74話 水神王アニバルの話31
検問所に再び出来た列をすり抜けて、アニバルの元へエクトルは急いだよ。
「マエストロ!」
アニバルは今一番会うと気まずい人が来て、思わず顔を背けたよ。
エクトルは会えば名前を呼んでくれる人が、無言の上に自力で歩けないのが気になったよ。
「どうしたのです?お怪我なさったのですか?あの兵が何かしたのですか?」
アニバルはエクトルの手に魔力砲を見つけたよ。
「何でもない。こんな寒いところに来させて悪かったな。俺は行くから伯爵って奴のところに戻ってくれ」
「戻れとは?ウーノから聞きました。エスコンディド村が雪崩で壊滅状態であると。俺に助けを求めに来たのですよね?」
ウーノに確認するように見たけれども、彼もアニバルの態度の急変に困惑していたよ。
「最初はな。この街に来て、やっぱり俺は場違いな気がしたんだ。
俺の信じる神々は水の神様たちだって。例え応えて下さらなくても救って下さらなくても、誰かに愚弄されるのは腹が立つ。だから俺はこの国の神にはなれねえよ。
お前も変だと思わないのか、エトーレ?ルドは死んだし、万能でないから神ではないのは知っているだろう?」
「…俺は中央教の神々を信じていません」
ルドの時代を生きた者としてはありえない答えだよ。驚いているアニバルにエクトルはまっすぐ見たよ。
「俺はあの神々を信じない。神々は俺を助けてくれはしなかった。いつも救って下さったのは光帝陛下だった。そして現世も命を救われた。あなたは俺の光りですべてだから、あの神々は信じていません」
「お前は俺を神だと思っているのか?」
エクトルは少し悩む素振りを見せたよ。
「人が言う神としてではないと思います。何と表現したらいいのか…。
道。そう道を示して優しく照らしてくれる存在です」
「俺はそんな存在ではない」
アニバルが即刻否定したよ。エクトルは、アニバルが後悔や自己否定にかられているのではないかと思ったよ。
「ウーノから氷の鳥が死んだから森に異変が起きたと聞きましたが、それを信じたのですか?
それを聞いてエスコンディド村の人はあなたを責めましたか?恨みましたか?」
アニバルはトニアとイバンを見たよ。二人はブンブンと首を振ったよ。顔を上げれば村の人たちがいつの間にか集まっていたんだ。
「氷の鳥を放置すれば、村は甚大な被害が出て食糧難になっていたでしょう。どちらにしても被害がでた。それはあなたのせいではありません。それとも知っていたのですか?」
「知らない。知っていたなら別の方法を考えていた」
「そうです。あなたはそういう人です。多くの人を守るため、行動して考えて来た。みんなそんなあなただから、ここまでついてきたのではないのですか?
始祖とか前世とか関係なく、エスコンディド村の狩人アニバルだったから」
アニバルはそう誰かに言ってほしかったんだ。自分で言い聞かすほど自信はなかったから。
守らなければならない幼い子どもが、いつの間にか自分を励ます存在になったのかと驚いてもいたんだ。
いや前世ではエトーレはルドを支え続けていた。
「お前が俺を道と言うなら、お前は俺のことを支える柱だな」
エクトルは目を丸くして顔を真っ赤にさせたよ。
「お、俺が、は、柱など、名誉なことを。ジュスト兄様のようにはなれないとは思いますが」
おや、裏切り者と言っていたジュストへ考えが変わったのかな?
「俺はエスコンディドの連中が生きやすい場所を探す。だから雪もないヴァリエンテ国の方にいくつもりだ。
お前はどうする?」
「村が壊滅するような場所には住めないでしょう。他の場所に移住するのも手ですが、今はヴァリエンテに向かうのは危険です。今はマエストロも村の人も身体を休める必要があります。
この街に来た村人の滞在費はガルシア領が出すようにかけあいますので、その間に村に戻るかヴァリエンテに行くか決めればいいでしょう」
「それもそうだな。俺も休んでから村に戻る。アルスランの氏族の連中が村人の捜索しているんだ。それなのに村の奴が誰も何もしないわけにはいかないだろう?」
「では捜索に必要な兵もそろえます。マエストロは伯爵の屋敷に来てください。協議しますので」
「わかった。ホセの治療もしないと。魔力切れて限界なんだ」
ホセは立っているので精一杯だったんだ。
村の人たちに行ってくると言うと、みんな手を振って見送ってくれたよ。
今度は検問所にすんなり入れて、エクトルが少し時間をくださいと言って兵士たちを並べたよ。
「マエストロを殴ったのは、この兵士ですか?」
「エクトル怖いぞ、顔が。もう少し子どもらしく…」
「あなたは何をされたかわかっているのですか!この兵がしたのは重大な規律違反!それに…」
「はいはい。規律を俺は知らないし、罰をするのは軍だろう?
ホセが疲れてるから早く休ませてやりたい」
ここでいつものホセなら大丈夫ですというけど、無言で突っ立っているよ。
「本当だ。これはまずいね。ホセを病院に運んで」
付き人にエクトルが指示だしている間に、兵士たちの緊張がアニバルにも伝わってきて気まずいよ。
「俺も休みたいな、なんて」
「この者を罰してから十分にお休みください」
「ここで罰するもんじゃないだろうが。何するんだ?」
「魔法で火あぶ」
「待て待て。それは合法な刑罰とは思えないし、重すぎるだろうが。まかり通っているのか?この国は」
「火あぶりは非人道的なので許されてませんが、私刑なので」
「皇子が私刑したら法が歪むどころか、国が歪むからやめなさい。いつからお前は過激になった?」
不満そうにしているエクトルに、ウーノもやめてくださいと止めていたよ。アニバルがエクトルに耳打ちしたよ。
「俺の前世をこの兵にはまだ言うな。俺から直接こらしめるから」
「わかりました」
やっとエクトルが落ち着いてくれたよ。
アニバルは馬車の中で殴られたお腹をさすっていると、どうしたとエクトルが聞いてきたよ。素直に話してしまったから、また大騒ぎになったよ。
「死刑ですね。あの兵は」
「軍の法に任せなさい」
ルド口調でしばらくなだめてると、お腹の別の場所がキリキリ痛んできたよ。
馬車の中で治療してもらっていると、アニバルは寝てしまったよ。
伯爵の屋敷についてもアニバルは寝ていたから、ウーノに背負われてベッドへ運ばれたよ。
朝になってアニバルは目を覚ましたけれど、起き上がるのが億劫だったんだ。
エクトルが様子を見に来たよ。
「おかしいな。朝になれば風邪でも起きれるのに」
「身体も心もお疲れなのでしょう」
「エスコンディドの奴らは?」
「ここにたどり着いた人たちには保護を伝えました。村には捜索隊を派遣しましたので、安心ください」
「手配してくれたのか?悪いな。俺も村に行かなきゃ…」
アニバルは寝てしまったよ。緊張の糸が切れてしまったようだね。
エクトルはアニバルの胸に手を置いたよ。
「本当にご無事でよかった。村の惨事を聞いたときは肝が冷えました。
本気でヴァリエンテ国に行く気ならばついていきますが、皇帝もデスペハードの民も許さないでしょう」
各地でルド転生のお祝いの祭りが行われていたんだ。それなのにアニバルがいなくなれば、国民はがっかりするだろうね。
雪崩の事故とアニバルのヴァリエンテ国への移住を聞いた皇帝フェデリコは、黙っていなかったよ。
エクトルにアニバルを王宮に連れてくるように命令したんだ。
「アニバル様は疲弊されている。皇帝が来るべきだと思うけど?」
かわいそうな使者は皇帝とエクトルの間に挟まれて、たじたじだったそうだよ。
皇帝との摩擦は小さくすべきだと、ウーノになだめられてアニバルを連れていくことにしたんだ。
アニバルは昼になっても寝ていたから、エクトルは本気で心配したよ。
馬車の中でやっとアニバルは目を覚まして、あれって顔したよ。
「俺、伯爵って奴の屋敷にいたんだよな?」
「皇帝がマエストロをお連れしろとうるさいので、我慢してください」
エクトルは不機嫌の頂点だったようだよ。
「エトーレになってるぞ」
「なりますよ。だって一日以上眠っているから心配しました!病気かと医者に何人も見せて、疲労だろうの一言で!なのに皇帝が連れてこいですよ。お前が来いって感じです」
「皇帝をお前呼ばわりはよくないぞ?エクトル皇子」
「マエストロも父上のことを呼び捨てじゃない」
ああ言えばこう言うのはエクトルだね。
アニバルは疲れがとれないのか、壁にもたれかかって目を伏せたよ。
皇帝フェデリコはアニバルが王宮に着いたと聞いて、胸を撫で下ろしたよ。
「あの村の人々と共にヴァリエンテに行くと話しているそうですが」
宰相も気が気ではないようだよ。フェデリコはアニバルの発言に、少し苛立っていたようなんだ。
「始祖はレナータへ戻りたいのだろう。ならばなぜ皇帝である私に頼ろうとなさらない。
あの村のことばかり。雪崩で全員いなくなればよかったのに。そうしたら、お心は我々の元に戻られたに違いない」
「そういう考えが光帝陛下はお嫌いなんです。あの方の目指した国ではないから、出ていくと仰せなのです」
宰相はエクトルに頭を下げて、場所を譲ったよ。
フェデリコは息子の口振りから、エトーレの意思の方が強いと見えたよ。
「エトーレ様。アニバル様のご様子は?」
「湯浴みをされて疲れがとれたと仰っていました。今、お支度をされているところです。
アニバル様はこの国の兵が信じている神々を邪教と言い、汚ならしい狩人だと平気で民を殴ることに失望されて、ヴァリエンテに行くと仰ったのです。
引き留めようと考えておりましたが、陛下が民の死を望むような発言をされましたのでやめようかと思いました。
アニバル様のお耳に入れば酷く落胆されるでしょうね」
フェデリコは舌打ちするのを堪えたよ。ただの愚痴だったのを告げ口されて、アニバルがデスペハードを見捨てる決定打になるのは困るよ。
「今のはほんの軽口です。本心ではありません。アニバル様に話さないでいただきたいのです」
「どうしようかな。アニバル様はエスコンディドの村人がこの国にいたいと言うならば残られるでしょうが、村人が陛下のお言葉を耳にすればヴァリエンテに行きたいと言うかもしれません」
わざわざもったいつけているから、エクトルはフェデリコと交渉したいみたいだよ。
「どうしたら秘密にしていただけますか?」
「アニバル様がお決めになったことを邪魔しないでいただきたい。本気でエスコンディド村の人を殺すとか、ね。
エトーレも同じ神々を信じていたから、あの村の人たちが冷遇されるのに憤りを感じるんです。でもエクトルは興味がない。神は始祖であると信じているから、始祖以外の神々を信じることに理解できない」
エクトルはこの部屋に飾られたルドの肖像画の前に立つよ。
「神は我々の窮地を救い、曇天から光をもたらしてくださる。アニバル様は村人に光をもたらした。
でも神は人々に救いをもたらすが、神ご自身の救いについては誰も考えない。
俺はアニバル様も救われて、いや報われてほしいと思っているのですよ。あなたはあの方の思いが報われるよう努力をしてくれるのですか?」
「神、始祖ご自身が報われること」
肖像画に話しかけて応えてくれる優しい言葉は、フェデリコが報われるため。その相手の思いはどうなのかと考えたことはあっただろうか。
「始祖はこの時代に転生されて、我々と共に生きてらっしゃる。人も国も相手がいるということは、こちら側の一方通行の願いばかりではうまくいきません。
あの村はとてもアニバル様は居心地がよさそうだった。それは互いに支えあっていて、大切に思っていたから。そんな場所はこの国にあるのかと、皇帝であるあなたに聞いているのです」
フェデリコはエクトルから目をそらしたよ。アニバルがデスペハードからいなくなると聞いて痛烈な怒りや悲しみに襲われたのは、神である始祖はこの国を見捨てないと言う強い思い込みがあったからなんだ。
エクトルは大理石の床をトントンと小気味良く音を立てて、窓の外を眺めたよ。
「うん、雪が止んでいるね。薄日も射している。
初代、フェデリーゴの手記を読みました。あの子の思いも報われてほしいので、アニバル様を天の間にお連れします。天窓を開けたいのですが」
「開けるようにしましょう。私も同行してもよろしいでしょうか」
「お好きにどうぞ」
エクトルは扉の前に一礼してから、部屋を出ていったよ。
アニバルはエクトルに連れられて天の間に来たんだ。フェデリコや宰相もいて、何事かと思ったよ。
「この前来たとき、天井は見ました?」
「そんな余裕なかったから見てないな」
エクトルに言われて見上げたよ。煌々と魔法具の灯りがついている天井に晴天が描かれていたよ。
その空は酷く懐かしかったんだ。
「レナータの空?」
「そうです。空が描かれているからここは天の間。これを描かせたのはフェデリーゴとも、ベッティーノが自ら言ったとも色々説はありますけどね。フェデリーゴはこの地に来て、冬に晴れることを願っていたと言われています」
アニバルは前世の息子の思いが痛いほどわかったよ。吹雪に何度も見舞われて、その度に青空が恋しかったからね。
もう少し進んでと言われてドーム型の天井のところに立ったよ。そこも抜けるような青空が描かれていたんだ。
すると天井の一番高いところが開いて、天窓が現れたよ。
天井を照らしていた魔法具の灯りは消えて、青々とした空は陰り、自然光がアニバルに降り注いだよ。
「レナータの空がデスペハードの空になった?」
「これを見たフェデリーゴは、『本物の空が現れた』と言ったそうです」
「本物…。描かれた青空は空想や願望ってことか?」
「まさしく絵空事だとベッティーノが満足げに言って、周りが引いたそうですが」
アニバルはぶっと吹き出したよ。
「あいつらしいな」
「レナータの空を見上げても、デスペハードの空にはならないということだそうです」
「現実を見ろということか?」
エクトルはアニバルの横で片膝をついたよ。
「俺はあなたの向かうところならば、どこでもついていきます。ただこの国を興したフェデリーゴの思いをお伝えした上でアニバル様には、向かう道を決めていただきたかったのです。それならばフェデリーゴも納得するでしょう」
アニバルはもう一度天窓を見上げたよ。やわらかな光りがアニバルを包んでくれたよ。
現世のアニバルの故郷は、ここデスペハード帝国なんだ。きっとこの国を離れても、どんよりとした冬の空を思い出してしまうだろう。
帝国には子孫や民がアニバルの即位を今か今かと待っている。
千年もずっと待っていた。
ルドが残した希望を代々伝え、ルークススペース帝国の出現を。
でも一方でエスコンディド村のように虐げれてきた人々もいる。もしかしたら、あの村と同じような目にあっている民はたくさんいるのかもしれない。
――父上。
フェデリーゴの声が。
――村を頼みました。
エスコンディド村の村長の声が聞こえた気がしたんだ。
人であろうと自然であろうと理不尽に憤った前世。
現世も翻弄されて、今政治の中枢である王宮にいる。
村人のために尽くすことも道だろう。
でもとても地道であって、とても小さな力でしかない。
国を、世界を変えるにはルドが決めたように王、皇帝と言う権力を持つしかない。
またそれを望めば神々は自分を罰するのだろうか。
いや王宮へ導いたのは神々ではないのか。
そうだと言うように、一瞬太陽の光が天窓に降り注いだよ。
「フェデリーゴの思いを俺が受け継ごう」
自然に口についた言葉なのに、ずしりと懐かしい重さが両肩に乗ったのを感じたよ。
フェデリコも宰相も涙を浮かべて喜んでいたよ。
アニバルは天窓を仰いでいたんだ。
「重いな」
「お一人でその責任を背負うことはありません。私どももおります」
皇帝フェデリコと宰相がエクトルの後ろで膝をついたよ。
「それならいい。でも俺は皇帝になるつもりはないぞ?」
「それでは、皇帝は人である。アニバル様は皇帝の上の神帝とはどうでしょう」
「いやいや、神にもならないから」
フェデリコはあっといいことを思いついたという顔をしたよ。
「皇帝は王を束ねる王の中の王。私は皇帝のままで、アニバル様は王と言うのはいかがでしょう?
新たな位を作り、名称は水神王」
「待て待て。何をいいこと言ったみたいな顔してんだよ。神ついてるじゃねーか!」
「エスコンディド村の人から水神様って呼ばれてるし、水神はいいんじゃないの?」
エクトルはフェデリコ案に一票入れてしまったよ。
「あれはだな!」
「水神王。よき名かと思います」
宰相がアニバルに向かってお祈り始めちゃったから、茶化せなくなっちゃったよ。
――ルド様は水の神様の使いなのです。
レナータの大神使が目を輝かせ、人々も自分を見るたびに歓喜した。あの時代も求めてすがるその手や目から振りきれないのは、己もまた救いを求める者だから。
「わかった。わかった。水神王でいい。ところでどこを治めるんだ?この国ってなったら、皇帝と変わらないからダメだぞ」
「うーん。どうしよう?父上」
「どうしようか?」
案外、似た者親子なんじゃないかとアニバルは思ったよ。
「あとで決めればいいでしょう。まずはご即位を」
「だから宰相。土地なし民なしで王っておかしくない?名ばかり役職でもいいけどな」
「アニバル様がこの国にいてくださるなら、それでも構いません」
皇帝がにっこりと笑うよ。
この人、結局皇帝の座を渡すつもりなかったんじゃないのかな。
アニバルはひそかにフェデリコ腹黒説を確信していたよ。
アニバルは即位の準備をと言われたけれど、エスコンディド村に向かったよ。途中、村人たちがいる場所に寄って、村を再建して暮らすか、ヴァリエンテ国のように冬に雪に閉ざされない場所に移り住むか考えてほしいと話したよ。
動ける村人を連れてエスコンディド村についたとき、雪崩から一週間が経とうとしていたんだ。
ヴァリエンテ兵とエクトルが派遣した兵士が、教会付近まで雪かきが到達したようだよ。
アルスランの氏族は奇襲したお詫びに村の修復を手伝っていたから、村の配置や教会付近に人がたくさん住んでることを知っていたよ。
「ゲレル!朗報です!教会内に生存者がいるようです」
それにはアニバルは驚いたよ。遠目から教会一帯は、雪に覆われて埋まっているように思えたからね。
アニバルは急いで教会に向かったよ。鐘楼は傾いているけれど、教会は全壊してはいないようなんだ。
中に逃げ込んだ人たちは雪崩が収まると窓から教会の外にでて、自分たちも雪かきしていたんだ。アルスランたちと合流できたというわけだね。
教会には住み込みで働いていた神使の居住スペースや客人用の部屋もあって、寝具も残されていたんだ。村長一家が神使がいた頃の名残で、定期的に寝具の掃除や、宿のない村に来た外の人や身寄りのない人が泊まれるように食糧の備蓄していたんだ。暖炉も薪も無事で、おかげで一週間しのげたようだよ。
「神々は村人を最後まで見捨てはしなかったんだ」
アニバルは生存者の姿を確認して呟いたんだ。そしてある人を探したよ。
「村長は?」
一人の男性が黙って教会の外の雪が残っている場所に行ったよ。かつて教会の庭があったところだよ。
そこの雪を掘ると何人か人が現れて村長もいたよ。亡くなった人を雪の中で保管していたんだね。
「村長は雪崩がここを飲み込む寸前まで、教会の扉を開けて村の人たちの誘導をしていて、扉の外が真っ白になったと思ったら扉が閉まって…。村長…村長は扉の近くで見つかりました。中に入っていれば助かったのに」
みんな悔しそうにしていたよ。
アニバルは全員救助されてから、教会の祭壇に向かったよ。雪崩の衝撃で神々の像は倒れていたけれども、一つだけ立っていた像の前で膝を床につき指を組んで祈ったよ。
「水の神様。村人を救ってくださり感謝します。疑うような真似をして申し訳ございませんでした。
人々があなた方のことを忘れようと俺は信じ続けます」
例え自分が神として人々が祀り上げたとしても、神や自然の前には抗うことはできぬ小さな存在なのだと戒めて。
床に散乱した瓦礫の中に燭台があったよ。三本ロウソクを立てられるのだけれども、腕が一本が折れていたよ。
かつてこの教会で転生者だと告白したときに村長が灯した燭台だったんだ。
アニバルはそれを手にしたよ。
「ああ、村長。頼まれたよ。村やこの国の人々が二度と同じ思いをしないように、俺は頑張るよ」
アニバルはいつもその燭台の前で祈っていたというよ。そんな壊れたものではなく、王らしく豪華で素晴らしい燭台にすればいいと周りが言っても手放さなかったそうだよ。
長い冬は終わり、暖かな日が増えたころ、アニバルは王として即位したよ。
治める土地はなく、肩書きだけなのだけれども王宮前の広場には大勢の貴族とその外側には人々がいたんだ。
アニバルは見渡して、ここにいる貴族はみんなルドの血を引いていると聞いて、とても不思議な気持ちになったよ。
「一言いただけますか?」
即位式のあとの晩餐会で宰相から言われたよ。拡声器はこの時代にはないから、広場で演説はしなかったよ。
王座に座っていたアニバルは視線が一気に集中して、たじたじになったよ。
何を言えばいいのかと思ったけれども、ルド時代の知り合いの顔に似ていたり、どことなくルドやキアーラに似ている人がいてとても親しみを感じたよ。
ここはルドから千年後の世界。
天寿を全うすることなく去った命も多かっただろう。
それでも多くの人がこの地でたくましく生きて、命を繋いだからアニバルもここにいる。
アニバルが席を立つと話し声はピタリと止んだよ。
「長らく待たせてすまなかった。
目覚めたばかりで、この時代のことがわからないことが多い。互いに助け合って良い国にしていこうではないか」
フェデリコが承知しましたというと拍手が起きたよ。
「お帰りなさいませ、始祖!」
誰かが言うとお帰りなさいませとみんなが言ったよ。
ルドの時の家族はいないけれども、ここがアニバルの家になる。
「ただいま、我が子らよ。お前たちの幸福を願っている」
「始祖にも幸福があらんことを!」
アニバルは晩餐会で一つやり残したことがあったよ。部屋で待っていると一人の兵士が連れてこられたんだ。
兵士はアニバルを見ると顔が真っ青になって震えているよ。
「水神王陛下。この者は検問所で通行人の荷物を奪うまたは、賄賂を要求しておりました。軍規により罰則を課すのですが、陛下に殴るなどの暴力を振るったと報告がありますが、事実でしょうか?」
南の将軍が聞いてきたよ。
「そうだが、あの時は王でなかったし、卑しい狩人だったからわからなかったのは仕方ないだろう。ただ民を守る立場である者が民に暴力を振るうことなどあってはならない。軍の規定通りに罰をするように」
「陛下はそれでよろしいので?」
「うーん。では一言」
兵士の目の前に立って顔を覗きこむよ。
「お前は俺の血を引く誇り高い人間なんだってな。そうは見えなかったぞ?
むしろお前みたいな子孫がいて恥ずかしいくらいだ」
「し、始祖。申し訳、ございませんでした。ど、どうかお許しを」
「許しか。ならば盗んだものや賄賂を全部返してこい。使って手元にないのか?まさか遊ぶ金欲しさにやったとか言うなよ?女に貢いだとか?
とんだクズだな、お前」
人のいる前で部下を侮辱するのはパワハラに当たるから、現代日本では訴えられてしまうけど、アニバルの国は絶対王制だから言いたい放題だよ。キミが会社の上司または上司になったらしないようにね。
クズって言った奴がクズだと言い返せない兵士さんは、王であり神であるアニバルにクズと言われて絶望していたよ。
「し、始祖。お許しを。見捨てないでください」
お祈りポーズを取ったけど、なにもアニバルは同情が湧かなかったよ。
「見捨てるもなにも。お前に二度と会わないだろうな」
「始祖!!」
王宮の衛兵に連れられて行ってしまったよ。
「あれだけプライドをズタズタにしてまだやっていたら、ある意味凄いけどな。これでいいか?」
エクトルを見ると不満そうだよ。
「やはり、陛下と同じように殴られて火あぶ…」
「南将軍、軍規に則りすみやかにあの兵を処罰すること。それ以上のことは必要ない。わかったな、エクトル?」
「…はい」
即位の日、広場にはトニアたち村人も見にきていたそうだよ。
「水神様が偉い人になっちゃった。もう会えないのかな」
イバンが寂しそうにしていたから、トニアはアニバルに向かって手を振ったよ。アニバルは見えなかったと思うけどね。
「会えるよ。生きているならね」
と言ったら数日後に会えたよ。
雪が融けてアルスランたちが国に帰ることになって、村人たちの決断を聞くためにね。
「あの村は故郷だもの。帰りたい」
というのは成人している人たちが多かったけれど、子どもたちは雪崩が恐ろしく雪を見ると怖いと思う子がいたそうだよ。
そういう子たちは親を亡くしてしまって身寄りがなかったんだ。
エスコンディド村の周辺の村人が預かってくれるそうだけれども、雪のないところに行きたいと思う子どもたちがいたよ。
襲撃のときに怖い思いをしたけれども、アルスランたちの人懐こく優しい性格に子どもたちも心を許して、一緒に行きたいと言うんだ。
エスコンディド村の周辺の村に残る人、帝都で暮らすと決めた人、そしてヴァリエンテ国に行くという人。
一つの村が災害によって、人々はバラバラになってしまったんだ。
「トニアたちは?」
トニアたちは幼い子どもたちを見たよ。
「この子たちについていこうと思って。水神様が村を作り直してくれるんでしょ?それまでヴァリエンテにいる」
「わかった。必ず雪崩も魔物が来ても入ってこない村を作る。だから、みんな元気でな。また会おう」
トニアたちはアルスランの馬に乗って、笑顔で手を振ったよ。
「またね!」
「ああ、また会おう」
村人たちの門出の日は、デスペハード帝国の春には珍しい雲一つない晴天だったよ。
エンディングっぽい雰囲気ですが、アニバルの話は続きます。
今回の話を文字に書き起こしているときに、とある曲をガンガン流してました。ルドからアニバルの次のリアム王の話にかけてのイメージでもあるので、リアムの話が終了したらご紹介したいと思います。
いつになるのかな、リアムの話…。テラからは、まだあらすじしか聞いてないですけど。リアムは南の暖かなアナベル地方なので、サイトの投稿時期と季節がまったく逆になりそうで、しくじった感あります。
まだ雪国の話が続くから、かき氷食べて冬の気分を味わおうかな…。
次回更新は土曜日の予定です。




