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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第一章 三王の話
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41話 暴君ルドの話37

 なんだこれはと呆然としていると、ベッティーノはドアへ走ったよ。拍子にスケッチブックが音を立てて落ちたんだ。


「どうしました?」


 部屋の外に控えていたエトーレが部屋に入ってきたよ。すぐに吐血しているルドに駆け寄ったら、ルドが血のついていない方の手で腕を掴んだんだ。


「誰にも言うな」


「しかし、医者には」


「今、誰かの耳に入れば、何が起こるか。まだこの国の疫病の傷は癒えていないのに皇帝が倒れたとなれば混乱する」


「そんなことより陛下が大事です!医者を呼んできます」


「そんなこととはなんだ。国が混乱したら多くの人が苦しむんだぞ」


「俺は…お父さんの方が大事です。顔が真っ青ですよ。我慢しないでください」


 いつも陛下と呼ぶのにエトーレの不意打ちにルドは驚いたよ。エトーレは小刻みに震えていたんだ。


「…強がって悪かった。医者を呼んでくれ。ああ、ジュストには言わないで。あれこれうるさいから」


 エトーレは確かにうるさいですねと小さく笑うと、ルドを椅子に座らせてから医者を呼んだよ。


 医者にも他言無用とキツく言ったよ。医者もルドの思いを汲んで誰にも言わなかったんだ。


「治療なさいませ。しないと本当に危のうございます」


「治るものなのですか?」


 医者は険しい顔をしたから、ルドは考えが甘かったなと思ったよ。


「皮膚の痣と吐血。魔法を使いすぎて亡くなった者の症状に似ております」


「亡くなる…。最近は頻繁に使っていないが…」


 処刑を止めたときに魔法を使ったけれど、その前から痛んでいたからね。いつごろからと聞かれて思い出したよ。


「病が流行ったとき、治療に毎日疲れるほど患者に魔法を使ったな。

 天候を変えることも、不治の病を治すのも相応の代償が必要だったということか」


 ルドは治療をしてもらったけれど、医者から気休めだと言われたよ。魔法を使わなければ延命できるらしくて、エトーレに絶対使わないでと約束させられたよ。


 しばらく吐血しなかったから普通に生活を送っていたよ。ただベッティーノと会う時間を治療に回してしまっていたんだ。数週間経ってからベッティーノとの日課を再開したよ。


 約束通りベッティーノは過去のスケッチブックを持ってきたよ。年々ルドの皺が増えたり、顔つきの変化が見てとれたよ。


「お身体はもう大丈夫なのですか?」


「心配させてしまってすまないね。痛みもなくってきたよ。おかしいと思ったらすぐに医者に話すべきだったな」


 ベッティーノはよくなっていると聞いて安心してくれたみたいだよ。


 でも自分の絵を理解してくれる皇帝が、もしもいなくなったらと考えると誰にも話せないのがストレスだったみたい。言ってはいけないのならば、絵に描いたんだ。こういうところは彼は根っから画家なんだろうね。


 赤い背景に俯く男性の絵をこっそり描いたけれど、ベッティーノの家には売れない画家たちが居候していたから、見つかってしまったよ。顔はぼやけていたけど、神殿の側に住んでいるから、すぐにルドだってわかったよ。


 噂になっちゃって、ベッティーノはまた縄に縛られてしまったよ。グレータが絵を確認したら、とても優しい声でこれは陛下ですかと聞くけれど、ちっとも顔が笑っていなかったよ。


 ルドは絵を見てから、ベッティーノの縄を解いたよ。


「彼は悪くないよ。少し二人で話そうか」


「申し訳ございません」


 お前は何も悪くない、全然と二回ほど繰り返すから、グレータは気になったよ。でも下がれと言われたから部屋をあとにしたんだ。


「僕はもう陛下の絵を描いてはいけないのでしょうか?」


「俺は怒っていないから、そんなに怯えないで。今まで通りしてほしい。そういえば妻がお前に絵の依頼をしたいそうだ」


 落ち着くとさっそくベッティーノはキアーラに会いに行ったよ。キアーラは手鏡の裏に夫婦の絵を、ロケットペンダントにルドの絵を描いてほしいと頼んだんだ。完成した絵をキアーラはとても満足して、死ぬ間際まで手放さなかったというよ。


 ルドは病のことを宰相、ステファノの息子だけには話していて、後継者を決めることにしたんだ。


 ステファノの息子に皇帝になる気はないのかと聞いたら、滅相もないと全否定されてしまったよ。


「次の皇帝は最上級魔法が使える者ではないと貴族も民も気が収まらないでしょう」


 ルドの息子フェデリーゴも娘セレーナも母親のキアーラの属性を継いでいて、二人とも最上級魔法は使えないんだ。


 ジュストは土魔法のマエストロの称号も持っていて、最上級魔法が使えるけれど治癒魔法は不得意で、ルドのよう神聖視されるようなことはなかったんだ。


「魔法は二の次でしょう。宰相から見て誰が一番ふさわしいと思いますか?俺の子どもということは考えなくていいです」


「フェデリーゴ様は若手から人気があります。ジュスト様は厳しい方ですが、地方や目上の方には評判がいいですね。あとは…」


 おやおやオリゾンテ家の人の名前はでなかったよ。ここでオリゾンテ家が後継者になれば、グランデフィウーメを筆頭に反オリゾンテ派が反対するのが目に見えていたよ。感染症で混迷した国をさらに追い込みたくはなかったんだ。


「では、こうしようと思う」


 ジュストとフェデリーゴの二人を擁立する。つまり二人の王を立てることにしたよ。


 まずは二人を呼んで話したよ。フェデリーゴはまだルドのそばでお仕事を手伝っているだけで、政治的な判断も影響力もないよ。ジュストは年上だし十年以上も政界にいるから、ベテランさんだったよ。


 ジュストは若いフェデリーゴの補佐をすればいいのだと解釈をしたみたいだよ。


「フェデリーゴが慣れない分、俺が支えればいいんですね?」


「支えるのは必要だ、お互いにね。二人とも立場は同じだよ」


「俺がフェデリーゴの補佐と言う立場ではないのですか?」


「違う。片方が立場が低いなら、二人を王にする必要はないだろう?フェデリーゴは若くて経験が浅い、でも若い層から支持がある。ジュストは地方や上の層から支持がある。

 お互いに支えあえば人々はお前たちを受け入れてくれるだろう」


 ルドは天候を操り、人々を救った功績が大きくて、後継者はいかにルドと同じかそれ以上のできる人だと、貴族や国民に認めてもらう必要があったんだ。


 フェデリーゴは分かりましたと答えたけれど、なんとなく分かったようだよ。


 議会でその事を話すと、動揺が走ったよ。


「陛下はまだお若い。気の早いお話では?」


 ルド派が皇帝を辞めちゃうのかと心配するから、ルドは笑って違うと言ったよ。


「すぐに代わる気はありません。疫病のように多くの人が亡くなりました。人はいつか亡くなるもの。領主方も後継や代理を育てているでしょう。突然皇帝がいなくなればみな混乱する。そういう意味ですよ」


 それではと反対意見は出なかったんだ。議員は誰が後継者になるか察していたようだけど。


 議会が終わりルドが退出すると、ジュストやフェデリーゴの周りに人が集まったよ。


 フェデリーゴにも人が集まったけれど、多くはジュストへ集まったよ。セレーナと結婚しているから、継承権はフェデリーゴと同等に見られていたんだ。


「おめでとうございます。私どもはジュスト殿下が後継者だと思っておりました」


「長年陛下のお側におられましたから、当然のことでしょう。陛下の信頼も篤いですし」


 実績のあるジュストに、フェデリーゴは羨ましく思っていたよ。


「気になさる必要はありませんよ。フェデリーゴ殿下も少しずつ経験を積まれればよい」


 フェデリーゴ派は慰めてくれたよ。その内の一人が意外そうな顔していたんだ。


「グランデフィウーメがジュスト殿下に話しかけている。どういう腹なのか」


 トンマーゾが笑顔でジュストに祝いの言葉を言っていたよ。グランデフィウーメとしては、領主の甥であるフェデリーゴにつくとみんな思っていたんだ。


「トンマーゾ殿はジュスト兄様と仲がよいようです」


「そうですか」


 こういう場は個人の関係よりも、領主の意向を優先させるはずだから、ますますジュスト派になるのかわからなかったみたいだよ。


 フェデリーゴが部屋から出るとジュストも出たよ。


「ジュスト兄様は人気だね」


「そうか?人気というよりも、連中に下心あると思った方がいいだろう。焦らなくていい。陛下のおっしゃるように、俺たちは一緒にやっていくのだから」


 執務室に向かうとエトーレが出てきたよ。


「陛下はいらっしゃるか?」


「…いらっしゃるが。少しお疲れのようだからしばらく休みたいと」


 エトーレは一瞬迷うよな顔をしたからジュストは気になっていたよ。


「具合が悪いのか?最近顔色が悪いときもあるし。俺が聞いても大丈夫しか答えてくれないんだ」


「俺も気になっていた。父上はあまり食事を召し上がらないんだ。どこか悪いのか?」


 フェデリーゴも心配だったみたいだよ。エトーレは何でもないよというように、にっこり笑ったよ。


「昔より疲れが取れにくいとかおっしゃって。年だとか呟いていたよ。二人とも何のようだい?」


「ああ。フェデリーゴはまだ実績がない。何かの事業を任せられないかと考えていて」


 フェデリーゴはジュストの提案に驚いていたよ。


「どうした?フェデリーゴ」


「いいや。兄様がそういうことを考えてくれていたなんて」


 エトーレはフェデリーゴの反応が面白かったみたい。


「ジュスト兄様は厳しいから冷たく感じるからね。ちゃんと相手のことを思っているんだよ」


「俺は冷たく思われてるのか」


 ジュストが頭を掻いてちょっと反省しているよ。


「子どものときは冷たいなって思っていたけど、大人になってそういうことかって思うことがあるよ。

 ジュスト兄様って人を育てるのがうまいんじゃないかな。だから、フェデリーゴも小言多いって腹が立つかもしれないけど、ちゃんと理由があるから我慢して聞くんだよ」


「小舅かよ、俺は。そういえば、お前はよかったのか?後継者に選ばれなくて」


 エトーレはきょとんとするよ。フェデリーゴはジュストのズバッと言うところが凄いと思っていたよ。


「俺?別に陛下のそばにいられればいいから。拾ってくださった恩を返せる機会があれば、下男でもなんでもなるつもりだし」


「そうなのか?てっきりお前は宰相とか外交官を目指しているのかと思っていたぞ」


「そういうの陛下に頼られていいなって思ったけれど、俺には合わないよ。あちこちいって、陛下に何かあったときにお守り出来なかったらと思うと悔しいもん。

 それにジュスト兄様に敵わないって思ったから」


「敵わないって?何が?」


 エトーレは意外だなと笑ったよ。


「頭のいいジュスト兄様がわからないのね。じゃあ教えなーい」


 とか言って行ってしまったよ。


「なんだ、あいつ」


 ジュストは誰よりも父親が信用を置いているとフェデリーゴも気づいていたよ。ジュストが戸惑っているのが珍しかったから、フェデリーゴも教えてあげなかったよ。


「エトーレ兄様はどうして父上のそばにいたがるのかわかんないよ。元々はグランデフィウーメの貴族なんでしょう?魔物から助けてもらったとかならわかるけど、飢え死にしかけただけでしょう?」


 ジュストは飢えの苦しみを知っているけれど、フェデリーゴは知らないんだ。


「飢えるとつらいものなんだ。あいつは親を目の前で殺されている。親代わりの陛下に何かあったらと考えてしまうのだろう」


 大切な人を失ったことのないフェデリーゴは、これもよくわからなかったよ。


「さて、二人で何をやるか考えよう。お前は何かやりたいことあるのか?」


 フェデリーゴが色々案を出すと、すぐに駄目とは言わずに、それに対してどうやったら成功するか考えさせたんだ。エトーレの言う通り、ジュストは教え方がうまいのかもしれないね。


 ルドは息子たちの成長を喜びながらも、いつまでその姿を見られるかと年々痛む傷に絶望すら覚えていたよ。


 毎日身体が痛いせいか、イライラするし、やる気も失せていったよ。


 なんとか五十歳を迎えると、国を上げて大誕生日会が開かれたよ。


 招待客の中にエジリオの姿はなかったよ。呼んだのに欠席したんだ。代わりにエジリオと共にフェローチェにいたリクが来たよ。


「おう、ルド。誕生日おめでとう」


 出会ったころより老けたしおじいさんになっていたけれど、出会ったころと変わらない態度で接してくれるのが、とても嬉しかったよ。


「ありがとう。リク」


「なんか、お前老けたな」


「当然だよ。俺は五十だよ?リクもおじいさんでしょう?なのに腕もお腹も引き締まってうらやましい」


 リクは紳士的なおじいさんというより、ちょいワルなおじいさんみたいな雰囲気だったよ。神使なのにちょいワルっていいのかな?


「毎日鍛えてるからな!ルドは痩せすぎじゃないのか?」


 ルドは答えなかったよ。


「ねえ、リク。エジリオ様は元気?」


「元気だぜ。毎日寄付金集めで走り回ってるぜ。街の割りにはでかい教会にしちまったからよ。エジリオに会いたかったか?」


「うん。お忙しいよね?」


「まあな。ルドは最近神殿にこもりっぱなしって噂だぞ?たまには出てみたらどうだ?」


「出たいんだけれどね」


 口ごもってしまったよ。悩んでいる素振りをしてから、リクにお願いしたよ。


「エジリオ様に手紙書くから渡してくれる?」


 後継者について書いてから、エジリオに相談役になってほしいと頼んだよ。でもエジリオの返事には、聖神使を退いた身なのでと断られちゃったよ。


 顔が見たいと手紙を送っても、事実上罷免された聖神使が神殿にいるのはよくないと、これまた断られてしまったよ。


 リクはルドのことを心配したのか首都にとどまってくれたよ。


 

 エジリオが来てくれず、五十一歳を迎えるころ、いつものように議会が終わって、席を立とうとしたときに目眩がしたんだ。床に手をついて、食道から不愉快なものが上がってきて我慢したけれど、その場で吐いちゃったよ。


 ルドは大勢の議員の前で、と腹が立ったよ。ざわめく会議室からすぐにルドは寝室に運ばれたんだ。


「俺は長くはないですか?」


 医者に聞いたけれどわからないと言われたよ。痣の部分が壊死に近い状態らしく、最初の吐血から何年も回復魔法をかけてもらっても、なかなかよくならなかったよ。皮膚だけでなく、吐血を何度かしたことから、内臓も一部ダメージがあるのだろうということらしいよ。



 ルドが食事もあまりとれなくて、お仕事終わるとすぐに横になるとローザの耳に入ったよ。


 ローザは結婚して今は神殿に住んでいなかったから、ルドの様子を知らなかったようだよ。久しぶりに面会した顔色の悪いルドに、ローザは手を握ってお願いしたんだ。


「つらくても食べて。食べなかったら死んでしまうわ」


 しまいには泣いてしまったから、ルドは食べるよと約束したよ。


 食べないと死んでしまうと言ったのは、ローザたちを子どものころ保護していたおじいさんが、餓死したのを見ていたからかもしれないね。ローザは食事時になるとルドと一緒にいるようにしたよ。


 ローザやミアが消化のよいものを選んでくれて、少しずつ食べると身体のつらさは軽くなってきたよ。


 ジュストも毎日お見舞いに来ていて、いつからだと言われたから正直に病気のことを話したよ。


「お前も魔法を使いすぎるなよ」


「普通の人なら使いすぎると倒れるので、死に至るまで使えません。陛下は無理をしてしまったのでしょう。ステファノ様や宰相にはご病気のことを話したのですか?」


「話している。キアーラには言わないでくれ。気にするかもしれないから」


 次々と親しい人たちがお見舞いに来て、リクにも病気のことを話したよ。


「俺より若いお前が先に逝くなよ?」


「こればっかりは約束できないな。リクは死ななそうだよね。

 ねえ、最近思うんだ。俺にはこの世に天の国(パラディーゾ)を作ることができなかった。もういいかって、このまま目を閉じて死んでもいいかなって」


「らしくないこと言うなよ。マニュスなら笑い飛ばすところだろう?」


 ルドは寝たまま、少し黙ってから乾いた口を開くよ。


「マニュスのことを忘れていた。中央(ケントルム)に行ってから少しずつ思い出さなくなった。アルクス家が続いているのを見たからだろうな。結局マニュスが本当は誰だったか思い出せない」


「思い出したいのか?」


「もうどうでもよくなった。過去も、何かを求めることも。

 若いころはジーナとマッテオがいなくなって、ずっと俺の中の何かが渇いていた。二人を見つけて、結婚して、子どもできて渇きは消えたはずなのに。また酷いんだ。国を興したときにいた親しい人たちはいなくなっていく。もうリク以外の人はルドと呼ばないんだ」


「そっか。ルドは寂しいんだな。俺はしばらくいるぜ。元気だせ」


「ありがとう。やっぱり最期にエジリオ様に会いたい」


「最期なんてもっと先だぜ。エジリオ頑固だからな。お前かよくなって会いに行け」


 あたたかな手でポンポンと肩を叩いたよ。


 黙っていろと言っても結局キアーラの耳にも入ってしまったよ。キアーラはルドの病気の原因なんだと自分を責めてしまったんだ。


「私を治療したから。私が死ねばあなたはこんなに苦しまなかった」


「あの時、治療せずにキアーラが死んでいたら、子どもたちは生まれなかった。自分を責めるのをやめなさい。俺は後悔していないよ」


 ルドは泣きじゃくるキアーラの手を撫でたよ。抱きしめたかったけれど、身体がつらくて起き上がれなかったんだ。


「キアーラ」


 ルドは布団を少し持ち上げるとキアーラは入ったよ。


「久しぶりだね。君とこうやって一緒に寝るのは」


 手で涙を拭ってあげて、頬を撫でたよ。


「あなたが死んだら、私も後を追います」


「駄目って言っても君は聞かなそうだね。俺が死ねば国は乱れるだろう。フェデリーゴたちがしっかりやっていけるか、見届けてからにしてほしい。両親が立て続けに死ねばあの子らもつらいだろうし」


 キアーラは不満そうだけれど、ルドのお願いだから約束したよ。


 体調の波はあったけれど、医者の治療とローザの看病もあってルドは歩けるまで元気になったよ。でも痣はたくさんあって消えないんだ。


 ルドが病に伏せている間、宰相とジュストが頑張ってくれたみたいだよ。フェデリーゴも国境付近での隣国との小競り合いを無事に平定したというよ。


 そうか、若い世代に任せていいのかという考えがルドに芽生えたよ。


 それを言うとジュストに気弱にならないでと言われてしまったよ。


「陛下がいてこそ、ルークススペースです。寝台にいたとしても、神殿にいらっしゃるというだけで、我々はつらいときも陛下を思って頑張れるのです」


 嬉しいことを言ってくれるけれど、ちょっとプレッシャーだね。


 ジュストにはその気はなかったから、ルドは微笑んでありがとうと言ったよ。


 お庭を散歩できるほどになったから、ルドはエジリオに会いに行くことを決めたよ。頑固な神使は何度も来てほしいと手紙を送ったのに、来てくれなかったからね。


 ルドはフェローチェに行ったよ。エジリオに会いたいのはジュストやエトーレも同じだったようで、ついてきたよ。


 フェローチェの建物は建て直されているようだけれど、街並みは初めて訪れたときとは変わらないように思えたよ。


 エジリオは元気で、杖をついているのは格好つけているんだとリクが言っていたよ。新しい教会を案内してもらっていると、とても疲れてしまって、部屋を借りて休ませてもらったよ。


「具合でも悪いのですか?」


 エジリオはルドが痩せ細ったことに心配だったよ。


 ルドはエジリオと二人になりたいと言うと、リクたちは部屋を出たよ。


 上着のボタンを外して、チラリとお腹を見せるとエジリオは目を見開いたよ。ゆっくり近づいて片膝をついて痣をあらためると、深く頭を下げたよ。


「申し訳ございません。私が陛下に多くのことを求めて、押し付けたが故に」


「さすが元聖神使様、マエストロですね。この痣を見てお分かりになるとは。

 魔法の使いすぎると、こうなるのだと知りませんでした」


「陛下はモノをよくご存知だったので、加減されているのかと考えておりました」


「俺はモノを知った気でいたんですよ。無知だからこうなった。あなたのせいではありません。天候を操る、不治の病を治す。これは神々の領域であって、人の踏み入れていいものではないと警告なのかもしれません。

 エジリオ様。俺は先に逝きますから、あとは頼みますね」


 エジリオは空気が口の中で転がるだけで、うまい言葉が出てこなかったよ。涙を一粒、二粒落として、また頭を下げたよ。


「御意。一週間ください。この教会の大神使を選ぶ時間をください」


「構いません。フェローチェの民にはすまないことをしてしまう」


「問題ありませんよ。みな、私が神殿に戻れると聞けば喜んでくれるでしょう」


 ルドは大聖堂に戻るとぐるりと見渡すよ。美しいステンドグラスから光がさして、床が色づいていたよ。


「美しい。見られてよかった」


 エジリオは感慨深げにしている皇帝がもう長くはないのだと、はっきり分かったんだ。


「陛下は不死なのだと勝手に思っていました」


 エジリオが変なことを言うから、ルドは久しぶりに声をあげて笑ったよ。


「人間ですから、死にますよ。…エジリオ様。神々のお声は聞いたことありますか?」


「ありません。陛下は?」


 ルドは火の神(フィアン)の像を見上げて目を細めたよ。


「ないです。何度も祈ってもお伺いを立てても、お答えはありませんでした。不遜なことを少し言いますが、聞き流してくださいね。

 神々はいないのかもしれない。それとも我々のような下界の者にはお触れになないのかもしれない。それでも教えの中で確かなものはあります。人には魂があると。俺は転生した。魂があるからです。身が朽ちてもきっとまたいつか生まれ変わるでしょう。誰もがきっと転生しているのです。記憶がないだけで」


 束の間、二人は黙って火の神(フィアン)の像を見上げていたよ。


「陛下。私も独り言を言うので、他の人には黙ってくださいね」


 ルドは光がエジリオをさしていて、あまり表情が見えなかったよ。


「もし生まれ変わることができたなら、陛下を捜します。どこか別の場所であったら、この国を一緒に見に行きましょう」


 生まれ変わりは異教の教えだから、神使として認めることはできないから、独り言なんだね。ルドはこの国はずっとあるだろうかと思ったけれど、きっとエジリオの思いは国の存亡は関係なかったんだ。


「はい。何十年、何百年も何千年も先の未来かわかりませんが、一緒にこの場所に来ましょう」


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