75話 水神王アニバルの話32
アニバルは水神王という、名ばかりの位について半年経った秋のはじめ、専属護衛となったホセは空っぽのアニバルの部屋でワナワナと身体を震わせていたよ。
「また逃げたな!」
アニバルや皇帝の寝室のある王宮の奥から、皇子たちの学習室へ向かったよ。
ホセは豪華絢爛の他の部屋と比べて、少し小さな部屋の扉を開けると、中にいた男性は苦笑を浮かべたよ。
「ホセ殿お一人ということは、陛下はどこかにいかれたのですね」
「そのようです。初代の思いを継ぐなど格好いいことをおっしゃったのに、まったくお勉強なさらない!」
アニバルは文字が児童レベルしか読めなかったよ。政治の難しい文章が読めるわけもなく、当然のように大臣クラスがアニバルに書類を回してくるから、早々に仕事を投げ出したんだ。
ではまずは勉強をと、ルシオなどを教えていた教師がついたんだけど、とあることがきっかけで勉強から逃げちゃったんだ。
「やはり私がよくなかったのでしょう」
教師は歴史の教科書や資料を重ねて立ち上がったよ。
「しばしお待ちください。開発室に行ってみます」
ホセは足早にアニバルがいそうなところへ向かったよ。
開発室とは、魔法や魔法陣を王宮内で研究や開発しているよ。
神様ポジションのアニバルだけれども、皇帝のような権力はないから微妙な立場になっていたよ。
ある意味、窓際族。
王様になった理由が理由だから、村人のために勉強をしているし、魔法陣に興味があったから、とりあえず開発室のトップである室長になったよ。
これもホセはまずかったと思ったんだ。皇帝直属の組織である開発室は、各地にある学院のトップクラスしかなれないエリート中のエリートで構成されていたんだけれども、研究者になるのはよほど魔法と魔法陣に興味がある人たちだよ。
すなわち魔法と魔法陣のオタク集団だったんだ。
貴族階級なら普通は各領地の領主の取り巻きになったり、王宮の中でいい身分になろうと頑張るけれど、開発室の人たちはそこに熱を注げない人たちなんだ。
政治的出世は無関心、開発室内の派閥はあるようだけれどもそこだけの話。
ごますりやおべっかもあまりなく、ゆるっとした空気に極めつけはアニバルを神様扱いしなかったということで、王宮内で始祖始祖言われ疲れたアニバルは入り浸ってしまったんだ。
しかも前の室長だった女性がアニバルに愚痴を言ったことで、開発室はアニバル王国と化してしまったんだ。
何を愚痴ったかというのは、彼女の家柄が開発室の中で一番上だっただけで、まだ二十代前半という若さで室長になってしまったんだ。
根っからの研究体質に社交界は苦手。室長となればあちこちに顔を出して、政治の中枢とパイプを繋げなければならない。
なぜ政治の中枢とパイプが必要かというと、包み隠さずにいうね。お金だよ、お金。
研究や技術というものは一朝一夕でできるものではない。長い時間とお金がかかる。偉い人たちに自分たちの研究は役に立ってますとアピールしないと、開発室はお金の無駄遣いだと予算を削られてしまうよ。
予算がなければ研究は出来ない。
ドレスを着て目上のおじさんたちとダンスをして、ときにはセクハラまがいなことを言われ、触られと限界だったらしいよ。
「研究ばかりしているから嫁ぎ先が見つからないですって!大きなお世話よ!」
開発室の部屋の中でお酒を持ち込み、みんなで飲んでいて愚痴が炸裂したんだ。この飲み会前まで、開発室の人たちとアニバルは距離感があったよ。どうやらこの時代も飲みニケーションは有効らしいよ。
「カリーナと同じこと言ってるな。平民の低待遇と女の研究者がやりづらいのは、千年前から変わってないのかよ」
アニバルは千年経って良くなっていると思ってたのに、ちょっとガッカリしたよ。
「いえ、始祖が平民に学ぶ機会を与えてくださったので、今では私みたいな平民も王宮に入れるんです」
この年に学院から開発室に入ってきた新人の女の人は、平民だったよ。
「いやもう一歩なんだよな。ほら身分が高くないと上に立てないだろう?そういうのをなくしたかったんだよ」
「私は研究したいので、今のままで十分です」
「始祖が室長になってくださったので、私はやっと研究できるので」
新人さんも前室長さんも上昇志向がないのもどうかな。新人さんは前室長の話を聞いて、上になると面倒だと思った節があるけどね。
でも男性陣の中では、上に立ちたいと思っている人もいたようだよ。
「ではこうしよう。俺はここの権限色々もらっているから、変えてしまおう」
ということで、開発室の改革をしたよ。
室長に命じる権限は皇帝にあるけれど、前の室長の推薦や意見の聞き取りがされているんだ。
この意見というのを多数決を取って、皇帝に進言するということにしたよ。平民の室長が選ばれたとしても、皇帝に却下されたらアニバルは皇帝と交渉するつもりだよ。
「ではさっそく!」
「室長は変えられませんよ。王だし。副室長を選びましょう」
とツッコミが自然に入る和気あいあいとした職場が出来たよ。
ホセがその開発室に行ってみるとアニバルの姿がなかったんだ。
「室長なら、学院に行くと言ってましたよ」
元室長のヘッセニアはさらりと言うから、ホセは止めてくれと思うよ。
「アニバル陛下は、ホセの目を掻い潜るとはなかなか侮れないね」
皇帝フェデリコは愉快そうにしているけれど、その場の視線は東の将軍・ロドルフォに注がれていたよ。
「私は手引きしていない!」
先祖と同じ名前のせいで、濡れ衣を着せられて、困っていたそうだよ。
そのアニバルは馬車に乗って、ガルシア領の学院へ向かっていたよ。
学院で災害に関して研究している学者がいて、起きた雪崩を止める装置を開発したと聞いたから向かったんだ。
期待していたけれども、その装置も高価な魔石が使われて、お金のない村には到底設置できない代物だよ。
魔石など高価な魔法具に頼らない方法を探しているんだけれども、研究者のほとんどは魔法を使える人だから当然のように道具も魔法関連のものばかりになってしまうんだ。
これでは魔法が使えない人はその道具は使えない。魔法具を使うためには魔石を使わないといけない。それだと高くついちゃうね。
道具を作る職人は魔力のない人も多く携わっていて、差別は薄れているけれど研究機関や政治には魔法が使える人ではないと入れないんだ。
「結局ルドは変えられなかったようだ。すまないな、マルコ」
魔法を使わない道具の発明を訴えたところで、何この人言ってるのという空気になって、アニバルは王宮内で浮いてしまっていたよ。
始祖の言う通りにという人もいるけど、それも違うと思ってアニバルは発言しなくなっていったんだ。
デスペハードの国の原型を作り、人々の平等を唱えた始祖であるルド。
ルドの教えというのをアニバルは見て、頭を抱えてしまったんだ。
基礎となる教義は中央教にそっくりだったんだ。
神々が始祖に置き換わっているだけ。
なのにエスコンディドの村人は迫害されていた。
この矛盾ともとれることを誰も指摘しないのかとアニバルは思っていたよ。
もちろん全部が置き換わっているわけではないよ。
水の神が流した涙で生命が誕生したというくだりは、ただの神という言葉になっていたんだ。その神がルドかというと逸話や神話からして微妙に違うんだ。
ルドは神だが別に世界を創造した神がいる。みたいな感じにでも受け取れるよ。あとは始祖は創造神の生まれ変わりという考えをしている宗派もあるんだって。
矛盾を指摘したところで、薮蛇になりそうだからアニバルは聖職者たちには言わないでおいたよ。
だって彼ら彼女らは毎朝アニバルに向かって、熱心にお祈りするんだもの。言いづらいらしいよ。
この日も祈られ、食事を済ませるとさっさと王宮を抜けたんだ。
学院前に馬車がつくと屋根のある停車場で降りたよ。よく来るからアニバル専用の降車スペースが作られたんだ。
「お待ちしておりました。水神王陛下」
暇なのか学院長はいつもお出迎えしてくれるんだ。
顔見知りの学者たちに挨拶して回りながら、最後にヴァリエンテ学の学者のところへ行ったよ。
「魔物・災害対策の先生方のところには行かれたんですか?」
彼の研究室には、ぎっしりと棚に本が入っていて、空いているスペースにはヴァリエンテの生活用品が並んでいたよ。
「あまり進展なくてな。そういえばあんたに古いヴァリエンテのお守りの作り方を教えると言って、まだしていなかったなと思ってな」
「おお、ずっと待っていました!道具は必要ですか?」
「水晶と彫るものがあれば出来る」
アニバルはポケットから水晶を取り出して、テーブルに置いたよ。
学者は研究には関係なさそうなノミを筆記具の入った引き出しから出してきたよ。何で持っているんだろうね。
「呪文はゲレル…ヴァリエンテの言葉とエルスターの言葉とどっちからいくか」
「ではでは先に我々の言葉で」
「原文に近い言葉で唱えると。『我らの祖先よ。我を守りたまえ。草原の大地を神馬に乗りて駆け抜け、矢を射ちて敵を滅ぼせ…』」
古いヴァリエンテの言葉で言い、今度は祖先を神に置き換えられたことを話すと学者は興味深そうにしているよ。
「我々の魔法と同じく、同義変換が可能だということですね」
「そうだ。ヴァリエンテたちにとって先祖は自分たちを守ってくれる神のような存在だからな」
神はデスペハード帝国にとってルドだけれども、アニバルの信じる中央教では色んな神様がいるよね。
同義変換は一つの呪文に対して、神を水の神と唱えても発動するとうことだよ。
あとは属性変換というのもあるんだ。例えば防御魔法で壁を作るとする。キミたちの感覚ではシールドといった方がわかりやすいかな?
水属性のシールドをつくる呪文を火属性へ置き換えると、火のシールドができるということだよ。
アニバルは出来上がったお守りを突っついて、完成したか確認してから学者に聞いてみたよ。
「わかったら教えてほしいんだが、始祖という言葉はヴァリエンテの祖先信仰が混ざっているんじゃないかと思うんだ。俺の地位について、フェデリコが神帝と言ったんだ。レナータの中央教からすればそっちの方がしっくりくる。でもルドのことを始祖と呼び、守ってくれる存在だと考えているだろう?
フェデリーゴはゾリグと一緒にいることもあって、ヴァリエンテたちの考え方も知っていた。この国を興すのにヴァリエンテたちの力があって、今より身近だったはずなんだ」
日本でいえば、江戸幕府が徳川家康を神様として、お宮を建てて祀った感じってことだね。
学者はふんふんと頷いているよ。
「始祖というのは皇帝陛下や貴族にとって先祖のことですからね。思想も文化も互いに影響する、ということですね」
「そうだ。この国にもヴァリエンテの考えが浸透している。だから彼らの文化を蔑ろにしていいわけではない。ヴァリエンテがいて、このお守りがあったから魔法陣の研究が進んだ」
兵士が蛮族と罵っていたのを思い出したんだ。
「まったく陛下のおっしゃるとおりです。本当にこの国のヴァリエンテたちへの考えが変わってほしいものです」
アニバルは学者たちと話していると、とても気が楽だったんだ。
聖職者たちはヴァリエンテや他の思想は混ざっていないと言い張って、自分たちがオリジナルと考えていたよ。
話し込んでいると、人が入ってきたのに気づかなかったよ。
ガバッと抱きつかれたと思ったら、背後でクスクスと笑っているよ。
「エクトルか。脅かすなよ。授業は終わったのか?」
「うん。終わったよ。お守り作っていたの?」
「教える約束していたからな。エクトルはヴァリエンテの言葉を覚えているか?」
「お守りの呪文だよね?覚えてるよ」
「こいつの方が、ヴァリエンテたちの話し方に近いから聞いてみるか?」
「是非!」
エクトルが呪文を唱えると、学者もちょっと違いがわかったようだよ。
「マエストロ、今日はお勉強したの?」
フィデルはヴァリエンテに興味ないのか、別の話ばかりするよ。
「勉強してきた」
「マエストロ。嘘はいけないよ」
歩くサーモグラフィーにばれちゃったよ。
「先生は悪気はなかったんだから」
「そうだけどよ」
「何があったのです?」
学院に来るからアニバルは学ぶのが好きなのだと学者は思っていたから、勉強しないと聞いて意外だと思ったよ。
アニバルは頭を掻いて、歴史の授業でなとバツが悪そうにしていたよ。ヘラルドやカルロスもきてしまったからね。
「ざっとデスペハードの歴史を聞いたんだ。その時にフェデリーゴが転生した五百年前、レナータと戦争したって聞いてな。話してくれた教師が、誇らしそうにグランデフィウーメの貴族たちを滅亡させたと言うんだ」
「誇らしくないの?初代が悪いグランデフィウーメをやっつけたんだって、スカッとしたけど」
フィデルは空中に向かってパンチしていたよ。アニバルはお前らもかとヘラルドたちを見ると何が変なのという顔をしていたよ。
「もし、その五百年前の恨みでグランデフィウーメの末裔がこの国を攻めてきて、お前ら王族の血を引く奴らを皆殺しにしたとする。お前らがまったく顔も名前も知らない奴らに殺されるんだ。そう赤の他人にな。
祖先はいざこざがあったかもしれない。今はまったく接点のない奴が、五百年前の言いがかりで襲ってくるんだぞ?おかしくないか?」
「うーん。変かな?俺はグランデフィウーメが悪いから攻撃してくるのは腹が立つけど」
フィデルは首をかたむけたよ。ヘラルドは眉間にシワを寄せて、エクトルは黙っていたよ。カルロスもフィデルと同じ意見のようだね。
「グランデフィウーメの連中もデスペハードが悪いと思うぜ?連中にとってはもう過去の話で覚えているかもわからない。それを蒸し返されて、身に覚えがないのに殺されるわけだ」
「陛下は随分肩を持つんだね」
カルロスは疑問だったみたいだね。わからないかとアニバルは苦笑するよ。学者はわかりますと言ったよ。
「陛下の前世はグランデフィウーメ出身であり、エクトル殿下の前世もグランデフィウーメの貴族であられた。戦争とは人を殺すだけではありません。無関係の民も故郷の風景も破壊しかねない。
胸中は複雑だとお察します」
「それもあるな。だから俺はレナータに攻め込むとか考えていない。だって俺をはめて殺した人間は、千年前に死んだからな」
カルロスもフィデルもやっとわかってくれたみたいだよ。ヘラルドがゆっくりと解説するように言ったよ。
「始祖の復讐したい相手はもういない。でも初代はその相手がいないのに、子孫だからといってグランデフィウーメを滅亡させたのが嫌だったわけですね。八つ当たりもいいところなのに、子孫である俺たちも喜んでいたと」
「そういうことだ。俺は煽られてもレナータと戦争はしないぜ。もし相手が五百年前の恨みを持っているならば、受けて立つしかないけどな」
前に話したけれど、レナータではルドは暴君として名が通っていたよ。
でもルドの死後五百年経って、ルドって誰?あの暴君だって、みんなルドのことは忘れていたのに思い出しちゃったんだよ。
暴君の息子であるフェデリーゴが転生してレナータに侵略したことで、暴君ルド像は確定してしまったんだ。
アニバルの言う通り、グランデフィウーメ領の貴族も民も身に覚えのない言いがかりで暴力を振るわれたから、デスペハード帝国への感情は最悪だったんだ。
フェデリーゴはレナータに侵略したけれど、配下には置かなかったんだ。支配出来るほどの力も人もデスペハードにはなかったし、味方してくれるレナータの有力者も少なかったからね。
「教師は悪くないぜ。悪くない。でも俺はモヤモヤしちまって。でもお前らは語り継いでしまっている、その歴史も感情も正しいと思っている。それを聞いて学ぶのが嫌になったんだ。
勉強頑張っているガキの前で、こういうことを言うのはダメ大人だってわかってるけどよ」
「陛下のお気持ちはわかります。しかし、我々が歴史と受け止めて考えてきた歴史を、あなたは学ぶべきではありませんか?」
おお、なかなか学者らしいことを言うね。アニバルは目を細めたよ。
「そうして俺は子孫に与えてしまった過ちを知れと?」
「そういう意味では…」
学者が慌てるよ。カルロスたちは気まずそうにしているなら、アニバルはニヤリと笑ったよ。
「冗談だ。お前の反応が面白かっただけだ」
終わりというようにアニバルは立ち上がったよ。
「エクトルは兄貴のところに行くのか?」
「うん」
エクトルはガルシア領にいるから、領主になった兄のルシオの手伝いをしていたんだ。子どもだけれども、政治的な腕はエトーレで培っているからね。わずか数ヶ月で、有能な補佐官になっているそうだよ。
「この国の歴史ですが、陛下の咎ではなく、子孫の思いをわかってほしいとあの者は言っているのです」
馬車の中でエクトルは言ったよ。アニバルは広葉樹が葉を落として、地面を赤や黄へと色を変えているのを馬車から眺めていたよ。
「あいつらの気持ちはわかる。フェデリーゴの前世の復讐のせいで何人死んだと考えると、悲しかっただけだ」
「神に据えられた陛下のお心を分かる者は少ないでしょうが、だからと言ってすねないでください。先生がかわいそうでした」
アニバルはすねるという言い方に吹き出したよ。
「お前は前世より言うようになったな」
「言わないで後悔したこともありますから」
「そっか。あまり口うるさいと逃げるぞ」
「ホセから逃げているのはそういう理由ですか?」
「あいつあの年で小舅だぜ」
ホセがアニバルに小言をよく言っていたのを見ていたよ。他の護衛たちは畏れ多くてアニバルに言えないらしいから、その代わりにホセが言っているらしいよ。
食事の時間までアニバルは、ルシオの執務室でくつろいでいたよ。
始祖であり一応王様が部屋にいるから、ルシオやヘラルドの父親であるガルシア領宰相はやりづらいみたいだよ。
エクトルも議案に意見を言っているけれど、あくまでもルシオの補佐という感じだったよ。
アニバルは出された酒を呑み、つまみを食べながら仕事ぶりを眺めていたんだ。
「水神王陛下はどう思われますか?」
ガルシア宰相に意見を求められたよ。
「ん?あんまり聞いてなかった。この酒うまいな」
ちゃんと聞いていたけれど、聞いていないふりをしていたよ。
エクトルはクスリと笑って、続けましょうと言ったよ。アニバルの意図をエクトルはわかったようだね。
アニバルが意見すれば間違っていても、正解になってしまう。
だからなるべく言わないでいたんだ。
「そのお酒はガルシアで作られたんですよ。普段から呑まれるので?」
宰相はお話したかったみたい。
「王になってから毎日呑んでいるが、狩人のときは酒が手に入りにくかったから、呑んでなかった」
「そうですか。雪崩対策は進んでいますか?」
「あんまり。もらった資料、全部読めてないんだ。悪いな。
昔のレナータの文字なら読めるんだが」
ガルシア領の宰相としてあらゆる資料をアニバルに渡したけれど、アニバルは半分も読めてなかったよ。文字が読めないからね。
「俺が訳しましょうか?」
エクトルが気を回してくれたよ。
「いや、お前は学院とルシオの補佐で精一杯だろう」
「むぅ…。身体が二つにならないかなと最近思います」
「遊び足りなくて二つほしいってガキらしい理由で言え。ちゃんと休めよ。ガキの頃から魔法の酷使はよくないって聞くし」
エクトルは頭を掻いて溜め息ついたよ。高度な魔法を覚えようと毎日魔力が尽きる寸前まで訓練しているんだ。
「してませんよ」
「エクトル。嘘はいけない」
学院にいるときに言われたことを、ここぞとばかりお返ししたよ。
「誰が言ったの?」
「言ったら怒らないか?エトーレのときより暴力的だからな、お前は。さすがわがまま皇子様」
「しない!」
エクトルはテーブルから離れて、アニバルの隣に座ったよ。
二人が仲良く話始めちゃったから、宰相は終わりにしましょうと言ったよ。
アニバルはガルシア領に来たホセに怒られてから、食事にしたよ。
「うちの母ちゃんが恐いんだけど」
「母ちゃんってホセのこと?小舅だって言ってなかったっけ?」
エクトルがパンを千切りながら聞いたよ。
「出掛けるなら声かけろとか、何時に帰ってくるとか。俺はガキじゃない」
「今度から声かけたらどうなの?」
「四六時中あいつがいると、他の連中が妬くからな」
妬くのは主にウーノだよ。一番の側近を目指していたのに、ホセに取られたからね。当主という一族をまとめる立場から、ずっとアニバルと一緒にいられないよ。
「護衛の目をどうやって掻い潜っているんです?」
食卓にはヘラルドもいたよ。他にはルシオとガルシア領宰相だよ。
「秘密だ。ま、あいつも俺に逃げられるようならまだまだだな」
「そんなことするから、東将軍に疑惑がかけられるんだよ」
エクトルはロドルフォが少し可哀想だと思っていたよ。
「同じ名前だが、まったく別人じゃないか」
アニバルの反省の色はゼロだったよ。
ガルシア領宰相に晩酌に誘われたけれど、アニバルは文字の勉強するといって断ったよ。
「俺も手伝うよ」
当然のようにエクトルはついてきたよ。
部屋に入ってしばらくして、本棚の横の隠し扉を四回軽く叩くとウーノとホセが出てきたよ。
「さて勉強会を始めようかな」
アニバルの言葉にホセは軽く微笑んで、この日得た情報を報告したんだ。




