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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第一章 三王の話
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3話 奴隷王サクスムの話3

 サクスムは大きく息を吸って集中したよ。(おさ)は満足そうに(わら)っていたけれど、いきなり胸を押さえたんだ。


「貴様!」


 叫んだときには絶命していたよ。周りにいた長の仲間はサクスムを殺そうと武器や魔法を出したけれど、サクスムに心臓を破裂させられて死んじゃったよ。


「お、お前…」


 女の子を押さえていた男は殺されなかったけれど、ガタガタ震えていたんだ。サクスムは真顔で言ったよ。


「鍵。奴隷のみんなの鍵を持ってきて。持ってこないと君の心の臓ってやつを壊すよ」


 男は女の子を突き飛ばして走ってどこかに行ったよ。サクスムは急に足がガクガクいって、へたりと座ってしまったんだ。


 人を殺してしまったことと、主人の命令を背いてしまった罪悪感が襲ってきたんだ。


「俺、俺…」


「あんたは何も悪くないから!もうこれでみんなを解放できるの!そこに座っていたら、この集落の兵士が来て、殺されるよ」


 女の子は喋りながら母親の鎖を外そうとしたけど、外せなかったんだ。


 鎖は金属だったけど、錠は木製だったよ。サクスムは錠を濡らしてから木の中の水を膨張させてみたんだ。


 サクスムの枷も木で出来ていたし、仲間の奴隷も木の枷ばかりだったんだ。何でみんな壊して逃げないかって?ほら、脱走した奴隷が捕まって鞭で打たれてたでしょう?逃げたら痛い目に合うとずっと見せつけられていたから、逃げることを諦めてしまったんだ。


 パンッと壊れた錠を女の人は驚きを浮かべて見ていたよ。


「魔法を感じるけれど、モーションも呪文もないなんて」


「お母様、そんなことよりも、男の人たちを解放して早く逃げないと」


「逃げてもどこかの集落にいけば、結局奴隷にさせられてしまうわ」


 サクスムたちが逃げなかったもうひとつの理由だよ。よそ者は集落で功績を認められないと仲間だと認めてもらえないことが多かったんだ。助けを求めても奴隷にさせられるのがオチだったんだ。少しでもよい土地を巡って集落同士の陣取り合戦しているから、旅人という酔狂な人はこの地方にはいないよ。


 中央(ケントルム)ならここより豊かだから、旅人はいたかもしれないね。


 そういえばガクガク震えてサクスムにビビっていた男が、集落の男たちを連れてきたよ。


 攻撃しようとしてきたから、サクスムは女の子が言っていた水で敵の口を塞いでみたよ。これは心臓を破壊するより疲れないと判ったんだ。


「奴隷の分際で!」


 一斉に魔法を放とうとも腕や身体の一部が全員痛みを感じて、みんな膝をついたよ。

 サクスムが少しずつ血の流れを止めたんだ。


「鍵を持ってきて。俺らを君たちと同じように扱ってほしい」


「たわけたことを!」


 サクスムの前に土の壁が四方から生えてきて、囲まれそうになったよ。サクスムは土の中の水を感じ取ったんだ。


 鍵を壊したのと同じように水を膨らませたら、壁がボロボロに崩れたよ。


「何でだ!こいつは土の使い手ではなかったはずだ」


 土魔法で破壊したと思ったみたいだね。


 サクスムは大きく息を吸って自分を落ち着かせると、向かってきた男たちの身体の中の一部分を破壊したんだ。


 バタバタと倒れていく仲間に、立っている人たちは恐怖で怯えたよ。


 魔法を使うときは光ったり、何かしらの効果(エフェクト)がでるんだけど、サクスムからはまったくでてなかったんだ。


 誰をどう狙っているか判断できないから防御がとれないんだよ。


「ば、化け物」


「鍵」


「わ、わかったから、殺さないでくれ!」


 サクスムが隣の集落を豪雨で破壊したのをみんな知っていたよ。もしも、ここでサクスムが怒って大雨を降らせたら、せっかくうまく水を引いて畑を作ってきたのに無駄になってしまうよ。もしも住めないとなれば新しい場所を探さなければいけないんだ。下手したら移動中に他の集落の人に捕まって全員奴隷にさせられてしまうかもしれないんだ。


 サクスムの言う通り、奴隷たちの鎖は全て解かれたよ。歓喜で叫んだり涙を浮かべる人は多かったけれど、戸惑う奴隷たちもいたよ。



「奥方!」


 女の子の集落の出身の人たちが女の子の母親の周りに集まってきたよ。


 サクスムに殺された長の一族が襲いかかってきたけれど、女の子の集落の人たちがみんなやっつけたよ。でもたくさんの人が死んでしまったんだ。


「やっと取り戻せました」


 女の子の母親は涙を流して安心したように言ったよ。


 喜びの中、サクスムは困った顔をしたんだ。


「俺、どうしよう」


「何が?」


 女の子が聞いたよ。


「鎖もなくなったけど、何をすればいいの?」


 女の子の母親、元長の妻はサクスムに言ったよ。


「ここにいて、人の暮らしをしなさい。娘と結婚してもいいわよ」


 女の子はとても嫌そうにしていたし、周りの人たちも元奴隷と結婚させることに反対していたよ。


 女の子の長の直系の男子はみんな殺されたり、血縁の男子も奴隷にさせられて、病気になったりして死んじゃったんだ。


 だから元長の子どもはこの女の子しかいない。女の子が長にはなれなかったから夫が長になるんだ。みんな元奴隷の長に従いたくないんだよ。


「彼がいなかったら、私たちはここを取り戻せませんでした。彼の力をみんな見たでしょう?」



 にっこりとした笑みの裏にはサクスムが少し頭が弱くて、自分たちのいいようにコントロールしようと考えたんだよ。雨をもたらし、治療もできる。人間兵器というオプションもついた便利なサクスムがいれば人々の安全と健康を確保できるからね。


 サクスムは訳も分からずに服を着させてもらったよ。腰布しか身に付けたことがなかったから、上半身に触れる布がくすぐったくてなかなか慣れなかったんだ。


 奴隷たちも服を与えられたんだ。何人か仲間がいなくなっていて、どうやら脱走したようだよ。いなくなった人は他の集落から連れてこられた人たちばかりだから、もとの集落に帰ろうとしたのかもしれないね。


 死んだ人たちを埋葬して、戦闘で壊れた家屋を直したりしたら一日が過ぎたよ。一部の元奴隷は好きなことをしていいと言われて、サクスムと同じく何をしたらいいかわからなかったよ。彼らはずっと人から命令されることに慣れていて自分で考えたことがなかったんだ。


 サクスムも頑張って考えたけれど、女の子の母親にあれやれ、これやれと言われるとその通りに動いてしまったんだ。ご飯も睡眠も奴隷の時よりは増えたけれど、一日働いていたよ。

 それでも枷がないのは嬉しかったんだ。


「みんな、ご飯もらえてる?」


「ああ」


 サクスムが元奴隷仲間に声をかけたけれども、みんなよそよそしいんだ。


 それでも育ての親のおじさんは今まで通り接してくれたよ。


「みんなお前がおっかない力を持っていることに驚いているだけだ。心では普通の人に戻れたことに感謝している」


 おじさんと話しているとサクスムは安心できたんだ。


「長の娘と結婚するのか?え?どこまでいってるんだ?」


 暫定的に女の子の母親がこの集落の長をしているよ。


「けっこんは別にしなくてもいいし」


 色恋なんて話をしたことがないから、サクスムは戸惑ってしまったよ。奴隷の時は無口だと思っていた人が、陽気に歌ったり話す人だとわかったり、急にみんなが自分をだし始めたんだ。


 今までは黙って重労働をさせられてきてたから、みんな疲れはててたんだね。


 おじさんと話していると悲鳴が聞こえたよ。鞭が何かを叩く音がしたんだ。


「何してるの?鞭で叩かないでって言ったよね?」


 元々集落にいた人が元奴隷を鞭で叩いていたんだ。


「こいつが仕事をしないからだ」


 奴隷解放された後、今まで通りに働く人もいたけれど、仕事をしなくなった人もいたんだ。


「今までずっと働いてたんだ。少しくらい休んでもいいだろう」


 この元奴隷の言い分はわかるけれど、機械もないこの時代に農作業はとても大変だっんた。誰かがサボると仕事が終わらないんだよ。


 おじさんがそんなことを言うとサボり魔の元奴隷が、生まれた集落に帰るから食料を寄越せというよ。


 そんなことサクスムに言われてもわからないから、女の子のお母さんに聞いたんだ。


「それはなりません。出ていったところでその集落があるのですか?」


 言われたことをそのままサボり魔に言ったら、馬鹿にしたような顔をしたよ。


「お前、ここの集落の奴らにいいように使われてるな。ずっと奴隷でいろよ。俺は違うからな」


 サクスムはいいように使われているのかわからないよ。自分で考えると酷く疲れるから、あまり考えたくないんだ。


 キミだったらこのサボり魔をどうする?一緒にここで頑張ろうって言う?それとも故郷に帰るべきだって女の子の母親を説得させる?


 サクスムはわからないから、考えることをやめたよ。


 女の子の母親の言い分は奴隷の食事は最低限しか与えなかったのを、普通の人並みに食べるものだから食糧が今まで以上に必要になったんだ。一人減ればいいじゃないかと思うけれど、このサボり魔は若い男で力持ちだったんだ。働ける人が集落からいなくなると困ってしまうよ。


 結局、サボり魔は次の日、食糧を盗んでいなくなってしまったんだ。元奴隷をまた鎖で繋ごうという声が出始めて、元奴隷たちは怒ったよ。


「元々いた奴らを殺して俺らの村にしよう!」


 元奴隷たちは農具を持って、集まりだしたよ。サクスムはみんなの気持ちはわかるけれど、女の子たちを追い出したくなかったんだ。どちらにもつかずに困っていると、サクスムはどちらにつくかと両方から言われてしまったんだ。人間兵器・歩く井戸はどちらもほしいからね。


「俺はもう奴隷に戻りたくないし、普通(・・)の生活をしたいよ。どちらかが勝ってもたくさんの人が死んだら、よその集落が攻めてきたときに、また奴隷にさせられちゃうよ」


 水と鉱山を持つこの集落を狙って、周りの集落が様子をうかがっているんだ。見張りが見知らぬ人が集落の周りにいるのを何度かみつけたんだ。奴隷が反乱を起こしたのが伝わったようだね。代理長が提案したよ。


「サクスムの言う通りです。生きていくには水と畑、家が必要です。お互いに納得するまで話し合いましょう」


 サクスムはさっき頑張って双方をなだめる方法を考えたから疲れてしまったよ。その話し合いには入らずに石を積んだ見張り台に登ってぼうっとしていたんだ。


「あれは?」


 見張りの人が目を凝らして遠くを見ていたよ。黒い大地には木も生えていないからよく周りが見渡せたよ。


 サクスムが殺した長と似たような服装をした男が、五人ほど男を連れていたよ。


「私は隣の集落の長である!お前たちの長が殺されたと聞いた。新しい長と話がしたい!」


 何やら隣の集落の長が用事があるみたい。敵意がないと見せるために連れてきた人は少なくしたみたいだよ。


 長との話をサクスムも聞くことになったんだ。何か男が変なことをしたら殺せと言われたよ。相手は武器は持っていないけど魔法で人を殺せるからね。


「話しとは何でしょう?」


 女の子の母親は警戒心を隠しながら、にこやかに聞いたよ。


「新しい長はあなたか?」


「まだ決まってませんの。継ぐべく男子が皆殺されてしまったから。それで、あなたはここがほしいというのです?」


「違います!私の集落は大雨で畑も家も壊れ、多くの人が死にました。ここの仲間にしてほしいんです」


 どうやらサクスムが雨で水浸しにした集落の長みたいだよ。ここの集落を狙っていたはずだから、敵のはずだけど仲間になりたいって言っているよ。


 食糧もなくなり、一族みんな死ぬよりは敵対していた集落の仲間になって生き残ることを選んだみたいだね。


「では、畑の作り方を教えてくれるかしら?」


 ここの村は水を引いて作物を育てていたけれど、男の集落の水源が井戸だと思われたけれど、その割には実りがよくて不思議だったんだ。


「もちろんだとも!見せても構わない」


 女の子の母親は仲間を男の集落に送ったら殺すのではないかと疑っていたよ。それを男も感じてたんだ。


「嘘はついていない。本当に我々は困っているんだ」


 一緒にいた女の子はサクスムに聞いたよ。


「本当のことを言っている?」


「言っている」


 男は怪訝そうにサクスムたちを見たよ。女の子の母親はとりあえず男を信じることにしたよ。


 何でサクスムの言うことを信じたかって?話はサクスムたちが解放された当初に戻るよ。


 女の子の母親は娘にサクスムが結婚する気があるか探れと言ったよ。女の子は大量に人を殺せるサクスムが少しこわかったんだ。気に入らないことをして殺されるんじゃないかってね。母親は一族は土系魔法が使える人が多くて、強力な水魔法を使うサクスムの力を受け継ぐ子どもがほしかったよ。


「ねぇ、あんた。私のことどう思ってる?」


 息もかかるほどの近い距離で女の子が見つめてきたんだ。サクスムがドギマギして離れようとすると女の子は腕を絡ませてきたんだ。


「逃げないでよ。私、あんたのこと結構好きよ」


 サクスムは振り払おうと身体を動かそうとしてやめたよ。


「嘘だね。お母さんに俺と結婚しろって言われたの?」


「言われてないわよ。嘘じゃないし」


「言われてないことも、嘘じゃないって言ったことも嘘だね」


 女の子は渾身の演技を見破られて腹が立ったよ。


「何で嘘だっていうのよ。疑うのは酷いよ」


「人が嘘をつくと、心の臓が早く動いて血の流れも早くなるんだ。最近、それに気づいた」


 女の子は唖然としたよ。


「何それ。嘘ついてもあんたは全部見抜けちゃうっていうの?」


「そういうことだね。君は結構嘘つきだから、俺は嫌い」


 女の子はショックで母親に話したよ。母親は恐ろしいとは思ったけれど何かに使えると考えたんだ。


 さっそくサクスム嘘発見器が役にたったみたいだね。



 女の子の母親はお腹が大きいから、長い時間歩くのは厳しいということで、女の子と男の人を何人か連れて、サクスムも行くことになったよ。


 集落につくとサクスムはずっと黙ったまま、砂に覆われた畑や家を見ていたよ。自分がやってしまったことにとても後悔しているんだ。


「砂をどけたら元の生活に戻れるの?」


 長に聞いたら悲しそうな顔をしたよ。


「戻せるだろうけど、何年かかるか。砂をどけて下の土が見えるところまで掘って」


「下の土が見える?」


 長は奴隷に土を掘らせたよ。サクスムは奴隷を見てつらくなったんだ。


「ねぇうちの集落の仲間になるんだったら、奴隷も普通の人と同じ扱いをしてほしいんだ」


「変な事を言うね。奴隷がいなければ集落は回っていかないんだ」


 誰でも重労働や危険な仕事は嫌だよね?奴隷という最下層の人にやらせることで生活を維持していたよ。もちろんこの地方は奴隷も抱えられないほど困窮しているところもあったよ。


「俺は元奴隷だから、ここにいる奴隷の気持ちもわかる。俺がこの土地を戻したらこの人たちを普通に食べさせてあげて」


 元奴隷と聞いて長はサクスムを馬鹿にしたような目で見たよ。


「できるなら、してみろ」




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