70話 水神王アニバルの話27
エクトルに兵士たちが来て困った話をしたよ。
「俺も本当は王宮にいてほしいけど」
「王宮なんていたら身体なまるだろうが。そうだ、フィデル。土の兵は改良したか?」
「してないよ。できないもん。マエストロ見せてよ」
「俺も見たいです」
「俺も!」
カルロスとへラルドはエクトルといつも一緒にいるよ。
広いところでということで、氷の鳥を倒したところまで行ったんだ。周りに住んでいる人はいないから、多少魔法が暴走しても大丈夫だよ。
「行くぜ」
アニバルは巨大な水の兵と氷の兵を一体ずつ作ったよ。
魔法の兵は歩いたり、腕を振ったり水や氷を発射させたりしたよ。
フィデルも頑張って真似したら、土の塊を発射させることに成功したよ。
「俺も~」
エクトルも火の兵を作って、アニバルの氷の兵に襲いかかったよ。
ジュッと音がして氷が融けていくんだ。
「エクトルは後にしろ!」
「ふふふ。水の兵では負けるけど、氷の兵は勝てるから。十九勝五敗だね」
氷の兵が完全に融けてしまったよ。アニバルはエクトルをバシバシ指差したよ。よい子のみんなは真似しないでね。
「前世の勝敗を合算するな!だったら、水の兵だとお前一勝もしてないじゃないか!」
「現世では勝つよ!」
水と火の兵が取っ組み合いになって、互いを消しあっているよ。フィデルたちは少し離れて観戦しているよ。
アニバルの水の兵が口と両手をガバッと広げたから、エクトルは火の兵を引こうとしたけど遅かったよ。火を抑え込むように水の兵が飲み込んでしまったよ。
「負けた…」
エクトルはガックリ肩を落とすよ。
「水と火では水が勝つとされているから当然か」
ヘラルドは先ほどまで手に汗握っていたのが嘘のように、涼しい顔をしているよ。
「氷の兵でやってよ」
「なんで俺が負ける方でやろうとするんだよ。まっ秘策を思いついたから、いいぜ」
アニバルは氷の兵を出したよ。
火の兵をアニバルの氷の兵とぶつけたエクトルは、手応えがないのに違和感を覚えたよ。溶けるはずなのに逆に炎が削れていくんだ。
「マエストロ、氷の兵に何の魔法をかけたの?」
「言うわけないだろうが!」
アニバルは氷の兵を大きくして、炎の兵に覆い被せたよ。炎はどんどん小さくなっていって、エクトルは魔法を強化したけれども魔法が消えていってしまうんだ。吸われてなくなってしまうような感覚に近いよ。
完全に火の兵がなくなってしまったんだ。
「マエストロ。本当に何をしたの?」
「お前の魔法の魔力を操ったんだ」
「俺の魔力…?」
エクトルだけではなくヘラルドたちも驚いていたから、アニバルはまずかったのかなと思ったよ。
「もしかして禁呪だったか?」
ヘラルドが解説してくれたよ。
「いえ。禁呪ではありません。理論上は出来るとされていてますが、他人の魔力を操るのはかなり難しく、高度な技術になります。
人の魔力を操るにはいくつか方法があります。まずは人の魔力そのものを操ること。これは無理矢理身体を動かすことと同じなので、抵抗されます。なので操る側も相当魔力を消費します。
もう一つは相手の魔法の魔力を操る方法。一度身体から魔力が出てしまうので抵抗は少なくなりますが、この方法も使い手も相手も魔力を消費します。おそらく今アニバル様がされたのは、エクトルの火の兵の魔力を使ったということなので、この方法でしょう。
最後は魔力操作かどうか研究者の間で意見が分かれていますが、相手や相手が出した魔法に自分の属性が含まれていて、それを操る方法です。
審査のときに、アニバル様が相手の身体にある水を操って身体を動かされていた方法ですね。
どの方法も可視化魔法を使いこなす必要があります。上級可視化魔法は魔力と属性、アニバル様の場合は水の違いが視えるようになります。その境地にたどり着いた人は殆どいないとされるので、体系化、つまり多くの人が使用出来る呪文にするのが難しいとされています」
魔法は自然の現象を再現すること。呪文や魔法陣はいわば化学や物理の数式のようなものだよ。
でも魔法は属性や魔力の保有量など個人によって違うから、同じ魔法でもちょっとずつ変わっていくよ。
同じ防御魔法でも水系、火系、土系で少し呪文を変えないと発動しないし、アニバルのように水属性でも氷が操れるとか属性がグレーな部分もあるんだ。
だから数式というのはあくまでも例えだからね。
一番最後のはアニバルも身に覚えがあるよ。
「確かに普通に魔法使うよりは疲れるし、あまりやる人はいなかったわけだな」
「そういうことです。前にも言いましたが、狩人より魔法の研究者になることをおすすめします」
「考えとく。現代の魔法も知りたいから、まずは勉強したい」
「学院に来なよ!」
エクトルが喜んでるよ。
「ガキの中に混ざるのは嫌なんだが」
「学院は研究施設でもありますので、大人もいますよ。上級可視化魔法を取得されているなら、なおさらここにいてはもったいないですよ」
ヘラルドが学院の回し者みたいなことを言っているよ。
アニバルが勉強する気になったと聞いて、学院長が子どもや文字が読めない人のための教科書を選んで送ってくれたよ。
アニバルは一日の作業が終わると教科書を開いて勉強したよ。
でもあまり長くは続かなかったんだ。
真夏なのに秋のように涼しかったんだ。冬に備えて準備をしなければならなかったんだ。
家の周りに置いた魔物避けの魔法陣にかかって失神していた魔物や動物の数は減り、アニバルは森の深くまで狩りに行くことが増えたよ。
「食い物がないと人里に来るはずだが。魔物避けのせいか?」
「そうだと思います。効果が現れているのでしょう」
四人で森に入っていたよ。大きい獲物は一人では運べなかったけれど、四人いたら運べるからね。
ホセが立ち止まって、弓を構えたよ。するとアニバルはやめろといったんだ。イノシシの親子が地面に落ちた木の実を食べていたよ。
「普通のこの時期より子どもが少ない。あのウリボウたちだけで冬を越せるかわからないから、母親は絶対に獲るな。
今獲れば来年の獲物がいなくなる」
じり貧ではないから、イノシシたちを獲らないでおこうってことらしいよ。厳しい冬をイノシシの子どもが越せなかったら、大人になったイノシシが減るということだよ。イノシシが減れば自分たちの食料が未来でなくなるからという、アニバルのマエストロの教えらしいんだ。
薪を割っていると粉雪が一瞬舞ったよ。アニバルは空を見上げて呟いたよ。
「今年の冬は長いかもしれねえな」
村の人たちも急いで冬支度をしていると、子どもたちが冬が終わったばかりじゃないかって、つまらなそうにしていたよ。
外でめいっぱい遊べなくなるからね。
いつもより一ヶ月ほど早い冬を迎えたから、エクトルたちは雪に阻まれてアニバルのところまで来られなくなってしまったよ。
アニバルは家の近くの洞穴に行って舌打ちをしたよ。隠していた食糧が掘り返されて、なくなっていたんだ。動物が見つけて食べちゃったんだね。
「狩りに行ってくる」
「食糧はまだあります。雪がやんでからでも大丈夫ですよ」
ホセが言うと雪はどんどん降ってくるんだ。
「薪が足りなくなるかもしれないな」
ウーノはもっと雪が積もったら木を伐採するのが大変になるから、困ったと思ったよ。アニバル一人だったのが、ウーノたちの二軒分の薪が必要になったからね。
「俺の護衛はお前ら以外にいないだろうな?」
「ここにはおりません」
村に新しい移住者が何人か来たから、その人たちかなってアニバルは思っていたよ。
冬籠りがアニバルは苦ではなかったよ。勉強をウーノたちに教えてもらって、雑談もできて外に出られないストレスが発散できたよ。
アニバルは雪が小止みになると雪かきをしたよ。雪降ろしの魔法陣があるとはいえ、下にどんどん積もってしまうからね。
「ちょっと村の様子を見てくる」
数日ぶりに雪は止んだけれども、どんよりとした空模様だったよ。
ウーノはアニバルについていって、他の二人は魔物避けの柵の点検に行ってくれることになったよ。というのは口実で不審者がいないか見回りするんだ。
村につくと、村人たちは雪かきにおわれていたよ。
「水神様が設置してくださった魔法具のおかげで、雪降ろしをしなくてすむので大分楽ですよ」
全部の家に設置したからね。
「今年は雪が多いな。手伝いが必要なところはあるか?」
村人たちは周辺を見渡したよ。
「村長たちが教会の方をやっていますが、人手が足りないかもしれません」
アニバルは教会の方に行くよ。
村長たちが教会の周りの雪かきをしていたんだ。
「手伝うぜ」
アニバルも雪かきをしたよ。雪かきしないで、魔法を使って全部水にすればいいって?
雪かきと同じかそれ以上に疲れるらしいよ。あとは、雪が水になると寒さで凍ってしまうよ。だから逆に滑って危ないんだ。
あらかた終わるとアニバルは自宅に戻ろうとしたよ。
「水神様、ちょっと待って」
おばちゃんたちがあれ持っていけこれ持っていけと、パンやら惣菜やらをくれたよ。
「ありがとよ」
鞄に入れて背負って歩き始めようとすると、ゴオーっと大きな音がして地面が揺れたよ。
「地震か?」
アニバルは地震の割に大きな音がしてなんだろうと思ったよ。村人たちも不安そうに辺りを見渡すと、一人が山の方を指差して叫んだよ。
「山が…雪崩だ!」
ここから村近くの小山の斜面から、モワモワと煙のように雪が滑り落ちていたよ。
「おっかないねえ」
「そうねえ。こんな雪だし山に入る人はいないと思うけど」
村人はみんな雪崩を眺めていたよ。
スピードは衰えることなく、雪煙が大きくなるよ。
アニバルは身の毛がぞわりと立ったよ。雪崩が放射線状に広がっているんだ。
「こっちに来るかもしれない…。雪崩とは反対側へ避難しろ。早く!」
見物を決め込んでいた村人たちは、雪煙が迫っていることに気づいたよ。
家の中へ避難する人、教会の方が頑丈だと走り出す人。
もし雪崩が直撃したら家はどうなるのかな?
「駄目だ…。俺の家の方へ逃げろ!今は魔物とか考えるな!」
近くにいたお惣菜くれたおばちゃんたちの背を押して、村長に全員逃げるように言ったよ。でももう白い悪魔は村の近くまで迫っていたんだ。
「雪崩から離れろ!俺の家の方へ!」
アニバルの家の方は、雪崩の軌道から外れてると見込んでそう言ったんだ。
あとは遮るものがない村よりは木々で覆われている森の方が少しは雪崩の速度が落ちると考えたけど、ほんの気休めしかならないよ。新雪の雪崩はとても早く新幹線並みのスピードだって言われているから、いくら細かい雪の集まりだとしてもそれがぶつかるんだから痛いどころではないよね。
魔物避けの魔法陣が発動したけれど、少し速度が遅くなったくらいで柵を破壊しながら村の家々を飲み込んでいったよ。
アニバルは村人に逃げるように叫んでいると、腕を引っ張られたよ。
「アニバル様、早く!」
ウーノのすべきことはアニバルを安全な場所に避難させることだよ。でもアニバルは村の中央へ行こうとするんだ。
今度は村長がアニバルの背を強く押したよ。
「水神様。村を頼みました」
村長はアニバルの返事を聞かないで、中央の方へ走っていってしまったよ。
アニバルは走りながら避難を呼び掛けて、子どもたちがアニバルの家へ続く道へ駆け出したよ。
中には怖くてしゃがんでしまう子もいたよ。
「走れ!しゃがむな!とにかく走るんだ!雪崩に飲まれてももがけ!明るいところを目指してもがけ!」
アニバルも立ち止まった人たちを引っ張ったり励ましたよ。そろそろ家が見えるというところで、右側の斜め後ろから轟音が響いたよ。
「来るぞ。走れ!」
もう走れないと六、七歳くらいの男の子が転んでしまったよ。抱えてから走ろうとしたら身体に打ち付ける痛みと視界が白くなったんだ。
「アニバル様!」
先を行っていたウーノが戻ってくるのが、雪崩に飲まれる間際に見えたよ。
「俺に構うな!生き延びることを考えろ!」
後ろや右横から押されて転びかけても左手で子どもを抱いて、マエストロから教わった通り、右手で懸命に掻いたよ。
自分一人だったら諦めていたかもしれない。力強く自分だけを頼りに抱きつく命がそうはさせなかった。
「水神様。水神様」
アニバルは男の子をかばいながら転がったよ。
水神と呼ばれて雪も氷であり、水であることを思い出したよ。必死だったから思いつかなかったんだ。
白い悪魔が全身に覆い被さろうとしたとき、一瞬、曇天が見えたよ。
「水の神よ。我に力を貸したまえ。この雪を水に変えよ!」
雪崩がアニバルを中心に水へ変わっていくよ。勢いはそのままだけど台風の雨くらいの強さに変わって、霧雨のような雨粒だったから、流されたりはしなかったよ。
「アニバル様!」
ウーノも飲まれかけたところにアニバルが魔法を発動させたから、転んだだけで済んだよ。
アニバルは子どもに怪我がないか確かめてから、雪崩の音の方を見たよ。
アニバルの後ろにいた人たちも巻き込まれていたから、また魔法を使って水に変えていったよ。
助かったと起きた人もいれば、森の木々に身体をぶつけたり、雪崩と共に来た倒木や岩が当たって倒れている人もいたよ。治療したかったけれど、雪崩を消すことを優先にしたよ。
アニバルがやったのは天候操作系ではなかったから、魔法の効果がある範囲は決まっていたんだ。
アニバルはよたよたと歩きながら、雪崩の方へと行くよ。
ウーノは護衛としてやめさせなければならなかったけれど、アニバルが村人のために一生懸命魔法陣を覚えていたのを見ていたからね。
自然とアニバルの肩を支えたんだ。
ウーノは火の属性だから雪を融かそうと詠唱したよ。
「…ウーノ。村は無事ではないだろう。住む家を失ったら、夜を明かすには火が必要になる。お前は温存してくれ」
「承知しました」
雪崩の勢いが収まると、すぐに道沿いにいた人たちの救助をしたよ。
アニバルの家はすぐに怪我人でいっぱいになったから、ウーノの家に運んだよ。
「雪崩ですか?」
森の中にいたアニバルの護衛の一人、ゴヨは雪崩が起きるのを見ていなかったら、何が起きたのだと思ったようだよ。
「そうだ。村は飲まれただろう。アニバル様が魔法で雪崩を止めてくださったから、疲弊されている」
「ウーノ。走って疲れただけだから、少し休んだら村へ行く。雪崩に巻き込まれた人は多いだろう」
幸い雪が降る気配はないよ。アニバルはすぐに村に向かいたいけれど、休まずに行ったところで疲れて何も出来ないと思ったんだ。
ウーノはアニバルが仮眠を取るのを見届けてから、次の行動に出たよ。
アニバルの家の前で、不安そうな顔をしている村人たちに言ったんだ。
「また雪崩が起きるかわからないが、巻き込まれた人の救助へ向かう。動ける者は私たちと一緒にきて、怪我人や子どもはここにいてくれ。この先に洞窟がある。大きい子たちは夜の備えをしてくれ」
大きい子たちは成人前の、だいたい中学生くらいの子どもたちだよ。
雪もあったから走りにくいし、体力のある若者ばかりがアニバルの家に辿りつけたようだよ。
ここには村長や村を束ねている人はいなかったんだ。村ではウーノたちはアニバルの護衛だけしていて、村には関係ない人だと思っていたよ。
よそ者扱いしていたけれど、トニアがよくこの三人に話しかけて仲良くなろうとしているのをみんな見ていたんだ。悪い人たちではないと考えていたし、何よりもこの場をまとめる人が必要だったんだ。
みんなここに来れなかった家族や友だちのことが心配だったから、ウーノの言う通りにしたよ。
アニバルは起きてからご飯を軽く食べると、救出へ向かったんだ。
ウーノが勝手にアニバルの許可なく村人に指示したことを詫びたよ。
アニバルはきょとんとした顔になったけれど、すぐに苦笑したよ。
「俺はここの村長じゃない。まとめるのは誰だっていいはずだ。それにお前は貴族だし、身分もここでは一番上だから指示して当然だぜ?
…村長。無事だといいが」
すでに先遣隊の五人が村へ向かったようだけど、道の途中で止まっていたよ。
アニバルの家にあった雪かきの道具で除雪していたんだ。普段の道に雪崩が覆い被さっているからね。ふかふかな雪だから気をつけないと足を踏み込んだときに、はまってしまうよ。
掘ったら人も出てきたら救出が始まったようだよ。
「闇雲に掘っても埒があかないし、人手も足りないな」
すでに昼は過ぎていたし、これからだんだん寒くなるよ。早く助けないとまた雪が降ってくるかわからないからね。
アニバルは可視化魔法で雪に埋もれた人を探したよ。捜索犬みたいだね。
進む度に人が見つかるよ。中には息をしていない人もいて、救出を優先して埋葬せず、道の脇に手を胸の上に組ませて安置したよ。懸命に雪から這い上がった人もいて、アニバルたちの希望になったよ。
「生存者はいる」
十人ほど見つけて、内三人は亡くなっていたけれど七人は助けられたんだ。
村にようやくついたけれど、アニバルたちは立ち止まって目を疑ったよ。
無事な家はあった。
でも多くの家が雪や倒木で押し潰されて、埋もれていたよ。
かつてあった小さな村の姿は見当たらず、変わり果てていたんだ。
雪と瓦礫と化した村で生存者はいるのだろうか。
「ああ…。神様」
生き残った村人たちは、神様に祈る言葉しか浮かばなかったんだ。
蝉時雨の中、連日の猛暑で雪ってなんだっけ?と思いながら書いております。皆様熱中症にお気をつけください。
雪崩とは違いますが、土砂崩れの被害に合われて亡くなられた熱海市の方のご冥福をお祈り致します。土砂崩れや雪崩の被害に合われた方で、もしこのお話を読んで思い出されたらすみません。次回も続きますのでご了承ください。
前書きに注意として書こうと思ったのですが、ネタバレになるのでやめました。
またテラも私も雪国出身ではないので、実際の雪崩の被害や描写におかしな点があると思いますが、これはお話だと目をつぶっていただければと思います…。
明日続きを投稿します。




