んでいない」
「そうらしいな。お前より偉い奴に渡されたか」
「知らない」
女の人は眼をそらしたまま答えたよ。
「なるほど。そうか。それでお前はデスペハードで偉そうな奴を殺してこいと言われたと」
「知らない」
「お前の口が言い逃れしようとも、身体は正直だ。人は嘘をつくとき、鼓動や血の流れが早くなる。俺は視えるから嘘ついても意味がないぞ?」
女の人は魔法を使えるのか、防御魔法を唱えようとしてアニバルがすぐに妨害魔法をしたんだ。
アニバルの反応の早さに女の人は驚きの顔を浮かべているよ。
「な…」
「何をしても無理だ。素直に話せ。若い女を拷問にかけたくねえんだ。話したくないなら全部いいえで話せ。魔力砲の練習はしていたのか?」
「…いいえ」
彼女の体温の変化はなくて、エクトルも驚いた顔をしていたんだ。
「撃ち方は知っていた」
「いいえ」
顔色には変化ないけれど、心臓がドキッてなっていたよ。
アニバルはニヤリと笑ったよ。
「お前、ろくに練習していないのに俺の頭を狙ってきたのか!気に入った。カランバノスの兵なんてやめて、俺の兵になれ!」
女の人も周りも、勧誘発言に驚いたり呆れたりしていたよ。
「陛下、この人は斥候か暗殺者ですよ。我が兵に入れても裏切る方が高いでしょう」
エクトルも反対だよ。
ちょうど戦況報告に来た兵が、アニバルたちがお取り込み中だったから誰に報告しようと周囲をうかがっていると、アニバルが気づいたよ。
「報告頼む」
「は!落とし穴より反対側、カランバノス陣へ歩兵部隊が押しています」
アニバルは兵士を労ってから、女の人を見たよ。
「こうしちゃいられない。お前の勧誘はあとだ。名前は?」
「…」
教えてくれなかったよ。
「じゃあ、暗殺者で」
「…イメルダです。暗殺は専門ではありません」
暗殺者って呼ばれるのは嫌みたいだよ。
「イメルダ、ね。俺が戻るまで俺の魔力砲部隊に来るか考えておいてくれ。フアン行くぞ」
「本当に行くんですかい」
フアンは雇われたからなと嫌がらずに一緒に来てくれることになったよ。西の将軍に行かないように懇願されても、アニバルは魔力砲を背負ってカランバノスの真横の山に向かって行ってしまったんだ。
王様が直々に兵士のようなことをするから、諜報部隊や斥候も数を増やして周辺の監視をしていたよ。
カランバノスの首脳陣がいる辺りは、ギリギリ魔力砲が届くかどうかの位置だったよ。
「三本の剣が交わっている旗がわかりますか?あれが将軍です。隣にいるのが、副官。将軍たちより、やや後ろの赤い旗に盾の紋章が見えますか?あれがカランバノスの王家の重鎮の一つだったと思います。さすがに重鎮本人は来ていないでしょうがね」
フアンが説明してくれてから、アニバルはホセを見たよ。フアンの説明は合ってたようで頷いていたよ。
「さて、どいつを殺るか」
交渉するのは政治家である王家の重鎮さんだから、殺さないでおくよ。
となると軍を率いている将軍か副将軍になるね。
「両方いくか」
アニバルが撃ちやすい場所を探してたよ。構えようとしたエクトルの魔力砲をアニバルは掴んだよ。
「お前は子どもだ。転生してから人は殺していないだろう?お前は人を殺すな」
『…陛下は転生したのは人を殺した罰だと考えておられましたね。もしそれが本当ならば、俺はあなたと共に手を汚し、来世もお供致します』
レナータの言葉で話して、まっすぐアニバルを見つめていたよ。
アニバルはため息をついて、ホセに言ったんだ。
「エクトル皇子を戦場が見えないところに移動させろ」
「陛下!俺も戦います!」
「お前の前世は成人していた。でも今はまだ子どもだ。大人で耐えられないことが起こるのも戦場だ。お前の心に傷を残したくない。いい子にするんだ。わかったね?」
アニバルはエクトルの肩に手を置いて言いきかせるように言ったよ。
まだ下がろうとしないから、アニバルはそっと抱きしめてレナータの言葉で囁いたよ。
『辛い思いをさせたくないんだ。俺の可愛い子』
エクトルは眉を寄せて泣きそうな顔をしたよ。
『酷いです。エトーレのときにおっしゃってくれなかったのに、どうして現世でおっしゃるのですか?ずっとずっと言って欲しかったのに』
『ルドのときに言えばお前を縛ってしまうと思ったからだ。今はグランデフィウーメはもうないから』
エトーレはルドの思いをわかっていたよ。でも納得するかは別だけれども。
今はわがまま言っている時ではないと、渋々アニバルから離れたよ。
魔力砲部隊の人が狙いやすそうなところ見つけてくれて、アニバルはそこに行ったよ。
「皇子様も転生者なんで?前世の旦那の子どもだったんですかい?」
フアンがちょっと混乱気味だったよ。
アニバルは驚いたけれど、フアンはレナータ出身って言っていたのを思い出したよ。
「千年前のレナータの言葉だが、わかったのか?」
「せん…?なまっていて半分くらいしかわからなかったが。ルドって言ってたか?」
「え?ああ。前世はルドって名前で、レナータでは皇帝をやっていた。この国では始祖って言われてる。さすがにカランバノスでは知られてないよな」
フアンは驚いた顔をして、じりじりと後ろに下がったよ。
「え、あ。あの?デスペハードの始祖って?あんたが、暴君ルド?」
「暴君?」
「貴様黙れ!不敬だぞ!」
エクトルが大柄のフアンの胸をドンと押して、アニバルから離そうとしたよ。
「陛下、お気になさらず、敵を撃つことに集中してください」
アニバルは殴られたような衝撃を受けていたよ。
「ルドは暴君ってレナータで言われているのか?エクトルも知っていたのか?」
エクトルは目をそらしたよ。デスペハードではルドは神だし、アニバルはレナータでのルドの評価を聞いていなかったんだ。自分が悪く言われていたなんて想像すらしていなかったよ。
ホセも今は戦争中ですと頭を切り替えるように促したよ。
アニバルは衝撃の余韻が残ったまま、木の陰から魔力砲を構えたよ。
―――暴君ルド。
レナータの民を救おうとしたのに、ルドは後世に暴君と呼ばれた。
デスペハードだってルドに近い名前はルシオだけれども、レナータ読みではルーチョになって意味も少し違うんだ。
気になって聞いてみたことはあるけれど、ルドという名前は始祖一人だけで、同じ名前をつけるのは不遜だということで、子孫たちは似た意味のルーチョ、エルスターではルシオと名前をつけたんだ。
始祖って呼ぶから何だか名前を言ってはいけない人って感じで、不遜というより忌避されている感じが拭えなかったんだ。フェデリーゴは皇帝の名前につけられているからね。
ルドはどこかで間違っていたんだ。
現世もこの魔力砲を放ち、一人の命を奪い、その代わりに己は正しいことが出来るのか。
なかなか発射しないアニバルに魔力砲部隊は困惑していたよ。
背中にトンとエクトルの手が置かれたよ。
「陛下。迷わないでください。あなたはデスペハードの民を守るために、ここに来たのではないのですか?
レナータで言われている光帝陛下の話はグランデフィウーメたちがあなたを貶めるために流したものです。あなたの正義を信じた多くの者たちはフェデリーゴと共にエスルターに来ました。その後も、あなたが見た世界を求めてレナータから命をかけてデスペハードに来た者もいます。
そうして今のデスペハードはできたのです。それを忘れないで」
神が正しいのなら迷わないだろう。
己が本当の神なら苦しまないのだろうか。
アニバルは神ではない。神だと過信できるのならよかったのに、己が神ではないと一番知っている。
だから悩むし、正しい道を進んでいるのかもわからない。
でも今はこの戦いを早く終わらせて犠牲者を減らすのが、正しい道。
アニバルは魔力砲を敵の将軍に向けたよ。




