7話 暴君ルドの話3
水の女神のアグネーゼ大神使とは領主城の門の近くの広場に待ち合わせたよ。この広場はロレンツォが殺された場所から近いから、つらい記憶が蘇って、とても嫌な気持ちになるんだ。
ルドは不機嫌になったけれど、大神使と一緒にいるから心を穏やかにしようと頑張ったよ。神使は神のお使いだから、神使を通して神々は自分達を見ているって教えられてきたんだ。
ちなみに奴隷の二人はお留守番しているよ。
「お待たせしました」
緋色の神使服を着た男性がにこやかに挨拶してきたよ。
火の神・フィアンの神使みたいだね。
ルドは教会の偉い二人を前に緊張したんだ。
「あなたがルド様ですか。エジリオと申します。アグネーゼ大神使よりお話をうかがっています」
実はこのエジリオという人は、聖神使と呼ばれるルドが住む地域周辺にある教会全部の総締めをしている、いわば大神使の上司だったんだ。教会は仕える神の枠を越えて互いに困ったときは助け合っているんだよ。その取りまとめを聖神使がしているんだ。
深刻な水不足は教会にとっても大きな問題だっからね。天候を操れる上級、いや最上級の魔法を使える使い手はそうそういないから、教会も是非ルドに協力してほしかったんだ。
三十代前半のエジリオが聖神使になるのは異例で、教会の中ではかなりやり手だという話だけれども、ルドは知らないよ。
ルドの養父の話から政治が絡んで、次の雨を降らせられないと二人の神使は睨んでいたよ。
この時代は宗教がとても重要視されていて、位の高い聖神使の言葉は影響力があったんだ。信者たちを束ねるキリスト教カトリックの法王みたいなものだね。ああ、エジリオはハイドランジアやレナータ全土の教会トップではなくて、ルドの住むグランデフィウーメを含むその周辺の地域を束ねているだけだよ。エジリオの管轄外の地域に行けば他の聖神使がいるんだ。キリスト教カトリックの法王みたく全世界の信者に影響力があったわけではないよ。
ルドは堂々と城に入る神使たちの後ろをついていったよ。
聖神使が話があると聞いて領主は予定を取り止めて彼らに会ったんだ。ルドが後ろにいることが気になったけど、彼らをもてなしたよ。
「奇跡の雨からもう二ヶ月以上経っておりますが、次の雨は降っておりません。水は足りてはないのはご存知でしょう。あの雨を降らした水の使い手であるルド様は人々のためにお力を使いたいのに、養父様に止められているそうです。一刻も早く降らせる必要があるのに何故でしょうか?」
聖神使に丁寧に扱われてルドは身を縮めていたよ。自分の悩み相談がなんだか大事になってしまったと困ってしまったんだ。
神使や教会は教えを説くためにあって政治には口を挟まなかったけれども、領主や貴族が教えに背くようなことをしたときは直接教えを説きに行くこともあったんだ。
「それはわかっているのですが」
ルドの養父がしゃしゃりでてきて、それを快く思わない人が農民に魔法を使わせた上に貴族にしたことを批判して、雨を降らす日取りが決まっていないんだ。
ルドはそんな貴族の損得勘定をしている間に人々が苦しんでいるんだと叫びたかったよ。
ヒラ貴族のルドは領主には言えなかったんだ。本当なら養父に相談して来なければならなかったのに、黙って領主に会ってしまったこともあるからね。
領主はルドが雨を降らせたことを疑っていたんだ。農民の若造が上級魔法を操れることができるはずがないって思っていたんだよ。
それをやんわりと言うとアグネーゼ大神使がこの場でやってみましょうと言い出したんだ。
ルドは部屋のなかで試したけれどいまいち魔法が使えなかったんだ。領主が段々馬鹿にしたような顔をしたよ。
「嘘ではないか」
アグネーゼたちも焦りだしたよ。ルドの魔法を直接見たわけではなかったんだ。
「外に行かせてください。雲や水の流れを感じないとできないんです」
おお、なんかその道のプロっぽいことを言いはじめたね。中庭を案内されたけれども、庭の芝生も花も枯れていたんだ。花が咲いていたらとても綺麗なお庭だったんだよ。
ルドは深呼吸をして雲を意識したんだ。ルドが魔法を使ってから十分くらいで分厚い雲が起こって、大雨になったよ。
小雨程度にしようとしていたのに、豪雨になったことにルドも驚いていたよ。勉強して効率のいい魔法の使い方を習ったこともあるけれど、栄養が高いものをたくさん食べて、集中力もついたからなんだ。
唐突にルドの脳裏に豪雨に土砂が流れるイメージが浮き上がってきんだ。一度にたくさん降らせてはいけないって感じて、ルドは慌てて止めたよ。
目の前で雨をコントロールされて、領主はルドが上級の水の使い手であることを認めるしかなかったよ。
領主は議会を召集して次に雨を日取りを決めたんだ。それまでルドに何かあってはいけないと、護衛がつくようになったよ。呼ばれた騎士団の隊長の一人がルドを見て剣を抜きながら叫んだんだ。
「きしゃま、わらしのしらうぉ!」
ロレンツォを殺した隊長さんだったみたいただね。舌が治っていなくてちゃんと話せていないよ。ルドはロレンツォを殺された怒りが戻ってきて、言い返したよ。
「俺の弟みたいに可愛がっていた子をわけも聞かずに殺したんだ!彼は何もしていなかったのに。無実の者を殺した裁きの神様の罰だと思え!」
城の中でケンカどころか決闘になりかねないよ。領主は二人を止めるように言ったよ。本当なら身分の低いルドを叱り飛ばすところだけれども、彼が死んだりこの領地を出ていくことを避けたかったんだ。隊長はルドを殺せと喚いているけど、舌が半分しかないから他の人は聞き取れないよ。
「治せって?治すわけがない。上から目線の謝罪をうけるか!」
「ルド様はこの方の言葉わかるのですか?」
アグネーゼ大神使はルドが聞き取れたようで不思議だったみたいだね。
聞かれてルドは怒りから冷めて恥ずかしそうにしたよ。
「彼の出す水の振動で何を話しているか見ていて。水といってもわずかなものです。このような場所で激昂してしまい、申し訳ございません」
領主と神使の二人に謝ったよ。隊長さんはルドが冷静になったから、自分だけ怒れなくなったよ。
領主は双方の言い分を聞いて、奴隷が殺されても仕方ないと思ったけれど、ルドは貴族だからルドの親戚みたく殴ってから、あきらめろとは言わなかったよ。
「それは残念であったな。今はもうお前は貴族なのだ。過去のことは過去のことだ。これからのことを見なさい。もしも忘れられないというなら、養父に頼んで男の子どもを養子にもらうようにしなさい」
ロレンツォの代わりにはならないと叫ぶたかったけれど、言うだけ無駄だと思ってやめたよ。
神使の二人も領主の言い方はあんまりだと思ったけれども、結局言わなかったよ。
隊長は鼻で嗤うのでルドは腹が立ったんだ。
「ではこの方の舌は治しませんね」
「にゃににょ!ぎゃしぇんみぇっ!」
ルドは目を細めて口許を見つめると、隊長が口を押さえたよ。
「きしゃま!」
「次、俺のこと下賎といったら心臓を破壊しますので」
隊長は口から心臓を押さえて後退りするよ。部下が殺されそうになっているのを見たからね。
この隊長はビビったから、他の隊の人から護衛がついたよ。
ルドは隊長をビビらせたことにはお咎めはなかったよ。よかったね。
二日後、ルドは領主や貴族たちの前で雨を降らしたよ。各神を祀っている大神使たちも集まったんだ。
ほとんどの人は出来っこないって馬鹿にしていたんだ。同じ呪文を唱えることで集中しやすくなると聞いたから、ルドは自分で呪文を考えたんだ。
「雨よ、雨。水の神・アックルーアよ。我らに今しばしの涙をお恵みください」
魔法は神々が人に与えたものだと教会は説いているよ。だから、ルドはこの力を自分のためではなく、人のために使おうと考えたんだ。
強い太陽の光が注ぐ中、うっすらと雲が生まれてやがて、雫が空から落ちてきたよ。お天気雨は日本でも狐の嫁入りとかいって不思議な現象みたいに思われていたよね。この世界も似ていて、晴れているのに雨が降るのは神秘的なことだと受け止められていたんだ。
「虹が」
雲が流れていって大穀倉地帯に雨が降ると虹がかかったんだ。大神使アグネーゼは膝をついて感謝を神に伝えたよ。
「アックルーア様が我らに使いを寄越されました」
火の神を信仰するエジリオもその他の神を信仰する神使たちも膝をついて、アックルーアに感謝を述べたよ。
領内に雨を降らし終えると、ルドはまだ足を踏み入れたことのない地域へも慈雨が降るようにと雲を流したんだ。干ばつに苦しむ近隣の人々も久しぶりの雨に歓喜したよ。
「アックルーア様が我らに偉大な水の使い手を寄越された。その名はルド。我らの光りであります」
この日の夕方、アグネーゼは近隣のアックルーア教会の神使たちに伝書鳩を飛ばして文を送ったんだ。おかげでルドの知らないところで名前が広まっていっだよ。
あ、領主同士が仲が悪くても、別の領にある教会は同じ神々を信仰しているから仲がよかったんだ。
そのルドは神使たちに跪かれて、仰天していたんだ。
「何が起きたのです?」
「それは我々の言葉です。何をどうしてこんな広範囲で多くの雨を降らせることができるのです?私はこの範囲を焼けと言われても無理でございます」
エジリオは興奮を隠せずに言うよ。アグネーゼはルドの手を取り懇願したよ。
「そのお力をすべての人のために。あなたはこの世界にアックルーア様が使わしたのでしょう。神使になりませんか?」
「俺が…?」
貴族の壁は厚い。もしかしたら神使ならば多くの貧しい人に施せるかもしれない。魅力的に感じたけれど領主がルドの肩に手を置いたよ。
「このルドはグランデフィウーメ家の者。申し訳ございませんが、神使にはできません」
おっと領主の名前を言っていなかったね。いけない、いけない。
グランデフィウーメ家が代々ルドの住んでいる地域を治めているよ。養父は領主の親戚だから、ルドを家の者と言ったんだよ。
アグネーゼと領主の間に静かな火花が散ったけれども、アグネーゼは身を引いたよ。
「出すぎた真似をして申し訳ございません」
ルドはこうして領主にも気に入れられたよ。使えそうな奴だってね。
エジリオは後日、聖神使として教会の大神使たちを集めたよ。アグネーゼは密かに近隣の領地の大神使たちを呼び出したよ。神使と商人はわりと各領の出入りは自由だったんだよ。もちろん、身元は門の前で改められるけれども。
ルドを領主たちの政治の駒にしていいのかというお題が上がったんだ。水の神の神使からは、教会で保護すべきだという意見が多く出たよ。
アグネーゼはルドがアックルーアの使いか、または神の子と信じてしまったんだ。ルドは人間の子どもなんだけどね。ルドの真似を誰もできないから、アックルーア教徒はアグネーゼと同じようなことを考える人が多かったよ。
「ではルド様が領主たちにいいように使われないよう、我々が見守りましょう」
エジリオがいうとアグネーゼは甘いですと異議をいったよ。
「もっとお近くにいるべきです」
「我々は神のご意志とお考えを人々に伝えるのであって、政をすることではないのです」
厳格な教徒が多い裁きの神の神使が諌めたよ。
「ルド様はおっしゃいました。奴隷も人だと。私たちは領主様たちに意見をしてきませんが、人は誰しも幸福を求めていいと神々は教えているのに、奴隷は人に含まれていません。罪を犯したのならば償うべきでしょう。ですが、奴隷の子どもはただ親が奴隷というだけで、人ではない扱いをうけます。そしてその子は罪の疑いがあるだけで、事情も確認せずに殺されてしまいます。これはジュリシーオ様の教えに背いているのではないのですか?」
裁きの神の大神使は少し考えて答える。
「奴隷制度は罪人が罰せられるためにあります。罪人の子は罪人であるという考えは私どもにありますが、神のお言葉にあったか…」
「…私どもの教会には教えがないことです」
よその領から来た神使が悩みながらいうよ。
「制度を破綻させる危険があります」
「制度は誰のためにあるのでしょう?領主様や貴族は民ではなく己のことばかり考えています。今回の干ばつで彼らは多くの食糧を買い込み、民も私たちも困窮しております。違いますか?」
みんな思っていたけれど、政治に距離を保っていたから口にできなかったんだ。それはどうしてか。口出さないことを領主と取り決めもしていないし、教えにもなかったんだ。慣習として存在していただけなんだ。
「ではここから採決を行います。ルド様を見守るだけでいいのか。または私たちがお守りするのか」
エジリオが聞いたよ。
ここからグランデフィウーメ領の政治に宗教が大きく介入することになるよ。
レナータ地方でグランデフィウーメが覇権をかけた戦いに大きく関わることを、誰もこの時は想像していなかったんだ。
ルドも水面下の人々の動きを知らずして、呑気に学校の準備をしていたよ。
貴族の学校は十五歳になると入学できるんだ。座学と武術を主に学ぶけれども、女子は座学のみで男子は座学と武術両方学ぶよ。授業の内容がちがうから教室は男女別なんだ。
座学は学問の他にマナーや処世術も習うんだ。ルドはもう十七歳だから入学には遅かったけれど特別にいれてもらったんだ。
といっても幼い頃から家庭教師で学んできた生徒たちが今さら学ぶことは多くない。なんで学校があるかというと同じ年頃の貴族で仲良くなるためというのもあるし、うまく行けば結婚相手も見つかるかもしれないからね。
農民出身のルドは対象外だけどね。
校舎はお城のように大きくて立派だったよ。一番下のクラスに入ると幼さを残す十五歳の少年たちの顔がこちらを向いたよ。
教師から紹介を受けて席に座るけれど、半分は興味の視線、半分はとるに足らないというふうに無視してたよ。ルドは友だちを作りに来たわけではないと割りきって、授業をうけたよ。でも文字を覚えて間もないルドは、教師が話した内容をノートにうつすのはかなり苦労したんだ。
放課後、教員室の通いつめて教師たちにわからないところを聞く毎日だったんだ。一部の教師は嫌そうに、だから平民出身はと陰口を聞くこともあったよ。
座学はとてもつらかったけれど、魔法と武術はとても楽しかったよ。農具は振って剣を振ったことはなかったけど、農具を振り続けただけあって体力はあったよ。でも模擬戦となれば幼少から鍛えている貴族には勝てなかったんだ。ぼこぼこにされた上に、嘲笑が頭上から降りてくる度に、どうして自分はここにいるんだろうと思うんだ。
「キアーラ様」
カフェテリアでは男子たちは領主の娘のキアーラにアプローチをしまくっているよ。共有スペースではないと男子と女子の授業は違うから会えないんだ。
領主の取り巻きも同じく、子どもたちも取り巻きがいて、キアーラは囲まれたよ。
「お食事を一緒にいかがですか?」
「いいですわよ。…空いてなさそうね」
男子に囲まれてキアーラも気分はいいみたいだよ。お昼は席がいっぱいだったけれど、ルドの周りは世界に取り残されたように誰も座っていないよ。
「おい、農民。お前のいる場所は外だ、外」
おお、いじめ勃発かな。ルドはいつものことなので、パンを口に詰め込んで席を立ったよ。
「キアーラ様に挨拶もないのか。マナーがなってないな」
「農民がわかるわけないだろう」
「文字もわからないみたいだしな」
クスクス男子たちが笑うとルドはため息をついたよ。
「女性が近くにいて、そういう陰口をいうのは格好いい男には思えませんが?」
「黙れ!早く出ていけ」
ルドはキアーラの目を見ずに頭を下げて、ささっとこの場を後にしたよ。女子たちもこそこそ話していたよ。
「泥臭い男ですわね。キアーラ様」
「…ええ」
キアーラはルドが剣が弱い男だと聞いていたけれど、堂々言い返す気の弱い男ではないのだと認識を改めたよ。でも農民出身者が自分と同じ空間にいるのが不愉快だったんだ。
ルドは入学して一ヶ月になっても友だち一人もできなかったんだ。はじめは頑張って声をかけたけれど、無視されたり嫌そうな顔をされたから、億劫になってしまったんだ。
学校の敷地内に小さな教会があるんだけど、ルドは嫌なことがあるときは教会にいったよ。
放課後は祈りにくる生徒が多かったんだ。昼間は少ないからルドはいつものように祈りに来たけれど、中から声が女の子たちの聞こえたよ。
「素直にお認めになった方がよろしいのでは?」
「私はやっておりません!」
一人の女の子を三人の女の子が囲んで何やら責めているよ。床には割れた花瓶があったんだ。
女の子が割ったらしいけど、本人はやっていないと言っているよ。
「私が来たときはもう割れておりました。先にあなた方がいらっしゃったから、あなた方ではないのですか?」
「私どもは存じませんわ。ずっと祈っておりましたの」
ルドは入り口で成り行きを見守っていたけれど、さっきから責め立てている女子の鼓動がおかしいから、彼女がやったみたいだね。花瓶を割ったことを他の人になすりつけようとしているみたいだよ。
責められている女子よりも家柄でいえば上みたいだから、押し通せると思ったようなんだ。
ルドはさらに不愉快になって、靴音を大きく立てたよ。四人は驚いてルドの方を見たよ。
「ここは聖なる教会です。お静かにお願いします」
「農民風情がお黙りなさい!」
入学して一ヶ月なのに、ルドはある意味有名みたいだね。
「教会の敷地内はみな平等です。何かいさかいがあれば、裁きの神様の前で誓いを立ててから、話し合うとよいかと」
ここはすべての神々が祀られているから、ジュリシーオの像もあったんだ。
「何事ですの?」
昼食を終えた女性の神使が戻ってきたよ。嘘つき女の子が神使に言い始めたよ。神使は無実の女の子を叱ったんだ。それにルドは失望したよ。
割れた花瓶から花が落ちていて、ルドは拾ったよ。
「神使様。新しい花瓶を。花が枯れてしまいます」
「あ、そうですね。あなた、片付けなさい」
無実の女子は悔しそうに手で割れた花瓶を拾おうとしたので、ルドが止めたよ。
「指を切ってしまいます。箒が裏口にありますが、あなたはすべきではありません。そこの嘘つきにやらせなさい」
嘘つき女子は怒ったよ。
「私が嘘つきにだというのですか!」
「嘘をついていないのなら、裁きの神様の像の前で胸に手を置いて、今あったことをお話ください。嘘をつけば、舌を抜かれて言葉を奪われます」
ジュリシーオはえん魔さんみたいなものらしいね。人のなすことすべてお見通しで、嘘をついたら舌を抜かれて、言葉を失うそうだよ。
「いいでしょう」
嘘つきに女子はジュリシーオの像の前に立ったよ。
像を見つめたいるとツンと澄ました顔がどんどん崩れて、呼吸が荒くなったよ。嘘をついた者は罰として言葉を奪われるからね。それが怖くなったんだ。
この時代の人たちは本気で宗教を信じていたし、どうやったら天の国に行けるか神使から一般人まで激論するくらいなんだ。
嘘つきにツンツン女子は呆気なく膝をついて、指を組んで像の前で平謝りしたよ。
「私がやりました。可愛らしい花だったので、触れたら花瓶が落ちてしまいました」
神使は呆れていたけれど、ルドは彼女の前に花を差し出したよ。
「花を愛でる気持ちはジュリシーオ様は罰しないと思います。そのあとのあなたの心がいけないのだと思います。花は生き物です。枯れる前に花瓶に」
ルドから花を受け取ったツンツン女子は黙って花を生けてから、割れた花瓶の掃除をしたよ。
ルドはそれを見ないで、祭壇の前で祈りを捧げていたよ。
祈りが終わると近くの椅子に罪を被せられそうになった女子が座っていたよ。
「私は三学年のカリーナよ。さっきはありがとう」
カリーナは褐色の肌に茶がかかった黒髪を耳にかけて微笑んだよ。黒髪は南のアナベル地方に多いから、彼女は移民の家系みたいだね。
「どういたしまして」
「あなた、農民出身のルドさんでしょう?雨を降らせたのは本当?」
興味で目が輝いているカリーナにルドは対応に困ったよ。貴族はルドを馬鹿にしかしないからね。
「そうですが。それが?」
「魔法の授業で普通だっていうから、みんなデマだと思っているの。もしかして、隠している?」
「全力を出さないのが貴族のたしなみではないのですか?」
学年で一番水魔法が上手いという男子の魔法を見たけれど、ルドが魔法を出したら簡単に相殺できてしまうので、皆全力を出していないと思ったんだ。
「そういうこともあるけれど、授業ではみんな全力を出す決まりよ」
「え?あれが?」
ルドが目を真ん丸にするから、カリーナは笑い声をあげてから教会にいることを思い出して慌てて口を閉じたよ。
「よかったら魔法見せて」