43話 暴君ルドの話39
暴君ルドのお話はどうだったかな?意外とルドいいやつだったって?うん、ボクはいい人路線でお話したんだよ。
現代のレナータでは、ルドは悪者というイメージなんだ。それはどうしてかって?最初に話したと思うけど、ルドの時代は紙が使われていて、古文書や文献が現代に残されているよ。
その中で処刑方法の残虐さや、ルドの政治に反対する人の名前と処刑を許可したルドの直筆のサインも大量に残されていたことで、ルドは酷い人だということになったんだ。
ルドの死後、ルークススペース帝国といえば崩壊してしまったんだ。後継者とされたジュストは恩人であるルドを裏切ったとして、裏切り者のジュストと呼ばれるようになったよ。ジュストも弁解しなかったとされるよ。
皇帝暗殺という、イメージの悪いことをしちゃったグランデフィウーメとグランデフィウーメ側の領主や貴族たちは自分たちの正当性を主張したよ。何をしたか。キミならどうする?
そう相手を貶めることなんだ。今風でいうとディスるっていうことかな。
ルドを徹底的にディスって、ルドのしたことを否定し、貴族の子どもが使う教科書にもこれだけルドは酷いことをしたんだと書いて、教えたんだ。
オリゾンテ家筆頭にルド派は黙っていなかったろうって?
そうそうステファノは健在だったし、なんでルークススペース帝国は崩壊しちゃったというかというと、思い出してよ。
ステファノの末の息子がグランデフィウーメ側についていたでしょう?
ルドの味方と思われた人々の中に敵も混ざっていたんだ。ステファノをはじめ、味方も敵かどうかの選別ができず、互いに疑いを抱いてしまって、うまくまとめることができなかったんだ。グランデフィウーメの討伐ができずに、各地で混乱と覇権を巡る戦いが起こり、ルークススペース帝国いやレナータの暗黒時代がはじまってしまったんだ。この暗黒時代は数百年戦争が絶えず、文明も思想もルドの時代よりも停滞や後退してしまったんだ。
そう中央のようにね。
停滞や後退の原因として芸術家や思想家は身を守るために、レナータ以外の地域へ逃げてしまったんだ。そのおかげでルークススペース帝国で培われたモノが、ほかの地域にもたらされて第二次、第三次とレナータの文化が花開いていくんだ。
レナータは暗黒時代になったのに皮肉だよね。
文化や思想が後退したということだけれど、一つ挙げると元奴隷たちは奴隷に戻されてしまったよ。それが嫌で反乱を起こしたりして、レナータから逃げ出したんだ。
ルドの下で兵士として訓練した元奴隷たちは、ルド以外の主人を持たないとして、特定の人のところで働かないと決めたんだ。これは中世まで主流だった忠義や忠誠によって結ばれる主人と兵士・騎士という考えを変えてしまったよ。必要なときに兵を雇うという、傭兵の誕生だったんだ。
魔法が使えない奴隷たちはルドが死のうが、国が崩壊しようが興味なかったよ。ルークススペース帝国にはまだまだ数多くの奴隷がいたんだ。奴隷たちはルドに期待したけれど、建国から五年、十年と経ってもずっと平民になれないから、段々期待はしなくなっていったんだ。
ルドは徐々に人々の考え方を変えて身分制度の撤廃をしていこうとしてはいたんだ。急激な常識の転換は大きな反発と混乱を招くとして、ゆっくりと進めてはいたけれど、結局はグランデフィウーメのような貴族派の反発で、ルドの計画は彼の死をもって終わってしまったんだ。
さて、ルドと親しい人たちはどうなったかというとね。
ジュストは裏切り者というレッテルを貼られてしまったんだ。ルドの葬儀に出ようとしたときのことで、普段大人しいグレータに「どの面下げて来たのですか」と怒鳴られてしまったんだ。そのおかげでグレータは烈婦と後世に伝えられてしまったんだけどね。
エジリオはルドの葬儀後、死を悼む民たちの声を受けて、特別礼拝をしたよ。礼拝中にグランデフィウーメ側の人たちの襲撃にあい、民を逃がすため戦って亡くなってしまったんだ。
ルドの一家は首都でフェデリーゴが暗殺されかけて、一時的にゲレル国へ逃げたんだ。でもグランデフィウーメ側であるフォレスタが攻めこんでくるとわかって、さらに北へ北へ逃げたよ。
そう、フェデリーゴを含めた皇帝一家かルークススペース国内にいなくなったんだ。ジュストは裏切り者として後継者として相応しくない、フェデリーゴは亡命した。ルークススペース帝国は皇帝不在になり、瓦解したんだ。
亡命しないで国内に残ったのは、ジュストとステファノを含めたオリゾンテ家だよ。リクもおじいちゃんながら、民のために戦って唯一ジュスト味方だったそうだよ。
ルド派のポネンテはグランデフィウーメから近いから、何度も攻めこまれたけれど、落ちなかったんだ。だから鉄壁の要塞都市と言われるようになったんだ。
グランデフィウーメ側も一枚岩ではなかったようだよ。仲間にした神使たちは、ルドの死後に三日三晩降り続いた雨で、水の神が泣いている、ルドを殺してはいけなかったんだって、ビビってしまって早くも離脱したよ。
エトーレの実家のベネデッティ家が領主へ不満を溜めていた下流貴族を束ねて、グランデフィウーメで反乱を起こしたんだ。エドモンドは領主の考えを止められなかったことと、友人を残忍な方法で殺されたことでルイージを裏切って、ベネデッティ家に味方したんだ。
ポネンテが落ちなかったのは出兵の度に、ベネデッティ家とエドモンドがテロを起こしたからというのが、現代の歴史家の研究によって分かってきたよ。
まあ、そんなことがルークススペース帝国のあちらこちらで起こり、国として完全に機能を失ったんだ。
そうそうボクがルドを暴君じゃなかった説をとったのも、現代のリアム王時代にルドの時代が見直されて、歴史的な常識が変わったからなんだ。
あとはね、グランデフィウーメのようなルドを徹底的にディスってしかも褒めることを禁止した土地での教会で、面白いものが残されていたことも、ルドいい人説を選んだ理由なんだ。
教会には神々の教えや神話の絵があると話したよね?水の神教会にたびたびこんな絵があるんだ。
女神アックルーアが、涙を流して地上に生命が誕生した。動植物が生まれるシーンに人間の男の子が祈りを捧げていて、その男の子は蒼い眼をして黒髪なんだ。レナータの人って茶色や金髪の人が多くて、人間の代表として描くのなら、親しみやすいようによく見慣れた人の髪を描くと思うんだ。あえて黒髪なのが気になってね。
ルドの偉業を語ることを許されなかった人々が、こっそりとルドの話を伝えるために描いたのではないか。
でも現代のリアム王時代の人に聞いても、この絵がどうして黒髪の男の子かはわからないそうなんだ。
歴史家の人からしたら、ボクの想像は根拠がないって否定されそうだけど、もしもって思ったらロマン感じちゃったんだ。
お前のロマンはどうでもいいって?
まあそんなこと言わずに。
ルドのお話を締めくくるのに、とあるきょうだいのお話をしようかな。
感染症の被害が少なかったプラテリアは、早い段階で人々は穏やかな暮らしを取り戻したよ。ロックダウンしていたのは周辺の街や領主からプラテリア人に来ないでほしかったからだったんだ。
「 マエストロ!できました。見てください」
一昨年、マルコ・ヴィペラのもとに弟子入りした十四歳の少年は、緊張した面持ちで魔法具をマルコに見せたよ。
「どれどれ。前回言ったところは直っているが、表面がまだ凹凸があって見映えが悪い。お前がこれをほしいとお金を出して買うか?」
「うーん。俺のとマエストロのと比べたらマエストロのを選ぶな…。磨いてみます」
「そうしなさい」
マルコはグランデフィウーメには年明けに帰るくらいで、長年プラテリアにいて魔法具製作のマエストロになっていたよ。
プラテリアの人たちは貴族が職人になっていることで、最初は戸惑っていたけれどマルコの人のよさですぐに打ち解けたよ。
「マルコさん。あんた、ちゃんと食べてるの?服いつ洗ったの?」
近所のおばちゃんたちが何かと世話を焼いてくれたよ。
マルコはヴィペラ家の次期当主として、幼少のころから着替えも食事も身の回りのことすべて使用人がやっていたから、いまだに自分でやるのが苦手だったよ。プラテリアに来たときは使用人がいたんだけど、平民の子どもが一人で着替えができるのに大の男ができないのがとても恥ずかしく思って、使用人を雇うのをやめてしまったんだ。
「ほら、うちのとついでに洗うから着替えてきて」
「はい…。ありがとうございます」
着替えるとおばちゃんはいつ洗ったの、臭いわと文句をいいつつも洗ってくれたよ。家事力ゼロのマルコはこうやって今日まで生きてこられたよ。
魔法具の売れ行きは順調すぎて、毎日マルコたちは大忙しだったよ。今日も注文の山を見て、終わるかなと笑っていつも終わっていなかったんだ。
仕事に取りかかろうと魔法具の核となる水晶を選んでいると、馬の嘶きと慌ただしい蹄の音が石畳の道に響いたよ。
何だろうと顔を上げると、工房のドアが激しく叩かれたよ。
「何でしょう?」
見習いで一番年下の少年がドアを開けると、兵士が二人立っていたよ。
「マルコ・ヴィペラ殿はおいでか?」
「マエストロはいますが」
「どうされたので?」
マルコはなんだろうと少し不安になりながら、ドアの方へ向かったよ。
「今すぐ我々と一緒に領主城に来てください。馬は乗れますよね?」
「乗れますが」
何の説明もしてくれず、乗れと言われた馬に乗って、領主城へ行ったよ。
こじんまりとした領主城に入るけれど、自分の格好が気になってしまったよ。
「正装ではないのですが」
「火急の用とのことで構いません」
今日服を着替えてよかったとちょっと安心したけれど、貴族の服装よりも断然質素で飾り気もないよ。
でも仕事着で一番綺麗だったんだ。マルコは堂々胸を張って、絨毯を踏みしめて歩くよ。この絨毯はゲレルの女性たちが作ったもので、ルークススペース帝国で一番クオリティが高くて貴族から人気だったよ。
領主と何度か会ったけれど、怖い顔をしていたのは初めてだったよ。挨拶そこそこに領主は切り出したんだ。
「陛下が亡くなられた」
「え?」
マルコの頭の中が真っ白になったよ。病で伏せているのは知っていたけれど、そんなに酷かったのかと思ったよ。
「グランデフィウーメが謀ったそうだ。貴殿の弟の策略だったと聞いている。貴殿が関与しているか問う」
「な!そんな、陛下を弟が…。グランデフィウーメ領主様は王の座にご興味があると聞いたことはありました。でも私は断じて陛下を殺すなど!」
プラテリア領主は怖い顔のまま頷いたよ。
「だろう。貴殿は年明けにグランデフィウーメに行ってから街から出ていない。もしもグランデフィウーメが我が領地の侵略を考えるなら、貴殿には覚悟してもらう」
「…わかりました。私を殺して門にでも下げてください。ただ私はヴィペラ家でもグランデフィウーメでも価値のない人間です」
「貴族としての価値はないとおっしゃっているのか?マエストロとして貴殿の技術は、奴らが喉から手が出るほどほしいだろう。我々は陛下より任された資源と技術を守らねばならない。貴殿に街から外に出ることを禁じる」
「承知しました」
兵士に工房まで送ると言われたけれど、歩いて帰りたい気分だったから断ったよ。皇帝の死はまだ伏せられていて、プラテリアはいつもの光景が広がっていたんだ。
「皇帝は誰がやる?」
「おれ!」
皇帝ごっこをしている子どもたちを見つけて、ルドを思い出してしまってマルコは泣きそうになったよ。ルドがもういないなんて信じられないなかったんだ。でも頭では領主の言葉は嘘ではない、ルドは死んだんだとわかっていたよ。
「お帰りなさい。マエストロ。領主様はなんだって?もっと早く納品しろって怒っていました?」
見習いの少年の明るさに束の間気分が晴れたよ。
「まあそんなところだ。さて仕事をしなければ」
机の上に置きっぱなしの水晶を手にとっても、何一つやる気がおきないよ。
「マエストロ、どうしました?とても怒られました?」
ぼうっとしていたのを心配したのか、見習いの少年がマルコの部屋を覗き込んだよ。少年の手には、朝指摘した箇所を直したものがあったよ。
「直したのか?」
「はい!どうですか?」
「…。もう少しだな」
がっくりと肩を落とすけれど、筋がいいと工房の人はみんな思っていたんだ。少年はダメ出しされた水晶を手のなかで転がして呟いたよ。
「俺も早くうまくなって、陛下のお守りを作れるようになりたいな」
何気ない一言がマルコの胸を貫いたよ。
皇帝は死んだ。つまり、自分が作った魔法もなんでも弾く王の指輪が役に立たなかったんだ。
ガツンと水晶を床に叩きつける音で我に返ったよ。少年があんぐりと口を開けて驚いていたんだ。
「悪い。一人にさせてくれ」
少年を追い出すとマルコは椅子に座って頭を抱えていたよ。魔法具の指輪が魔法も直接的な攻撃を無効にできなかったんだ。
「毒は…」
体内に入れば防げないよ。それか指輪を取り上げられて殺されたかだね。
「なんということだ」
夜になっても家には帰らず、真っ暗な部屋から月を眺めたよ。
「この国はどうなるのだろうか」
戦争になる。プラテリアの街の人は?
魔法具で富を築いても人口も兵力も隣のフォレスタに劣るよ。攻めこまれたらこの街は滅びる。
マルコは急に使命感がわいてきたんだ。
「陛下が遺されたものを守らねば!」
灯りをつけて、隣の物置小屋にいって埃被った布をまくるよ。プラテリア領主から街の外壁の防御用に大きな魔法具はできないかと頼まれていたけれど、あまりの大きさと日々の注文の多さで、途中まで造って後回しにしてしまっていたんだ。
戦争になるのはいつなのか。
間に合うのか。
そんなことは今は考えられなかったんだ。この使命感を頼りに突き進まないと、悲しくて全てを投げ出してしまいそうだったんだ。
「おはようございます。マエストロ?」
工房の職人たちは閉じこもってしまった昨日と違って、一心不乱に作業をするマルコに驚いていたよ。
「みんな手伝ってくれ。見習いは今まで通り魔法具を作って。…だめだ、手が足りない。他の工房のマエストロを呼んできてくれ。あと領主様にも確認せねば」
「なにがどうなっているんだ?」
職人たちは困惑しながらも言われた通りにしたよ。呼ばれた各工房のマエストロたちは、マルコの作業部屋に集まったよ。
「朝からすまない。この街の存亡にかかわることなんだ。以前、領主様から依頼された外壁の防御魔法具を完成させたい。私だけでは無理なんだ。みんなに手伝ってほしい」
「急になんだ?フォレスタが攻めてくれば、陛下はお許しにならないだろう?」
みんなそう考えていたんだ。マルコは他言するなとキツく言ってから、重々しく口を開いたよ。
「陛下が亡くなられた。我々をお守りしてくださる方はもういないのだ」
「な…」
「本当なのか?」
マエストロたちも突然のことで信じられないよ。
「本当だ。プラテリア領主様が昨日、私を呼びだしてそう告げた。グランデフィウーメ領主が関与しているらしい。ならば我々の技術がほしい、グランデフィウーメとフォレスタは攻めてくるだろう」
「グランデフィウーメってあんたの実家だろう!何してくれるんだ!」
胸ぐらを掴まれてマルコは静かに言ったよ。
「私は知らなかった。グランデフィウーメ領主が暴挙に出るとは!もしグランデフィウーメがこの街を侵略するのなら、私は処刑されて門に吊るされるだろう。でもそんなもの何の牽制にもならん!しかし、領主様はお望みだ。
そうなる前に、多くの魔法具を作り、外壁の魔法具を完成させねばならない!私は陛下が遺してくださったこの街を守りたいのだ!」
「マルコさん、あんた…」
胸ぐらを掴んだマエストロは手を放すと、すまなかったと謝ったよ。
マルコが考えていたように、プラテリア領主が全魔法具の工房へ戦争に向けて魔法具を作るよう命令がすぐに出されたよ。
「なんだか騒がしいね」
世話を焼いてくれるおばちゃんが目を丸くしていたよ。
「マルコさん、服乾いたよ。ごはんまだでしょう?」
ほんのりとあたたかなパンを受け取って、おばちゃんにお礼を言って食べたよ。
子どもたちの騒ぐ声や人々が活動する音が街のあちこちから聞こえ、工房の外は何も変わらない日常が始まったよ。
ルドの死後一週間ほど経ったころだったよ。人々がお昼の休憩をしていると街の鐘が鳴り響いたんだ。
「なんだ?」
事情を知らない街の人たちは、敵襲を知らせる鐘が誤報だと思っていたよ。
ルドが即位して約三十年間、ゲレルの侵攻以来プラテリアには戦争の影はなかったんだ。戦争という言葉は若い人たちには遠い過去になっていたよ。
「フォレスタが攻めてきた!住民は街から出ないように!」
兵士たちが街を走り回って危険を知らせたよ。
ついにかとマルコに緊張が走ったよ。そして、フォレスタを制止する力が働かないのは、首都オリゾンテも混乱していると証拠だと考えたんだ。
「フォレスタが?そんなこと許されないよ。陛下が止めてくれるでしょう」
見習いの少年が、ねって言うけどマルコの険しい顔に困っていたよ。
「陛下は亡くなられた」
騒がしかった工房は静まり返ったよ。長くマルコと働いてきた熟練の職人はそうかとマエストロの変化に納得したようだったけれど、若手の狼狽は激しかったんだ。
「嘘を言わないでくれ!」
「嘘ではない。お前たち、今日までよく頑張ってくれた。フォレスタはお前たちの技術とゲレル国の水晶を狙っている。もし捕まったら生き延びることを考えろ。陛下のためとかプラテリアのためとか考えず、生きることをだ。死んだらお前たちの持っている技術は失われる。それは陛下はお望みではない。
みんな、元気でいてくれ」
「何ですか、急に」
お別れの挨拶みたいで、みんな困惑していたよ。
「陛下を暗殺したのはグランデフィウーメだ。そして指揮したのは私の弟トンマーゾ・ヴィペラらしい。私は人質として領主城に投獄されるだろう。すぐに処刑されることになるかもしれない」
「そんなことって…。マエストロはプラテリアのために尽くして下さったではないですか」
自分が裏切りのグランデフィウーメの貴族でも、心配してくれる職人たちの心が嬉しかったよ。
「ありがとう。私は貴族だ。生まれは変えられないんだ」
「マエストロは、職人です。偉ぶっている貴族じゃないです」
見習いの少年が涙を浮かべて、ひっくひっくしながら一生懸命訴えたよ。
「ありがとう。私も偉ぶっている貴族の一人だよ」
兵士がやってきて、マルコとマエストロたちは外壁に完成した魔法具を設置したよ。
終わると兵士はマルコに魔法を使うなと手を縛り、口を塞ごうとしたんだ。
「私は魔法が使えないんだよ」
プラテリアの貴族も多くが魔法を使えるからマルコも、と思ってしまったんだね。
外壁の上から外を眺めると、農民の家々が遠くで燃えていたよ。
「攻撃されているのか?」
マエストロたちは震え上がったよ。
のどかな田舎風景が煙を上げて燃えていく。
それがもうじきここへやってくる。
マルコは目を細めて遠くの破壊を眺めたんだ。
敵の先遣隊か、外から兵がやってきて壁に矢を放つよ。
防御魔法が発動して矢は弾かれて落ちたけれど、兵士たちはそのまま本陣へ帰っていたんだ。
「矢文か?」
伏兵に警戒しながら、プラテリアの兵士が取りに行ったよ。領主の元に届けられたあと、マルコが呼ばれたんだ。
「トンマーゾ・ヴィペラ殿からだそうだ。貴殿を渡せばプラテリアへ侵攻しないという。貴殿本人か確認するためにわざわざ来ているそうだ」
領主はうさんくさそうにしているよ。マルコは弟がここまで来ているのに驚いたよ。
「弟が?」
マルコを捕まえたければフォレスタを動かせば、トンマーゾがいなくても簡単にできるはずだよ。それがわざわざ来たんだ。
「私を殺さないためか」
「だろうな。マルコ殿、あなたは我が領と陛下か、グランデフィウーメのどちらにつく?」
マルコは幼い頃から可愛がっていた弟の顔が頭に過るよ。マルコのように魔法が使えない人でも、トンマーゾのように外見で差別されない領にしようと弟と約束したけれど、穏やかな生活をくれたのはルドだったんだ。
「私は罪と恩があります。陛下ならプラテリアを守れと仰るでしょう。死ぬ瞬間までプラテリアを守る魔法具を作り続ける覚悟です」
「わかった。その覚悟を見せろ。貴殿の弟に会いに行け。護衛を貸す」
トンマーゾに会っていいのかと領主を見ると目がとても鋭くて、若い頃にいた政治の世界を思い出したよ。
「…承知しました」
プラテリア領主はトンマーゾにマルコの身柄を引き渡す条件として、軍の本陣を一キロ以上街から離れて待機するように言ったんだ。トンマーゾもプラテリアは戦っても勝ち目はないから、引き渡しに応じるしかないと考えていたよ。
トンマーゾはマルコの身の安全を確認したら、プラテリアを襲撃するつもりだったからはじめから約束を守る気はなかったんだ。
プラテリアの職人たちを拉致し、そのままゲレル国に攻めこんで水晶が採れる山を奪おうとしたんだ。
トンマーゾは素直にプラテリアが要求を飲んで、護衛を十人引き連れてきたよ。プラテリア側も十人という話だったから、トンマーゾはプラテリアが応じたと余裕の笑みを浮かべたよ。
「兄上。遅くなって申し訳ございません。お迎えに来ました」
「…遅くなるとはなんだ?」
「兄上を平民のように扱ったあの王は消えました。グランデフィウーメに帰りましょう」
グランデフィウーメでの貴族の暮らしはマルコにとって暗い記憶しかなかったんだ。そんな暮らしに戻りたくないよ。
「私は帰らない。今の暮らしで満足している」
「困りました。あの魔王は兄上に暗示をかけてしまっているのですね」
「暗示とはなんだ。陛下は私に暗示などかけていない。確かに最初は恐ろしかった。でも悪魔のような行いをしたのは陛下ではなく、私の方だ。
陛下は私の思いを聞いて、新しい道を用意してくださった。血筋ではない己の力のみでマエストロになったことを誇りに思っている」
「兄上。あなたは職人ではありません。貴族なのです。我が家はグランデフィウーメ家を長年支えてきました。その誇りはどうしたのです?兄上は身だしなみを大切にされていたのに、そのような汚ならしい格好をして。私はいつも悔しい思いをしていました。あの魔王から兄上を助けねばならないと。思ったより時間がかかってしまいました」
「魔王とはなんだ。陛下は心優しい方だ。侮辱するな!」
「魔王ですよ。目を焼いても魔法を放つし、何本も槍で身体を貫いても動いてましたから。おかげで多くの兵士を失いました」
「目を焼く?槍で身体を貫く?なんと酷いことを」
マルコも怒ったし、護衛できた兵士もトンマーゾを睨みつけていたよ。
トンマーゾは額に手を置いて重症だというよ。
「ここで話してもだめなようです。グランデフィウーメでゆっくり暗示を解きましょう」
「私は何も暗示にかかっては…」
ヴィペラ家に伝わる魔法を思い出したよ。プラテリアの生活が長くて、すっかり忘れてしまっていたんだ。
弟の顔をじっくり眺めるよ。髪は薄くなり、皺が濃くなってマルコより老けていて見えるかもしれない。
「トンマーゾ。魔法を乱用したな。寿命を縮めると父上から言われただろう?」
「わかってますよ。予定より遅れて、かなりキツかったのですが、もう使いませんよ。魔王はいなくなりましたし」
「陛下に魔法をかけたのか?」
「いえいえ、魔王に見破られてしまいますから。子飼いは意外ともろかったのですが、魔王が疑り深いので、何度か邪魔されてせいで兄上を迎えに来るのが遅くなりました」
「子飼い?まさかジュスト殿やエトーレ殿を?」
ニマーっと笑うだけで答えないよ。
「さあ、行きましょう」
「…前から気になっていたのだが、私は叔父に魔法をかけられていたのか?」
トンマーゾはきょとんとなったけれど、ああと頷いたよ。
「兄上は気づかれましたか。でも過去のことでしょう。そろそろ時間です。フォレスタが痺れを切らして進軍してしまいますよ?」
「これだけははっきりしたい。あの食中毒はお前の仕業か?」
「毒は専門外ですよ。叔父上は当主の座に執着していました。魔法の使えない兄上は魔法を防ぐ術はありません。その兄上を魔法で情緒不安定にして、当主の座を遠ざけようとしたのです。
執着というのは面倒です。ルイージ様も王の指輪探しに熱中しているし、皇帝一家とオリゾンテ家を潰すのが優先だというのに。指輪の魔法具なんて兄上に作っていただければいいと何度も申し上げているのですがね」
「…叔父たちと陛下を殺して今度は領主様までもか?何がしたい。争いを起こして何がしたい!」
「何って約束したではありませんか。一緒にいい世界を作ろうと。兄上が領主で私が宰相になって。こんな歳になってしまいましたが」
トンマーゾは子どもみたいに嬉しそうにしているよ。マルコは気づいてしまったんだ。
「叔父も陛下も殺したのは私のためか?」
「私たちのためですよ。兄上。さあ、早く帰りましょう。ルイージ様は私の言いなりです。やっとここまで来たのです」
「悲しい心で見ているから、全部悲しいものしか見えないんだ。楽しい心で見てみよう」
病人だとかゾンビだとか同じ年頃の子どもに言われて、いつも悲しくて泣いていた弟をマルコは励ましていたんだ。
魔法が使えなくて役立たずだと父親に言われたのが悲しくて、弟を励ますことで自分を励ましていた。
トンマーゾはもしかしたら、そんな兄の本音を知らずに、理解者だと慕っていたのかもしれない。いや依存していたのかもしれない。
マルコが考えている以上に。
マルコは魔法が使えないと知って勉強をやめてしまったけれど、精神系の魔法は連続使用すると使い手の精神が病む場合があると教えられていたよ。
それに本人が気づいていないことが多いそうだよ。
「…そうか。お前ばかり負担をかけていたようだ。すまなかった」
ゆっくり近づいて弟を抱擁したよ。
「兄上…」
「私の可愛い弟。こんなに痩せて。子どものころに語った夢は違うかたちで私の手に入った。でも望んだ世界をお前が壊した」
「兄上?」
トンマーゾは手首を掴まれて、食い込むような痛みを感じると全身が痺れたよ。
よろよろと後ろに下がって膝が砕けて座ると、兄の袖から蛇が顔を出していたよ。それを合図にマルコの護衛たちがグランデフィウーメの兵士に攻撃したよ。
「なんで…」
解毒や毒を出すことを忘れて、呆然とトンマーゾは兄を見上げたよ。
「すまない、トンマーゾ。お前との約束忘れていたよ。果たせそうにない」
「あにうえ…!」
プラテリアの兵士から剣が向けられても、鎧を着ていなかったトンマーゾは避けずに胸を刺されて絶命したんだ。
プラテリアの兵士はほぼ無傷で、トンマーゾたちを倒したよ。魔法具は防御のほかにも攻撃を強化するものが発明されたりして、ずっとルドとプラテリア領内で秘密にされてきたんだ。
死んだ弟の頭を撫でて、これでよかったのかとマルコは分からなくなってしまったよ。子どもの頃、無邪気に笑って後ろをついて回る弟の顔を思い出してしまって涙が込み上げてきたよ。
「私も殺してくれ」
「いけません、マエストロ。あなたはプラテリアに必要な人です」
故郷でお前なんか必要ない。何度も陰で言われてきた言葉。
ここでは誰かが必要だと言ってくれる。
マルコは両腕を掴まれて立たされたよ。
「敵兵が気づいたようです。マエストロは早く戻ってください!」
「トンマーゾが…」
小隊がこちらに向かってきたよ。マルコは兵士に背を押されて走り出したよ。
後ろから聞こえるのは魔法が放たれ、剣と剣が交わる音。風に乗ってくる血の臭い。
「ああ…」
日常が消えていく。
壊れていく私の世界。
もう戻らない世界。
次回は4/17土曜に暴君ルドの話に登場する人物や地名をまとめたものを投稿します。結構登場人物いましたね…。
18日の日曜はおやすみをいただき、24日からアニバル編投稿開始します。アニバル一話、さっそくテラが暴走しているので、この量を編集するのかとすでに頭が痛い…。
一話ごとに本当は「やあ、みんな集まってくれありがとう」から入るのですが、オールカットでお話だけ載せています。アニバル編の一話もそれで行くかな。ふふふ。
ルド編の登場人物の後書きにカット部分載せる予定なので、ご興味ある方どうぞ。




