36話 暴君ルドの話32
アズーロは学校を卒業すると、マエストロになって研究員になったよ。
ある日裁きの神の神使アリエーテがアズーロに手紙を送ってきたよ。
面識はあったけど、個人的に仲がいいわけではなかったから、不思議に思いながら手紙の封を切ったんだ。
内容はとある貴族が嘘をついているか、アズーロの力で見てほしいというものだったんだ。アリエーテはルドの手を借りるのは恐れ多く、人の嘘を見破られるような能力の高い水の使い手はアズーロしか思い浮かばなかったんだって。
面倒臭そうなお願いなのに、アズーロはアリエーテの手紙の一文を読んで話を聞こうと思ったよ。
それはその貴族が人を殺しているかもしれないというんだ。貴族に親を殺されたアズーロは、何としてでもアリエーテの力になりたいと思っていたよ。
そのアリエーテとはいうと、裁きの神教会で神々の教えに関する勉強会があったから、グランデフィウーメにいたよ。
そこで子どもがいなくなる事件が二件あったと耳にしたんだ。アリエーテは自分の子どもを思い出してしまって、グランデフィウーメの兵士たちと調べることになったよ。でも数日経つと兵士から、この事件は調べられないと言われてしまったんだ。
どこかの貴族が兵士たちに圧力をかけていると直感したアリエーテは、兵士は頼れないと考えて子どもたちの両親と共に目撃情報を集めることにしたんだ。家族たちには、子どもと別れた最後のところに立って通りすがりの人に聞き込みをしてもらったよ。
アリエーテは神使であることをいいことに貴族の家をまわって、子どもがいなくなる事件があるから外にでない方がいいと注意して、時には協力を仰いだんだ。商人だったら会ってもらえなかっただろうけど、神使なら貴族は断りづらかったんだ。
一人の貴族の男が熱心なアリエーテを屋敷にあげて、話を聞いてくれたよ。
「街のどこで子どもたちはいなくなったのですか?私の方で貴族たちにも注意するように話しておきますよ」
アリエーテは自分の子どもの話しもして、被害が少ないわけではないと説明会したよ。
「それはお気の毒に。私は散歩をするのですが、子どもたちがいなくなった場所に行きますので、見回りもしておきましょう。
たまに平民の子どものものと思われる落とし物を拾いましてね。人や馬車に踏まれてしまうのは可愛そうでついつい拾ってしまうんです。もしかしたら被害にあった子どもの物もあるかもしれません。そうだったら遺族にお返ししたいのですが」
アリエーテは見てみることにしたよ。本棚のような棚に嘘汚れたぬいぐるみや、オモチャと呼べないようなものまであったよ。綺麗な石もあったりして、アリエーテはよく石が子どものものだとわかったなと思ったよ。
「ああ、すみません。その石は綺麗だから拾ったのです。紛らわしくて申し訳ございません」
人のよさそうな初老の男は、すまなそうに笑っていたよ。
アリエーテは棚を眺めていると、糸でできた指輪に目が行ったよ。それはほつれてて汚かったけれど、娘に屋台で買ってあげたものにそっくりだったんだ。
早くなる鼓動と息を抑えて、アリエーテは聞いたよ。
「これはどこで?」
「ああそれは、どこだったかな?領主城の北側の…」
娘がいなくなった辺りだったよ。
「神使様の娘さんのものですか?」
「おそらく…」
呆然としていると持って帰ってくださいと言われて、地面に足がついていないような感じがしたまま教会に戻ったよ。
冷静になって考えるとその貴族の屋敷から、娘が消えた場所から離れていたよ。散歩に出るには遠い気が来たんだ。
まさか犯人ではと思い至ると今すぐ捕まえに行きたかったけれど、証拠がなかったんだ。子どもたちの持ち物だと言っても、拾ったといわれた上に、本当に子どもが持っていたものか証拠はあるのかと聞かれてしまえばこちらの証拠がないよ。
「犯人か断定できる方法を」
顔見知りの裁判官に相談しようかと思ったけれど、多忙な裁判官を巻き込むのは気が引けたよ。
あれだけオープンに見せてきたのだから、捕まらない自信があるはずなんだ。
「平民と神使一人が騒いだからって捕まらないと思っているのか?わざわざ見せたのは私の反応を見て楽しんでいたのか!」
グランデフィウーメはルークススペースになったばかりだから、まだ法律の話し合いがされている最中で統一されていないよ。ルークススペースになったんだから、グランデフィウーメの法律はなくなるんじゃないのって思った?
建国当初もそうだったけれど、領主たちの自立精神が強かったままだったんだ。ちょっと連邦制に近いかな。例えばアメリカ合衆国ってアメリカっていう一つの国だけど、州によって法律違うよね。そんな感じだよ。
だから今までのグランデフィウーメの法が適用されることが多かったよ。加害者が貴族で被害者が平民ならば、大体は貴族の罪が軽くなるよ。
ふつふつと湧き上がる憎しみで身体が震えると、冷静になりなさいと誰かの声が聞こえた気がしたよ。
「ああ…これは裁きの神様が与えてくださった機会なのだ。これを怒りで逃してはならない」
神様に感謝するお祈りをしてから、また考え始めたよ。
もう一度あの貴族に会うにはどうしたいいか。
被害者の親を何人か連れていけば、あの棚を見せてくれるのではないかと思ったよ。
そのときに嘘をついているか確認したいけれど、嘘発見器ルドを召喚するのはこれまた気が引けたよ。
それで役職についていない暇人…おっほん、アズーロ王子にたどりついたんだ。すぐさま手紙を出すと返事ではなく、本人が来たよ。やっぱり暇人だったね。
王子力ゼロのアズーロだけど、平民の中に貴族がいると相手も警戒してしまうと考えたよ。だからアズーロには神使服を着てもらったんだ。アズーロは神使に囲まれて暮らしていたし、神使の考え方や所作は知っていたからそれっぽくなっていたよ。
被害者の家族を連れて、もう一度その貴族の屋敷に行くと、アズーロの顔が真っ青になって震えはじめたんだ。
「ここは…」
「どうされました?」
馬車には被害者の家族も一緒に乗っていたから、アズーロは言いづらかったよ。
「多分勘違いです」
出迎えた貴族の男の人に、アズーロは勘違いじゃなかったと震えが止まらないよ。
「神使様?どうされました?」
聞かれてアズーロはなんとか答えたよ。
「貴族のお屋敷に入るのは初めてで、緊張してしまい…」
うまく誤魔化せたみたいだよ。
被害者の家族は子どもらのものと思われる物を見つけて涙流していたよ。
「よかった。遺族の元に遺品を渡すことができて。私も散歩しがいがあった」
満足そうにうなずく貴族の男の後ろをじっとアズーロは視ていたよ。
遺族たちを家に送り届けてから、裁きの神教会の一室でアリエーテはアズーロに聞いたよ。
「アズーロ様。お顔が真っ青ですが」
ワインを出してくれて、アズーロは一気に飲んだよ。
「犯人は絶対あいつです。俺たちの親を殺した奴だからです!それに子どもたちの件も嘘もついていました!」
「な…」
アズーロはジュストが両親が死んだ理由を知りたくて、屋敷に乗り込んだときにあの貴族に会ったんだ。アズーロと再会して気づかなかったのは、乗り込んだとき彼が十にも満たない子どもで、成長して顔つきが変わっていたからなんだ。
「でも、被害者の年齢が違いますし」
こんな偶然があるのかとアリエーテも疑ってしまっているよ。
アズーロも動揺を鎮めて考えたけど、わかんないよ。
「こういうときは」
「こういうときは?」
アズーロは伝令を使って、手紙を首都オリゾンテに送ったよ。
受け取った相手は予定を全部キャンセルをして、グランデフィウーメに向かったんだ。
「あの貴族が子どもたちを殺したのは本当か?」
ジュストが恐い顔していたから、アリエーテは挨拶するのを忘れてしまったよ。
「ジュスト様。どうしてここに?」
「アズーロから手紙が来たので、すっ飛んで来たんです。最初から話してくれ」
ジュストはアリエーテの子どもの話や被害者たちの詳しい話を聞いたよ。
さらに地図を出して被害者がいなくなった場所と見つかった場所を印したよ。
「もしあのクソ貴族が散歩で拾ったというモノが、全部被害者のモノだったとする。となればこんなにバラバラな場所に行くのか?散歩ってだいたい決まった道でするだろう?貴族の当主がこの距離を供なしで外出するのは変だぞ。
馬車で移動しているはずだ。ならば御者が何かしら知っている可能性がある」
「そうだね。御者に聞いてみよう」
「待て。もう少し奴の考えや目的を知りたい。あのクソ貴族が犯人だったとする。どうして子どもの遺品つまり証拠をいつまでも持っている?それをアリエーテ様に見せた?自分を疑えと言っているようなものだろう」
「捕まらない自信があるんだ。あの貴族は代々グランデフィウーメの軍人、とりわけ街の警護する家系だというのはわかっている。疑いをかわせるように手を打っているんだ」
「アズーロ様のおっしゃる通りで、私の子どものときも今回の二件も急に打ちきられました」
アリエーテがアズーロの話を裏付けるようにいうよ。ジュストはふぅと息を吐いたよ。
「あいつで決まりじゃないか。となればどうして俺らの両親が殺された?あのクソ貴族は子どもを狙っていたんだろう?しかも遺体を遺棄するときは服を脱がせて、川原や森とか人がいないところを選んですぐに身元がわからないようにしているし」
アリエーテも可能性ですがと前置きしたよ。
「ローザ様のお母様がお屋敷で働いてお皿を割ったという理由で殺されたのですよね?殺す理由としてはとてもくだらない理由です。あの男と会話した限り非常識な人間に見えませんでした。衝動的に殺したとしても、理由を聞きに来たジュスト様たちのご両親を殺害するでしょうか?
もしかしたらローザ様のお母様は犯行を目撃した、あるいは犯行についての話を耳にしてしまった。だから殺された。ローザ様のお母様はジュスト様たちのご両親の誰かに相談していたのかもしれません。それをご両親たちが問いただした故に口封じとして、みな殺された」
「それなら筋が通りますね。罪をさらに罪で塗りつぶして消そうとしたわけか」
ジュストが言うと、アズーロは涙を浮かべたよ。
「そんなんで俺らのお母さんとお父さんは殺されたのか?酷い、酷すぎる。赦せない!」
「お気持ちは痛いほどわかります。神々はすべてを見ております。神々は赦していない。だからこうやって彼の罪が公になろうとしている。私は何年も娘を殺した犯人を捕まるのを待っていました。神を信じるのです。そうすればいつか応えてくださる。
神々が我々に与えてくれた機会です。だから今は冷静になってあの男を捕まえる方法を探しましょう。でも思ったのですが、三人の事件を起訴すればいいのでは?
確実にあの男が殺害したんですよね?」
アリエーテが言うとジュストは頷いたよ。
「そうです。両親たちの遺体を教会の前に運んだのはあいつの私兵です。クソが貴族に飛びかかったから仕方なく殺したとか言って!
今まであいつを訴えなかったのはグランデフィウーメとの関係があったし、陛下の手を煩わせたくなかったからです。ただもし子どもたちを殺しているなら、これ以上被害者を出さないために奴を捕まえなければならない。このことを陛下に報告するよ」
「そうだね。兄ちゃん…陛下に迷惑かけちゃうけど。
ねえ、子ども殺されていたんだろう?なんで俺らは殺されなかったのかな?」
「殺されかけたことはあるぞ。忘れたか?俺らを保護してくれた教会を抜け出したのか」
アズーロは目を見開いて、ああと呟いたよ。
「ジュストが殴り込みにいった夜に、教会に変な男が何人か来て、神使様に聞いてきたんだ。俺らのことだと思って神使様たち迷惑かけるからジュストが出ていこうって」
「そうだ。彷徨っているところをじいちゃんに拾われたんだ。
アリエーテ神使様。もう一度被害者家族に声をかけて、あの貴族が遺品を持っていないか確認してもらっていいですか?でも持ち帰らないでほしいです。裁判のときに証拠品として奴の手元から没収したいんです。モノがないと、はじめから持っていないと主張できますし」
「わかりました」
アリエーテがこの前とは別の遺族たちと屋敷に行ったよ。さすがに平民を何度も屋敷に上げるのを渋ったけれど、アリエーテが見るだけでいいからと説得したんだ。
結果的に遺品があったし、アズーロがローザの母親の髪飾りも見つけたんだ。前回は貴族の心臓ばかり見ていたから、遺品を見ていなかったよ。
ローザの母親の遺品は黙っていたんだ。ローザは母親とお揃いの髪飾りを父親から買ってもらっていて、今も大切に持っていたよ。だから後で大事な証拠として没取するためにとっておいたんだ。
ジュストはルドに手紙を出すと、数日後にグランデフィウーメ領主から城に来るように言われたよ。
何だろうと思って行ったらルドがいたんだ。グランデフィウーメの兵が前に出て報告したよ。
「陛下の要請で連続誘拐事件および殺人事件で、ロッシ男爵を参考人として聴取しています。しかし現在黙秘を続けています」
「わかりました。ご報告ありがとうございます」
ルドが兵を労う間も、ジュストたちはルドにどうしているのか聞きたくてウズウズしていたよ。
「ジュストが仕事投げ出してグランデフィウーメに行ったのが気になってね。君たちの両親の件はずっと調べさせていて、三人が知りたいと言い出したら報告しようと思っていたんだ。今まで黙っていてごめんね。
まさかアリエーテ様のご息女の事件と関わっていたとは思わなかったよ」
「やっぱりあの貴族が犯人だったんですか?」
ジュストはやっとあの男を裁けると少し高揚した気持ちになっていたよ。
「本人は自供はしていないけれど、使用人たちの証言からほぼ確定だね。グランデフィウーメ領主の許可が得られたから俺も尋問をすることになった。君たちも参加するかい?」
「もちろんです」
三人は絶対に真実を明らかにさせたいと思っていたよ。
「ローザも呼び寄せているから、彼女が来たら始めよう。その前に使用人たちの供述を聞くかい?」
御者はよく出かけ先で主人が迷子を保護していることがあったそうだよ。でも屋敷に連れて帰ったあと、その子どもたちがどうなったかまでは知らないそうだよ。
使用人の一人が知っていることを全部話したんだ。屋敷で殺した子どもの遺体を川原とかに捨てていたそうだよ。
「ご主人様はその…。子どもに興味があるというよりは持ち物に興味があったようです。石やガラクタを大切にしているのが不思議だったようで」
アリエーテはこの報告書は嘘だと言ったよ。娘には乱暴されたあとがあったからなんだ。
ルドはジュストたちの両親について調べたことから推測したよ。
「殺害が目的なのは間違いないですね。最近の事件も遺体を遺棄したと使用人は言っていたし。
それで三人の両親についてだけど、連れ去った子どもが死んであるのをローザのお母さんが見つけてしまったらしいんだ。それで口封じのため殺された。でもローザのお母さんは前から連れてこられた子どもたちについて疑問に思っていて、ローザのお父さんに相談していたんじゃないかなと思う。
一人で行ったら危ないと思ってジュストたちの両親を誘った」
「違う。俺の父ちゃんの三人で貴族の屋敷に行ったんだ。でも夜になって帰って来ないから俺の母ちゃんとジュストの母ちゃんが聞きに行って戻ってこなかったんだ。俺ら三人は教会に預けられていて。俺らが行ったときに殺されなかったのはきっと子どもを放って置いても死ぬと思ったからだろう。でも母ちゃんたちまで殺さなくていいだろう!」
アズーロは握り拳をギューッと膝の上に作っていたよ。ジュストは当時のことを思い出そうとしていたよ。
「母さんたちは知っていたんだと思う。じゃなきゃただ聞きに行くのに教会に俺らを預けたりしないだろう。
他に悪事を知っている使用人はいなかったんですか?」
ルドは後ろに控えていた護衛に目をやるよ。彼は護衛ではなくてルドが秘密に組織した隠密部隊の人だけど、ジュストたちは知らないよ。彼は報告書を読み上げたよ。
「屋敷の使用人たちは全員主人の行動がおかしいと感じながら、仕事をしていたようです。下女の一人は血のついたシーツを変えるように何度か指示されたことがあって恐くなって辞めたそうです。
遺体の処理をしていた使用人の男とあと二人の男は、使用人の女が子どもの遺体を見てしまったことで口封じのため殺した後、その女の夫と友人たちが来て殺したと供述しています。これは主人の命令ではなく、自分たちが遺体の遺棄に関わったことが露見するのをおそれて殺害したようです」
「じゃあ、俺らの両親はあの男ではないということ?」
護衛の男の人はちらりとジュストを見て頷いたよ。
「使用人の男たちの犯行です。ただ他言すれば殺すと脅されていたようです」
子どもの誘拐殺人とジュストたちの両親殺害は別の犯人だったようだね。
「自分の保身のために、俺らの両親は殺されたっていうのかよ」
怒りで震えたアズーロをアリエーテが肩を撫でたよ。
「赦せないことです。でも神々は見逃しませんでした。罪を犯した者が裁かれるときが来たのです」
「そうだぞ、アズーロ。奴の罪が公になって裁かれるんだ。俺らは王族になった。あのときの殴られて追い出されるだけの子どもじゃない。泣き寝入りしなくて済むんだ」
ジュストにアズーロは裏切られたような思いになったよ。死刑になっても苦しまずに死ぬことになるから、殺した人数分苦しみながら死なないのが許せないよ。
「使用人が父ちゃんたちを殺したとしても、元凶はあの貴族だ。俺は水の使い手。あいつの首をこの手で吹っ飛ばす。陛下、あいつの処刑人は俺にやらせてくれ」
普段穏和なアズーロが憎しみをあらわにしているのが、ルドは悲しかったよ。
「アズーロ。それはできない。お前は処刑人ではないから。もしも処刑人になるのならば、一生処刑人にならなければならない」
「構わないよ。あいつを殺せるなら!」
ルドはアズーロの中に深い憎しみがあったことを今知ったよ。ジュストも同じ気持ちだけれど、アズーロを処刑人にしたくなかったよ。
「処刑人になるということは今の生活全部捨てることだ。俺らともこうやって会うこともできなくなるんだぞ。俺はアズーロが処刑人になるのは嫌だよ」
ジュストが一生懸命アズーロを説得してくれたよ。処刑人になると言わなくなって、ルドはほっとしたよ。
ローザがグランデフィウーメに来て、詳しい話をしてからロッシという貴族に尋問することになったよ。
立ち会う人が被害者と関わりが深い人ばかりだったから、一人裁判官も加わったんだ。大勢人がいてまるで裁判みたいだったよ。
ロッシとその使用人の男が部屋に入ってくるとルドは眼を細めたよ。
「それでは尋問を始めましょう」
裁判官が言うと、ルドの困ったようすにジュストは小声で聞いたよ。
「どうしたの?」
「二人の血の流れが見えない。服の下に板でもいれているのかもしれないな」
被疑者たちが裁きの神像の前で嘘はつかないと宣言したから、宣言を信じることにしたよ。でもジュストは何とかして外させたかったけれど、神の前に誓った人間を疑うようなことを公然とするのはマナー違反だったよ。しかも裁判官が尋問を開始してしまったから、遮るのはとても失礼になるんだ。
どうすればと悩んでいると、アズーロの隣にいたエトーレが挙手したよ。両親たちを殺した犯人が判ったと聞いて、いつも明るいローザが笑わなくなったのが心配で一緒に来たみたいだよ。
「その人たちは裁きの神様の前で嘘をつかないと誓いながら、身体を何かで覆い神々や陛下の眼から心を隠そうとしている!無実なら隠す必要はないだろう!」
どよめきが走る中、エトーレはどうだという顔をしているよ。
「あいつ…」
ジュストはマナー違反を責めるべきか、エトーレに乗っかって被疑者に外すように言うか迷っていると、アリエーテがルドに聞いたよ。
「陛下。エトーレ様の仰ったことは本当ですか?」
ルドが頷いて何かに覆われて視えないというと、裁判官は被疑者たちにその場で上着を脱ぐように言ったんだ。
胸の辺りに鉄製の板が見つかったよ。外されて尋問が始まったよ。
「ありがとう、エトーレ。俺は感情的にならずに言う自信がなかったから」
アズーロが視えないと言ったから、エトーレが代わりに発言したみたいだね。
「当然のことをしたまでだから気にしないで」
ロッシという人は子どもたちを、使用人の男の人もジュストたちの両親を殺したのを認めたよ。
使用人は殺人が他の人にバレることと、ロッシに怒られることが恐かったらしいよ。ロッシはずっと黙っていたけれど、魔が差したとだけ言って黙秘したよ。
ルドが尋問したいと言ったら、裁判官が許可をしたよ。
「アズーロ。俺の隣に来なさい。お前の眼で真実を見極めなさい」
アズーロはロッシたちの背後に位置する席に座っていたから、被疑者の正面にいたルドの方へ行くよ。
黙秘をしていたロッシはアズーロを見て動揺したよ。
「お、お前。神使だったのではないのか!」
アズーロは話したら感情が飛び出してしまいそうで、ぐっと唇を噛んだよ。ルドはアズーロの代わりに紹介したよ。
「俺の息子のアズーロだ。実の両親をそこにいる使用人に殺された。水の使い手であり、マエストロでもある。嘘を見破る眼を持っている」
ロッシは眼が泳いだよ。
そんなロッシにお構い無しにルドは質問をはじめたよ。屋敷に来たときにすでにアズーロに見透かされていたということだからね。
アリエーテが大神使であることとアズーロたちと繋がりがあることを、ロッシに話してなかったよ。ロッシは知らなかったから、アリエーテをただの神使だと思って屋敷に上げていい人ぶって誤魔化そうとしたようだよ。アリエーテが執念深いのと、ルークススペースの王族と繋がりがあったことは大誤算だったようだね。
「俺の質問に全ていいえと答えてください。平民の子どもを連れ去って殺したのは本当ですか?」
「…いいえ」
「アズーロ。視えたかな?」
「血の巡りが早くなりました。殺しています」
ルドは頷いたよ。
「子どもを殺すのが目的だった」
「…いいえ」
「嘘をついてません」
ルドはん?と思いながら、次の質問したよ。
「子どもの持っているものに興味があった」
「いいえ」
「嘘ついています」
「…子どもの持っているものがほしかった」
「いいえ」
「嘘をついていません」
どういうことだとルドは裁判官やアリエーテを見たよ。裁判官は手を挙げたよ。
「失礼します。私が質問させていただきます。子どもが大切にしているモノに興味があった」
「いいえ」
「嘘をついてます」
殺害目的ではなく子どもの持っているものに興味があった。でもほしいわけではない。
ルドは遺品を思い出して質問したよ。
「どうして安物、ガラクタを大切にしているか興味があった」
「いいえ」
「嘘をついています」
「子どもから奪おうとしたら、子どもが嫌がった?」
「いいえ」
「嘘をついています」
「子どもがガラクタと思えるようなものに執着するのに興味があった」
「いいえ」
「嘘をついてます」
「暴力を振るい、どのくらいで手放すか興味があった」
「…いいえ」
「嘘をついてます」
「拷問をしても手放さない子どももいた」
「…いいえ」
「嘘をついてます」
核心に近づいているのか、ロッシの声が小さくなっていくよ。
「殺すつもりはなかった」
「いいえ」
「嘘をついてます」
本当に殺すつもりはなかったらしいよ。
「大人いや人がモノに執着するのに興味があった」
「…。…いいえ」
「嘘をついてます」
「大人だと遺体の持ち運びが面倒だし、生かせば訴えられることがあるから、言葉をあまり話せない幼い子どもを選んだ」
「…いいえ」
「嘘をついてます」
犯行の動機は判ったね。命の危機が迫っても手放さない人の執着心に興味があったようだよ。
でも何人も殺すほどまでの原動力ってなんだろうね。殺人は死後に神様に裁かれて地獄に行くとされているよ。地獄にいけば永遠の苦しみを味わうとされていたのに、わざわざ現世で罪を犯すのがルドには謎だったよ。
あとは子どもから奪ったものを捨てずに飾っていたんだろうね。
「はじめは人がどうして執着するか興味があった。次第に殺すことが面白くなった」
「いいえ」
「嘘をついてません」
快楽殺人ではなかったみたいだね。
「人が持っているものを集めるのが楽しくなった」
「…いいえ」
「嘘をついてます」
「子どもの命はどうでもよかった。モノの方が価値があった」
「…。…いいえ」
「嘘をついて…」
アズーロが言いかけると、ガタンと椅子の音がしたよ。
「ふざけないで!あんたのくだらない興味に何人死んだのよ!子どもたちの、私たちの両親の命を何だと思っているの!無価値なものだと思っているの!」
ローザが叫んだよ。アズーロはロッシに聞いたんだ。
「平民の命は価値がないと思っている」
「…いいえ」
ルドはロッシの心臓の動きを見てため息をついたよ。
「ローザ。落ち着いて」
「兄ちゃん、こいつを今すぐ殺して!このクズを!」
ロッシはビクンと肩を震わせたよ。ルドはエトーレにローザを外に出すように言ったんだ。そうしたら嫌がったよ。護衛たちがローザの肩を掴むと泣き叫んだよ。
「返して!私のお父さんとお母さんを!お前なんかさっさと地獄に堕ちて永遠に苦しめばいい!」
使用人が震え上がって、椅子から崩れるように額を床に押し付けたよ。
「申し訳ございません。申し訳ございません」
謝っても赦さない。
その声が廊下に出ても部屋まで聞こえてきたよ。よくローザはその場でこの変人を焼き殺さなかったよね。犯人が憎くても人を殺すのは躊躇するよね。でもこのロッシはしてしまったんだ。
静まり返った中、アリエーテが被疑者たちに言ったよ。
「神々はあなたがたを見ています。兵や使用人に圧力をかけて、口を閉ざしてもこうやって明らかになったのです。すべてを話しなさい」
「アリエーテ神使様。説教は後でお願いしてよろしいでしょうか。少し聞きたいことがあります」
ルドが言うとアリエーテは譲ったよ。ルドは少し疲れて片手で頬杖をついて聞いたよ。
「ローザがあなたをクズといいました。あなたはご自分をクズだと思っていますか?」
「…はい」
嘘をついてなかったよ。マルコ・ヴィペラのように、この貴族も何かしらの劣等感を抱いているようだとルドは踏んだよ。でもこの人は魔法が使えたんだ。
ロッシの心の奥にあるものは何かなと思ったよ。人の執着に興味があったことにヒントがあるみたいだね。
「あなたはあまり執着がなかった?」
「…はい。幼少から飽きっぽくて物事に執着することはなかったんです」
「そう思ってるだけでしょう。人を何人も殺して観察してきたんだ。人はどうして執着して自分は執着しないのか知りたい。それ自体がもう執着でしょう?」
「ああ…」
自分でも気づかなかったみたいだね。当主であり、この歳になって自分の悩みを打ち明けられる人は少なかったのかもしれない。ローザみたいにくだらない興味だと、家と地位を守る当主としての役目を考えろと。そう言われてしまうだろうと人に言えず、悩みが思考を汚染していく。
「ねえ、そんな自分をクズだと思ってるの?」
「はい」
「では、クズな平民とクズなあなたは同じということですね」
初老のロッシは、あどけない子どものような顔をしたよ。それが酷くルドは印象に残ったんだ。




