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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第一章 三王の話
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59話 水神王アニバルの話16

「エクトル。起きろ、飯だ」


 身体を揺すると眠そうな目を擦ったよ。


『なぁに?パパ』


「寝ぼけてるな。パパじゃないからよ」


 わしゃわしゃ撫でるとエクトルは、ふふと笑ってから起きたよ。


『ゾリグと一緒に馬に乗っている夢を見たよ』


『そうか。楽しかったか?』


『うん』


 テーブルに食事が並び終わったよ。


「飯だぞ」


「うん。ゾリグがね、パスタって叫びながら馬に乗っててね」


 アニバルは吹き出したよ。


「あいつ、パスタ好きだったからな」


「だから久しぶりにパスタ食べたくなっちゃった」


 テーブルに置かれたのはヤギかウシの乳と、具の少ないスープ、焼いた肉だったよ。寒くて小麦がとれないエルスターでは、パスタはあまり食べられていないよ。


「あ!マエストロがくれたお肉だよ。とても美味しかったから、フィデルとチビチビ食べてたの」


「傷むからケチらないで食え。開戦は明日だろうし、食って力つけとけよ」


「うん。マエストロもね。怪我したんだから」


 話し方からして、大人エトーレモードから、子どもエクトルに戻ってるみたいだね。


「ああ。お前が寝てる間に、今の治癒魔法を教えてもらったんだ。そしたら自分で治せるようになったんだ」


「光帝陛下はご自分で治せなかったもんね。あの時代、魔法で陛下の右に出る者はいなかったのに、陛下の三大不思議だったよ」


「三大不思議ってなんだよ?あと二つはなんだ?」


 エクトルはお肉をナイフで切りながら首を傾げたよ。


「なんだっけ。忘れちゃった。おかしいな。全部覚えてるつもりだったんだけど」


「そういうもんだろう。俺もマニュスのころのことがあまり思い出せないし。

 プラデーラってみんな知ってるが、今もあるのか?」


「あるよ。レナータにはいくつか国があるけれど、その一つの都市になっている。今も工芸品の街でね」


 お話をしているとあっと言う間に、ごはんがなくなったよ。


「もう少し話していたいが、学院の連中と話がしたい。どうして兵士でもない奴らが送り込まれてしまったのか、当事者からも聞きたいんだ」


 朝でもいいかと思ったけど、開戦がいつになるかわからないからね。寝る前に確認したかったんだ。


 魔力砲を背負うと、アニバルはエクトルと一緒に部屋を出たよ。ウーノたちはまた隠し扉の中へいって、ついてこなかったよ。


 食堂にいくとランタンで照らされた灯りに、いくつもの人影を見つけたよ。


「始祖、殿下」


 教師たちが集まって、テーブルに広げた地図を見ていたんだ。


「先ほどロペス隊長から作戦を伝えられまして」


 学院長が話したよ。アニバルは学院長がここにいるってことは、学校の存続が危ういよなと思ったよ。


「作戦は後で聞く。まずはお前たちのことを知りたい」


 貴族だけでなく、平民の出身者もいたれども、たしなみ程度の武術しかしていなくて、それも学生のころにやった人たちばかりだったよ。魔法も研究のための知識はあっても、戦い向けではなかったんだ。


 中には歴史学や文学者といった武術に触れてこなかった人もいたよ。言語学者もいたから、レナータの言葉がわかった人もいたみたいだね。学院は学者が教師をしながら自分の研究をしている、現代日本でいえば大学みたいなところだったんだ。


「お前ら何しにここにいるんだ?」


 その場に兵士たちがいたら、激しく同意するところだよ。戦えないなら、穀潰しの邪魔でしか思っていないんだ。


 教師たちが一斉に肩を落とすから、アニバルは言って悪かったと思ったよ。


 彼らは皇帝から、反対するなら交渉せよと砦に送られたからね。


 今までは学院内で皇帝の政策に批判する人はいなくはなかったけれど、王宮から勧告が来るくらいで牢獄に入れられるようなことはあまりなかったようだよ。


 ヴァリエンテの政策について、学院長も含めて反対派が多くなって、カルロスやヘラルドのように貴族の子どもたちへ影響が出始めてしまったんだ。皇帝も学院を無視できない存在になってきたから、厄介払いをしたようだよ。


 エクトルは教師たちを守る意味でも砦に来たけれど、皇帝はエクトルのために兵を追加して送らなかったんだ。


 ほとんどの教師陣は戦闘不可で、生徒の中でいえばカルロスのように兵士志望の人がいて毎日訓練している人もいたよ。


 といっても実戦に出たことないから生徒たちも除外だよ。エクトルはまだ子どもの身体だから、エトーレのように魔法が使えないようなんだ。


 除外と言えばエクトルは不機嫌間違いなしだから、触れないでおいたよ。


 学院側の戦力はまるっきりお話にならないから、ロペス隊長がイライラしてしまうのは無理ないかな。


「始祖が来てくださって希望が見えました」


 教師たちがそんなことを言い出すから、逃げてやろうかなとちょっと意地悪なことを考えたよ。


「本当に戦争になったら、一人増えても意味がないぜ?ここで集まって夜更かししても現状は変わらないんだから、あんたたちも早く寝ろ」


「そうですが…。ロペス隊長の作戦は聞かれますか?」


 ロペスが話した作戦は、作戦というより穴堀りのメンバーや開戦時の非戦闘員の避難部屋のことだったんだ。文科系教師たちに作戦を話しても仕方ないと思っていたのかもしれないけど。


 アニバルはロペスや兵士たちが教師たちを邪険に扱うから、戦えそうな人を引き抜こうと思ったけれどお話にならないとわかったからやめたんだ。


 それでも中級、上級魔法を使える教師の顔と魔法の属性を覚えると、アニバルはもう寝ようと踵を返したよ。エクトルも当然のように後ろについてきたんだ。


「もう少しお部屋でお話していい?」


 ちょこちょこと隣にきて、アニバルを見上げたよ。


「いいぞ。一緒に寝るか?お前の部屋だし」


 一人で寝るとかいいながら、エクトルはアニバルと一緒に寝たよ。


 翌朝、いつものように日の出と共に起きて、ヴァリエンテの本陣が見える見張り台まで行ったよ。木が覆い繁っている場所を避けて、夜営できるところにぎっしりとテントが張ってあったんだ。どう数えてもヴァリエンテ側の方が兵の数が多いよ。


 ウーノの危惧は冗談ではなくて、ヴァリエンテ王がアニバルの話を聞き入れずに、進軍したら瞬く間に砦は蹂躙されるだろうね。



 ヴァリエンテの本陣も到着したことだし、今日が開戦になるだろうとみんな思っていたんだ。全員に最後の食事が出されたよ。


 みんな昨日の朝とは違って、とても明るい顔をしていたんだ。増援はないから、現実は変わらないけれど、待望の始祖の転生者が味方だから元気になったようだよ。


 アニバルは朝食後に、もう一度ヴァリエンテ陣が見えるところに行ったよ。眺めていたら、カルロスやヘラルドたちも来たんだ。


 敵の全貌を目にして、ヘラルドは今になって震えてきたよ。


 大きくあたたかな手が肩に乗ったんだ。


「怖いか?」


 アニバルに聞かれて、ヘラルドは恥ずかしそうに顔を背けたよ。


「はい。とても怖いです」


「ヘラルドは成人したら親父さんの補佐をするのか?」


「そのつもりですが、こんな臆病者が補佐できるでしょうか?」


「臆病ではない。味方も少ないし、あんな大軍いたら兵士だってすくむ。

 領主の周りの人間となれば殺生を命じることもあるだろう。恐怖や痛みが分からなくなれば、歯止めが効かなくなって周りも民も誰もついてこなくなる。恐れすぎても困るけど。

 お前は頭がいい。その歳で現状を理解している。今回のことを教訓に最善の道を模索し続けなさい」


「はい。始祖」


 アニバルはヘラルドの背中をぽんぽんと叩いたよ。


「その始祖ってやめてくれ。身に覚えがない呼び方されてもピンとこない。いつも通りアニバルって呼んでくれ」


「わかりました。でもアニバル殿って感じがしないのですが」


「ルドの考え方で動いているからな。狩人では軍の動かし方や政治はわからないから」


 川の対岸から大きな太鼓の音が響いたんだ。お腹の底を揺さぶるような音に、ヘラルドやカルロスは怯んだよ。


 千年前と同じ囃子(はやし)にあえてなのか、変わっていないのか、アニバルには判断つかないよ。放置できなくて、アニバルはすぐさま叫んだんだ。


「進軍の合図だ!すぐさま配置につけ!」


 兵士は冷静に持ち場についたけれど、生徒たちは食堂でおろおろしていたよ。


「ロペス隊長の指示通り、非戦闘員は避難部屋へ!魔法の使い手は安全なところで兵士の補佐をしてくれ」


 生徒たちに言い聞かせるようにいうと、やっと落ち着いてくれたよ。


 フィデルなどの土や水の使い手たちは落とし穴作りをしているから、ここにいないよ。


「穴堀りはどうなっている?」


「夜明けと共に開始したので、まだです」


 アニバルのところに走ってきた伝令が教えてくれたよ。急いで見張り台に向かったよ。


「間に合わないな。門の配備は…」

 

 外壁に沿って、さっきまでなかった透明な膜のようなものが現れたよ。


「これは…?」


防御壁(ディフェンサ)です。巨大な魔法具によって作られています」


 兵士は律儀に答えてくれたよ。アニバルが物珍しそうにしていたから、カルロスが笑っていたんだ。


「千年前にはあったはずだけど」


「いや。マルコや第二首都の職人に作れと指示を出したけど、完成はしていなかったはず」


「そうです。光帝陛下の死後、マルコ・ヴィペラがプラテリアで完成させたと記録があります。フォレスタ・グランデフィウーメ両軍の幾度の襲撃に耐えたと言われています」


 エトーレの死後の話だからエクトルは調べたようだね。アニバルは嬉しそうに防御壁を上から下まで、眺めていたよ。


「そっか。そっか。マルコは間に合ったか」


 防御壁があるから石積が多少ボロボロでも、この砦を使おうとなったようだね。防御壁のことをアニバルに知らされていなかったのは、周りが知っていると考えていたからだよ。


「千年前の知識で言ってしまうが、中からの攻撃も弾かれてしまうはずだ。どうやって敵に攻撃するんだ?」


 基礎的な魔法理論は千年前と同じのようで、中の攻撃も弾かれるよ。

 攻撃用に壁の頂上付近は、防御壁がなくなっているところがあったんだ。そこから攻撃するって教えてもらったよ。


「この防御壁(ディフェンサ)は発動から約一時間で消滅してしまいます。通常なら魔石を交換して断続的に発動するのですが、ここには替えのものがありません。手動でも発動できますが、それですと攻撃する者がいなくなってしまいます」


 兵士は淡々と報告してくれたよ。アニバルは皇帝からの嫌がらせが酷いなと苦笑したよ。


「一時間もてば穴堀りも進むだろう。防御壁(ディフェンサ)が壊れるまで多くの敵を排除する必要があると」


「そういうことです」


「では俺は壁のないところで一仕事するか」


 砦の外に目を向けると、ヴァリエンテたちが馬に乗って川を渡っていたよ。


 アニバルは防御壁のない場所に移動すると、川をじっと見つめていたよ。先陣が川を渡り終えるとさらに渡る人数が増えたよ。


「もう少し…。もう少し」


 何がとフィデルなら聞いているだろうけど、カルロスたちは息を飲んで成り行きを見守っているよ。


 アニバルは呪文を唱え始めたよ。ホセに言われた通りちゃんと詠唱したんだ。


「川よ、しばし流れを緩やかに、時に厚く時に薄く氷となり、かの者たちの行く手を阻め」


 ヴァリエンテたちが渡っている辺りが急に白くなって凍りついたんだ。川に入ろうとしたヴァリエンテ兵はあわてて馬を引くと、後続に激突されたりして、大惨事になっていたんだ。氷の川にはまった兵たちは頑張って這い上がったけれど、手や足をついた氷は薄く、割れてしまってなかなか前に進めないよ。


 春とはいえ、雪融けで川の水はとても冷たいんだ。ヴァリエンテたちの体温と体力を奪っていくよ。



「プラデーラの再現ではないが、少しは消耗するだろう」


 川の水のを魔法で凍らせて塞き止めてしまったから、下流の川の流れが減ったよ。後続の兵士たちは渡りやすそうだと、そちらに向かったよ。


 アニバルは水を増やして濁流を生み出したんだ。


 馬も人も溺れていたけれど、すぐに水をもとの量に戻したよ。馬がパニックで暴れるから、ヴァリエンテ兵たちは落ち着かせようとしているよ。怪我人はたくさんいたけれど、死者はいないようだね。


 アニバルは身体が重くなってきたから、これがウーノたちが言う魔力を消費しているんだと思ったよ。大きく息を吸うと魔法を止めたんだ。


 疲れたけれど、身体の中から外へ解放される感覚は高度な魔法になるほど、とても大きくなって気持ちが(たかぶ)ったよ。


「馬が大切なら戦うなと忠告したのに。私のことをナメてるのか」


 カルロスとヘラルドは、ん?って顔してアニバルを見たよ。二人が避難しないのはカルロスが魔力砲を持っているし、ヘラルドは高度な魔法を使えるからなんだ。二人はアニバルとエクトルを守るためにそばにいるつもりのようだけどね。


 エクトルはある可能性に思い至ってしまったんだ。おそるおそるその名を口にしたよ。


「マニュス王?」


 アニバルの顔なのに別人のように笑みを浮かべていたんだ。


 その不敵な笑みにエクトルは全身の毛が立ったよ。


 過去マニュスの暴走で手を焼いたと、聖神使エジリオが愚痴をこぼしていたのを聞いていたんだ。


 幸か不幸か、エトーレのときにマニュスモードのルドに出くわしたことがなかったよ。


 もしここで暴走したら?


 ここには経験豊富なストッパーのエジリオも、ステファノもいないよ。


「エジリオ様、助けて!」


 マニュス復活!どうするエクトル?


 と中途半端でごめんなさい。流れ的に区切るところがこの辺りにしないと長すぎてしまうので、マニュスの暴走?とヴァリエンテとの戦いは次回になります。

 

 ハイドランジアは紫陽花という意味とテラが説明していましたが、私が住んでいる地域は見頃を向かえました。

 ハイドランジア大陸の地方の名前、ギムペル、レナータ、エルスター、アナベルは紫陽花の名前からとられているそうですよ。ネットで花の写真も載っていますので、もしご近所で紫陽花が咲いていたらぜひ探してみてください。


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