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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第一章 三王の話
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6話 暴君ルドの話2

 ルドは大事にジーナを売ったお金を木の箱に入れて、布をかけて隠したよ。鍵つきの重たい金庫なんてないからね。


 ジーナがいなくなって三日目の夕方、食事を作っているとマッテオが薪を割ってくるっていうからお願いしたんだ。


 食事が出来て、呼びに行ったらマッテオの姿はなかったんだよ。


 ルドはまさかと思ってお金をしまっていた箱の中が空っぽだったんだ。しまうのをマッテオに見られていたのかもしれないね。


 必ず探すと話したのに一人でマッテオは行ってしまったんだ。ルドはマッテオがお金を盗んだとは考えてなかったよ。相談してくれなかったことが寂しかったんだ。


 あとはもう彼がこの家に戻ってこれないことも、ルドは酷く悲しくさせたんだ。奴隷が脱走した上にお金を取った。普通の人でも罰せられるだけだけど、奴隷は命を失いかねないんだ。


 ルドはマッテオがいなくなったのを黙っていたかったけど、農作業は親戚たちと一緒にやっていたから、マッテオがいないのはすぐにばれてしまったよ。お金の話をされたら嘘を突き通せなくて、叱られながら奴隷市場に行ったんだ。


 親戚は怒ってマッテオを見つけて鞭打ちにして、売り飛ばしてやるって意気込んでいたよ。ルドは見つけたら逃がしてやりたかったけど、逃走資金を渡せるほどルドはお金を持っていなかったんだ。


 市場の店主たちに聞き込みをしていると、ここ数日ジーナという女の奴隷を探している男がいるという話を聞いたよ。


 ジーナとマッテオを探しながら、奴隷市場を歩いたよ。奴隷たちの目はマッテオやジーナのような健康的な目をしていなくて、不安や生きるのに諦めている目をしていたんだ。


 ルドはこそこそと路地裏で動く男を見つけて、親戚から気づかれないように離れて、男のあとをつけていったんだ。


 後ろ姿がマッテオに見えて、駆け出したよ。男はルドに気づいて走り出したよ。


「マッテオ、待ってよ。怒ってないから、逃げないで!」


 マッテオ、待ってよ。あ、ちょっとシャレみたくなちゃった。てへ。


 マッテオは顔を真っ青にして立ち止まったよ。別にボクのシャレを聞いて真っ青になったわけじゃないからね!


「こんなことしたらまずいことをわかってたよね?ジーナのこと俺もずっと探したかったよ」


「時間が経てば経つほど売られてどこかにやられるかもしれない。ジーナは若くて綺麗だ。もう売られてしまったみたいで…」


 見つからなかったみたいだね。ルドはマッテオにもう逃げてと頼んだんだ。


「俺は昔からモノを考えないで身体が動いちまう。人を殺したときも、今回の時も。ルドと一緒にいたかったのに」


「マッテオ…」


 奴隷が逃げても誰かが捕まえて売ったり、こき使ってもよかったから、どのみち普通の生活を送れないよ。


 親戚に見つかってしまって、ルドはとても怒られてから、マッテオを殺すか売るか決めろと言われたんだ。


 ルドは両方嫌だったけれど、逃げた奴隷は必ず処罰する決まりだから、主人のルドが決めなくちゃいけなかったんだ。


「売ります…」


 離れたくないけど、殺したくはない。マッテオの顔を見れなかったよ。


 マッテオは市場に売られて、そのお金で別の男の奴隷を親戚は買ったよ。


「農民の服を着させるなよ!飯は芋のスープとパンで十分なんだ」


 キツく言われてルドは新しい奴隷と一緒に家に帰ったよ。


 新しい奴隷は従順だったけれど、家族とは思えなかったんだ。食事も別々にとって、家はこんなに静かなものだっけって思っていたよ。


 その数日後に二十歳くらいの女の奴隷を親戚が連れてきたんだ。彼女の料理はおいしかったけれど、ジーナの味がとても恋しかったよ。


 冬が終わり、春が来たけれどとても暑かったんだ。夏がもう来たのかとみんな大慌てで種まきをしたけれど、全然雨が降らないんだ。


 数十年振りの熱波がルドの住むレナータ地方を襲ったんだ。春なのに毎日三十五度以上の暑さで、農民たちは毎日汗をかきながら川や井戸から水を運んで水を畑にまいたよ。


 レナータ地方は温帯気候で、冬は氷点下にならないし、夏も最高二十八度くらいなんだ。だから連日三十度超えは人々は経験したことのない暑さだったんだ。


 冬も例年より暖かくて雪が降らなかったから、大河は嘘みたいに細くなって、川底にいた生き物たちも多くが死んで、漁師たちも生活がくるしくなったんだ。


 草木も土も干からびたよ。


 それだけじゃない。深刻な水不足で作物も育たない、その日飲む水もままならなかったんだ。


 ルドは水魔法で奴隷たちと喉の乾きを潤せたけれど、皆が皆、水魔法が使えるわけではないんだ。しかも貴族のお偉いさんは平民や奴隷が魔法を使うのを禁止していたんだ。


 強い魔法を覚えられて、反乱を起こされたら困るからね。だから、平民が魔法を覚えないようにしていたよ。


 だから平民たちは周りの人が魔法を使わないから、自分も魔法が使えるとは知らないこともあったんだ。


 ルドはどうしてか攻撃魔法も治癒魔法も知っていたよ。


 親戚はルドが水魔法を使えるから、水をくれと頼みにきたよ。


 ルドは井戸の水をたっぷりいれると親戚たちは喜んで、ジャガイモや麦を分けてくれたよ。


 今年の収穫は見込めないからわずかな食材でも大切に使わなくちゃいけない。多くの奴隷たちの食事は抜かれたり、よそに売られたりしていたんだ。ルドは二人の奴隷を手放さず毎日食事をさせていたから、食糧がなくなってきたんだ。


「一緒に食べよう」


 ルドは二人の奴隷と同じ食事をしたんだ。奴隷の二人は恐縮そうにしていたよ。


 いつのように神々の感謝をして、マッテオとジーナが幸せに暮らしていることを祈ってから食事を始めたんだ。


「二人が来る前に別の奴隷がいたのを知っているかな?二人は売られてしまって、君たちも明日はどうなるか、俺自身もわからない。だから、今日は一緒に食べようと思って」


 二人の奴隷と話を進んでしてなかったことにルドは反省していたんだ。ずっとマッテオとジーナばかり考えては、迫りくる飢饉(ききん)を乗り越えられないからね。


 二人の奴隷は失敗したりしても殴ったり暴言を吐かないルドに感謝してたんだ。よその奴隷たちは食事抜きがあったり、水がもらえなかったりしていたみたいだから、自分のご主人様はなんて優しいんだろうって感激しているよ。


 ルドは奴隷を普通の人と同じように扱うのは当たり前だと思っていたし、奴隷が酷い扱いをされているのを見ると胸の底から不愉快になったんだ。


 自分が優しいからとはルドは考えていなかったよ。それが何だか自分でもわからなかったんだ。


 三人のコップが空になっていたから、奴隷二人の魔法で注いであげたけれど、ルドは自分の分は注がなかったよ。何でと聞かれてルドは空のコップを見つめて言ったんだ。


「いくら水を飲んでも、ずっと身体の中が渇いているんだ。きっと本物の水じゃないからかな」


 魔法で生み出した水は本物の水と同じなんだ。でもルドはサクスムのように自分に治癒魔法が効かなかったんだ。自分の作った水も治癒魔法と同じように、飲んでも身体が潤わないって考えたみたいだね。


 この渇きはジーナとマッテオがいなくなってからずっと感じていたから、干ばつは関係ないよ。


 ルドは次の日、村長に呼ばれて貴族の館に行けと言われたよ。


 村をまっすぐのびる道の両端にはポプラ並木があったんだけど、水がなくて葉っぱが枯れていたよ。雲一つない青空から燦々(さんさん)と太陽の光が降り注いで、日陰を期待していたけれど、ポプラ並木は役にたたなかったんだ。


 呼ばれた村の人たちと一緒に汗をかいてひたすら歩きながら、二時間くらいで貴族の館についたよ。領主の親戚でルドのいる村と他の三つの村の税の徴収とかしている人なんだ。


「諸君に集まってもらったのは水魔法で溜め池に水をいれて、皆にわけるためだ。各自全力で魔法を使え」


 一人ではあまりたまらないけど、水魔法が使える人を奴隷でも誰でもいいから集めて、水をためようと考えたみたいだね。


 集まった人たちは困っていたよ。毎日家族のために水魔法を使っているし、食事の量も減らしているから体力がないんだ。とても疲れている中で全力で魔法を使ったら、死んじゃうかもしれない。


「何かくれるんですか?」


 ルドは食材がほしかったんだ。収穫は税金で徴収された残りを親戚と分配しているけれど、一人と奴隷二人分だから少なかったんだ。奴隷にいつも通りに食べさせていたら、冬が越せるかわからないんだ。


「報酬は麦をやろう。この池にたくさん水を満たした者ほど多くやろう」


 上級魔法を習っていない農民たちには絶対無理な話だったんだ。池はとても大きくて対岸のいる人の声が届かないくらいだったよ。


 魔法を禁止されていたから魔法の練習を大々的にできないし、限界もわからない人もいたんだ。少ししか魔法を使えない人は全然報酬をもらえないことになるよ。


 それでも貴族のお偉いさんは始めろというよ。貴族たちは見ているだけで誰も魔法を使わないんだ。


 ルドは段々腹立ってきたよ。


 みんなが頑張っている間にルドはお偉いさんにもう一度聞いたよ。


「水でたくさん出したら、どのくらい食糧をくれるの?」


 しつこいなという顔をされたけれども、ルドは死活問題だからにじり寄ったよ。


「台車にいっぱいやろう」


「…本当ですね?」


 ルドはじっとお偉いさんの目ではなく、胸を見つめていたよ。


 ルドは大きく息を吸って空を見上げたよ。


「雲は水でできているんだ」


 懐かしい声が頭の中に響いたけれども、声の主をルドは知らないんだ。この声を思い出すと渇いていた身体が、じんわりと温かな水で少し染み渡る気がするんだよ。


「雲、雲落ちてこい。雨、雨降れ」


 ルドが祈るような言葉を言うと貴族たちはひそひそと馬鹿にしていたよ。


「呪文でもなんでもない。そんなもので雨が降るか」


「農民が雨を降らす最上級魔法が使える訳がない」


 ルドは聞こえないふりをして空を睨んでいたよ。すると空にポツンポツンと雲が表れて分厚くなりはじめたんだ。


 ざぁっという大地を打つ音が久しぶりにして、みんな跳んで喜んだよ。


「まだいっぱいじゃない」


 ルドは池に意識を集中すると池のはるか上空に雲が寄り始めて、ザァザァ降ってきたんだ。


 ルドたちの立っている場所はまったく降っていなくて、貴族も集まった人たちも信じられない顔をしていたよ。


「雲を自在に操れるのか!」


「雨を狭い範囲を降らせることができるなんて、見たことも聞いたこともないぞ」


 誰かが水の神(アックルーア)の子どもだと叫んだよ。そうだそうだと広がっていく頃にはルドは疲れてしまって、地面に座り込んでしまったよ。


「約束守ってくれる?」


 貴族のお偉いさんは我に返って、にこやかにもちろんって言ったよ。ただ少し頬がひきつってたよ。


 ルドは荷車をひこうとしたけれど歩くのもしんどかったから、村の人にひいてもらったんだ。お礼に分けたけれども、まだまだ小麦やいもがたくさんあったよ。


「ご主人様。雨が降りましたね」


 奴隷の女の人が嬉しそうに言ったよ。奴隷の二人はルドと一緒にごはんを食べてから、自分から話すようになったんだ。


「それはよかった。俺は疲れたから休んでるね。麦たくさんもらったから、しまっておいてもらえるかな?」


 ルドが起きると夕方だったんだ。奴隷の女の人が食事が出来ていると呼びにきて、また一緒にごはんを食べたよ。


「ご主人様が雨を降らせたんですね。村中の人が噂をしていましたよ」


 喜びやルドを褒める人がいた一方で、できるならどうして今までやらなかったのかという声もあったみたいだよ。


「今までやろうという考えがなかったし、できるとは思わなかったよ」


 翌朝親戚たちが詰めかけて、どうしてあんな魔法が使えるから聞かれてルドはそう答えたよ。


 寝たのに疲れていて、この日の仕事は休んだんだ。家に今度はルドを養子にしたいという貴族の使いが来て、とても困ったよ。


「畑は親戚がやればよいし、奴隷がほしいなら与えよう。どうだ?魔法を学ばんか?」


 天候を操る水魔法の使い手を逃すまいと貴族は養子にすることにしたみたいだね。


「勉強したら仕事できなくなりますけど」


 ルドは今の暮らしに不満はなかったけれど、ジーナとマッテオを取り戻すことを諦めていなかったんだ。それにはお金が必要だったんだ。


「雨を降らせる代わりに金はたくさんやろう」


 ルドは貴族の養子になることになったよ。奴隷の二人をここに残すか売るかと考えたけれど、二人がルドについていきたいというから連れていったよ。


 貴族の屋敷はレンガの壁に囲まれていて、中にいくつか建物があってその一つにルドは住むことになったよ。


 二階建てで一階が平民の召使いたちが住んでいる建物だったから、ルドは貴族になれたとはいえ、養父たちの屋敷には住めないようだね。


 ルドは別に一緒に住みたくはなかったから、差別されていることに気にしなかったよ。


 ルドは召使いたちと仲良くなって主人たち一家の人柄を聞いていたよ。情報収集は必要だからね。


 食事が三回運ばれて、軽食もつくことにとても驚いたよ。農民たちはその日食べることに必死になっていたのに、とても理不尽に思ったんだ。


「こんなにたくさん食事ができるなら、みんなにわけてあげられるのに」


 ルドは腹がたったけれど、召使いたちにこれは仕方ないことなんだと諭されたよ。


「ルド様が偉くなれば変わるでしょうけど」


 農民出身の人間が政治には関われないよ。召使いの一人の言葉がルドの頭から離れなかったんだ。


「この世を変える」


 一晩考えていると、ルドの身体に雷が落ちたような衝撃を受けたよ。


「農民のままだと何も変わらなかったけれど、俺は貴族になれたんだ」


 奴隷の酷い扱いも飢えに苦しむ農民たちを救えるかもしれない。


 ルドはこの日から一生懸命勉強したよ。生まれてから今まで勉強したことがないから、やり方がわからなくて困ったし、何より文字が読めないんだ。


 識字率は十パーセントかそこらで、農民はほとんど文字を読んだり書いたりできなかったよ。


 ルドも字を教わらなかったから、貴族の学校に入れてやると言われても無理だったんだ。家庭教師をつけてもらって、文字の他にも礼儀作法も習ったよ。


 魔法についてルドが上級魔法を使えることに家庭教師も驚いていたよ。


「魔法は神々よりいただいた能力です。持てるものが自分の欲だけで使うと、多くの人を傷つけてしまいます。だからよく学んで適切な場面で使わなくてはなりません。我々貴族はたくさんの知識があるから、魔法を使う権利があるのです」


 貴族は特別だ信仰が始まったよ。ルドはモヤモヤしながら、わかりましたと素直に返事をしたよ。この教師の心臓は平常どおりで、本心でそう考えていたみたいなんだ。


 魔法は水、火、土に分けれて他は無属性とされていたよ。地域によっては雷や風など新たな属性にしているところもあるけれど、ルドのいる地域は四属性が基本にしていたんだ。


 人は一つの属性しか持てないのはルドも知っていたよ。 


 その辺りは農民でも知っていたけれど、ルドが地下水や人体の血液の流れが見えるというと家庭教師は驚いたよ。


「火なら火の動きを土なら大地を普段から感じられるというが、これは最上級魔法の使い手ならたどり着ける境地だと聞いている。まさか、文字すら読めない平民が…。あ、失礼」


「いいえ。俺が文字を読めないのは本当なので。先生も水の属性なんですよね?視えないんですか?」


「視えるが集中しないと視えない。それを感じるように訓練していくうちに魔法が使えるようになるんだ。魔法は視た方が覚えやすいだろう?」


 ルドは他の人が魔法を使っているのをあまり見たことがないけれど、そうだと思ったので、はいと答えておいたよ。


 家庭教師に治癒魔法も見せると、もう教えることはないと魔法に関する歴史や規則を教え出したんだ。


 家庭教師がついて一ヶ月、貴族の年少者が教わることは一通り教わったよ。でも新しい魔法を教わらなかったんだ。


「学校で教わればいい」


 貴族の学校に一年だけ通うことになったよ。ルドは必要なものを買うために奴隷の二人をつれて領主街に出たよ。


 早めに買い物を済ませて、奴隷市場でジーナとマッテオを探したけれども、二人を売り買いした奴隷商人はどこに売ったかまでは教えてくれなかったんだ。


「お金を積まれても、お客さんとの信頼関係もあるからね」


 二人がもしここに売られたら教えてと頼んで、市場を出たよ。


 ルドは長い時間、連れの二人を奴隷市場にいさせてしまったことを謝ったよ。二人は嫌な場所だろうからね。


 女の奴隷、ミアは大丈夫と笑ったよ。


「元のご主人様に探してもらえる奴隷なんていませんから」


 ご主人様をずっと見ていたので気になりませんでしたとボソボソ付け加えていたけれど、市場の喧騒を抜けたからルドの耳には入らなかったよ。


 近くに水の女神(アックルーア)(まつ)った教会があったから寄ってみたよ。キミたちは教会というとキリスト教の教会を思いつくかな?ハイドランジア大陸はほとんどが多神教で各神様の教会が建てられているよ。イメージは日本の神道に近いかな。


 神社や寺院というと多分、神社は朱塗りのお社で寺院は仏像があるというイメージしてしまうと思ったから教会という言葉にしてみたよ。この世界の教会はキリスト教会のように神様の像が置いてあって礼拝もあったりするからね。


 修道士や僧侶にあたる人を神使(しんし)と呼んでいたよ。神使は神道だとお稲荷さんの狐になるけど、ここでは神に仕える人のことをいうよ。彼ら彼女らは人々に神々の言葉や思想を伝えているんだ。


 この世界の教会は身分関係なく誰でも教会の中に入っていいんだ。三人は中に入ると誰もいなかったから、一番前のアックルーアの像の前に片膝をついて祈ったよ。


 ルドは神様一人を大事にしているわけではなかったけど、魔法が水の属性だからなんとなくアックルーアに親しみを持っていたんだ。


「熱心に祈られていたんですね」


 水色の神使(しんし)の服を着た十二歳くらいの女の子が微笑みを浮かべて話しかけてきたよ。


 そこのミニスカモエモエな子を想像した人!


 ごめん。それは違うんだよ。彼女たち神使は神に一生仕える身だから、基本身体はなるべく隠すように教えられていて、結婚もしないし処女がいいとされていたんだ。もちろん、既婚で出産経験がある人も神使になることはできたけれども、俗世の関係を断って教会に入らないといけなかったんだ。


 一応訂正しておくけど、わかってもらった上でモエモエ妄想しても構わないよ。ふふん。


「こんにちは。神使様。この数ヵ月で色々ありまして。人生とは急に変わるものかと」

 

「こんにちは。私はグレータと申します。お困りなのですか?」


 年若い神使に話すことかと少し悩んだよ。


 神使は頼られたいみたいで他言はしませんので、お話だけでも聞きますよって言ったよ。


 ルドはアックルーアの白い石像を見つめながら、短くジーナが売られて貴族になるまで話したよ。奴隷の二人は黙って聞いていたんだ。


「あなたが雨を降らせた人だったのですね」


 グレータは目を輝かせるけど、ルドは暗い顔をしていたよ。


「俺は雨を降らせることで地位と食事に困らない生活を手に入れました。親戚の人たちはいまだに食事は一度で、細々と暮らしています。多くの貴族は今年の実りが期待できないとわかったときに、ほうぼうから食糧を買い込んで、備蓄はたくさんあります。それを分ければ多くの人が飢えから救えるのに。俺には倉庫を開けて施しをする力はありません。むしろ貴族の人から施されてこの身があるわけで。

 俺は雨を降らすだけの存在だけでいいのでしょうか?」


 少女には難しかったみたいだけれども、彼女は一生懸命考えて話したよ。


「私は貴族の暮らしはわかりません。教会は貧しき人に生きる希望と支えの場を与える場所だと大神使様はおっしゃっています。私はまだまだ修行の身で皆様の支えにはなれません。でも支えられないからといって諦めては何もしていないのと同じです。だから、今できることを全力でやるしかないんだと思います。あの…伝わったでしょうか」


 女の子はもじもじと恥ずかしそうにするところが、まだまだ神使としては半人前だね。


「伝わりました。そうですね。俺も今出きることをします」


「はい!」


 足音が後ろから響いてきたから振り返ると濃紺の神使服を来た初老の女の人がたっていたよ。アックルーアは女神だから、神使は女の人が多かったんだ。


「話を立ち聞きしてしまいました。お許しを」


 彼女がこの教会の管理者で一番位が高い大神使だったよ。


 教会は音が響くから、ルドのお悩み相談が聞こえてしまったようだね。


「いいえ。構いません。神使様に話を聞いていただいて、すっきりしました」


「私どもがお役に立てて嬉しゅうございます。偉大な水の使い手様。お名前をうかがっても?」


「い、偉大ではありません…。ルドといいます」


(ルド)。とてもいいお名前です。どうかそのお力が民のためにお使いください。民の光りでありますように」


 大神使はルドの手を取り、願うように言ったよ。ルドは心が震えたんだ。


「民の光り…」


「災害や飢饉は弱き者から犠牲になります。多くの村で奴隷が殺され、子どもたちが売られています。私どもはアックルーア様に祈ることしかできません。

 魔法は神々によって授けられます。ルド様のお力はアックルーア様に愛された証し。この危機をルド様と乗り越えよとアックルーア様が示されたのでしょう」


 ルドは頼りにされているのが嬉しかったけれど、養父から簡単に雨を降らすなと念を押されていたんだ。領主や貴族たちに水の問題を任せてもらい、領内での権力を伸ばそうと考えていたみたいなんだ。ルドはそのことを知らないよ。


 一度の雨では水が足りないのはルドも理解しているけれども、とても疲れてしまうので何度も出きるものではないよ。


 それを相談したら、大神使は大きく頷いてから、ルドと一緒に領主城に行こうと言い出したんだ。


 貴族になりたてのヒラ貴族は簡単に領主に会えないよ。


「大丈夫です。私に任せてください」


 大神使は静かに微笑みを浮かべていたけれど、何か策はあるみたいだよ。ルドは断れずに一緒にいくことになったんだ。


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