79話 水神王アニバルの話36
魔法で氷の壁を作って防いだけれど、多くの荷物が雪崩に飲まれてしまったんだ。
幸い雪崩は小規模ですぐにおさまったから、人や荷を雪から掘り起こしたよ。
晴れていたのに急に雪が降り始めたよ。
空が陰り、バサバサと大きな羽音が響いたんだ。今まで聞こえていた鳥のさえずりも消え、辺りは静寂に包まれたんだ。
どうしてか空から男の人の悲鳴がして、何かが森へ落ちたよ。
その様子をアニバルは一切見ていなかったんだ。その姿にデスペハードもシエルボも、そしてカランバノスの兵士もみんな硬直していたよ。
氷のような青と白の羽と大きな身体、頭には大きな飾り羽が三本。
伝説の魔鳥が雪崩のあった山の木々にまたがるように止まっていたんだ。
「こんなときに…」
氷の鳥が啼くと、その爪に掴んでいた人を落としたんだ。
アニバルは落ちてきた人がカランバノスの兵で、雪崩を起こした人たちだと思ったよ。
雪崩を起こしたせいで、氷の鳥が怒ってしまったのではないか。
「全員待避!火の使い手から離れるな!吹雪が来る、全員防御魔法展開!」
アニバルが叫んでいると、氷の鳥は飛び立ち、アニバルたちの上空まで迫ってるよ。猛吹雪が襲い、立っているのだけで精一杯だったよ。
アニバルは早く去れと念じたけれども相手は魔鳥。話が通じる相手ではないよ。
このままでは全員凍死してしまう。アニバルは魔力砲を強く握り、魔法で氷を消していくよ。
吹雪が弱まると氷の鳥はすぐ横の大木にとまっていたんだ。アニバルは殺した氷の鳥より小さいから、この氷の鳥はまだ若いんじゃないかと思うよ。
氷の鳥はアニバルが魔法を使ってると気づいたのか、こちらを見るよ。そしてアニバルの目ではなく、頭の方に気を取られているみたなんだ。
「ギィアアアア!!」
と叫ぶとバッサバッサと羽ばたいて飛んでいくよ。でも途轍もない風にアニバルは吹っ飛ばされて山の斜面を転げ落ちたんだ。木に身体を打ち付けてようやく止まったよ。
「くそっ」
痛みに悶えながら、周囲を見ると味方の姿がないよ。
後方部隊の兵士たちの無事を祈りながら身を起こすと、うめき声が聞こえたんだ。
デスペハードの荷車がいくつか散乱していて、荷物と雪が微かに動いたんだ。
生きてる人がいるのかと近づくと、左半分が雪に埋もれていてもがいている兵士がいたよ。デスペハードやシエルボの兵の格好ではなかったよ。
敵か。なら殺すか。
「…あんた、生きたいか?」
助けてくれとうめくような声にアニバルは荷物と雪をどかしてあげたよ。
男は雪の上で胡座をかいてしばらく咳き込んでいたけれども、アニバルを見ると少し気まずそうだよ。
「カランバノスの兵か?」
「そうだ。あんたはデスペハードの?何で助けた」
「災害級の魔物が現れたんだ。こうなったら戦争どころではない。一人より誰かといたほうが助かりやすい。火の魔法が使える奴ならなおいい」
男は肩を落としたよ。
「悪いな。俺は土の使い手だ。ありゃ災害級じゃない。災害そのものだ」
「激しく同意する」
アニバルはもう一度周りを見て、生きている人がいないか確認したよ。
奇襲でか雪崩か、はたまた氷の鳥のせいか。何人かが荷物と雪の下敷きになっていたよ。
かすかに声がする方へ向かうと、まだ少年のような兵士がうわ言で何か言っているよ。兵士の腕から血が流れていたんだ。
この兵もカランバノスの兵だったよ。
「ありゃ、だめだな」
男の兵はゆっくりと立ち上がって、少年兵を見たよ。
「お父さん、お母さん…」
とガタガタ震えて涙を流していたんだ。
アニバルは黙って、少年兵を雪から引きずりだして治療を始めたんだ。
「あんた、助ける気か?」
男はとても驚いていたよ。アニバルは逆に聞いたよ。
「雪崩は作戦か?」
男は舌打ちしてから、つばを雪に吐いたよ。
「知らねぇよ。すげえ金になる仕事だと食いついたら、殺す前提だったってことだ。前金しかもらっていないしよ。くそ」
「前金?」
止血が終わると、男はしげしげと少年兵の傷口を見ていたよ。
「あんた、凄いな。俺は傭兵なんだ。カランバノスに雇われた兵士」
「傭兵?噂には聞いていたが、実際にいるんだな。デスペハードには傭兵がいないから。カランバノスでは普通なのか?」
傭兵の男の人は怪訝そうな顔をしているよ。中級治癒魔法をさくっと済ませた兵士にしては、敵を助けるしお喋りだし、兵士としては常識がないよ。
「半数は傭兵だぜ。命令通りしたし、俺は帰ろうかな」
「帰れればな」
アニバルは山の上を見上げたよ。まだ氷の鳥が上空にいるんだ。
「ここを立ち去るか。いや奴の機嫌が悪くなって吹雪になっては困る。隠れるところを探した方がいい」
アニバルは朦朧としている少年兵の肩を担いで、吹雪をしのげそうな場所を探したよ。
傭兵さんは落ちてきた斜面を見上げてから、ちらついてきた雪に肩を落としたよ。
「上にいかないと戻る道がわからねぇが…」
アニバルがさっさと歩き始めたから、慌てて傭兵さんはついていくよ。
段々と雪が強くなってきたんだ。雪をしのげそうな大きな岩が重なったところがあって、そこに少年兵を寝かせたよ。
「傭兵っていったな。金を払えば俺の味方になってくれるか?」
吹雪になり、身動きが完全に取れなくなるとアニバルは聞いたよ。
「あん?金によるが」
「いくらだ?」
「今は金よりこの先やり過ごせるかどうかだ」
「知恵は金なり。俺の知恵を貸してやるから仲間になれ」
「知恵は金なりって初耳だ」
「今作った」
傭兵さんは吹き出すと、少年兵が瞬きしたよ。
「ここは…?」
「吹雪の山だ。この奇特なデスペハード兵に感謝するんだな。俺とお前を助けてくれた」
少年兵はアニバルの服を見ると身を起こそうとするけれど、力が入らないみたい。
「この傭兵のオッサンも敵だが、今、味方にならないか交渉しているところだ。お前も助けたんだから、後ろから斬りかかるってことすんなよ」
「俺を雇うっていうのは保身か。カランバノスのお偉いさんには一泡ふかされたから、ここで離れてもいいかな」
「そうしろそうしろ。雇った兵だろうが敵と一緒に雪に埋めようっていう腹のやつは信用しない方がいい」
「知恵とかいうが、あんた何者だ?中級の治癒魔法使えるだろう?背中のは魔力砲か?」
アニバルは魔力砲を振り返ってから、ちょっと嘘を混ぜながら軽く自己紹介したよ。
「元々魔物が住む森で狩人をしていた、アニバルっていう。貴族のお偉いさんの子どもが学校の授業とかで森に来てよ。そいつが結構悪ガキで、勝手に森に入って死にかけたところを俺が助けたんだ。そこからお偉いさんと繋がりができて、勉強させてもらって魔力砲の腕もいいってことで、兵士になったわけ」
「狩人だったわけか。だから兵士っぽくないんだな。俺はフアンだ。十五から傭兵やってる。結構腕立つぜ」
フアンは三十代前半に見えたよ。傭兵は命のやりとりをするから短命そうとアニバルは思ったけれど、本人の申告が正しいならベテランさんで期待できそうだよ。
アニバルは傭兵の相場を聞いて見たけれど、この場では手持ちがなくて払えないよ。
チラッと頭をフアンが見るから帽子を外したよ。羽根は無事だったよ。
「これで払ったら多分お前の一生の対価より高いぜ?」
「わかってら。なんで元狩人が氷の鳥の羽根なんか持ってんだよ」
「狩人だからだ。俺のマエストロが…」
全部話すつもりはなく、師匠が氷の鳥と戦って死んだときに持ってた羽根ということにしたよ。
「あんたあの魔鳥と遭遇率高いな」
「俺もそう思う。本当に伝説の魔鳥か疑いたくなるぜ。前金は持ち合わせでいいなら」
十オーロ。日本円で一万円くらいかな。フアンの手の上にのせたよ。
普通王様は自分でお金を出さないから、現金は持ち歩かないだろうけど、平民だったくせでアニバルは持ち歩いていたよ。
「全財産とかいうなよ?」
「そんなわけない。というわけでそこのガキ。戦争はひとまず休みだ。吹雪が止むまで仲良くしようぜ」
少年兵は少し安心したような顔をしたよ。
全く雪は止む気配はないよ。
「アニバルの言う通りだな。一人だったら夜キツいな」
日が暮れはじめたし、この日の移動は絶望的だったんだ。
「だろう?寝ようにも見張りはいないし、寒いし。おい、ガキ。さっきから無言だし、生きてるか?」
「…ガキじゃない。ジョバンニだ」
「どう見てもガキだろう?」
「違う!」
フアンがむきになる少年兵のジョバンニ君をからかっていたよ。
「ジョバンニはカランバノスの正規兵なのか?」
アニバルはカランバノスという名前と情報しかない国だから、そこで暮らしている国民の生の声を聞きたかったんだ。
「…正規兵だよ。そこの忠心もない人と違って」
フアンは鼻で嗤ったよ。
「はん。そんなものあっても、雪に埋もれて殺される」
ジョバンニは唇を噛んでいたよ。彼も雪崩のことは聞いていなくて、捨て駒にされたことにショックだったみたいだね。
「おいおい二人とも。こんな寒いし狭い中でツッケンツッケンするな。ジョバンニは志願して、ここに来たのか?」
ジョバンニは敵のあんたに話すのとかという顔をしているよ。
「徴兵されて来た」
結局話してくれて、故郷はシエルボとの国境付近の村出身のようだよ。
「魔力砲って簡単に撃てるの?」
気を許したのかジョバンニは話すようになったよ。アニバルはどんな魔物を魔力砲で狩ったか話したんだ。ジョバンニも狩りをするらしく、魔物にも詳しかったからアニバルの話は楽しかったようだよ。
辺りは真っ暗になって吹雪は止んだのが救いだよ。真冬のような寒さもなかったから、焚き火で暖をとってしのげたよ。
「氷の鳥はどっかに行ったと思うか?」
フアンが聞くけれどアニバルはわからなかったよ。
「みんな帰ったのかな?」
ジョバンニは心細そうにしているよ。置いていかれた可能性は高いよね。
「そもそも生きてるかだな。デスペハード兵に結構やられてたが、雪崩にも飲まれたし。ジョバンニは一人で帰れそうか?」
フアンはアニバルについていくことになったから、朝になればジョバンニは一人でカランバノスの部隊に戻らないといけないよ。
「多分大丈夫。こんな深くまでは来たことなかったけれど、国境沿いまでは親父とよく狩りに来ていたから」
ジョバンニは現地の案内要員で、ここに配属されたようだね。
朝になって、雪は降っていなかったからアニバルは周囲をうかがいながら岩穴を出たよ。
「ジョバンニ、歩けるか?」
「うん。ありがとう。デスペハードの人って、信仰が違うからあまりいいイメージなかったけど、アニバルさんはいい人だね」
「いい人というより奇人狩人だ」
「うっせえ、フアン。さて、どうやって戻るか」
土地勘のないアニバルは、転げ落ちた斜面を上るかとちょっと憂鬱だったよ。雪が積もって滑りやすいからね。
「カランバノス側に出ちゃうけど、荷馬車も通れる林道があるよ」
ジョバンニを先頭に雪道をゆっくりと歩いたよ。
山道に慣れているみたいでジョバンニはサクサクと歩くよ。
そろそろだとジョバンニが言うと、道らしい開けたところにでたよ。
「ここの道を下ればカランバノス。左の細い道にいけばシエルボの小さい村につく。上ればあんたたちが通っていた道に出る」
「おう、ありがとよ」
「俺も、ありがとう。助けてくれて」
ジョバンニは照れながらも少し複雑そうだよ。敵同士だからね。
「そのまままっすぐ家に帰んな」
うんと笑顔でジョバンニと別れたよ。
アニバルはジョバンニが教えてくれた上りの道を進んだよ。吹雪もあったから本陣はあまり進んでないと考えたから戻ることにしたんだ。
どこからか人の声がしたんだ。後方から魔法を放ったような破壊音が聞こえて、アニバルとフアンは一度森に入って身を隠したよ。
カランバノスか、デスペハード・シエルボの連合軍か。
下り方面から、五人の兵士が警戒しながら道に現れたよ。
デスペハード兵の制服にアニバルはほっとして、フアンに少し距離を取ってついてこいと言ったよ。
「おーい!」
兵士は声の方を振り返ると、警戒の色が一気に驚きへ変わったんだ。
「へ…室長!」
後方部隊で会った兵士が一人いて、泣き顔になりながら走ってきたよ。
「お探ししておりました!ご無事でよかった」
「心配かけて悪かった。お前といた奴らは?」
兵士は首をふって、数人亡くなりましたと言ったんだ。
「敵兵が近くにいたのでお会いできてよかった。はやく本陣へ行きましょう。皇子がお待ちです」
「敵」
「はい。一人のようでしたが、排除したのでご安心ください。…後ろの者は?」
アニバルはフアンを手招きして肩に手を置いたよ。
「カランバノスの傭兵だったが、俺が金で雇った。補給部隊の襲撃は傭兵と末端の兵士だったようだ。しかも雪崩は知らされてなかったとよ」
フアンは君たちの味方ですというように、裏切られたと怒っていたよ。
「フアンから傭兵やカランバノスのことを聞くから、間違っても傷つけるなよ」
「御意!」
敵を排除したという言葉がさっきから離れなかったよ。アニバルは覚悟をしていたけれど、森に捨てられたジョバンニの遺体を見て足を止めたんだ。
「…旦那」
フアンはアニバルが偉い人だと知って、呼び捨ては遠慮したみたいだね。気遣いそうにこちらを見ていたよ。
家に帰ると笑っていた少年は動かない。
ほんの数分、数秒前まで会話をしていた人と二度と話すことはできない。
「だから戦争は嫌いなんだ」
アニバルが魔法で穴を掘り、ジョバンニを埋めているのを兵士たちは黙って見ていたよ。
「室長はお優しいですね」
兵士たちは変に納得しているけれど、アニバルは余計なことは語らなかったんだ。
死んだ兵はカランバノスのジョバンニという名前で、徴兵されてここに来て、そして死んだ。
そんなことを話して感傷的になっても仕方ない。カランバノスだけではなく、デスペハード兵も死者が出ている。
遺体さえも家族や故郷に帰れない、何人ものジョバンニがいるんだ。
アニバルは兵士の報告を聞きながら、気を紛らわせていると大勢の兵が見えたよ。連合軍の本陣についたんだ。
次回の投稿は土曜日になります。




