57話 水神王アニバルの話14
食堂が静まり返っちゃったから、唐突に言われても困るよなって、アニバルは思ったよ。
「千年の時を経て生まれ変わってみれば、愛すべき子孫と、盟友ゲレルの民の争いをしているという。ルドとして、お前たちのいう始祖として、この戦いを何としても止めたい。
ここには争いを望まず、それゆえに大きな力に抗えずに危険な場所に追いやられた者たちがいる。とても勇気のいることだ。お前たちの力になりたいが、残念ながら俺の数多いた兵は千年も前のことで、今は身一つの狩人である。
だが、この場には知識ある者が集まっている。共に知恵を出しあい、戦争をなんとしても止めよう。
とはいえ、まずは俺がルドかどうか、お前たちに信じてもらわなければならない。いや信条を曲げてでも争いを避けるのならば信じて欲しい。この戦いが終わったあとに、不敬罪だの詐称罪だので罰すればいい。
…あの時代を生きてルドを知っている人は、ほとんどいないだろうけど」
エクトルの方を見て、この子はどうやって周りにエトーレだと信じてもらえたのだろうと思うよ。
そのエクトルは今にも落ちそうな大きな涙を目に浮かべて、アニバルを見つめていたんだ。幼いころに泣くのを我慢しているエトーレの姿と重なって、とても懐かしく、アニバルは自然に微笑んだよ。
『エトーレ』
呼ばれてエクトルは瞬きをすると、涙がポタポタと落ちたよ。
『どうした?泣いて。つらかったか?ここまでよく頑張ったね』
『…パパ、光帝陛下!』
おいでと手を広げると、エクトルは反射的にその大きな腕に飛び込んだよ。
『陛下!陛下!お逢いできることをずっと夢見ていました!』
『俺も逢えて嬉しいよ。ごめんね。覚えていないと嘘をついて。死んだときのことを思い出して、怖くて痛くて…。臆病になってしまっていたんだ』
『いい。いいです。そんなこと怒っていません。ただ、ただお逢いできたことが嬉しくて、この上ない幸せでございます。ここに来てくださるとは思いませんでした』
エクトルはアニバルを守りたいため護衛をつけて遠くへ逃がすつもりだったけれども、半分は一緒に戦ってほしい気持ちがあったんだ。
エクトルを軽く抱きしめてから離れたよ。
「積もる話も、邂逅の喜びはひとまずお預けにしよう。
現状について…。エトーレ、いやエクトルの立場からすれば少し無理をしてはないのかな?」
「…はい。でもヴァリエンテの者たちを傷つければ陛下が悲しまれると思いました。俺も懐かしい人の面影を持つ者たちが、血を流すのを見たくありません」
「そうだな。ああ、陛下というのはやめろ。今はただの狩人だ。エクトル、お前の父が皇帝だろう?
俺は皇帝になるつもりでここにきたわけではない。戦争を止めに来ただけだ。ヴァリエンテの兵を彼らの暮らす地に帰したら、俺も村に帰るつもりなんだ」
「それは承知しかねます。陛…始祖の転生者は皇帝になると決まりです」
「お前の父が決まりに従うかどうかわからない。エクトルは元々継承権がないと聞いたが、何番目の皇子だ?」
「第五皇子になります。俺の王位継承は始祖が現れたのでなくなりました。しきたりなので、この戦いが終わったらご即位ください」
「即位はしない。そもそも王族でもないアニバルが、貴族に受け入れられるか?ルドの時みたいに農民風情がとか言われるのは真っ平だぜ?」
カルロスが当初反発したように、王族からルドの転生者がでると信じられているんだ。疑う人も出てくるはずだよ。
「そんなことを言う者はいませんよ。父上も貴族たちも始祖の転生を待ちわびています」
「さて、どうかな?国を二分するような事態は避けるべきで、俺は引くと先に言っておく」
エクトルは考え直してもらおうとあれこれ考えたけれど、アニバルの意志は固そうだったよ。困ったように笑ったんだ。
「相変わらず、こうと思われたら頑固であられますね。俺はあなたがどんな道を歩もうと、ついていくと決めていますので、狩人なりなんなりなるつもりです」
「…お前もそういうところ頑固だよね。全ては戦争を回避してからだ。
情報交換を…」
「誰も狩人風情に砦を預けるつもりはない」
アニバルとエクトルが砦を仕切るような空気になったから、ロペス隊長が声を荒げたよ。
頑張って取り持とうとしたのに、狩人風情と言ったからエクトルはロペスを睨んでいたよ。
アニバルはここで喧嘩している場合かと、ため息をついたよ。
「あんたが犠牲を減らし、子どもたちを守れるなら喜んで頼もう。何か策はあるのか?」
「籠城しかない。魔法や矢で砦に入る敵を討つ」
ありきたりな回答にエクトルだけではなく、カルロスたち生徒も失笑したよ。
「こういう場所に派遣されるのはよっぽど期待されている名将か、よっぽど残念な奴かだな。あんたどっちだ?」
ギリッと歯を噛み締めて睨んできたよ。ロペスさんは残念な奴らしいね。
「なら黙っていなさい」
「貴様こそだま…」
口が勝手にカッと開いたよ。閉じようとしてカハカハ息だけが虚しく出ていくよ。
「ピィピィうるさいとその舌を破裂させるよ?それとも脚を操って外に出してやろうか?」
エクトルは笑うところではないのに、くすっと笑ったからアニバルは怪訝そうにしているよ。
「懐かしいですね。舌破裂事件とヴィペラ事件。今の話し方は始祖とマエストロが混ざっていますよ」
「…懐かしいってお前、ビゴンとマルコの両方ともその場にいなかっただろう?ルド思考で話してんだから、こんがらがってんだ」
「お気持ちわかります。俺もエトーレの記憶を通して話してますので、変な気分になります。
そのまま隊長の舌を破裂させたらいかがです?始祖が悪者をこらしめた英雄譚として子どもから人気ですし、ここにいる者も始祖だとマエストロを認めるでしょう」
「今思うとこらしめ方が残酷だったし、そんなの英雄譚として語り継ぐなよ。俺が危険人物みたいじゃないか」
ロペスは本物なのかと、顔に脂汗を浮かべてブルブルしていたよ。その場にいた人たちの多くはいい気味だと思っていたから、ロペスは嫌われ者のようだね。
魔法を解いてあげるとロペスはそろそろとバックで車庫入れしている車のように、兵士の中にピッタリ収まったよ。
「時間がないからさっさと情報交換しよう。
さっき話したようにヴァリエンテの氏族の長に俺がゲレルであることを話した」
「マエストロ、この時代はゲレルという言葉はヴァリエンテの民以外知りません。神という表現が適切かと」
フォロー役エクトルが復活したよ。アニバルは頭をかいて困っているよ。
「俺は神じゃないし。ここにいるやつは知らないなら、説明を…」
エクトルがくるりと教師や生徒に向くよ。ここにいる人たちはゲレルという言葉も、ルドがそう呼ばれた経緯も知らないんだ。
「始祖のお名前が光りという意味であるので、ヴァリエンテの言葉では光のことをゲレルといい、初代王グチュルクが始祖をそう呼びました。
それで、マエストロ。氏族の長がヴァリエンテ王に話しただけでは進軍は止まらないでしょう。王に信じてもらわねばなりませんが、どうなさるつもりです?」
「プラテリア…プラデーラの戦いの再現をする。そうすれば信じると長は言っていた。
誰か土魔法を使える人はいないか?」
デスペハード帝国でも語り継がれているらしく、みんな何をするのかわかったようだよ。
土魔法と水魔法の使い手たちは前にでたよ。フィデルが、ハイハイと手を挙げているよ。
「俺もやる!穴堀りでしょう?授業で習ったから!」
落とし穴が義務教育で必修って、どういう教育しているんだろうね。
「フィデルは土の使い手だったな?あまり魔法を使ったところを見たことないんだが」
「フィデルの魔法はガサツなんです。魔力のコントロールが下手でよく暴走するので、魔法の練習場以外は使わせていないんです」
エクトルひどーいとフィデルは頬を膨らませているよ。
「穴堀りなら細かい魔法は必要ないから、俺にもやらせてよ!」
「外に出るし、危険だぞ?」
「俺だって何かやりたいよ。出来ること、それくらいしかなさそうだし」
皇子様だから何もしないでって、兵士たちに言われているのかもしれないね。
「フィデルは穴堀りしたことあるのか?」
「一回だけ。上の土が落ちちゃって失敗しちゃたけど」
しゅんとなってしまったよ。アニバルはフィデルの頭を撫でたよ。
「すぐにできる人の方が少ない。今回は失敗してもかまわない。ヴァリエンテ王に伝わればいいんだから。練習してきなさい」
皇子が落とし穴って、どこで使うスキルなんだろうね。
フィデルは目をまるくしたよ。
「マエストロじゃないみたい。始祖はお優しい方だって聞いているよ。ずっと始祖でいてよ。拳骨はいやだもん」
「ルドも拳骨落としたことがあるぜ?」
ゾリグにだけどね。
フィデルはパッと頭を押さえたから、みんなクスクス笑ったよ。
アニバルは柔らかくなった空気を確認して、兵士や教師たちに聞いたよ。
「穴堀りの場所を決めたい。どこがいいか?あとは毒の魔法が得意な奴はいるか?」
「酸の魔法ですね。プラデーラの戦いで降らしたという」
教師の一人が手を挙げたよ。毒の魔法で察したことに、アニバルは千年経ってるんだよなと自問していたよ。
「落とし穴を作る場所の目星はつけていますし、敵を一望できそうな場所もあります」
学院長だという年配の男の人がスラスラと言うよ。
「なんだ穴堀りするつもりだったのか」
「いえ、みな一度は砦や城に行ったときに想像するのです。始祖はどのようなお気持ちで命じて、そして敵を退けていたのか」
憧れの歴史上の人物になってみた!ということらしいね。
生徒も教師も伝説のプラデーラの戦いの再現だ!と燃えているらしいよ。命がかかっているのに暢気なものだね。
アニバルはちょっと気圧されていたよ。というかドン引きに近いかな。
「…。では誰が毒の雨を降らせるのか?」
「ぜひ始祖が!ここにいる者たちは天候操作系の魔法はできないので、ご教授お願いします!」
学院長は目を輝かせてから、思い出したようにつけ加えたよ。
「ああ、お耳に入っているかわかりませんが、ヴァリエンテの歴史学者が交渉に敵陣へ行ってまして」
「それを早く言え!その学者の話を王は聞いてくれるのか?上手く行きそうか?」
「手紙のやりとりをしていたときは我々の話を聞いてはくれますが、聞き入れてはくれなかったようです。彼は何度もかの地を訪れて王族とも寝食を共にして信頼関係を築いてきましたが、それでも難しいようです。
危険だから我々も止めましたが、開戦してしまったら自分はいなかったことと思い、皇子様方をお守りしてくれと言い残し行ってしまいました」
その学者の説得とバルの話を聞いて、ヴァリエンテ王が思い止まってくれることを祈るしかないよ。
アニバルは敵陣が一望できるという場所を案内してもらったよ。川を挟んで反対側にヴァリエンテの本陣らしいのが集まってきていたんだ。今日は戦うつもりはないのか、テントを張り始めているよ。アニバルたちにも休んだり、打ち合わせする猶予はありそうだね。
「いかがでしょうか?」
学院長が後ろから、うかがうようにいったよ。
振り返ると学院長やエクトル、ウーノたちがいたけれど、食堂で待機するように言われていた教師や生徒たちもぞろぞろ集まって、狭い見張り台がいっぱいになったよ。
元々見回りをしていた兵士たちは何があったのだろうと思っていたよ。食堂にいた兵士が始祖の転生者だって言ったから、見回りそっちのけになちゃっているみたい。
アニバルはそんな兵士たちのことは知らずして、集まって人々の顔を見渡したよ。
「とてもいい。プラデーラの再現できそうだ。でもあの場所とは全く違うし、使い手も兵も顔ぶれが違う。あのときの完全な再現はできないだろう。でもここはあの日、あの場所ではない。
今であり、この時代の体験は生きている俺らのものだ」
みんな静かにアニバルの言葉を待っているよ。
アニバルはエクトルとウーノへ目をやってから、微笑んだよ。
「さて、始祖のお伽話の続きを始めようか。語り手はお前たちであり、主役でもある。必ず生き残り、友や子孫へ語り継げ」
しーんと静まり返ってから一拍置いて、ウーノが小さく御意と言うと一斉に歓声が上がったよ。
「始祖!」
「始祖!始祖!」
アニバルは微笑みを消して、大きく息を吸ったよ。
「ヴァリエンテが兵を引かねば、ここにいる者たちの命の保障はない!魔力砲を持ち魔法が使える人間が一人増えたところで、戦局が変わるとは思えない。気を抜くな!持ち場へ戻れ」
はい!と元気な声で生徒たちだけではなく、教師や兵士も答えたよ。
砦の歓声は対岸のヴァリエンテ陣にも届いたというよ。
王はその歓声を聞いて天幕から出て砦を眺めたけれど、建物に人影はあれどゲレルの転生者らしい人は見つからなかったよ。
「いかがしますか?」
バルは王にたずねたよ。
「明日の朝、砦へ進軍させる。もしお前の言う男がゲレルなら奇跡を起こされるはずだ。もし偽者ならば国まで馬で引きずり、磔にする」
「…御意」
バルは王を止められなかったと、心の中でアニバルに謝ったよ。
この日、デスペハード帝国の帝都シエロでは、カルロスの父親が皇帝に謁見を求めていたよ。
昼に連絡を入れて許可が降りたから行ってみれば、夜まで待たされる羽目になったよ。微笑めば多くの女性が虜になるであろう甘いマスクは消えて、親の仇を前にしているかのような怖い顔していたんだ。同席した部下はずっと下を向いて、将軍の機嫌が直ることを祈っていたよ。
やっと謁見が叶った場所は普段皇帝が休憩に使っている部屋だったよ。ちょっとした食事が用意されていて、カルロスの父親の分もあるようだね。
皇帝フェデリコは将軍の顔を見て、驚いたよ。
「お前が珍しいね、ロドルフォ。そんなに怖い顔して。待たせて悪かったよ」
「お時間いただき感謝致します。私も時間がないので、単刀直入にお話させていただきたく」
「いいけど、食べながらにしよう。待たせてしまった詫びだ」
「詫びは不要でございます。南の砦の増援願いしたく、参りました」
フェデリコはワイングラスを手にして、一口含んだよ。
「あの砦は南の将軍 に任せてある。東の将軍であるお前の手出しは不要だ。カルロスのことかな?あの子が自ら行ったことだよ」
それを言われてしまえばロドルフォは言い返せないよ。でも息子の命がかかっているんだ。簡単には引き下がれないよ。
「陛下は南の砦と学院を見捨てるつもりですか?エクトル様もいらっしゃるのですよ?」
直接的な言い方に、フェデリコはワイングラスを置いてロドルフォを見たよ。
ロドルフォは罰を受ける覚悟ではっきりと言ったんだ。でも皇帝の顔は微笑んでいたよ。
「見捨てない。我らの神は見捨てていない」
ロドルフォは眉を寄せて困惑しているから、フェデリコはそれを見て楽しんでいたよ。
「エスコンディドの狩人が南の砦に入ったと連絡があった。どうやら、あの村を襲ったヴァリエンテの氏族長を捕まえて服従させたらしい」
「エスコンディドの狩人。アニバル殿が?しかし、彼は魔力砲を持っていますが、それだけでは戦力が足りません。もし彼が始祖ならばなおさら、あの砦に置いておけません」
フェデリコはフォークを手にとって、ステーキを刺したよ。
「そうだね。置いておけないね。ほら、お前も食べなさい。夜明け前には出立してもらうかもしれないから。食事をする時間がなくなってしまうよ?」
「どこにですか?」
皇帝の笑顔の圧力に負けて、ロドルフォは席についたよ。
一口、二口食べたけれども、手がつかないよ。息子はちゃんと食べているのか。南の将軍の話では食糧が尽きるころだという。別に将軍が意地悪しているわけではないよ。すべては目の前にいる皇帝の指示だからね。
皇帝が食事を終える頃、側近の一人が二枚の紙を持ってきて皇帝に渡したんだ。読んでいるフェデリコは目を見開いてから、寂しそうな顔をしたよ。
気になったけれど、皇帝が話すまで探りを入れるのはご法度だよ。
今度は皇帝が笑顔になったから、ますます気になったよ。
「お前の出立が決まった」
ロドルフォは何だと思いながら、皇帝の前で膝をついたよ。
「始祖と初代をお守りした『王の守護者』の一人、ロドルフォ・ブランコの末裔よ。お前に重要な任務を与える。狩人アニバルが始祖の名を語った。その真偽を確認するため、南将軍とともに南の砦に向かえ。初代ロドルフォの名と遺志をついだお前に託す。必ず狩人アニバルと我が息子エクトルを守り、帝都に連れてこい」
ロドルフォは興奮を抑えて、頭を下げたよ。
「御意!」
足早に部屋を去ったロドルフォの背を見送った後に、もう一度手紙に目を落とすよ。
差出人はウーノで、長年の契約終了とアニバルが始祖と表明したと書いてあったんだ。
「始祖よ。どんなお伽話の続きを語ってくれるのでしょう。是非、私もいれてください」
空を見上げれば、朧月が浮かんでいたんだ。柔らかな光がフェデリコを照らしていたよ。




