60話 水神王アニバルの話17
「エジリオ様、助けて!」
心の中で叫んだけれども、今この場所でエジリオの転生者が現れるという都合のいい話はなかったよ。
だからエクトルが、マニュスの暴走を止めないといけないよ。
「げっ…」
「どうした、エクトル?私の顔に何かついているか?」
「い、いえ。マニュス王はご機嫌がよろしいようで?」
「機嫌?そんなによくない。プラデーラの戦いでルドが勝ったのは、私の知識があったからだぞ?なのにお前たちは私の復活でなく、ルドの復活ばかり言いおって!」
ヘラルドはあのマニュス王なのかと普通なら喜ぶところだけど、雲行きが怪しいから黙っていたよ。マニュスの怒りの矛先はエクトルに向いているから、みんな息を潜めているんだ。
ヘラルドとカルロスは友だちだって言ったのに、助けてくれないみたい。
「も、もちろん。お待ちしておりました!」
顔が引きつっていたけどね。
「どうかな。まっルドの記憶が戻れば私の記憶も戻るということだ。お前、それを忘れていたな?私は私で現世も楽しませてもらおう」
「マエストロはマニュス王の記憶が、あまりないとおっしゃっていましたが」
「たった今思い出した!あの氷の魔法でな!そういえば魔鳥は食ったのか?」
「時間が経って食べたせいか、あまり美味しくはなかったです。
ほらマニュス様、敵が迫ってきてますよ!」
気をそらそうと必死になっているから、仮マニュスはニヤニヤしているよ。
「エジリオもステファノもそういう顔して面白かったから、からかってやったのだ。毒の雨を降らすのだったな?ではやってやろう」
「アニバル様の身体はマニュス様の時よりは、魔力の保有量が少ないと思います。氷の魔法で消費したでしょう。だから今からお休みください」
「え~今から楽しくなるのに?」
「戦は遊びではありません!」
子どもが大人を叱っているよ。仮マニュスはつまらなそうにしたんだ。
「エトーレの方が可愛げがあったぞ?お前可愛くない。全く。
戦は遊びではないが、ピリピリしすぎるのも士気が下がるというもの。だから明るく振る舞ってやったのに。私は邪魔のようだから黙って…」
「完全に黙るのはやめてください。奴隷王は出さないで」
エクトルはガシッとアニバルの腕を掴むよ。仮マニュスは眉間に皺を寄せて、怪訝そうにしているよ。
「エジリオたちが私を邪険にしたからサクスムになってやったのを、何故お前が知っている?ルドと出会う前の話だろう?」
「エジリオ様におねだりして色々聞いたんですよ」
矢が防御壁に中る音がしたんだ。アニバルは、ハッと目を見開いたと思ったら、いきなりしゃがんだよ。頭をガシガシかきむしっているんだ。
「すまない!マニュスにならないように気をつけていたんだが、大規模魔法使ったら楽しくなってよ」
「マエストロですか?」
「ああ。エクトル、本当に悪い」
エクトルはほっとした顔をしたよ。暴走せずに済んだね。
「サクスムのことは伏せられていたはずだが、何で知っている?どこまでエジリオに聞いたんだよ」
「秘密だよ」
にこーっと笑って誤魔化したんだ。
そうそう、ヴァリエンテといえば先陣が坂を駆け上がって砦の前についたよ。剣のようなものを防御壁に向かって叩きつけているよ。剣では壊れないだろうと、冷静さを取り戻したアニバルは観察していると防御壁が破れているように見えたんだ。
「防御壁を破壊する魔法具です。彼らは魔力はありませんが、水晶を使用して魔法を使えるようになっています。ただ魔力を水晶に依存しているので、 魔法の技術はあまりありません」
産地だからね。千年の間に防御壁の魔法具は完成したけれど、逆に破壊する技術も進化していたそうだよ。一発で防御壁を破壊する魔法具はあるけれど、とても大きいし持ち運ぶのに一苦労な上、ヴァリエンテ国の財力と技術では手に入らないものだよ。
防御壁の破壊を妨害するために、デスペハードの兵士たちは矢を放っているよ。アニバルも魔法具を狙って魔力砲で撃つと、見事に破壊したよ。
「さすがです」
カルロスは自分もと魔力砲を構えるけれど、アニバルは止めたよ。
「お前は温存しろ。…侵入されたな」
一人がやっと抜けられそうな穴があいてしまったんだ。
アニバルは防御壁を破って、入り口に向かうヴァリエンテ兵を連射して足止めしたよ。手足や武器を狙ったんだ。
相手は弓矢で対抗するけれど、飛距離が足りなかったり、アニバルに撃ち落とされたよ。
高い命中率に敵も焦ったようだね。負傷した仲間を防御壁の外へ連れ出して、攻める姿勢が一度消えたんだ。アニバルは救護している人は狙わないようにしたよ。
「他に魔力砲を持っている奴はいないのか?」
カルロスとロペス隊長や位の高い兵士の何名かいたけれど、動いて距離もある的に、みんなことごとく外しているみたいなんだ。
「始祖はやはり神だった」
と一部の人たちは感動しているけれど、ルドの時代には魔力砲はないから魔力砲の神扱いはちょっと違うよね。
別の場所からも防御壁は破かれて、ヴァリエンテたちが砦の壁にへばりついたんだ。手入れされていない石積は凹凸ができていて、快適なロッククライミングを提供してくれたよ。
ズンズン登ってくるのを、アニバルはヴァリエンテの防具を狙って魔力砲を撃ったよ。致命傷にはならなかったけど、バタバタと落ちていくんだ。
空中のお城をテーマにした某アニメの悪役のようなセリフではなく、アニバルは魔法の使い手たちに言ったんだ。
「作戦変更だ。治癒の雨を降らしたい」
「治癒の雨では敵が回復します」
ロペスはアニバルを暫定始祖扱いにしたようだよ。
砦の責任者として皇子のエクトルのそばにいなければならないから、必然的にアニバルのそばにいたんだ。
「魔力砲は威力が大きい。防具を壊して即死させてしまう」
この時代もヴァリエンテたちの防具は軽装だったよ。だから外壁をよじ登れるんだ。重い鎧を着てはどんなに筋トレしてても、とてもではないけど、アニバルたちのいる場所には登れないだろうね。
「殺していいのでは?」
戦争だからね。数を減らして戦えなくなったら敗けなわけで。
「俺らの勝ちは無駄な流血を流さずに、ヴァリエンテに国へ帰ってもらうことだ」
話している最中にもヴァリエンテ兵がロッククライミングしたり、砦の扉を体当たりして壊そうとしているよ。
アニバルはそばまで登ってきた兵を撃つと、膜のようなものが兵士を一瞬包んだけれど、防具が砕けて血が飛び散りながら落下したんだ。
ヴァリエンテの防御のお守りはルドの時代よりも強化されていたけれど、魔力砲はお守りを無効化できるほどの威力を持っているようだね。
「守るための武器か」
カルロスの父ロドルフォが言ったことが頭に過ったよ。確かにこの武器のお陰で砦の中への侵入は防げて、生徒たちは守られている。でも攻撃を受けた方に致命傷を負わせることができる。わずかな魔力で。
落ちた兵士は高さもあってぐったりと動かないよ。兵がわらわら壁の下の方で溜まり始めたんだ。
一時間もしないで防御壁が壊されてしまったよ。
砦側も矢や魔法で防御しているよ。でも相手も矢の攻撃や防御の魔法具を持っているから、なかなか倒れてはくれないんだ。砦の中に侵入されるのは時間の問題のようだね。
「雨を降らすのに水の使い手も手伝ってくれ」
安全に複数人で同時に魔法を使う技術も確立されていたよ。慣れたように兵士や教師たちが呪文を唱えたんだ。
アニバルは見張り台の入り口付近まで下がって、雨を降らすことに集中したよ。
かつてルドの時に水の使い手たちと一緒に複数人で発動する連結魔法を練習したのを思い出したよ。何度か練習しないと上手くいかなかったのに、この時代の人たちの魔法の、いや魔力の使い方は上手いから、初対面同士でも天候操作系の魔法が使えそうだと思ったよ。
「お前らが雨を降らせればいいじゃないか」
「それはいけません。始祖でなければ!」
教師だけではなく、兵士たちも口々に言うよ。
「出来るなら誰でもいいだろう。俺は防衛に回るから」
「プラデーラの再現するのに始祖がやらねば!」
「我々がやってはロマンがないです!ロマンが!」
教師陣が主に熱くなっていたよ。アニバルは面倒になって、ハイハイと聞き流すことにしたんだ。
アニバルは目を閉じて、大きく深呼吸をしたよ。連結魔法で漂っていた水を使い、魔法で絡めとるようにしてから上へ上へ押し上げたよ。
雲がもくもくと出来始めると、土魔法の使い手に治癒魔法を放ってもらうと雲の中へ送り込んだんだ。
アニバルは砦の外へ見下ろすと、正面の扉が破られそうになっているし、ロッククライミングしている兵が上に到達しそうだよ。
「落とし穴は!」
本陣が川を渡り終えて砦の前に集結しつつあるから、今落とさないと意味がなくなってしまうよ。
「まったく進んでいません」
伝令さんが淡々と教えてくれるよ。
「広さは?深さは?」
「広さは砦前の道幅くらいです。深さは十数センチほどかと」
落とし穴というよりは段差だね。
砦側の川岸で投石機が組み立てられてから、こちらに向かっていたんだ。この時代にも使われているみたいだね。
「あれを落とすのに使う。みな耐えろ!」
「雨はいつです?」
エクトルは酸の雨の方がよかったのではと思いながら、よじ登ってきたヴァリエンテ兵に火の弾を連発していたよ。
アニバルは上空の雲を見上げたよ。水の量がまだ足りていないんだ。
「降らすのにはもう少し時間かかる。投石機を落としてからだ!」
「侵入されました!」
兵士たちが上がってきたヴァリエンテ兵を剣で迎え撃つよ。わらわらと兵が上がってきたんだ。
アニバルは魔法を維持しながら侵入者たちへ魔力砲を向けたよ。
「伏せろ、カルロス!」
応援に向かおうとしたカルロスは、アニバルの大声にとっさにしゃがんだよ。教師に斬りかかろうとする敵兵を撃ち、壁を登ってきた兵を撃ったんだ。
「投石機は!」
ゆるい坂を投石機がとろとろと登っていて、あと少しで到達するよ。
アニバルは投石機の様子を確認する余裕はないよ。
「ロペス、穴を落とす機会はお前に任せる!」
嫌われ者ロペスとはいえ、隊長だから周りに兵士がいて守っていたよ。司令塔だし安全そうだから、アニバルは任せたんだ。
「承知した!」
というか落とし穴発動の指示は元々ロペスの仕事だよね?
ちょっと楽しそうなロペスは穴を落とす機会をうかがいながら、魔力砲を撃ってヴァリエンテ兵の進路を妨害したり役には立っていたよ。近くにいる的は中るらしいね。砦を預かるところまで出世したのだから、残念すぎる隊長ではなかったようだよ。
ヴァリエンテ兵は、仲間が落とされているのに果敢にも壁を登っていくんだ。登り詰めた先には武器を持ったデスペハード兵が待ち構えていたよ。
一息つく暇もなく剣を持ち、ヴァリエンテ兵は立ち向かおうとしたけれど、横から衝撃を受けて鉄で出来た胸当てが破壊されたんだ。痛みをこらえて身体を起こした視線の先に奇妙な男が立っていたんだ。
左手を上に向け、右手で筒のようなものをこちらに向けている。後から頂上についたヴァリエンテ兵も筒を向けられて倒れたんだ。
男の左上上空には厚く黒い雲がかかっているよ。銀色の筒は、エルスター地方の低い太陽の光を受けて光ったんだ。
「ゲレル?」
そう呼びかけると男の顔が苦悩に変わったんだ。そして、ヴァリエンテの祖先が話していた言葉で叫んだんだ。
「勇敢な者たちよ。戦いをやめろ!我々は戦いたくない!」
男の言った後に、寄り添うように立っている子どもがエルスターの言葉で話したんだ。
「我が民同士の戦は許さない。兵を引け」
双方の動きが刹那止まると、ラッパが戦場に響いたんだ。
何事かと砦の下にいたヴァリエンテ兵は、警戒しながら投石機を坂の上まで運び終えたんだ。
すると地面が揺れたと思った瞬間、目の前が陥没して、グラリと投石機が傾いたんだよ。近くにいたヴァリエンテ兵は慌てて投石機から離れたんだ。
陥没の深さは人や馬なら楽々対岸に下りて渡れるほどだったけれど、重い投石機はすぐさまバランスを崩して倒れてしまったんだ。大きな音を立てて壊れると、アニバルは左手を振り下ろしたよ。
大粒の雨が地面や人々に打ち付けたんだ。アニバルは目を伏せて祈るように何かを呟いたけれど、近くにいたエクトルにも雨音が大きくて聞こえなかったよ。
雨は十数秒続いて止んでしまったんだ。落とし穴も雨も、プラデーラの戦いの再現としては、かなり小規模だったよ。
砦の下にいた傷を負ったヴァリエンテ兵は、傷を癒していく雨に手のひらをかざし、天を仰いだよ。砦の見張り台に狩人風の男が立っていたんだ。
「ヴァリエンテの王よ。兵を引け!俺はどちらの味方であって敵ではない。それでも攻めてくるというのなら、全力で止める」
といってももう魔力が限界だよ。
ヴァリエンテ軍の本陣にいた氏族長のバルは、ぬかるんだ土に音を立てて走ったんだ。
「王!ゲレルです!」
ヴァリエンテ王はバルが指差した先を目を細めて見つめたよ。
「ゲレル?」
王の周りにいた人間が口にすると、さらに周りがその言葉を口にし、波紋のように広がったんだ。
「ゲレル」
噛み締めるように。
願うように。
かつては口にすれば死があった時代を乗り越えて、語り継がれた名。
「ゲレル!」
「ゲレル!ゲレル!」
抑圧した感情を爆発させるように、ヴァリエンテ兵は腕を挙げて叫んだよ。
アニバルは応えるように右手を挙げたんだ。
砦に侵入したヴァリエンテ兵たちはアニバルを呆然と見てから、膝をついたよ。
アニバルは何とか止められたと気が抜けるとふらついたんだ。しっかりと支える人がいたよ。
「よかったですね。光帝陛下」
エクトルが微笑みを浮かべているよ。顔が近いなと思ったら、出会ったころよりも背が伸びたことにやっと気づいたよ。
アニバルはエクトルの肩に腕を回したんだ。
「そうだな。だが、ヴァリエンテ王が大人しく引いてくれるかだ」
王はともかく、ヴァリエンテ兵たちはテンション上がり過ぎたみたいで、フィデルたちが作った落とし穴というか、溝にわざと飛び込んで傷口を雨水で洗って治ったと笑っていたんだ。お互いに泥水を掛け合ったりして、あまり戦ってもいないのに泥だらけになっていたよ。
「…あいつら大丈夫か?」
「え、あ。嬉しいのだと思います」
近くにいたヴァリエンテ兵は本物のゲレルだと、ガチガチに固まって緊張しちゃったようだよ。
アニバルは登ってきたガチガチヴァリエンテ兵とともに、砦の階段を降りていくよ。
ここで一悶着あったんだ。アニバルが一人でヴァリエンテ王に会うと言ったんだ。
エクトルも行くと言い張って聞かないよ。
「では私が…」
「マエストロに何かあったらどうするんです!」
「俺が何かならないだろう。むしろお前は今はエトーレではなく、一国の皇子なんだぞ?よっぽどそっちのほうが何かあるだろう」
学院長が名乗りをあげたのに、アニバルとエクトルはスルーしていたよ。
ロペスは兵士の領分に口だす学院長が目障りだったけれど、少し同情したようだよ。
アニバルはエクトルいや、エトーレを落ち着かせるようにレナータの言葉で話したんだ。
『相手がどうでるかわからないんだ。お前は子どもたちを守りなさい。それにお前は皇子なんだよ?人質にされてもおかしくないんだ。あの感じなら俺が行っても殺さることはないだろう』
『しかし、お一人は行かせられません』
『ではゲレルたちと交流のある学院の人を連れていく。あちらに行った学者の顔を俺は知らないからな。無事を確かめられない』
「あの…お二人だけで話さないでください」
小声で学院長が主張したよ。アニバルはやっと彼の存在に気づいたみたいだね。
「学院長はヴァリエンテの文化に詳しいか?あちらに行った学者の顔わかるよな?」
「ええ、もちろんです」
「学院長を連れていくぜ。王に会うんだから、責任者いた方がいいだろう」
砦の責任者のロペスはスルーだよ。ここで出ていかれてもエクトルと同じく人質にとられる可能性もあるしね。
砦の扉が開かれると溝からヴァリエンテ兵が出ていて、冷静さを取り戻していたよ。
学院長を連れて川の反対側の本陣へ向かったよ。アニバルは冷たい水に入りたくないから川を凍らせて渡ったんだ。
ヴァリエンテ兵たちはおぉっと歓声を上げているよ。
すると兵の列が割れて、厳つい甲冑を着た男が馬に乗ってきたんだ。




