45話 水神王アニバルの話2
「師匠!」
「待ってよ、師匠!」
マエストロ、マエストロと言いながら、男の子たちがついてきて、その後ろには兵士がぞろぞろついてきたよ。
「お前ら、ピィピィうるせえ!鳥のヒナかよ。そんなにうるせえと女にモテないぞ!」
人間の子どもだからヒナと言えばヒナかな。一人だけの暮らしが突如崩されて、アニバルはストレスがたまっているみたいだね。
「マエストロ、薄着で寒くないの?」
「風邪ひくよ。上着持ってないの?」
「寒くねーよ!お前らもう春だぜ。暑いだろう、その格好」
エクトルとフィデルは耳まで覆えるモコモコの帽子と、モコモコの上着を着ていたよ。対してアニバルは上半身裸で釣りをしているんだ。
エルスター地方は真冬になれば氷点下になるのが普通だから、十度くらいだと暖かく感じるのかな?
アニバルが住んでいる森はエルスターの中でも南寄りだよ。ん?中央に近いのって?地名覚えてくれたの?嬉しいな。
エルスターの真ん中より南だから中央寄りだね。でも歩いてすぐに行ける距離ではないよ。
北に行くほど寒いから、エルスターの最北端にある山岳地帯は真冬は氷点下三十度よりもっと下がるところがあるよ。平地はそこまで下がらないけど、バナナも凍って釘が打てるよ。
バナナで釘を打つには氷点下二十度から四十度なんだって。それ以上下がるとバナナの組織が壊れて、もろくなってしまって釘を打とうとすると大破するらしいよ。
エルスター地方は一番寒くても、バナナが最適な温度で釘が打てる場所だと思っていてね。
ハイドランジア大陸もバナナは南の暖かな地方で採れて、運搬方法は徒歩か馬車だからエルスターまで運んでいる間に腐ってしまうよ。この時代にエルスターでバナナ実験できた人はいないだろうね。
十度で暑いといったら、アニバルは真夏はどうやって生きていくんだろうね。寒いエルスターとはいえど、夏は二十度近くまで上がることがあるから、とろけちゃうんじゃないかな。
「どこ行くの?」
「魚釣り?教えて!」
「お前らうるさい!魚っていうのは警戒心が強いんだ。騒いでると逃げるぞ!そして俺の飯がなくなるからどこか行け!」
と言いながら、アニバルが桶と釣竿をもってどこかに行こうとするよ。
「どこ行くの?」
「お前らがいないところだ!」
「え~せっかく助けてくれたお礼持ってきたのに」
エクトルがにこーって笑うよ。アニバルはピタッと足を止めて、勢いよく振り返ったよ。
「礼はいただく。どれだ」
「マエストロ、現金だな」
フィデルが呆れるけど、アニバルが手を出してちょうだいって振っていたよ。
「俺らじゃ持てないから、家まで運ばせるよ」
とエクトル。
「マエストロは喜ぶと思うな」
とフィデル。
二人は同時か交互に話して、とても息がピッタリだよ。
「そのマエストロっていうのはやめろ。俺は弟子をとらない!」
「俺らの中でマエストロって呼ぶの決定だから。な、エクトル」
「決定、決定」
アニバルは何を言ってもだめかとため息をついたよ。二人の後ろにいる四十代くらいの付き人らしい男の人に聞いたんだ。
「なあ、こいつらいつもこんなか?あんたら大変だろう」
「いいえ。お元気で何よりです」
爽やかな笑みを浮かべたけれど、後ろの兵士たちは無表情だから逆にアニバルは察したよ。
「お前ら大人を困らすんじゃねー!お礼っていうのを置いたら、さっさと帰れ」
「なんで?」
「みんなついてきたいって言っていたし、困ってないよ」
「お前らの方が身分上だろう?下の奴らが嫌だって言えるか。お前らより上の奴らに気軽に文句言えるのかよ」
「…言えないね」
エクトルは少し考えてから言うよ。
「マエストロは俺らに文句いうじゃないか」
フィデルは本当に偉い人の子どものようだね。アニバルはまた拳骨落としそうになったよ。桶と釣竿を地面に置いて手を腰にあてたんだ。
「俺は大人だ。そして俺に弟子入りしたいんだろう?マエストロの言葉を聞けないなら何のために弟子入りする?
それとも森を単なる遊び場だと思ったか?なら帰れ。この森は魔物がうようよいる。森をなめるんじゃねえ」
「遊び場だとか思ってないよ!」
フィデルは拳を握って大声で言うのに対して、エクトルは姿勢を正したよ。
「森をなめているわけでも、遊び場だと思ってません。あなたに学べば強くなれると思ったからです」
アニバルはピッと指をさすよ。
「そこだ。出会ったばかりなのに、俺の弟子にどうしてなりたい?剣を振るったわけでも、魔法で魔物を倒したのをみせたわけではない。
お前ら貴族なら狩人より腕のたつ奴呼び寄せて、教えてもらえばいいだろう?」
「川の水を自在に操れるという複雑な魔法を、しかも詠唱せずにできる使い手はそんなにいません。俺は魔法を知りたいんです」
エクトルは譲らないよ。ますますアニバルは困ったよ。
「魔法ね…。狩りの仕方ならマエストロから習ったけど、魔法は習ってないからな」
「習ってないの?」
エクトルは目を丸くしたよ。
「マエストロは教えてくれなかったし、誰にも習ってないから人には教えられない」
「誰にも?どうやって使いこなしているの?」
フィデルも目をまるくしていて、エクトルとそっくりだったよ。
「生まれたときからだな。自然にだ」
「自然になんてありえないよ。魔法は習わないと使えないもん。やっぱりマエストロは転生者なんだよ」
フィデルが前のめりになるけど、アニバルは首をかしげたよ。
「テンセイシャってなんだ?」
「あ、知らないんだっけ?転生は生まれ変わることだよ。マエストロはずっと昔誰かであって、その人の魂と記憶がマエストロにひきつがれるんだ。マエストロって習ってないのに知識があるんだろう?きっと前世の記憶なんだ」
後ろにいる付き人や護衛は笑わないから、どうやら大人も信じてるみたいだよ。
「そんなことあるかよ。魂と身体はくっついているんだ。身体が死んだら魂も死ぬし、魂が死んだら身体も死ぬ。俺が転生者だろうが、お前らが弟子入りするかは別の問題だろう」
「転生って興味ないの?」
フィデルが聞いたよ。
「ない。転生したからなんだっていうんだ?俺の暮らしは変わるわけではない」
「そうとは言いきれないよ。
王族や貴族の間では始祖の身近な転生者はとても尊敬されるんだ。デスペハード初代皇帝は約五百年後に転生され、荒れたこの国を建て直したんだ。だから転生はあるだよ。初代もそうだけれども、俺ら貴族は初代の父上であられる始祖の転生をずっと待っているんだ。
始祖は最上級の魔法の使い手で、天災に苦しむ民を救って来られた。始祖は前世から約千年前後に転生されたことから、始祖の生まれた千年後である現代に誕生されるのではないかと考えられているんだ。始祖の瞳は蒼かったとされている」
エクトルとフィデルの目が輝いているよ。後ろの付き人たちも期待の目でアニバルを見ているんだ。
「まさか、俺をその始祖という奴の生まれ変わりだと思っているのか?」
「そうそう!きっとマエストロは始祖なんだよ」
フィデルが絶対そうだと断言するよ。アニバルはため息をついたんだ。
「残念ながら、前世だったころの記憶はない」
「思い出してないかも。何か思い当たることはない?ほら、子守唄はデスペハードの言葉じゃなかったじゃない」
エクトルは諦めてないみたいだよ。
「ないない。的外れだったな」
アニバルの家につくと荷車から兵士が大きな陶器の器を二つ置いたよ。それがお礼だって。
開けてみると真っ白い粉のようなものが見えたよ。舐めてみるとしょっぱかったんだ。
「塩?二つともか?」
どうだというばかりに年子は笑顔を浮かべているよ。
アニバルはとても困ったよ。エルスター地方は真冬雪で閉ざされて、他の地域との行き来はしにくくなるんだ。しかも、塩が取れる海からも遠いし、中には荷物が魔物や山賊に襲われることもあるから、値段がとても高いよ。
それなのに、ほいっとアニバルが一年かけても使いきれないくらいの量をくれたんだ。
この子どもたちはアニバルが想像していた普通の貴族とは違いそうだよ。
「お前ら、親の許可とって持ってきたんだろうな。後から返せとか言わないよな?」
「返せなんて言わないよ!」
フィデルが喜んでくれないのって、不満そうだよ。
「父上に助けてもらったって話したら、持っていくように言われたから大丈夫」
「…どんな金持ちなんだ、お前ら。塩はありがたくもらっておく。じゃあな」
塩を家の中に入れるとドアを閉めようとしたよ。
「待って!弟子入りのことは?」
「そうだよ。弟子にしてよ!」
エクトルとフィデルがドアを押えて閉めないようにしたよ。
「俺は始祖じゃないってわかっただろう?他をあたれ」
「記憶がないからって、始祖じゃないという根拠はない!」
エクトルは凄く必死だから、アニバルは閉めるのをやめたよ。
「なんでそんなにこだわるんだよ。始祖っていう奴いなくても、みんな生きていかれるだろうが」
「始祖は神なんだ。先を視るお力があって、奴隷制を廃して、人は平等だと民に知識を与えて豊かな国を築いた。でも始祖のされたことを理解できない人たちによって殺された。デスペハード帝国の貴族はみな始祖の血を引いている。神であり祖先である始祖にお会いしたいってみんな思っているんだ」
フィデルは曇りのない目でアニバルを見上げたよ。アニバルはデスペハード帝国の宗教はあまり知らなかったし、フィデルの言葉をすんなり信じなかったよ。
「ははーん。始祖っていうやつを神にして、お前ら貴族がそれ以外の連中を支配する理由にしたってことだな」
「そういうわけじゃないよ。始祖は凄い人なんだ!国民みんな復活を待っている!」
フィデルがむきになるけど、アニバルは相手にしなかったよ。
「始祖って奴初めて聞いたし、狩人の俺には関係ない話だ。じゃあな」
閉めようとするとエクトルがドアに足を挟んだよ。
「関係なくない。マエストロが始祖ではないという根拠はないし、始祖の可能性も残っている。デスペハード帝国の貴族として見過ごすことはできないし、魔法を使える人材は帝国にとっても重要だ。ここの暮らしよりも贅沢できる。マエストロだって贅沢したいでしょう?」
「…舌のよくまわるやつだな。俺は今の生活に満足している。話は以上だ。足どけろ」
「どけない。始祖かもしれない人にこんな暮らしをさせられない」
アニバルはドアを全開にしたから、エクトルはわかってくれたって思ったよ。でもアニバルはとても低い声で話したんだ。
「さっきから聞けば随分見下げてくれるじゃないか。こんな暮らし?民はこんな暮らしが普通だろう?
人は平等ってなんだよ。お前ら貴族で金持ち、俺は平民で貧乏。それ平等かよ。フィデルがさっき言ってただろう。民に知識を与えたって、それ上から目線だからよ。癪にさわる。
この国は豊かなのか?俺は冬をギリギリで乗り越えていく村人の姿しか見たことがない。もし俺がお前らのいう始祖なら、親はどうして俺を捨てた?どうしてそうなった?豊かなら子どもは捨てられないだろう?」
十歳くらいの子どもには難しい問いかけだったかもしれない。いや、人生でぶつかったことのない重い話だったのかもしれないし、親が子を捨てるという状況を知らずに育ったんだ。フィデルは気圧されてよく動く口が止まってしまっているよ。
「マエストロ…アニバルさんのことを考えずに自分の気持ちを優先に話してしまいました。ごめんなさい」
エクトルはお利口な子みたいだね。アニバルは頬をかいて、目をそらしたよ。
「いや。俺も感情的になった。ガキに話すことじゃなかった」
「許してもらえてよかった。始祖の話は一度忘れて。弟子にし…」
「しつこいぞ!」
「弟子に」
「弟子にして」
フィデルも復活して、弟子弟子二人で言い出すよ。アニバルは両耳をふさいで、うるさそうに身体をのけぞったよ。
「あーわかった。ちょっと確認だ。お前らいると護衛も来るのか?」
「この者たちはいないものとして考えて」
エクトルはさらりとひどいことを言ったけど、アニバルは突っ込むのが面倒だったよ。
「正直困る。獣は人の気配に敏感なんだ。人が大勢いると逃げちまって罠に獲物がかからない。
お付きの人に聞きたいが、こいつらの親は俺に預けることをどう考えている?」
会ったこともない狩人にしかも魔物がいる場所で、大事な息子たちを喜んで預けるとは考えにくいよ。
四十代くらいのお付きの人が答えたよ。
「ご主人様はお二人がアニバル殿と出会って真面目に授業を受けられると知り、ご教育にいいと考えられています。それ故アニバル殿に預けたいと」
悪ガキが手におえないから、しつけてくれそうな人に預けるってことかな。
「…なんかこんなこと昔あったような」
アニバルは弟子を取ったことも子どもを預かったこともないよ。マエストロと呼ばれて追いかけまわされるのも、どうしてか懐かしく感じるんだ。
デジャヴに頭をかしげていると、フィデルがにじり寄ったよ。
「弟子にしてくれるの?ねえねえ」
「死んでも俺のせいにしないならな。この森にお前らの意思で入った。だからお前らの親は俺を罰しないと言えば弟子にしてやる」
「お話中、失礼。アニバル殿がお二人の危機を回避する義務を怠った場合は罰を受けていただきます」
お付きの人は二人の親の代弁者みたいだね。
「魔物が襲ってきて助けようとしなかったらってことか?
この森には氷の鳥がいる。そいつが現れたら逃げろという前に殺されるかもしれない。運良く俺だけ生き残った場合も罰せられるのか?」
「氷の鳥は天災級の魔物です。その場合は仕方がありません。故意に危険を見逃した場合とします」
「わかった。本当に変わった親だな。お前らの親の顔見てみたいぜ」
「ぜひ、うちに来て!」
「父上も喜ぶよ!」
「行かねーよ!堅苦しいところ。ていうか俺、礼儀作法も知らないし、綺麗な服なんて持ってないからな!」
「アニバル殿がいらっしゃるのなら、こちらでご用意します」
お付きの人も来てくださいオーラを出しているよ。貴族としては始祖の転生者の可能性があるアニバルと繋がりを持っておきたいって考えるだろうね。
アニバルは面倒なことになったと思ったよ。
「マエストロ。さっそくなにすればいい?」
フィデルがわくわくしているよ。アニバルは釣竿を突き出したよ。
「魚釣るぞ」
「それ、魔法と関係ないじゃないか」
「フィデル。もう俺らは弟子なんだ。マエストロの言うこと聞かなきゃ」
「なんか最近エクトルが素直だし、大人になってつまらない」
くすくす笑う声が兵士たちから聞こえたよ。お付きの人も口を手で押さえて笑いを隠していたよ。
護衛として兵士二人を連れて、あとは小屋に待機させると川の方に戻ったんだ。
釣りは初めてらしく騒いでいるとアニバルの拳骨が落ちたよ。静かに釣り針を川に落とすと、アニバルは二人の背を蹴ったよ。
エクトルは気配に気づいて避けたけど、フィデルは頭から落ちたよ。浅瀬だったからエクトルみたく流されなかったよ。
「急になにすんだよ!」
「魚釣ってて魔物が背後から来たらどうするんだ。注意を怠るな。わかったな?釣りはもういい。今度は狩りをするぞ」
一回の警告でわかるものかな。アニバルスパルタ教育は始まったみたいだよ。フィデルの服を魔法で乾かすとスタスタ歩いて行ってしまって、慌てて二人は追いかけたんだ。
※今回は本編と全く関係ない雑談をお届けします。虫苦手な人は読まずに閉じてください。
卯月「ハイドランジアは春を迎え、日本は新緑美しい季節になりました。生命が目を覚ますという感じで春や初夏は好きですが、目を覚まさないでいただきたい方がおります」
テラ「急にどうしたの?」
卯月「先日キッチンで黒い影がささっと見えたのです。あれです、G様がお目覚めになったのです」
テラ「キミの部屋まさか汚部屋?」
卯月「何を言う!ちゃんと掃除しているけどうっかり三角コーナーのゴミを放置したら、影が…。テラって都会の公園に住んでるなら見るでしょう、G様。都会はG様のオアシスだし」
テラ「いや田舎にもいるでしょう。ドブの近くの狭い道路でスクランブル交差点のように移動していたのを見たことあるよ。公園は色々な生き物いるからね。でもG様はいないよ。あの手のものはボクはコオロギだとだと思っているからね!」
卯月「今コオロギいないけど」
カサカサカサ。※テラと卯月は夕方の公園にいます。
テラ「!!」
卯月「まさか、噂をすれば。あれ?テラ?テラさーん、どこにいった。…G様並みに逃げ足早いな」




