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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第一章 三王の話
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66話 水神王アニバルの話23

 天の間と呼ばれる王宮のパーティー会場には、多くの貴族が集まったよ。


 皇帝の隣の椅子にアニバルは座らされて、皇帝がアニバルのことを紹介すると拍手喝采が起きたよ。中には涙ぐんだり、(ひざまづ)いていたよ。


 マニュスやルドの記憶では誰かが平伏するのが当然だったけれど、アニバルは慣れていないからくすぐったい気持ちになったよ。


 代わる代わる人が挨拶にきて、十人目くらいから名前と顔を覚えるのをやめたよ。


 宰相が重要人物が来たら、耳打ちして教えてくれたんだ。


 夫妻と娘らしい三人組が近くにきて、アニバルは娘の方に目がいったよ。どことなくキアーラに似ていたんだ。


 娘さんは十六歳で、父親が皇帝フェデリコのはとこにあたるそうだよ。


「彼女はキアーラ妃に似ていると言われています」


 興味なさそうな顔をしていたアニバルの変化を見て、フェデリコが言ったよ。


 頬を赤らめて挨拶した声は、キアーラとは違うから別人なんだと思い知らされたよ。


「アニバル様もお疲れでしょうから、少し休まれてはいかがですか?」


 宰相は気を遣ってくれたから、それではと席を立とうとするとフェデリコのはとこさんが庭でも散策しないかと誘ってきたよ。


 断り方が瞬時に出てこなくて、そのままズルズルと庭の方へ向かったよ。天の間を出ようとしたとき、つまらなそうな顔をしているフィデルを見つけたよ。


「フィデル」


 アニバルが呼ぶとフィデルは、ぱっと顔を明るくして駆けてきたよ。


「マエストロが綺麗なかっこうしてる」


「どうせ似合ってねーよ。昨日の朝ぶりだったな。穴掘りおつかれさん」


「あんまり掘れなかったけど」


 フィデルは肩を落としているよ。


「いや効果はあったろう?ヴァリエンテたちがあんなに喜ぶとは思わなかったが」


「俺らも驚いたよ!何であんなにあの人たち喜んでいたの?」


 アニバルはヴァリエンテ王の姿を探したけど、見当たらなかったよ。


「本人たちに聞いてみたらどうだ?」


「え…。なんて話したらいいのかわかんない」


「お前は馬に乗れるのか?」


「うん、練習してるよ」


「その話をすればいい。どんな奴でも食いつくから。庭に行くんだがお前はどうする?」


「行く!」


「案内してくれ。あんたらは王宮の庭は?」


 娘さんが何度かと小さな声で答えたよ。


 エクトルが気配を消してついてくるから、アニバルは苦笑したよ。


「エクトルとフィデルは庭でかくれんぼしたことたあるんだろう?」


「えー!何で知ってるの?」


 フィデルは驚いているけど、エクトルはクスクス笑っていたよ。

 

 フィデルを先頭にお庭を歩いたけれど、もう暗かったから灯りを持っていたよ。


 フェデリコのはとこさんがしきりに話しかけて、アニバルは黙って頷いたよ。


 娘の自慢話をしているから、前世センサーが作動したよ。この娘さんとアニバルを結婚させたいみたいだね。


 皇帝になりたくないのなら、王族として入ってもらおうって感じかな?


 エクトルにそれとなく視線でそうか?と聞くと苦笑していたよ。


「まだ挨拶していない人もいるから、俺は戻る」


「えー戻っちゃうの?この先に魔力砲の余興があるって聞いたから行きたいな。マエストロも撃とうよ」


 フィデルが言うと、エクトルもそういえばと友だちが会場にいなかったのを思い出したよ。アニバルも気づいたよ。


「カルロスとヘラルドがいなかったな。余興があるなら先に言えよ」


 少し歩くと噴水の周りが広場になっていて、人が集まっていたよ。火が煌々と焚かれて昼間のように明るかったんだ。


「アニバル様」


 ヘラルドは礼儀正しく頭を下げたよ。敬称の変化は始祖確定したからかな?


「面白そうなことしてると聞いてよ」


「是非撃ってみてください」


 カルロスが魔力砲を嬉しそうに持っていたよ。


 魔力砲を受けとって周りを見ると、ヴァリエンテ王が勲章を胸につけて位が高そうな兵士らしい人と話していたよ。


「ゲレル」


 王様は気づいてこちらを見たよ。


「熱心に話しているな」


「魔力砲について聞いていたのです。ゲレルはお一人で多くの我が兵を退けましたし」


「治癒魔法を展開したが、被害はあったか?」


「ゲレルのお心のお陰で死者は想定より少なかったので。ゲレルは撃ちますか?」


「ああ。そうだ、昨日泥浴びしていた兵士はいるか?こいつがどうして喜んでいたのか知りたいんだとよ」


 フィデルは珍しくお口を閉じていたよ。エクトルが前にでて、弟だと紹介したんだ。ヴァリエンテ王は微笑みを浮かべたよ。


「そうか。あなたがあの穴を?」


「他の人と一緒にやった。穴掘りより土の兵を作る方が得意だけどね」


 フィデルは言い訳するように言うけど、アニバルは驚いたよ。


「土の兵?」


「うん。みんなに下手だからやめろって言うんだ」


「そうなのか?今度見せてくれよ」


 ヴァリエンテ王が一人の兵士を呼んで、フィデルに昨日の闘いについて話すように言ったよ。兵士は目を輝かせてゲレルはゲレルはと語るから、フィデルは引いていたよ。


 アニバルは苦笑しながら、魔力砲の的を見ると真顔になったよ。二頭の犬のような魔物が鎖で繋がれていて、血を流していたんだ。


 貴族たちが外しただの、(あた)っただの賑やかにしているよ。女の人も試しに撃って中らないわ、なんて笑っているよ。


 アニバルは不愉快になってカルロスに魔力砲を返したよ。


「やらないのですか?」


「食うことと自分に害を及ぼす時以外は、殺生するなと俺のマエストロからの教えだ。俺は鎖に繋がれた生き物を痛めつけて楽しむ趣味はない。水を差しそうだから俺は戻る」


 その場を離れようとしたけれど、アニバルと気づいた人たちが集まってきちゃったよ。


 カルロスの父親ロドルフォが笑みを浮かべると女の人たちが、ぽぅっとなっていたよ。


「たらしだな」


「私のことですか?最新の魔力砲があるので撃ってみてはいかがですか?」


 まるで商品を客に勧める店主みたいだったから、ロドルフォは魔力砲屋なのかな?たらしというところは否定しないね。


「やめとく。気分が乗らない」


「そう仰らず、見せてください」


 ガルシア領の宰相で、ヘラルドの父親もいたよ。


 ヘラルドが父親にアニバルが気乗りしない理由を説明しようとしてくれたけど、アニバルはいいと言ったよ。


「ありがとよ、ヘラルド」


「アニバル様のマエストロのお考えは一理あると思います。生き物にも感情があるでしょう。木の的で十分だったはずです」


 祝いの席なのに殺生はと言うから、アニバルはヘラルドをガシガシ撫でたよ。ガルシア領宰相に言ったよ。


「ご子息は聡明で優しい。恵まれたな」


「ありがとうございます」


 ガルシア領宰相は嬉しそうにお礼を言うし、ヘラルドは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていたよ。フィデルは目を丸くして、アニバルを見たよ。


「マエストロじゃないみたい」


「光帝陛下っぽいですね」


 エクトルがそんなことを言うから、アニバルは頭をかきながら言い返したよ。


「エクトルも最近エトーレっぽいぞ?」


「いけませんか?」


「それは俺が決めることではない」


 どういうことと聞こうとしたら、将軍たちが来てアニバルに余興をやろうと誘ってきたよ。


「腕前を見せてくだされ」


「百の兵を退けたと聞きますぞ」


 話が盛られていると呆れているとヴァリエンテ王が微笑んでたよ。


「味方がやられたんだから、笑っていないで反論しろよ」


「ゲレルだと信じずに刃を向けたのは我々です。罰を受けて当然でしょう。ゲレルはお気になさらずに」


 話している間に魔力砲を握らされ、射場に立たされたよ。魔物はウーウーと唸ってアニバルを睨み付けているよ。


「なあ、あの魔物はこのあとどうするんだ?」


 ロドルフォに聞いたよ。


「魔物ですからね。処分します。野に放てば人を襲うので殺して構わないと思いますが」


「…余興を終わらせていいか?」


 殺してもいいかと聞いたんだ。ロドルフォはどうぞと言ったよ。


 アニバルは魔力砲を傘でも前に上げるように軽く構えながら、呟いたんだ。


「痛かっただろう。今楽にしてやる」


 魔物は悲鳴を上げる間もなく絶命したよ。


 新型の魔力砲は音があまりしないから、アニバルが構えたところを見逃した人は魔物が勝手に死んだように見えたよ。


 しーんと静まってから、歓声が沸き起こったんだ。


「始祖が魔物を倒された」


「一発だったぞ」


「さすが始祖だ」


 歓喜とは裏腹に、アニバルはつまらなそうに魔力砲をロドルフォに押し付けたよ。


「最新式って言ったか?」


「そうです」


「威力は素晴らしい。飛距離も伸びていそうだ。短時間ならいいが、長時間握りっぱなしだと手が疲れる。魔法陣を増やしたせいで本体の幅が厚くなっているか、魔石を追加したせいか全体的に重くなっている。剣のようには振れないが、魔力砲の集団戦を想定してか?」


「はい。以前ご指摘いただいていたので改良しました」


「予算が合うなら軽量型も作ってみたらどうだ。

 馬を巧みに操るヴァリエンテに持たせたら最強の兵士になりそうだ」


 王様は笑顔になったよ。


「そうですね。しかし、我々には魔力がないので」


「魔法具を使っていたじゃないか。あれは水晶(クアルソ)の魔力を使って発動していたんだろう?」


「わずかな魔力で発動するので、強力な魔法具は使えません」


「ほんの少しの魔力でも使える。試したことは?」


「魔石を使っての実験はしておりません。別の魔石を搭載しなければならず、さらに魔法陣の追加も必要になってきます」


 王様と話していた兵士が教えてくれたよ。どうやら魔力砲の開発関係者のようだね。

 

「試しにやってみるか。フィデル、土の兵を一体出してくれ。でかくなくてもいいぞ」


 出番だと嬉しそうにフィデルは魔法で土の兵を出したんだ。その姿と大きさに見覚えがあって、アニバルは懐かしそうに目を細めたよ。


「あの人とフィデルは違いますから」


 ジュストの土の兵みたいだなと言おうとしたら、エクトルに全否定したよ。アニバルに注目が集まっているから、あの人と言い捨てるように言った理由を聞けなかったんだ。


 気を取り直して、フィデルにゲレル愛を語っていたヴァリエンテ兵に魔力砲を持たせたよ。防御壁を壊していた魔法具から魔石を外してもらって、持ち手のところにある魔法陣に置くように言ったよ。


「魔力の調整はできるのか?軽く誰かの背を押すような感覚で放ってみるんだ」


「軽くですか」


 魔石には呪文を言うと魔力を放出する魔法陣が組み込まれているよ。これは手で持っていないと発動しないらしいよ。


「破壊しろ!」


 魔石の魔法陣が光ると魔力砲の方の魔法陣も光って発射されたよ。ヴァリエンテ兵はアニバルのように魔力砲を壊さずにすんだみたいだね。 


 魔力の弾は土の兵を木っ端微塵にしたんだ。歓喜する観客たちとは逆に、自分の土の兵が破壊されたフィデルはショックを受けた顔をしていたよ。アニバルはフィデルにちゃんとお礼とフォローしておいたよ。


 ヴァリエンテ王と話していた兵士さんが、目を皿のようにしてヴァリエンテ兵と破壊された土の兵を見ていたよ。


「二つ魔石を搭載しないと発動できないのは、今まで非効率だとしか決めつけていましたが、魔力を持たない兵士にも魔力砲を持たせることができる」


「そうだな。あんた詳しいのか?」


「は!私は魔力砲の開発に携わっています」


 軍人だけど研究専門らしいよ。アニバルは労うようにヴァリエンテ兵の肩を叩いてから、開発者さんに言ったよ。


「俺は魔力がない一般人でも魔力砲を持ち、魔物から身を守るものとして広めたい。今は高価だし、夢のまた夢だろう。もし叶えば魔物の被害は減る。だが、逆に人同士が簡単に殺し合える道具となる。良い部分と悪い部分を考えながら開発してほしい」


「承知致しました。始祖」


 アニバルはドヤ顔をロドルフォに向けたよ。始祖っぽいこと言って満足したかって言っているようだね。


 アニバルのドヤ顔をエクトルは汲み取っていたけど、ロドルフォはわからなかったみたいだよ。


「アニバル様。こちらに」


 ロドルフォは話があるという風に誘うから、皇帝のはとこさんたちとやっと離れられるよ。


「助かった」


「何がです?」


 人の輪から離れてアニバルは一息ついたよ。ロドルフォに小声に言ったんだ。


「あのお嬢さんがキアーラに似てるからって、フェデリコたちが俺とくっつけようとしてるみたいでよ。皇帝のはとこの子どもなら許婚くらいいんだろう?こんなワイルド(野性的)な男ではかわいそうだ」


 なぜかここはキメ顔だよ。ロドルフォは吹き出したよ。


「確かに野性的ですね」


 灯りの数が減って暗い場所でロドルフォが立ち止まるよ。他の将軍も来たんだ。


「始祖、アニバル様。どうか皇帝になってください」


 一番年配の北の将軍が言うよ。


「四人集まったと思ったら、それかよ。俺はならないぜ?」


「現世は狩人として生まれ、前世の記憶があって戸惑うお気持ちもわかりました。しかし、皇帝陛下は対他国へのお考えにいささか不安があります。ヴァリエンテの件も兵を動かさず、カランバノスのような強国に度重なる侵入を許しております」


 将軍たちは国防に関して、フェデリコに不満らしいよ。


 フェデリコは若いからすぐに息子のルシオに皇帝が代わることはなく、ルドの転生者であるアニバルが皇帝になれば変わるんじゃないかって思っているんだ。


「俺に言われてもな」


「そうは仰らずに、レナータで大国を築いたお力を貸してください」


 将軍たちは膝をついて懇願したから、アニバルは本気でどう逃げるか考えていたよ。


「あの時とは違うんだ。熱波で深刻な水不足だったから、領主たちに漬け込んだようなもんだ。

 雪国の政治は知らないから、いきなり皇帝になれっていわれても困るんだ。待ってくれないか?」

 

 頑な路線から少し態度が軟らかくなったから、将軍たちも安心してこの場は引いてくれたよ。


 他に誰か突っかかってこないかなって、キョロキョロするとエクトルが後ろにいたよ。


「ずっといたのか?」


「いましたよ。天の間に戻りますか?」


 そうだなといいかけて、ルシオとお付の人が建物から出てきたよ。


 ルシオと目があって、アニバルは少し気まずかったよ。脱走しようとしたのに捕まったところを見られたからね。ルシオが近づいてきたよ。


「紹介遅くなり申し訳ございません。第一皇子のルシオと申します。庭園の方で余興をやっていると聞きまして、始祖はご覧になられましたか?」


「さっきは変なところを見せちまったな。余興は終わったぜ」


「そうなのですか」


「ルシオは魔力砲を撃ったことあるのか?」


「ええ。学院で」


 ルシオとの会話はとてもまともで、思わず言っちゃったよ。


「世も末じゃなくてよかったぜ」


「俺いますけど、マエストロ」


 エクトルはネチッと言うのを不思議そうにルシオはしていたよ。フォロー役エクトルがここは説明したんだ。


「マエストロが俺とフィデルが皇子と知って、皇子らしくないことを嘆かれて世も末だと仰ったんです。

 エトーレの記憶を取り戻したので、俺も出きる子ですからね!」


 エクトルは自分の胸をパシパシ叩いているよ。


「俺と出会ったときに思い出したんだろう?それでも結構な感じだったぜ?どんだけヤンチャだったんだ、お前」


「もうヤンチャじゃないですから!」


「そういう無意味に叫ぶところが子どもなんだよ」


 ルシオはクスクスとお上品に笑うよ。アニバルはルシオと少し話したいと周囲をうかがうと、エクトルとお付の人が会話が聞こえない距離まで離れてくれたよ。


「会って二回目でお互いを知らずに深い話をするのも変だが、時間がなさそうだから直球で聞くぜ?

 お前、皇帝になりたいか?」


 ルシオは軽く目を見開いてから、次期皇帝は始祖ですと優等生風だったよ。


「そんな笑みで隠しても無駄だぜ?俺は嘘を見破れるからな。皇帝になる前提で育てられてきて、横から取られるんだから思うところはあるだろう?しかもやる気のない男に」


 ルシオは十七歳らしいよ。ちょっとあおったら、少し顔をしかめたよ。


「正直申し上げまして、拍子抜けしています。しかし、来年予定していました通り、ガルシア領主になりますので、皇子として学んだことを活かす機会がありますから、皇帝になれなくとも嫌ではありません」


 本気で言っているから、アニバルは肩を落としたよ。


「なんだよ。お前が駄々こねたら、俺と共闘できるかもしれねぇって思ったのによ」


「共闘。なるほどそういうこともあるでしょうが、始祖を押し退けて皇帝になるほど自惚(うぬぼ)れていません」


「自惚れていいぞ?というか俺のことを上に見すぎだぜ。俺が逃亡したらエクトルが皇帝になるらしいが、それはいいのか?」


 ルシオはちらりとエクトルのいる方を見てから言ったよ。


「始祖がおられるのでありえぬ話ですが、もしものことがあってもエクトルは皇帝にはならないと言っていました」


 ルシオやエクトルが皇帝になる気満々だったら、喜んで押しつけ…譲ろうと思っていたのに、二人ともならないっていうんだ。他に案はないかと考えているとルシオがエクトルを見ていたよ。


「エクトルは本当にエトーレ様の転生者なのですね。あまりエトーレ様の資料は残っていないので、伝え聞いているのはわずかですが」


「なるほどな。審査対象は俺だったけど、情報が少なかったエクトルも兼ねてだったんだろう。兄貴からしてエクトルの記憶を取り戻す前はどうだったんだ?」


 ルシオがとびっきりの笑顔を浮かべたことに、アニバルは触れてはいけないことだったのかと焦ったよ。


「別人ですね。私もよくいたずらされましたよ。王宮内で会ったとき大人しくて、本当にエクトルなのかと今も思います」


「そうか。転生初めてらしいから、前世の記憶が優先されてしまっているんだろう。慣れればエクトルに戻る」


「エクトルがいいのですか?エトーレ様にお会いして嬉しいのでは?」


「嬉しいさ。でも現世はエクトルには両親もきょうだいもいる。エトーレの両親は魔物に殺された。立場も境遇も違う別の人生だ。どんなに前世に思い入れがあったとしても、過去には戻れない。前世は大事だが、生きているのは現世だろう?優先すべきなのは現世であって、前世ではない」


 ルシオは少し考えているよ。


「私は転生者ではありませんが、前世があったらと想像はします。そういうときって辛いときが多くて、楽しいときなら前世は考えないので、始祖やエクトルのお気持ちはやはり想像でしかできませんね。

 エクトルはエトーレ様ではなく、エクトルとして生きろと言うことですね」


 ルシオは素なのか作っているのかわからないけれど、素直だったよ。振る舞いも話し方も気品が漂っているけれど、普通の子だったからアニバルは安心したんだ。


「そうだ。だからあいつが前世に飲まれて、冷静な判断ができなかったら止めてくれ。俺が言うと逆効果のときもあるからな」


「わかりました」


 アニバルは少しずつルシオと打ち解けてから、もう一度皇帝になってもらうように働きかけようと思ったよ。そんな時間はあるのかわからないけど。


 立ち話をしていたら余興を見終わった貴族たちが、ぞろぞろ戻ってきたよ。また囲まれそうになってアニバルは掻い潜って脱出したよ。


「疲れた…」


「休憩されます?」


 エクトルは皇子というより、すっかり従者だね。


 ルシオは庭には行かず、天の間の方面へ向かっているのが見えたよ。


 ルシオと別れてから、灯りが灯された長い廊下を進み、とても大きな扉の前にエクトルは足を止めたよ。


「ここか?休憩室には大きくないか?」


「ここに通すように皇帝から言われてますので」


「お前、フェデリコのことを皇帝っていうよな。父上って前に呼んでただろう?」


「光帝陛下にあのような仕打ちをする人を父親とは思いたくありません」


 皇帝のことを怒っているみたいだよ。


 エクトルが扉を開いてくれて、中に入ると魔法具の灯りが壁にずらっと置かれているし、金などの金属が多く使われているせいか部屋がとても明るかったんだ。


 部屋の明るさの次は、部屋の両側、向かい合わせになるように巨大な絵に目がいったよ。


 見覚えのある人々の姿にアニバルは、自然と歩幅が大きくなったよ。


 たくさんの人が描かれている絵の前に立つと、そこから動けなくなったんだ。


 その絵の人物は等身大で描かれていて、アニバルに微笑みを向けているよ。


 エクトルが部屋に入りながら教えてくれたよ。


「絵の題名は『家族の邂逅(かいこう)』です」


 ルドが見ることが出来なかった壮年期のフェデリーゴやセレーナ、年老いたキアーラの姿があったんだ。

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