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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第一章 三王の話
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5話 暴君ルドの話1

 やぁ、また来てくれたんだ。ありがとう。ボクの名前を覚えている?


 ん?もう一回言ってみて。間違っても怒らないから大きい声で!


 タワー・◯ブ・テラー!


 まさかの千葉…じゃなくて東京にある夢の国なのに恐怖を与えるホテルじゃないか。シリキ・ウ◯ゥンドゥの代わりにボクが出たら白けるよ。


 確かに最初の方で話題で出したけどさ。タ◯ー・オブ・テラー。


 キミが笑顔全開だから間違っているとは言えない…。でも訂正させてもらうよ。


 ボクは語り部(ストーリーテラー)のテラだよ。


 代々木公園でパフォーマンスしてるのを見たよって、それボクじゃないし。ジャグリングやマジックしないから。


 お話を聞きに来てくれたんでしょう?


 さっそく始めるよ。みんな集まって!




 今回の王様は暴君ルドと呼ばれた人だよ。ハイドランジアの西側レナータ地方で、ちょうど紀元千年に生まれたというよ。


 当時は宗教が盛んで神々の教えが全てで、法律も物事の捉え方も全て教義(おしえ)に基づいていたんだ。


 紙は貴重品だったけれども貴族の家には常にあって、本もたくさん出版されていたよ。出版といってもまだ大量に印刷する技術はなかったから写本がほとんどだったんだ。


 貴族が多くの書物を残してくれたから、ルドについての逸話もたくさん残されているんだ。


 例えば議会無視して法律制定しちゃったり、自分に歯向かう人を大量に公開処刑したりしたんだ。この処刑も酷くてね。ルドは水魔法が使えたんだけど、罪人の身体に流れる血を操って、首の脈を破裂させて首チョンパにしたんだ。しかも数十人いっぺんに。


 だから人々に恐れられたんだ。でも教会の人と仲がよかったみたいで、教えをよく守り、奴隷を解放したり農民にも教育を施したんだ。


 さてさて。暴君ルドの本当の姿はどんなだったのでしょうか!


 彼の人柄に近いものとか逸話をもとにボクなりに解釈(・・)したものを話すよ。


 え、実話じゃないのかって?


 二千年も昔のことだから人は覚えていられることは限られているんだ。ほら、卑弥呼っているでしょう?キミは彼女のことどこまで知っている?


 別に知り合いじゃないし、知らないよね?結局は当時の歴史的な背景や書物に書かれたものを紐解くしかないんだ。


 ボクなりの解釈。そう、たぶんルドはこういう人だった劇場!パチパチパチ。


 一人だけ拍手悲しいじゃん。拍手求める大道芸人みたいだって?悲しくなるからやめて…。


 はい、本当に始めさせていただきます。



 ルドの家系は裕福な農民で、彼も農民の出だよ。でも幼いときに両親が亡くなっているんだ。七歳になるまで親戚の家で過ごして、そのあと両親が残した奴隷のマッテオとジーナと一緒に暮らすよ。


 ジーナは女の奴隷で家事を主にしてくれて、マッテオは男の奴隷で畑仕事をしたよ。普通なら奴隷とは別々の家に住むけれど、ルドにとって二人は家族のようなものだったから、周りから止めろと言われたけど、一緒に食事をして同じ家に住んでいたよ。


 マッテオとジーナは別々のタイミングでルドの家に来たけれど、長い時間を共に過ごして夫婦のように仲良くなって、本当に夫婦になったよ。息子のロレンツォが生まれたんだ。


 ルドはきょうだいがいなかったから、ロレンツォを弟のように可愛がっていたんだ。


 裕福な家系と言ったけれど、ルドの住む一帯は大きな河にあって、度々氾濫していたよ。そのせいで多くの畑と人命が失われたけれど、山から流れ着いた肥沃な土が豊かな実りをもたらせたんだ。


 ルドの生まれる前に多くの畑と財産が河の水に流されてしまって、一気に貧乏になったよ。奴隷を売り払ったけれど、若いマッテオとジーナは売らずに残ったことでルドは二人から愛を注いでもらったよ。


 ルドが十六のときロレンツォはやんちゃ盛りの六歳になったんだ。畑仕事は放っておいて同じ年頃の子どもたちと遊んでいて、毎日ジーナに怒られていたよ。


「怒ってばかりいないでご飯にしようよ。せっかくジーナが作ったパスタが冷めちゃうよ」


 ルドはジーナたちの主人だけど、命令はしたことないよ。家族だからね。


「はーい」


 ロレンツォは悪気もなくさっさとフォークを握って食べ始めてしまったよ。それにはルドは怒ったよ。


「ロレンツォ。お祈りしないで食べてはいけないよ。今生きているのは水の神アックルーア様が俺らを作って、火の神フィアン様が火を操る術を人間に教えてくれたから、お前はごはんを食べられるんだ。神々に感謝にして。そして作ってくれたジーナにも」


 ロレンツォはたどたどしく祈りの言葉を言うと、ルドたちも目を伏せて神々に感謝を述べたよ。


 サクスムのときは水の神はアルクーアと呼ばれていたけれど、ここレナータ地方ではアックルーアと呼んでいるよ。同じ神様なんだ。


 決して裕福ではないけれど、幸せはある日突然終わりを告げたんだ。


 ルドたち四人は収穫を終えた秋、冬支度と新年を迎えるために領主のいる大きな街に行って買い物をしたんだ。ルドは三人が奴隷と悟られないように農民の服を着させて、ロレンツォにはルドのお下がりを着させたよ。


 この時代の服装は身分によって決められていたんだ。奴隷はなるべく布がいらないようにチュニックに腰紐を結んだものしか着れなかったんだ。


 女の人は奴隷も農民も頭巾を被っていてたけれど、あまりお洒落はできなかったんだ。服の素材は毛織物ばかりで綿や麻とかは別の地域でしかとれないから、この地方の人たちは着ていなかったよ。


 シルクなんてもっての他。貴族とか一部の偉い人しか着てなかったよ。



 ルドは奴隷に農民の服を着させたから、本当は怒られて罰を受けてしまうんだ。それでもルドは街に行くときくらい三人にいいかっこうをさせてあげたかったんだ。


 三人は奴隷であることを腕に焼き印を押されてしまっているから、いくら隠しても袖を捲ったら見えてしまうよ。ロレンツォも二歳になったときにその焼き印を入れられてしまったんだ。


 奴隷の子どもは奴隷。それがとてもルドは嫌だったんだ。


 でも親戚たちはケジメだといって泣いて嫌がるロレンツォの腕に焼き印をしたんだ。


 マッテオとジーナの暗い目がルドとの隔たりを感じさせたんだ。


 でもその日だけで、二人はルドといつものように接してくれたよ。


 四人で毎年領主のいる街にいったよ。


 レナータ地方は大小様々な土地を多くの領主が治めていたんだ。城下町を壁で囲って周辺地域を支配していたよ。市民は政治に関われなくて領主とその親戚たちが政治をしていたよ。


 仲のいい領主同士もいれば、しょっちゅうケンカしている領主たちもいて、土地をとったり取られたりしているよ。そう、サクスムの集落間の争いよりも土地も人数もあって規模は大きいよ。


 ルドの住む地域の領主は外交がうまいらしく、ここ何年も戦争していないよ。ただ肥沃な土地は様々な領主が狙っていたんだ。戦争はいつ起きても仕方ないと貴族たちは考えていたけど、ルドたち末端は知らないよ。


 ロレンツォなんか城下町は甘いお菓子を売っている場所だと思っていたくらいなんだ。


 新年に必要なものを買って、ロレンツォに甘いお菓子を買ってあげたんだ。



「お城見たい!」


 ロレンツォがわがままを言い出したよ。ルドは仕方ないなと笑いながら領主の城へ連れていったんだ。あ、ち…東京にある夢の国にあるような高層の城を思い描いたかな?平城の四階建てくらいのものがこの地方では普通だったよ。きっとタワーマンションの方が眺めはいいよ。


 ここの土地は平らだったから、領主のお城は平地に建てられていて外壁で囲まれていたよ。


 ロレンツォはお城や建築物に興味があるみたいで、城下町に来る度に見たいってせがんだんだ。


 夕暮れになって、歩き疲れたルドたちは広場のレンガ造りの花壇に腰をかけたよ。


 そろそろ帰らないと門が閉まって街から出られなくなって家に帰れなくなっちゃうけど、一休みしたかったんだ。


「喉渇いたか?何か買ってくるよ」


 マッテオが指差した出店にルドもついていったよ。ジーナはロレンツォも行くと聞こうとして息子の姿が見当たらないことに気づいたよ。


「どこに行ったのかしら」


 ジーナは周囲を見渡したけど見つからなかったんだ。慌てて二人に話したよ。


「あいつはじっとしないからな」


 年に一、二度しか来ないから、小道に入ったら迷子になってしまうかもしれない。


 三人は荷物を抱えながらロレンツォを探したよ。広場にはいなくて、もう閉門の時間になってしまったんだ。


「宿をとるしかないね」


「ごめんなさい。ルド」


 ジーナがすまなそうな顔をしているのが何だか変だと思ったよ。


「なんで謝るのさ。ロレンツォは俺の弟だよ。探すのは当たり前だ」


 ジーナはどうしてか寂しそうに微笑んでうなずいたよ。


 広場の近くの宿屋に荷物を置いて、ルドは窓を開けて見渡したよ。


 すると暗がりに城壁の近くの建物に人垣が出来ていたんだ。


「なんだろう」


 変な胸騒ぎがしたから、ジーナは宿にいてもらってマッテオと一緒に人垣へ行ったよ。


「放してよ!オレは城が見たかっただけで、何も盗んでないよ!」


 ロレンツォの声に二人は人垣を掻き分けて声の方へ進んだよ。


「嘘をつけ!なんで奴隷が平民の服を着ている!うちの奴隷がパンが足りないって言ってるんだ。お前が盗んで食べたんだろう!」


「食べてない!」


 ルドは人が嘘をつくと鼓動が早くなったり、血の流れが少し違うのが見えるから、ロレンツォが嘘ついているとは思えなかったんだ。


 奴隷らしい女の子が震えて顔を真っ青にしていたよ。これから起こるだろうヴァイオレンスに怯えてるんじゃなくて、自分が嘘をついたことにね。彼女は主人の夕飯のパンをこっそり食べてしまったんだ。偶然迷子になって困っているロレンツォの身元を聞いていると、パンがないと怒られてとっさにロレンツォのせいにしてしまったんだ。


「嘘つきな奴隷は殺せ」


「殺せ!」


 野次馬から殺せという声が上がったよ。ロレンツォを押さえていた男は剣を抜いたんだ。


「さて、本当のことを言わないと殺すぞ?」


「オレは本当のことを言っている!パンなんて盗んでないよ!」


 ロレンツォは涙を浮かべてお父さん、お母さんと呼んでるよ。


 ルドは助けようと前に出たけど、マッテオが腕を掴んだ。


「駄目だ…。もう何をしても駄目だ」


「マッテオ?」


 うわ言のように呟いてからマッテオはルドに言い聞かせるように言ったよ。


「ルドは今すぐ宿に戻るんだ。俺が戻らなくても朝一番で村に帰るんだ」


「何を言って…」


 視線の先には領主の兵士の格好をした人が三人来たよ。


「何の騒ぎだ」


「ああ。奴隷のガキがパンを盗みましてね。こらしめてるんですよ」


「盗んでない…オレはお城を見ていただけだよ」


 兵士はちらりとロレンツォの焼き印を見て、後ろの兵士に言ったよ。


「城の周りにゴミは捨てるな。処分しろ」


 後ろの兵士は剣を抜いて、そのままロレンツォの背に刺したよ。


「ぎゃあああ!」


 ロレンツォの悲鳴が響いて、ルドはマッテオの手を振り払って走ったんだ。


 兵士にタックルしながら治癒魔法をロレンツォにかけるよ。


「何だ、このガキ!」


 怒った兵士は剣を振り上げたけど、偉そうな兵士が止めさせたよ。


「内臓を貫いただろう。奴隷に治せる訳がないが…」


 死んでいるはずの子どもは邪魔した少年の手を握って、兄ちゃん兄ちゃんと呼んでいるのが、不思議だったんだ。


「兄ちゃん…」


「勝手に何してんだよ。いつも言ってるだろう?馬鹿」


 ルドは泣きながら魔法をかけたよ。


「隊長、このガキらどうするんですか?奴隷がモノを盗んだんですよ?死罪でしょ。で、こいつが兄なら奴隷だろうし」


 兵士はルドの手を掴んで腕を捲ったよ。


「やめろ!」


「頑張ってもどうせお前も弟も死ぬわけで。あれ?」

 

 嫌がるルドのもう片方の腕を捲っても奴隷の焼き印がないよ。


「その方は私どもの主人です。どうか子どもの命は助けていただけませんか?」


 マッテオが奴隷印を見せながら地面に膝をついたよ。


「自分の命を差し出すから子どもの命を助けろって?泣けるねぇ。奴隷が何いってんだよ!」


 マッテオの首を切っ先が当たって血飛沫がとんだよ。ルドはロレンツォを治していたから、反応が遅れてしまったんだ。


「あぁぁ!!」


 二人同時の治癒魔法でしかも重症患者。高度な魔法だから、ルドはめまいしながらもかけ続けたよ。


「ルド…。俺はいいからロレンツォを」


 首を押さえて倒れているマッテオは懸命に言ったよ。


 兵士はルドに剣を向けたけれど隊長さんに止められたよ。


「致死する傷を負った者を二人同時に治せるのか見てみよう」


 ロレンツォは一度気を失ったけれど目が覚めてグスグス泣き出したよ。


 泣ける元気があるから大丈夫そうだね。ルドはマッテオを治すことに集中したよ。傷が塞がるとルドはぜえぜえと肩で息をしていたんだ。


「農民。お前、兵にならんか?」


 兵士は怪我はつきものだから治癒魔法が使える人材はたくさんほしかったんだ。


「…俺は農地があるから」


「そんなもの奴隷や親に任せればいいだろうが」


「親はいない。マッテオとロレンツォが家族だ。二人を傷つけた奴らの元で働くものか!」


「ルド!」


 マッテオは奴隷だからこの場を収拾する権利も持っていないよ。もちろん、ルドもね。この兵士さんたちは貴族でお偉いさんだよ。


 平民が貴族に逆らったら痛い思いをするってマッテオは知ってるけど、農村出身で貴族に会ったことのないルドはいまいちわかってなかったみたいだね。


「生意気な」


 隊長はちらりとロレンツォを見たよ。兵士はにやりとしてロレンツォの首を剣で斬ったよ。ただ剣の切れ味はあまりよくないから首の骨を斬れなかったみたいだね。


 ほらギロチンってあるでしょう?あれが開発される前までは刃物で人の首を斬っていたけど、処刑人の腕が悪くてちゃんと斬れずに死刑囚に睨まれたって逸話があるくらい、人の首ってまるって落とせないものなんだ。ギロチンは人に優しい処刑具だったんだね。


 ロレンツォは痛みで失神したから、そんなに苦しまなかったと思うよ。でもたくさん血が、ごつごつの石畳の溝にたまるくらい血が溢れでたから死んじゃったんだ。


 ルドは大切な弟を殺されて、目を丸くして息の仕方も忘れたように動かなくなったよ。


「ガキ。奴隷は家族なんかじゃねーよ。モノだモノ。お母さんに教わらなかったのかな?ああ、お前いないんだっけな?それかお前も奴隷になって本当の家族になりなよ」


 ロレンツォの血がついた剣でぺしぺしとルドの頬を叩いたんだ。


 血がルドの顔や手に飛び散ったよ。のそのそとルドはその血に触れたんだ。


「許さない」


「は?お前が吠えたところで死ぬだけだぜ?隊長、こいつらどうします?」


 隊長はルドに興味を失ったみたいで、好きにしろと言ったよ。じゃあと楽しそうに剣を構えると、剣やルドについたロレンツォの血がふわふわと浮き出したんだ。


「なんだよ、これ?」


 ビビって後退りをすると血がべっとり首や顔についたんだ。


「気持ち悪い。なんだよ!あがっ」


 血が縄のように首を絞めているよ。


「貴様!」


 兵士の仲間も剣を抜いたけど、次々に胸を押さえて倒れたよ。隊長は部下を助けずに感嘆していたんだ。


「血を操っているのか。かの統一王はすべての液体を操れたという。この少年はその再来かもしれん。

 奴隷を殺したのは詫びよう。貴族にならないか?」


 部下が苦しんでいるのに目を輝かせて勧誘し始めたよ。


 ルドは目を細めると隊長の舌が飛び散ったよ。


「んんん!!」


「うるさい」


 隊長の舌に治癒魔法をかけると隊長は治ったとみて怒りだしたけど、また舌を破壊されて今度はビビってたよ。


「罪のない幼い子どもを殺しておいて何も思わないの?舌じゃなくて首、飛ばしてあげようか?」


 このまま怒りに任せれば人を殺しかねない。マッテオはルドを後ろから倒れるように抱きついたよ。


「やめるんだ。ルド。人殺しになっちゃいけない。優しいお前がどうしたんだ!」


 ルドは魔法を使いすぎて膝から崩れたよ。マッテオは渾身の力を振り絞ってルドを抱えて走り出したんだ。


 野次馬はルドが怖くて誰も後を追わなかったんだ。


「ロレンツォを置いていっちゃだめ」


「仕方ないんだ。仕方ないんだ。俺らは奴隷だから」


 マッテオは足がもつれて倒れるように転んで、ルドも地面に身体を打ちつけたよ。


「なんで、仕方がないの?あんなのおかしい。人は、人は簡単に殺されるのはおかしい。ロレンツォはなにもしていない!耳をやつらは貸さなかった」


「おかしくない。奴隷は主人のモノだから。酷いことをされても殺されても誰も助けてはくれない」


「マッテオたちをモノなんて思ったことないよ」


 マッテオは身を丸くして震えたよ。


「俺らはルド様の優しさに甘えていたんです。家の外はこれが当たり前なんです」


「やめてよ。そんなこと言わないで。俺だけなの?三人を家族だって思っていたの」


「申し訳ございません。わきまえずにご主人様を呼び捨てにして、自分の子どものように思っていました」


「そんなこと怒ってないよ!顔をあげて。とりあえずここから逃げよう」


 二人は疲れはててたけれど、足を頑張って動かしたよ。


「俺は…。人を殺して奴隷になった」


 ルドは突然のマッテオの告白に驚いたよ。マッテオが奴隷の子どもだったって人から聞いていたからなんだ。


 その告白に嘘はなかったよ。ルドは人の嘘を見破られたから、本当に驚いたんだ。


「五人。食うのに困って。お前も襲うかもしれんぞ。ルド。奴隷になったやつはそういうやつばかりだ。だから鎖に繋がれる」


 暗がりにマッテオの表情は見えなかったけれど、ルドには血液の流れはよく見えていたんだ。


「マッテオが五人殺したのは本当なんだね。でも俺を襲う気ないのは知っている。五人殺した罰はもう受けているんだから、俺はマッテオを痛めつけたり酷いことをして罰を与えるつもりはないよ」


 今まで通りにしようとルドは言っているんだ。どうしてかマッテオは首を振ったよ。


「これは罰なんだ。そう思わせてくれ。そうしないとロレンツォが死んだことを何て考えればいいのかわからない」


 ルドはマッテオの肩をさすりながら、血で汚れた服を水魔法で綺麗にしたよ。


 血まみれで宿屋に入ったら大騒ぎだからね。


「わかった。ジーナになんて言おう…」


「俺が言う」


 宿屋でずっと待っていたジーナに事実を伝えると、彼女は泣き崩れたよ。ルドもたくさん泣いたんだ。


 ルドは奴隷も自分も殺されるのは簡単なんだと知って、この世界の無情さと理不尽さに怒っていたんだ。


 怒らないとロレンツォを失った悲しみが苦しくて、ずっと泣いていたくなるんだね。


 幸い追手は来なくて、三人は翌朝村に無事についたよ。


 でもジーナの心はどこかに行ってしまって、笑わなくなってしまったんだ。


 働き者のジーナが毎日ぼんやりしていて、食事を作るのが遅かったり掃除や洗濯を忘れてしまうんだ。


 ルドは子どもを失ったんだから仕方ないと、しばらくそっとしておくことにしたんだ。でもマッテオは気が気ではなかったんだ。


 ジーナと二人きりになったときに、しきりにこういったよ。


「しっかりしてくれ。そうしないとよそに売られちまうぞ。ルドは俺らを売らないけど、親戚どもはそうじゃない。ルドのためにならないと思ったら売るぞ。今のような暮らしが出来なくなるかもしれないんだ。わかっているだろう?」


 ジーナは身震いをした。彼女の両親は奴隷だったけれど、主人に酷使されて死んだんだ。子守ができる若い娘を求めていたルドの両親に買われたから、今の暮らしができているんだ。


「わかっているわ」


 でもルドの親戚にロレンツォが兵士に殺されてジーナが自失したことが伝わってしまったんだ。


 ルドとマッテオが農作業から戻ってきたときにはジーナの姿はなかったんだよ。


「何で!売ったんだよ!」


 ルドは親戚を怒ったよ。親戚は馬鹿にしたような顔をしてルドを叩いたよ。


「奴隷は奴隷なんだ。人間ではない。こいつらみんな罪人なんだ。家族ごっこは終わりにしろ」


「ジーナは俺を育ててくれたんだ。家族だと思ったらおかしいのか!」


 もう一度叩かれたよ。


「お前がおかしいんだ。世の中はそういうもんなんだ。ジーナは諦めて他の女にしろ。そうだな。若い女にでもしろよ。な?」


 渡された錆び付いた硬貨が七枚ほど。硬貨は二種類あってオーロとラーメがあるんだ。紙幣はないよ。一オーロは日本円ではだいたい千円で、一ラーメは百円くらいだよ。ルドの手には七オーロが乗せられていて、これが彼女の価値らしいよ。奴隷にしては高く売れて、若くて健康そうだったからみたいだよ。


 親戚が出ていったあとしばらくオーロを見つめていたんだ。


「この金は使わない。ジーナを取り戻すから」


 マッテオは黙っていたけれど、薪を割ってくると言って家の裏に行ってしまったんだ。


 ルドは久しぶりに自分でごはんを作ったけれど、ジーナの味に慣れてしまって何だかまずく感じたよ。




 次回の投稿は土日になります。

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