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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第一章 三王の話
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52話 水神王アニバルの話9

 村長はアニバルが転生者だということを、誰にも話さないと約束してくれたよ。


 アニバルは急いで家の修理と冬への支度をして、朝から晩まで毎日大忙しだったよ。


 窓に刺さっていた木は一人では運べないから、村人に手伝ってもらったんだ。


「マエストロ!」


 エクトルとフィデルがいつものように来たよ。


「あ、お前ら悪いな。手が離せなくてよ。しばらくはお前らと森へ入れない」


 家は綺麗に片付けたけれど、窓ガラスはまだ届いていないから、木の板で塞いでいたんだ。


「窓ガラスが?大変だったんだね。お手伝いすることある?」


 エクトルが聞いてくれたけれど、領主様の息子にお願いできることはなかったよ。


「代わりに狩りしてくる!」


 フィデルが森に行こうとするから、拳骨を落としたよ。


「おめえは俺の仕事を増やすな!」


「ひどーい。手伝おうと思ったのに!」


「マエストロ。薪は足りてる?割ろうか?」


 エクトルが家の裏手を覗いて、薪があまり積まれていないのに気づいたよ。


「そうそう、薪!俺の家に刺さってた憎き木を薪にしてやろうと思ってたんだ」


 裏手に例の木は横たわっていて、エクトルは木と家を交互に見て驚いていたよ。


「わー!これが家の中に?いなくてよかったね」


「これ当たったら死んじゃうね」


 フィデルがペシペシと木を叩いたよ。薪割りを年子に任せて、アニバルは木の実やキノコを採ったり、狩りに出掛けたよ。


 兵士たちも手伝ってくれたのか、薪置き場がいっぱいになったよ。


「おー、これで冬を越せそうだ。助かったぜ」


 二人をわしゃわしゃと撫でると褒められて喜ぶと思ったフィデルが、あれって顔をしているよ。


「マエストロ、優しいね。修行にならないから、兵士に手伝ってもらうなって怒るかと思ったのに」


「あ?そうか?」


「うん。今日はとても笑うね。何かいいことあったの?」


 エクトルもアニバルの変化に気づいていたよ。


「俺は普通だと思うんだが、村人にもよく笑うようになったと言われた。氷の鳥(パハロ・デ・イエロ)を倒すために鍛えることばかり考えていたから、それがなくなって気が抜けたのかな」


 雰囲気が柔らかくなったのはいいけど、気の抜けたような感じがしてエクトルは心配になったよ。


「一度死にかけたんだ。いつもより体力が落ちているから、今年の冬はうちに来てよ。森の冬は厳しいんでしょう?一人では危険だよ」


 アニバルは大丈夫だって取り扱わなかったよ。


 何度かエクトルが誘ってきたけれど、アニバルは頑としてエクトルたちの家には行かなかったよ。

 雪が舞う日が多くなり、やっとガラスが届いて家の修理が終わったんだ。


 雪が積もり始める頃、馬車での移動が難しくなるからエクトルたちは来なくなったよ。


 いつもの冬が来て、アニバルは一人小屋で雪かきを済ませて、雪が小止みになったから罠を見に行ったよ。毛が真っ白になった野ウサギが捕まっていて、その近くに魔物の気配がしたんだ。


 アニバルは隠れて魔物が来るのを待ったよ。のっそりとクマのような身体にサルの顔をした、クマもどき、通称クマクマ詐欺がウサギの方へゆっくりと近づいたよ。


 アニバルはウサギをくれてやる気はなくて、クマクマ詐欺を魔力砲で撃ち抜いてしとめたんだ。


 野ウサギを絞め殺して袋に詰めたあと、クマクマ詐欺を引きずっていくよ。


 家につくとさばいて保存食を作ったよ。


「今年の狩りは仕舞いかな」


 例年より雪が多いとみて、多くの獣や魔物が冬眠に入ったようなんだ。


 小止みになるとクマクマ詐欺の肉を雪の中に突っ込んで凍らせてから、背負える分を持って村まで行ったんだ。氷の鳥のせいで収穫が減っていたから、村人たちは喜んでくれたよ。


「水神様。春になったら一緒に狩りに行きませんか?」


 村の狩人に何度か誘われていたけれど、修行だといって一人で狩りをしていんだ。


 もう修行はしなくていい。あの伝説の魔鳥を倒せたのだから。


「…いいぞ」


 その狩人は成人したばかりで、まだあどけなさを残したまま笑顔でやったというよ。


「魔力砲を使わせてほしいんですが」


「旧式ならいいぞ。春になったらな」


「はい!」


 エクトルとフィデルがいたら、弟子とったのと怒りそうだけどね。これは弟子ではないと、アニバルは頭の中で怒っている年子に言い訳している自分がおかしくなったよ。


 すっかり彼らがいることが、アニバルにとって普通になっていたんだ。


「水神様。どうかされました?」


 顔に出てたみたいだね。


「…いや。なんでもない。じゃあ、俺は帰るから。今年は雪が多そうだから雪かきこまめにしろよ」


「あ、はい。今から戻られるんですか?」


 大きな雪が降り始めていたよ。


「ああ。今から帰らないと戻れないから」


「お気をつけて」


 村から離れ、薄暗い道を一人で歩いていくと雪が多くなって風も出てきたよ。


「…しくじったか?」


 猛烈な風が吹きつけて、アニバルは足を止めたよ。目も開けていられないくらいの吹雪が襲ってきたんだ。


 ホワイトアウト。


 アニバルはどこかしこも真っ白い視界に方角を見失い、一歩も動けなくなってしまったんだ。


 風は唸り、服なんて意味がないように皮膚に刺すような痛みを感じたんだ。


『パパ!』


 アニバルははっと顔をあげたけれども、人なんていないよ。


『陛下、陛下!』


 耳の奥で、記憶の中で、呼ぶ声がしてアニバルは目をぎゅっと閉じたよ。



 あの日、あの時代、救いはあったのか。


 あの日、あの時代、自分は正しいことをしたのか。


 ルドの死後、グランデフィウーメ領主のルイージが簡単に王になったとは考えにくかったよ。おそらく戦争が起こった。


『化け物』


 ずらりと並んだグランデフィウーメ側の人間たちを見て、ルドいやルドの記憶越しにアニバルは、貴族社会のまま、奴隷制度のままであるべきだったのか、余計なことをしたのではないかと思ってしまったんだ。


 国が滅んだのなら、権力を握ろうとした人たちが戦争を起こしたに違いない。民は苦しんだろう。


 ルドという農民は農民のままで生涯を終えていれば、レナータは混乱を迎えることはなかっただろう。



 一人になると色々否定的なことばり、考えてしまうんだ。


 前世のような世の中への憤りはアニバルにはなく、師匠の仇を討って生きていく目標を失った。


 立ち止まって思考の海に潜っても、容赦のない吹雪が身体や心の熱を奪っていく。


 どんな理不尽も世の中のせいにして、


 痛みも誰かの嘆きも目を伏せて通りすぎれば、


 裏切られない、


 傷つかない。



「い…てぇな」


 叩きつける吹雪に文句を言って、目を薄く開いたよ。


水の神(アグルア)よ。しばしお力をお貸しください。吹雪よ、止まれ」


 信じ続けた神、答えぬ神に祈るような呪文を唱える。


 神々に失望しても、心の奥底で神々を信じている自分がいるんだ。


 生まれ持った身体のように、思考と切り離すことはできない。敬虔(けいけん)な前世と違って、神々の教えを当たり前だと思わなかったアニバルでさえも。


 風と雪がふっとおさまると、目の前に木があったよ。左を見ると小屋があったんだ。どうやら吹雪のせいで、道を誤りそうになったようだね。


 アニバルは冷えて強ばって感覚を失った足を懸命に動かして、小屋の中へ入ったよ。その瞬間、ビューっと風が音を立てて小屋に吹きつけたんだ。


 寒くてブルブル震えながら、暖炉に火をつけようとして足がもつれて倒れたよ。


「この程度の魔法で魔力がなくなるのか」


 仮マニュスやルドの時のように魔法は使えないと痛感したよ。あ、サクスムもね。


 彼らではない別の人間に生まれ変わったんだ。


 あの時代でもない。


 愛した人も親しい人も、死んでこの世にはいない。


 アニバルは身体を丸めて、少しでも暖かくなるようにしたよ。


 このまま死ぬのかと頭に過って、それでもいいかと思ったよ。


 師匠の仇は討ち、誰かを殺されて理不尽な世の中にたぎる怒りもない。


 狩人として獲物を狩って、

 生きて、

 死んで。



 アニバルが村に来なくなったのを不思議に思った村の誰かが、遺体を埋葬してくれて。



 

 それでいい。




 眠気が襲ってきたから、このまままではまずいと思ったけれど、いいかという思いが占めて目を閉じたよ。


 誰もいないはずなのに、扉が開く音に驚いたけれど、目が開かなかったよ。


 複数の足音がしたから賊かと思ったけれど、身体を揺すられてアニバルの反応がないと見ると、雪で濡れた上着を脱がされてベッドへ寝かされたよ。


 パチパチという音とあたたかさに、侵入者が暖炉に火をつけたんだと思ったよ。


「ご様子は?」


「眠っているようだ。吹雪を操ったのはアニバル殿に間違いない。魔力をかなり消耗している」


 アニバルは丸くて冷たいものを握らされたよ。質感と話の内容からして魔力計のようだね。


「天候操作の魔法は知らないと聞いたぞ?記憶が戻ったのではないのか?このまま捨てられたような場所に置いておけない」


「…お連れするようには命令されていない」


 アニバルの身体がぽかぽかしてきたよ。氷の鳥を倒して魔力がすっからかんになったときに、回復魔法をかけてもらったのと同じだったから、侵入者さんはアニバルを治そうとしているみたいだね。


 人の気配が遠ざかるとアニバルは薄目を開いたよ。侵入者は二人で、毛皮を着て弓矢を背負っている狩人風だったよ。


 部屋の隅で時折窓の外を見ながら、何やら密談しているよ。アニバルは身を起こすとギシリとベッドが音を立てたから、侵入者さんたちは振り返ったんだ。一人が笑顔になったよ。


「勝手に入ってすまない。ひどい吹雪で道に迷ったところ、この小屋を見つけて…」


「嘘はいい。エクトルの命令でここにいるのか?」


「エクトルとは…」


「お前らが話しているのは聞いていた。助けてくれたのは礼を言う。エクトルに伝えてくれ。ガキにお()りされるほど腑抜けてねえって。お前らも魔物のいる森で冬を越したくないだろう?」


 ちょっと前まで感傷に浸っていて、腑抜けていたけどね。


 二人は一瞬視線を交わしてから、一人が口を開いたよ。


「お守りせよとご命令ですので」


「嫌がれよ。こんな雪の中、どこで過ごすつもりだったんだ?」


 エクトルはアニバルが心配のあまり、護衛を魔物にいる極寒の地に送ったのがパワハラだと微塵(みじん)も思っていないよ。


「テントを持参してますので」


「そんなんじゃ寒いしだろうが。凍死でもされたら困る。小止みになるまでここにいろ。外にいる奴にもそう言え」


 窓からちらりと見たけれど吹雪で真っ白くて外が見えないよ。仲間はうまく隠れているはずだから、アニバルは気づかないはずなのにって驚いていると、アニバルはニヤリと笑うよ。


「別に姿を見たわけじゃない。他にいないか試しに言ってみたら、あんたらが動揺しただけだ」


 愛想のいい方がふっと笑ったよ。


「ただの狩人かと思ったが、なかなか鋭いじゃないか」


「おい。失礼だぞ」


「いいって。始祖とか思い込まれてペコペコされた方が疲れる。

 腹減ったから飯にするが、お前らはどうする?」


 外にいる一人を呼ぶと小屋はとても狭くなったよ。食事している間も吹雪はちっとも止まないよ。


「こりゃ今日は駄目だな。テントで寝てたら吹っ飛んでたぞ?」


「案外テントも強いですよ。魔法具があれば暖も取れますし」


 だんまりかと思ったら意外とこの三人は気さくだったよ。暖房の魔法具を見せてもらうとアニバルは夢中になったよ。


「あったけえ。こんなものがあるのか?いくらだ?」


「アニバル殿の年収くらいかな」


「…俺は金で生活を計ったことないからわかんねえ。魔法具って他に持っているのか?」


 目をキラキラさせて話すアニバルが愉快だったのか、三人は持っていた魔法具を見せてくれたよ。


 ライターみたいに火を起こす魔法具。汚れた水を浄化する魔法具。その他サバイバルに必要な魔法具ばかりだから、この人たちは完全に狩人でも普通の兵士でもないよ。


「ふーん。領主サマの諜報部隊か?」


「詳しくは言えんが、そのようなものだ。なあ、確かに外にいるお役目は寒いしさ。冬の間ここにいさせてくれないか?」


 本気半分、嘘半分。アニバルの傍にいた方が護衛しやすいと踏んだようだよ。


「駄目だ。三人とも帰るんだ。エクトルに怒られるというなら、俺が拳骨するって脅したって言え」


 三人はやれやれと肩を落としたよ。


「ご命令は絶対ですので。アニバル殿に何かあれば俺たちの首が飛びます」


「始祖だかなんだかって?いい加減にしてくれよ。俺はただの狩人だ」


 今度はアニバルが肩を落としたよ。


「ただの狩人ではない。あの伝説の魔鳥を倒した凄腕の狩人だ。街ではあんたの話を子どもたちは目を輝かせて聞いているぜ」


「紙芝居をしているのを見たぞ」


「舞台になるって聞きました」


 三対一。アニバルは劣性だったよ。


「恥ずかしいからよせ!」


「ガルシア領の英雄はシャイだぜ」


 散々笑われたあとに、アニバルはため息をついたよ。


「酒も飲んでないのに陽気だな、お前ら」


「辛気臭い仕事してるもんでね。楽しめるときは楽しまないと」


「俺の護衛は仕事じゃないのか?」


「たった今断られたばかりだ。言われた通りに帰るよ」


「そうそう。拳骨されるのが嫌なんで」


「俺も嫌です。吹雪の中でテントにいるの」


 灯りの魔法具は魔力を少し込めただけで数十分ついたんだ。順番に魔力を込めて、早寝のアニバルにしては夜更かししたよ。


「雪かきや雪降ろしを勝手にしてくれる魔法具はないのか?」


 冬の時期は何度も雪かきしないと雪の重みで屋根が落ちてしまうし、去年の冬は村で亡くなった人もいたからね。


 屋根を暖めて自動的に雪を落とす魔法具はあるらしいけど、とても庶民の手には届かない値段だよ。


「そっか。ないのか」


「作ろうと思えば作れるが、大したものではない」


 いくつか魔法陣を見せてくれたよ。紙に書いたから濡れると使えないけど、その魔法陣を岩やレンガに彫ったり、ペンキで塗ったりすれば濡れても使えるそうだよ。ただ使うときに魔法をかけないと発動しないみたいだね。


 アニバルが興味を持った魔法陣は、魔法をかけると発動して屋根が暖まって、雪が滑り落ちると言う仕組みらしいよ。


「持続時間を長くするには複雑な魔法陣を組むか、魔石を使うしかない」


 だからお値段が高いらしいよ。楽をしたいお金持ちは、魔力をもつ魔石と魔法陣を組み合わせた魔法具を使うらしいよ。


「いや、これで十分だ。屋根に登って何度も雪降ろしをする労力考えれば楽だ。年取れば危険だからな。朝になったら試してみたいが、うちには石も道具もないが…」


「石なら森に転がっているだろう。道具は…」


 アニバルは何か思いついたようで、薪を手に取ったよ。


「これに彫って屋根につければいい。あ…俺は水属性だが火属性の魔法具が使えるのか?」


「ああ。属性によって発動する魔法陣もあれば、属性関係なく魔力さえあれば発動する魔法陣があるんだ。熱を発する魔法陣は魔力があれば呪文を鍵にして発動する。

 魔力はどの属性も変わらないんだ。どうして魔力は同じなのに各属性に分かれてしまうのかはわかっていないんだ」


「同じ魔力?」


「血だと思ってもらえばいい。血はみな流れているだろう?血は魔力。なければ死ぬ大切なものだ」


 この時代はまだ血液型という考えはまだないよ。魔力にも血液型のように型があって、それぞれの属性になるとわかったのはもう少し後になるんだ。


「それって…。魔法具があれば属性は関係なくなるってことか?

 俺だったら火を操れるってこと?」


「ああ。もう操っているじゃないか」


 灯りの魔法具を男は叩いたよ。アニバルが驚いているのが、三人はおかしかったようだよ。


「魔法具があれば違う属性の魔法を使える。凄いな」


 ルドの時代にはなかった技術にアニバルは感動していたよ。


「魔力ありきの魔法、魔法具です。ただ自分の属性の魔法は覚えておくべきです。魔法具がないと魔法が使えなくなってしまうってことになりますからね。道具は人を補佐するものです。道具ばかりに頼るなと魔法を学ぶ者は始めに教わります」


 千年前の知識はもう古いのだとアニバルは痛感したよ。何かに頼りすぎるなと師匠の教えに通ずるから、とても納得できたんだ。


「なるほど。あっ、魔法使えない奴は魔力がないんだろう?どうして魔力のある奴とない奴がいる?」


「さあ?そこまでは知らない。魔法学院の偉い先生なら知っているかもな」


「魔法陣に興味があるならアニバル殿も学院に通えばいいのではないですか?」


「俺は学校に行ってないからよ。文字もわかんねえ」


 その情報はなかったようで、三人は驚いているよ。治水もしたと聞いていたから学があるのだと考えていたようだね。


「どんな子どもでも無償で学校に通えます。義務とはいえ通わせなくても親は罰せられはしませんが、子どもがいて学校に通っていないようなら教師か教育機関が自宅にいくと思うのですが」


 三人の中で年長と思われる男が、一番若そうな敬語男を小突いたよ。


 アニバルが捨て子というのを三人は知っているようだよ。エクトルが話したのか、隠密部隊だから情報通なのかわからないけど、プライバシーガン無視だね。


 一番若そうな男はすまなそうにしたんだ。アニバルは笑い飛ばしたよ。


「気にしてないって。冬は暇だし、魔法陣の勉強してみようかな。エクトルたちが色々本を置いていったし」


 毎年獣や魔物を狩って、冬の間に皮や牙などを加工して村や街に売っているんだ。今年は食料にするギリギリの分しか獲れなかったから、加工がすぐに終わって時間が出来てしまうらしいよ。


 いらないと言ったのに、エクトルはエルスター地方以外の単語が載っている綺麗な辞書を、ヘラルドは基礎魔法の本を置いていったんだ。


 いざ本を開いてみても、文字がわからなかったよ。


「駄目だ!」


 アニバルは机に突っ伏したよ。


「諦めるの早いね」


「教えましょうか?」


「簡単な魔法陣なら文字を覚えるより早いのでは?魔法陣は文字だという学者もいるくらいだから」


 三人各々話すと敬語男は生真面目なのか、注意してくれたよ。


「基礎から始めないといけませんよ。ただでさえ、アニバル殿は魔力の使い方ができていないのに。ああ、魔法が使えているのですが、ご自身の魔力量を考えて使われていないということです。げんに先ほど倒れられたわけで」


 アニバルは違うと手を振ったよ。


「上級上の魔力量しかないのに、最上級の魔法使うってことだろう?さっきのは天候操作じゃねえよ」


「あれは天候操作ですよ。旧派とうかがっていますが、視覚化魔法を使い、水の流れを読んでとなると、かなり修練を積まねばなりません。アニバル殿は前世で魔法が使えたせいで、今の身体は魔法を使うのに慣れていません。普通なら幼いときから魔力操作、魔法の取得と年齢に応じて学んでいるのにそれがすっぽり抜けているわけです。

 いわば使われていなかった水道管に、勢いよく水を流している状態なのです。水道管は長年使わなければどこかでごみが詰まったりして、水道管が破裂するかもしれませんよね?身体が慣れていないのに最大の魔力を放出したわけです。かなり危険だと言うことはわかりますか?」


 ヘラルドは自分より上級の魔法を使うと魔力が枯渇して危険とは教えてくれたけれど、魔力を使うのに身体を慣らすなんて聞いてなかったよ。


「おお、だからぶっ倒れたのか!おかしいと思ったんだ。昔と同じように魔法を操ったのに倒れたから。確かにもう前世の身体ではないわけだから、初級から魔法を覚えて身体を慣らしていけばいいんだな!お前の説明わかりやすい!」

 

 おやおや、疑問が解消されてうっかり口が滑ったよ。


 三人は一斉に身を乗り出したよ。


「思い出したのですか?」


「あ…いや。誰だったかは思い出せないんだが、断片的なことと魔法の使い方とかさ」


 諜報部隊ならではの誘導尋問や際どい追及が始まったから、アニバルは寝る!といって逃げたよ。


 明け方には吹雪が止んだから、さっそくアニバルは屋根に登って薪に彫った魔法陣を設置したよ。呪文を唱えると淡く光って、触ると熱を持っていたよ。三人の隠密さんも起きて、屋根の上のアニバルを見上げていたよ。


「悪い。起こしちまったか?」


 アニバルは三人が寝たフリをして、順番に起きていたのは知っていたけれど、黙っていたよ。護衛なんてついたことのない狩人が気づくには聡すぎだし、隠密さんの特徴を知りすぎてるよね。


「アニバル殿は早起きだな」


「寝坊した。もう日が昇っちまってる。お前ら寝てていいぞ?今日は晴れてそうだから、外での作業をして…」


 アニバルは村に続く道に人影を見つけたよ。


「え。あいつなんで?」


 アニバルは氷の階段を作って駆け降りて、走り出したよ。


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