40話 暴君ルドの話36
「え…」
ジュストだけではなく、そこにいるみんながルドの行動に驚いていたんだ。
「お前、避けるな!」
「よ、避けないと死んじゃうじゃないか!」
「ふざけるな、セレーナをたぶらかしたな!」
ルドは剣を握りなおすよ。喜んでくれるだろう期待があっさり打ち砕かれて、セレーナはパニックだよ。ジュストも慌てて弁解したんだ。
「交際の申し込みはセレーナからです、父上」
「誰が父だ!」
ジュストはルドの養子だから、お父さんって呼ぶのはあっているよ。
「たぶらかしてはいません。俺は真剣です」
「お前とセレーナはいくつだ。ん?セレーナ。お前には同じくらいのいい男もいるだろう。こんなオッサンでいいのか?」
この時ジュストは三十四歳、セレーナは十七歳。
ぱっと聞いただけで犯罪の気配がするけれど、貴族は後妻に若い妻をもらったりするから、歳の差婚はまあまああったからね。
ルドとしては、可愛い娘がまだ嫁いでほしくない思いもあったようだよ。
「いいじゃないの。セレーナが変な男と結婚するよりは。私たちもわがまま言って結婚したしね」
キアーラが間を取り持つよ。
「俺はセレーナがジュスト兄様のことを、ずっと好きだったのを知ってます。許してあげてください」
エトーレも擁護すると、ミアは素敵だと思いますと大賛成で、フェデリーゴは別にいいんじゃないのと興味なさげな賛成票を投じたよ。
この場で反対はルドだけ。
キアーラとエトーレは二人の交際は知っていたし、ミアとフェデリーゴは察していたよ。
この場で知らなかったのはルドだけ。
「く…」
「お父様。お願い」
娘のお願いに弱いお父さんは許してしまったよ。こうしてジュストとセレーナは結婚したよ。すぐに子どももできて、ルドは娘より孫に超弱いおじいちゃんになったんだ。
ルドの日常は平和と幸せを取り戻したけれど、国の中はまだ乱れていたよ。
民は神様は自分たちを救わなかったと、否定したり新しい宗教も興っていたよ。
エジリオは民の信仰離れがあちこちで起こったから、聖神使を引退できなくなっていたんだ。一生懸命、信者の心をつかもうとしたけれど、なかなかうまくいかなかったようだよ。
逆に民思いの政策によって、結構ルドは人気が高かったとされているよ。
民を救済し、財政難になると貴族に倹約を求めたよ。そしたら貴族の反発が強まったけれど、ルドは断行してしまったんだ。
「今までいい暮らししてきたんだから少しくらい我慢してよ」
というスタンスでいくから、ちょっと反感あったけど、熱波のときや感染症のときにルドに大変お世話になった人が多いから、表には出さなかったんだ。
民の多くはルドの政策で経済的な救済はされたけれど、すべて救われたわけではなかったよ。
感染症の流行前の暮らしはなかなか戻れなかったんだ。
大切な人を失った者や病の後遺症を抱える者。
この帝国には数多いたんだ。
心の救いを求めて、既存の宗教にすがる人もいれば、批判する人もいる。批判した人は捕らえられたよ。この帝国は宗教観で善悪は決められ、法律が定められているから、宗教の否定は国の法も脅かすことになるんだ。
「陛下、署名を」
裁きの神の大神使アリエーテが書類を持ってきたよ。それは異教を信じたとして、異端審問で有罪になった人たちの処刑リストだったよ。
ルドが必ず処刑するかサインをしているんだ。
「またですか?治安はよくなって、異教の教えを民が聞かなくなったと聞いていますが」
「それは表だけです。裏では多くの異教徒が活動し、新たな信者を得ようとしています。主犯格に近い者たちになりますので、必ず処刑を」
ルドは罪状を読んで審議に問題ないことを確認してサインをしたよ。
ルドがため息をつくとエトーレが聞いたよ。
「お疲れですか?」
「いや。毎週のように異端審問にかけられて人が処刑されている。一度に多いときは帝国全土で数十人だ」
「多いですね。教会が手順を踏んでいるか調べますか?」
ジュストが聞くとルドは考えてから、エトーレに言ったよ。
「エトーレに任せよう」
「わかりました。今すぐ調べます」
エトーレが部屋を出ていくとジュストは少し不満そうだよ。
「エトーレはついこの前、ゲレル国の調査から戻ってきたばかりですよ?」
「そうだね。ジュストは結構あちこちいってもらったから、今は俺のそばにいてほしいな。セレーナにもお願いされてしまったし。それとも行きたかった?貴族の腹を探るのも疲れるでしょう」
ジュストはルドの側近として貴族たちへ交渉役をやっていたよ。
「慣れたので大丈夫ですよ。エトーレはいいんですかね?子どももまだ小さいではないですか」
「…エトーレは親だと自覚してほしいんだけどね。親離れしてほしい。というかそもそも俺の子どもではないのに」
エトーレはルド一家の夕食に毎日同席しているんだ。結婚もして子どももいるのに、よそ様で夕食を食べるって奥さんよく怒らないよね。まあ奥さんが料理を作っているわけではないから、気にしてないのかもしれないけれど。
「エトーレはいくつになっても甘えん坊ですから」
「まったくだ。ジュストは逆に甘えていいんだよ?」
「何をです?」
セレーナに甘えているようだから、いいかと毎日娘からノロケを聞かされているルドはやめておいたよ。
ジュストが部屋を出ていくとルドは一人で書類に目を通したよ。お腹がズキリと痛んで思わず眉根を寄せるよ。
あの脇腹の青痣が治らないで、大きくなっていたんだ。何かの病気かと思ったけれど押しても痛くないし、たまに痛む程度だから忘れてしまっていたんだ。
「失礼します」
ルドの護衛の一人、ロドルフォが部屋に入ってきたよ。最近ルドが脱走しないから、仕事をグビにならずに済んでいたよ。このまま勤めあげられそうだと喜んでいたんだけど。
「ん?どうしました?」
ロドルフォは周りを気にしてから、ルドに耳打ちしたんだ。
「陛下と呑みに行った店の主人が倒れましてね。主人の嫁さんが頑張っていたのですが、店を閉めることになったんです。閉める前にお忍びでいきませんか?」
定年を待たずして自らクビの道を歩もうとしているよ。ルドは行きたいけどなと書類の山をみたんだ。
「民の暮らしが今どうなっているか見てみませんか?」
ロドルフォがおどけて言っていたけれど、目が笑ってなかったよ。何かあると察したルドはロドルフォと街に行くことにしたんだ。
ロドルフォはすでにルドのお忍び用の服を用意していたよ。着替えて、ロドルフォが見つけた人があまりおらず、神殿から街へ行ける道を進んだよ。それでも門から出ないとだめだから、カツラと帽子をルドに被せたよ。
第一首都は平穏を取り戻したように中心街や市場は賑わっていたよ。ルドは嬉しそうに微笑んでいたよ。大広場へ向かうにつれて人が多くなったよ。
「今日は大広場で市場でもやる日でしたっけ?」
「いいえ。今日は異端審問にかけられた人が処刑されます」
ルドは久しぶりに街に出て楽しくなった気持ちが暗くなってしまったよ。広場から遠ざかろうとするルドの腕を、ロドルフォは掴んだよ。
「酒場の店主が倒れたのは事実です。俺の目的はこの処刑なんです。陛下がこれをお許しになっているとは思えなくて」
「え?」
ロドルフォはルドの腕を掴んだまま、より処刑台の近くへと人を掻き分けて進むよ。音楽ライブ前の観客のように人々は浮き足だっているんだ。
処刑台から十メートルほどまでいくと、神使や処刑人のあとに縛られた人たちが台の上にのったよ。アリエーテが処刑される人の罪状を読んでいたけれど、ルドの耳には入らなかったんだ。三、四歳くらいの女の子と思われる子どもが縛られて震えているよ。
「子どもが何故?」
「親が異教徒だからです。陛下もご存知だったのでは?」
ロドルフォが怪訝そうにルドを見るけれど、そんなと呟いて首をただ振っていたよ。処刑者リストには年齢まで書いていなかったんだ。
「陛下。子どもがいることを気にされているのでしょうが、俺は処刑方法について疑問だったのでお連れしたのです」
異教徒と結婚したという女性が火炙りにされると、民衆は歓声をあげたよ。それが終わると五人ほど丸太にくくりつけられたんだ。罪状が読み上げられたあと、刑執行が言い渡されるといっせいに首が飛んだんだ。ルドが禁止した首ちょんぱの刑だよ。
「な…」
ルドは処刑方法が絞首刑だと書類に書かれていたことを確認していたよ。実際の処刑方法は違ったんだ。
「もっと首を飛ばせ!!」
初めて首ちょんぱ刑を見た民衆のどよめきはなく見慣れていて、まるでショーを見かのように楽しんでいたんだ。ルドはこの状況が異様にしか思えなかったよ。
「どうして人が死ぬのを喜んでいる?」
子どもが縛られて、嫌がって泣きわめくと民衆が罵倒したよ。
「悪魔め」
「さっさと死ね」
「喚くなガキ」
心無い言葉が小さな女の子に降り注ぐよ。処刑執行が合図されたけれど、罪人の首は飛ばなかったんだ。
「どうしたんだ?」
熱狂が困惑になると怒りになったよ。
「処刑人は何をしてんだ」
「早く殺せ」
処刑人も殺したいけど、罪人たちへかけた魔法が弾かれたんだ。妨害されているとすぐに気づいて、アリエーテに報告したよ。
「ここに刑を妨害する者がいる。速やかに出てきなさい!」
アリエーテが叫ぶと、ルドはゆっくり前に出るよ。ロドルフォはルドを守るように民衆を掻き分けたんだ。
処刑台の前に立つとアリエーテが言ったよ。
「あなたが妨害した人ですか。刑の執行を妨害は罪になります。こちらにきなさい」
髪の色も違うし、帽子を被っているルドを上から見ていたから気づかなかったみたいだね。処刑台の一段下の台に立って、帽子を少しずらしたよ。
「俺が罰せられる前に、あなた方がどうして皇帝が禁じた方法で処刑しているのかたずねたいのですが」
髪の色が違えど皇帝の顔がわからないアリエーテではないよ。
「へ、陛下。どうしてここに?」
処刑人も動揺しながら、皇帝に膝をついたよ。周りにいた兵士たちはルドの顔がわからない人が多かったけれど、兵士であるロドルフォの顔を知っている人がいたよ。
「ロドルフォ様。この方は?」
兵士はどうしていいのかわからず、ロドルフォに聞くよ。
「陛下が処刑を止めるように求められている。再審せよ」
「陛下だって!」
このやりとりが聞こえない民衆は苛立ったよ。
「邪魔すんじゃねーよ」
誰かが叫ぶとそうだと騒ぎだしたよ。石が投げ込まれてルドに中ったんだ。
「陛下。危ないです。お下がりください」
ロドルフォが言うけれど、ルドは下がらず民衆と処刑台を見渡したよ。
怒りに飢える民衆、怯える罪人。
「何故、こんなに民衆は怒っている?何故、こんなに人の死を求めている?アリエーテ大神使様」
「…民衆は不満の捌け口を求めています」
ルドはそれだけでわかったよ。ゲレルの民を火炙りにしたときの心理と同じなんだ。民衆は自分の辛い生活や苛立ちを、死んで当たり前の悪人を探して罵り消すことで、自分は正しいという自己肯定したり、ストレス発散しているんだね。
せっかくのストレス発散方法を妨害したルドを民衆は怒っているんだ。ルドは民衆から目をそらして、助けを求める罪人たちと視線が合ったよ。縛られている女の子は涙もでないほど震えていたよ。
「そうか。この国には天の国はないんだね。俺は理不尽をなくしたかったのに、俺は理不尽を作ってしまったのか」
処刑リストの山が脳裏に甦るよ。死んでいった者たちは本当に罪人だったのかもしれない。でも幼い子どもが罪を犯すとは思えない。多くの冤罪があって、民衆の怒りを鎮めるためのパフォーマンスとして使われたのかもしれないね。
残忍なパフォーマンスを民衆が求めるほど、この国は荒んでいるのかとルドはショックだったよ。
「アリエーテ。あなたの罪を別の場所で聞きましょう。ここにいる罪人たちは再審が終わるまで牢へ」
「陛下。このままでは民衆が暴徒化します。陛下が止めたとなれば陛下へ民衆の怒りが向くでしょう。処刑の継続を」
冷静になるように呼びかけてもおそらく民衆は耳を傾けないだろうね。不特定多数の人が何を言おうがすぐに捕まらない状況。ネットの炎上に似ているかもね。
アリエーテを信用して異端審問に関することにルドは口を挟まなかったんだ。それがこの状況を生んだとルドは後悔したよ。アリエーテを監視や監督しなかったのは皇帝であるルドの責任であり、処刑実行のサインしたのは紛れもないルド自身だからね。そして、アリエーテの言うとおり、民衆の暴徒化するのを避けたかったよ。
今も石は投げ込まれて、ルドの額にぶつかったよ。ロドルフォが捕まえるように命令しようとしたのを、ルドは止めたよ。
「ロドルフォ様、今はなりません。アリエーテ様。少し道化師になっていただきたく」
アリエーテも何かしら覚悟をしていたようだね。承知しましたと短く答えたよ。
アリエーテを立たせると、ルドは平手打ちをして首から下げているアリエーテの神使の証を取り上げたよ。民衆は唖然としたけれども、興味をもったのか、これから面白いことが起こると思ったのか、石を投げ込まなくなったよ。
「この神使はあなたがたに人が死ぬという喜びを植えつけました。至急神使の会議を開き、この罪を問うことになります」
「あんた、なんだよ。神使様を殴るな!」
そうだ、そうだと民衆が言うから、ルドはカツラをとって神使の証を襟の中から出したよ。
「俺は皇帝である!法に基づく処刑方法がされているか確認に来たところ、禁止されている方法でされていることがわかった!それゆえ、この度の処刑は中止する!」
本物かという声が上がるから、ルドは魔法で雨を降らしたよ。脇腹がズキンと痛んだけれど、民衆に信じてもらうために降らし続けたんだ。
「本物だ」
「陛下だ!」
超有名人の登場に民衆は処刑そっちのけになったみたいだね。うまく処刑は中止にできて、人々は暴徒化することなく帰路についたよ。
「陛下。お怪我しています。こちらをむいてください」
ロドルフォにいわれて額に触るとうっすら手に血がついたよ。
「すみません。久々に雨を降らせて疲れてしまいました。歳はとりたくないですね。治癒魔法お願いします」
何年も練習したけれど、結局治癒魔法をルドは自分自身にかけられなかったよ。
「防御魔法を発動する指輪はどうされたのです?」
「あえて発動しなかったんです。怒りの中、拒否されるともっと怒りがわいてきますので」
「はぁ…。本当に陛下は変わり者だ。そうかもしれませんが、皇帝を傷つけるなと怒ってくださいよ。護衛の身としては困りますので。
ほら、治りましたよ。今度はちゃんと指輪を使ってくださいね」
「ふふ。はい」
ルドは神殿に戻るとエジリオたち主要な神使を集めたよ。その前にロドルフォが皇帝の脱走補助したことについては不問にしたよ。
今回の罪人について簡単に罪状を確認したら、火炙りにされた女性は行きだおれそうになった人を異教徒とは知らずに介抱しただけであって、本人は異教徒ではなかったよ。他にも異教を信じているらしいというだけで、逮捕されたんだ。疑われた時点ですでに罪は確定している。そんな状況だったんだ。
エトーレからの報告で、政治犯つまり国や皇帝を批判する人たちも異端審問にかけて処刑にしていたことがわかったよ。政治犯は異端審問とは違って、人を傷つけるテロ行為をしない限り、牢屋に入れられてるだけで処刑はされなかったんだ。拷問も禁じていて、何が不満なのか聞き取りをする専門家もたよ。ルドの政治犯に対する扱いは優しかったよ。
それなのに、政治犯を見つけた兵士は神使に通報して異端審問にかけて処刑するようにしていたんだ。神使側も政治犯と知っていながら審問にかけていたよ。意識的な罪の取り違え、違法な状態で処刑が行われていたんだ。
民だけではなく、貴族や神使の規律も乱れていたよ。国が大きくなりルドの目が届かなくなっていたんだ。よいところばかり見るなとエドモンドに昔お説教していたけれど、人のことを言えなかったね。
エジリオもアリエーテたちのことを黙認していたよ。しかもエジリオは各方面の神使からこのやり方はおかしいという声が上がっていたにも関わらず、ルドに報告せず黙殺していたんだ。これにはルドは怒ったよ。それがすべてルドや国のためだと知ったからね。
「聖神使エジリオ。裁きの神大神使アリエーテ。あなた方は神使であり、為政者ではありません。民の不安を和らげるのが役目。処刑を見せ物にして、俺や国への不満をそらす方法を行うのはあなた方の役目ではない!」
「エジリオ様は聖神使にふさわしくないかと思います」
季節の神の神使が言うと反エジリオ派が賛成したよ。エジリオ派も今回は守りきれないと思ったようだね。会議でエジリオは聖神使の座を退くことが決定したよ。
エジリオは反論も怒りもせず、謝辞を述べたたげで他に言わなかったよ。ルドにちらりと微笑みを浮かべると会議室から退室したんだ。
エジリオは神使同士の対立を改善することはできなくて、ルドへの反感を自分へ向けるように仕向けたようだね。ルドは微笑みを見て、エジリオの考えに気づいたんだ。
次の聖神使について票が割れてしまって、しばらく決まらなかったよ。聖神使不在が続いたんだ。
ルドがエジリオの部屋に行くと、さっさと荷物をまとめて出ていった後だったよ。ガランと空になった部屋に寂しさが込み上げてきたよ。
エジリオとは二十年以上共にこの国を作ってきたからね。
少ししてから、ステファノも目の病にかかって宰相を降りたんだ。
「死ぬまで陛下のお側で支えようと決めたのですが、歳には勝てません。宰相を辞しますが、政治ではなく話し相手としてお側にいさせていただきたく」
ルドが四十五歳を過ぎるころ、共に歩んできた上の世代の人たちは抜け初めて、代替わりが起きていたよ。建国当初の思いを知る人が一人、また一人と減っていく。
そんな中、大神使を退いたアリエーテが街中で捕らえられ、殺害されるという事件が起きたよ。アリエーテは貴族の犯罪者に重い刑を求めることが多くて、恨まれていたんだ。しかも異端審問でも有無を言わさず民を拘束して処刑もしていたことで、ルドから咎めもあったことで神使として信用は地におちていたよ。
アリエーテの死を聞いてルドは教会で祈りを捧げていたよ。
「陛下。この世に天の国を」
そう言って去ったアリエーテの言葉と表情が忘れられなかったんだ。
自分には託された思いを成し遂げられるだろうか。
聞いても神様から返事はなかったよ。
「陛下。礼拝が始まりますので」
暫定的に聖神使の仕事をすることになったグレータが隣にきたよ。エジリオと一緒にお仕事やっていたことかららしいよ。
「時間ですか」
「お顔の色が悪いようです。お休みした方がよろしいのでは?」
ルドは脇腹の痛みが毎日するようになっていたんだ。
「すみませんが、今日の礼拝はお休みします」
「わかりました。ご無理なさらず、お休みください」
ルドは腕や背中も痛むから寝室の鏡で服を脱いで痛むところを見たよ。青痣が身体の至るところにあったんだ。
「俺は病気なのか?」
エジリオとステファノが抜けて、皇帝も病となれば不安が広がるだろう。そう考えてしまったルドは医者にも話さなかったんだ。
痛いから医者に腕の痣を見せて、治癒魔法をかけてもらうと痛みが引いたよ。
治りそうだと勝手に思って全身の痣を医者に見せなかったんだ。
さて、破戒神使…ではなく宮廷画家になったベッティーノくんといえば、日課で毎朝ルドの顔を描くことにしているよ。ルドも政治家ではないベッティーノとの話はとても気晴らしになっていたんだ。
「毎日俺の顔なんて描いて飽きないのかな?せっかくなら妻を描いてほしいよ」
美人どころのキアーラならさぞかし映えるだろうけれど、ベッティーノは興味なかったようだよ。
「陛下は毎日お顔が違うんです。陛下だなってときもあれば、憑かれている霊なのかなというときもあって。表情が変わられるんです。
最近はどちらかわからないときがあります。推理するのが楽しいです」
「ははは。俺はベッティーノに遊ばれているんだな」
「違いますよ。向き合ってるんです」
「ものは言いようだね。描いた絵を見せてよ」
スケッチブックをめくるとルドばかりで、ちょっと恥ずかしかったみたいだよ。
写真がない時代だから、過去の自分の顔を見るということはとても特別だったよ。
「もっと前のはあるのかな?」
「あります。明日持ってきますね」
楽しみにしていると言おうとして胃がキリリと痛んで、せり上がってくるとそのまま吐いてしまったよ。
「陛下!ああ、医者を!」
ルドは口を覆った手をはなすとベットリと血がついていたんだ。




