35話 暴君ルドの話31
ルドはしばし統一王マニュスの子孫の顔を眺めたよ。
『それはアルクス家が中央の王になるということかな?』
『当然』
『ククルス聖神使にも言ったが、時には拳を振り上げるよりも握って我慢する方が力がいるときがある。もしアルクス家以外の人間がこの地を一つにできるとなったとき、貴殿らはその者に譲ることができるか?ああ、もちろん俺はこの地を支配する気はない』
意味がわからないという顔をするから、ルドは慎重に説明したよ。
『一つにするというのは争いもない場所にしたいのだろう?ここにいる皆思っているが、皆が皆自分が王になりたいから争う。誰かが引けば争いは終わる。もし自分が王になりたいのなら、みなを納得させなければならない。武力は手っ取り早い解決方法だ。でも多くを失い、恨みや深い溝を生む。千年以上続けても解決しなかっただろう?』
『それは理解している。あなたがやったのは武力ではないのか?』
アルクス領主の疑問は当然だね。ルドは眼を伏せてマニュスの思考で話したよ。
『千年前のマニュスは警告せずに人ごと街を沈めた。それは結果的に恐怖と恨みを作った。
暴力が正しいことだと後のアルクス家や中央の戦争の模範となってしまったのなら、私はここで正さねばならない。
連綿と続く人の思いも因縁もすぐに断ち切ることはできないだろう。でもどこかでしなくてはならない。
だからルドとなった私は千年前とは全く同じことをしないように務めた。民を逃がす時間を作り、毒の雨は致死に至らない魔法だ。雨を消す魔法を使用されたのは誤算だったけどな。だが普通の戦争よりは犠牲は少なかっただろう。貴殿がアウローラを望むならククルスと私を説得させなさい。もし武力を使うなら私も武力を使わねばならない。それでは千年先の未来もこの土地は変わらないだろう。
さて、そろそろマグナコンワルリスの領主を捕まえに行かないと』
マグナコンワルリスの聖神使はククルスにつくと宣言して、アウローラとマグナコンワルリスの聖神使の戦争は終わったよ。問題は後ろ楯の領主をどうにかしないとね。
「陛下。ついに中央に我らの国の名前がつくのですか!」
言葉が分からなかったステファノは、ずっと結果を聞きたくてうずうずしていたんだ。ルドはにっこり笑ったよ。
「ここはチェントロではなく、ケントルムですよ。ルークススペースからここは遠いですので、ククルス様がアウローラとうまくいけばマグナコンワルリスを治めることになります。聖神使が治める国になるわけです」
「え?何をご冗談を。何のためにここまできたのです?」
ルドはジュストをちらりと見たよ。
「宰相も何を仰ってるんです?俺はジュストのお迎えで、ステファノ様は中央の観光でしょう?」
「観光!違いますよ。私は夢の中央に国を!」
ステファノはケントルムって言いにくいらしくて、チェントロと言ってしまうようだよ。
「俺は帰りますので、頑張ってくださいね。通訳なしでアルクス領主を説得してください」
「そんな…」
ステファノがオーバーに落ち込むから、アルクス領主たちは笑ったよ。
「言葉は少し、わかる。だがお前には私の土地はやらん」
アルクス領主はレナータの言葉が少しわかるらしいよ。中央はさまざまな人が流入しているから、場所によってはレナータの言葉が話されていたんだ。ステファノは諦めきれないみたいだよ。
「陛下はその気なのかと思い、ついてなきたのですが」
「まだ言いますか。中央よりもレナータでしょう?まだ一つになっていませんし、不安要素はゴロゴロあります」
エジリオもそうですと言ってステファノの説得に入ってくれたよ。
領主城は崩れてしまってないから、急きょ青空会議室で要人たちの話し合いになったよ。
アウローラ、アルクス、マグナコンワルリスに加えてルークススペースの三領主と一皇帝の同盟が結ばれることになったよ。マグナコンワルリスの会議でルドの名前は中央に知れ渡ることになったんだ。
マグナコンワルリス領主は聖神使の裏切りに動揺を見せなかったよ。裏切りは日常茶飯事だったけれど、ここまで大ピンチはなかったみたいだね。
同盟を拒んだマグナコンワルリス領主は処刑されて、一族はククルスに下るか追放されたよ。
話がまとまるとルドは国へ帰ったよ。ルドが心配した皇帝不在に反乱というのはなくて、国民たちは皇帝の帰還を喜んだんだ。
半年以上家族と離れていたから、子どもたちの成長を楽しみにしていたけれど、フェデリーゴはルドを見ると誰って顔になったよ。行く前は抱っこ抱っこと甘えていたのに、態度の変化にルドは不思議だったんだ。
抱き上げると大泣きしてしまったよ。
「まさかお父さんのことを忘れたのか!俺が泣きそうだよ…」
只今ルドは久しぶりに家に帰ってきた単身赴任中のお父さんの心の叫びを代弁しています。家族か仕事か。現代日本人も家族を養うために会社の命令にしたがい単身赴任を選ぶ。子どもといたいと言えば妻に家計はどうするのと言われて、家族を選ぶことはわがままに思われるらしいね。そして子どもに存在を忘れられるお父さん。世知辛いね。
なんでお前が知ってるかって?この前別の場所でこのお話したら、単身赴任中のサラリーマンさんにわかるわかると連呼されて、話を聞いているうちに悩み相談会になったんだよね。宝くじ当たらないかなって口癖だったけど、買ったことないらしいよ。それでは当たらないよね。
しまいにはルドは人事握っていいご身分だよねって、ルドに八つ当たりしてたけどね。
「大きくなるまで離れない!!」
ルドはしばらくは長期の出張はお断りしていたよ。確かにいいご身分でした。
「そんなことより陛下。無事のご帰還をお祝いして品を用意しております」
一緒に中央からご帰還したステファノが何かくれるみたいだよ。家族との時間をそんなこと扱いされて、ルドはむっとしていたよ。
「品ってなんですか?」
ステファノが呼んだのは、プラテリアでゲレルの魔法具を造っていたマルコ・ヴィペラだったよ。マルコはグランデフィウーメにいたころよりも目つきが柔らかくなって、肌の艶もよくなっていたよ。
「お久しぶりでございます。中央より無事のご帰還お喜び申し上げます」
そういいながら両手サイズのキラキラの宝箱みたいな箱を見せたよ。中には金でできた指輪があって、真ん中には水晶がはめこまれていたよ。
「プラテリアの魔法具のマエストロたちが精を尽くした一品でございます。陛下の御身を守り、国をいっそうの発展を願い造りました。身につけていただけると嬉しゅうございます」
以前ゲレルの魔法具を見たステファノが思いついたことみたいだよ。ルドは指輪をつけて色んな角度から見たよ。
「普通の指輪に見えますが、魔法具なのですね。使用回数は?」
「理論上は無制限です。これが使用されないことを願っておりますが」
マルコは心から思っているようだよ。グランデフィウーメにいたころは、ちょっと威張ってて感じが悪かったけど、別人みたいに穏やかな顔をしていたんだ。
「無制限とはこんなに小さいものにそんな技術が。造るのは大変だったでしょう。ありがとうございます。大事にしますね」
この指輪は後に王または皇帝の指輪と呼ばれて、受け継がれていくことになるよ。
マルコの生活を聞いていると、とても充実しているみたいだったよ。マルコはルドに感謝していたんだ。
「父の補佐をしていたころは、自分が魔法が使えない無能なことがつらく思っていました。弟のトンマーゾと比べられて、弟が先に生まれたらよかったのにと影で言われていました。トンマーゾも気にしており、彼もあのような顔ですから、兄弟で幼少のころからいい思いをしてきませんでした。
私は陛下にプラテリアに行くように命じられ、本当に心から従ってよかったと思っております。魔法具造りなんてやったこともなく、最初はマエストロたちに怒られてばかりでしたが、筋がいいとか上手いとか周りから言われて頼られたりするようになるのは気分がいいですね。心が嘘みたいに晴れました。
グランデフィウーメにいるときは何をするのも出来て当たり前で、褒められることはありませんでした。陛下のお陰で私は第二の人生を与えられ、新しい自分を見つけることができ、感謝しております」
ルドはマルコが変わるとは思っていなかったよ。
「あなたが救われたようでよかったです。いい魔法具を造ってたくさんの人を守ってください」
「はい」
マルコは深々と頭を下げたよ。
マッテオが造ってくれた魔法具は指輪よりも防御力は段違いに劣っているし、約束通りいいものができたから返そうと思ったけれど、完全にマッテオがいなくなってしまいそうで手放せなかったんだ。
マッテオと繋がりがあるモノはこの魔法具しかなかったんだ。嫌なことがあったり落ち込んだりしているときに、この魔法具を見るとマッテオがそばにいて慰めてくれているみたいに感じたよ。人から見れば粗悪品だけど、ルドにとってはお守りだったんだね。
だからルドはマッテオに返すことはなく、生涯大切に持っていたよ。
ジュストはルークススペースに帰ってきてからも、常に剣を持っていてローザに恐い目をしているって言われたよ。剣と剣を交わせることもしたし、戦場にいた癖が抜けなかったんだ。
いつものあの死神顔の男がひょっこり現れて、思わず剣を抜きそうになったよ。
「ジュスト様、ご帰還おめでとうございます。背も伸びましたね。一瞬どなたかわかりませんでしたよ。髪も伸ばしているのですか?お似合いですね」
「…お久しぶりです。ヴィペラ様はお変わりないようで」
「はい!こんな不健康そうな顔ですが、健康ですよ」
ニターっと笑うと、ジュストは悪寒が走ったよ。
「俺に何か用ですか?」
「いえいえ。ご挨拶に来ただけです。陛下にもご挨拶をと。では」
トンマーゾはふふと嬉しそうに笑ってから、踵をかえしたよ。
周りに人がいなくなると、さらにニターっと笑ったんだ。
「大分心に隙間ができましたね。おかげで魔法がかけやすくなりました」
ルドに会うとオーバーに中央の領主たちとの同盟を祝福したよ。
「後日正式に領主よりご挨拶と、ルークススペース国の一員に加えていただきたい旨をお伝えさせていただきますが」
さらりとトンマーゾが言うから、ルドは聞き逃しそうだったよ。
「一員に加わると仰いました?」
「はい。同盟領ではなく、ルークススペース国の領主として」
ステファノはグランデフィウーメの態度の変化に疑いを持っていたよ。ルドも思ったけれど、立ち上がって大喜びしてみせたよ。
「それは喜ばしい!共に天の国を、このレナータに作りましょう」
グランデフィウーメはルークススペース国の中央進出をみて、友好的に出たほうがいいと思ったみたいだよ。レナータの貴族は力ある者だけが中央で挑むことができると考えていたし、ルドが古参のアルクス家と繋がりを持ったことも影響していたんだ。
国の傘下に入ったらどうかとグランデフィウーメ領主に提言したのは、トンマーゾだったよ。トンマーゾいわく同盟領はルークススペース国内の会議に出られないから、詳しい内情や政策を知ることは出来なかったよ。ルークススペース国内に入り込み、仲間にできそうな貴族たちを探すことにしたみたいだね。
そんな腹黒トンマーゾとルドはあれこれ話をしていると、彼がふと言ったよ。
「兄がこちらに来ているとうかがいましたが、まだおりますかね?」
「ああ、いらっしゃいますよ。マルコさんはとてもいい仕事をしてくださいました。見てください。この指輪はマルコさんたちが造ったんです」
トンマーゾに指輪を見せたよ。トンマーゾも素晴らしいと連呼していたよ。
「マルコさんからあなたとお二人の幼少期についてうかがいました。彼はプラテリアに居場所を見つけたようです。心が晴れたと言っていましたよ」
「心が晴れた?」
どんなに驚いてもトンマーゾ・ヴィペラという人は独特の笑顔で本心を見せなかったけれど、このときは呆然とした様子だったよ。
「どうかしましたか?」
トンマーゾははっと我にかえって、いつものようにニッとしたよ。
「何でもありません。ただ、幼いときに兄と共にグランデフィウーメを支えていこうと約束したのです。兄はもうグランデフィウーメに戻らないつもりなのかと思い、少し残念に思ったのです」
最初のほうは何か隠したようだけど、トンマーゾの心臓は嘘をついていなかったよ。ルドに見せた、いや見せてしまった一度きりの心の深いところにある思いだったみたいだよ。ルドはトンマーゾがマルコのことを大切に思っているのを察したよ。
「戻らないとは仰っていませんでしたよ。トンマーゾ様はお兄さんと仲がいいんですね」
「兄は私の一番の理解者ですから」
そう言いながら、トンマーゾはマルコに会わずにグランデフィウーメに帰っちゃったよ。
数日後、ヴィペラ家のパーティーで集団食中毒が発生して、トンマーゾの叔父を含めた数人が亡くなったそうだよ。
「とんだ災難でした…」
ルドが首都オリゾンテに来たトンマーゾに見舞いの言葉をかけると、死神顔でわかりにくいけど、げっそりした顔で笑っていたよ。
マルコは身内の不幸を聞いて、プラテリアからオリゾンテに来ていたよ。そこからグランデフィウーメに行くところだったんだ。
「叔父上が亡くなったと聞いた!父上と母上は?他の人たちは?お前は大丈夫だったのか?」
トンマーゾは矢継ぎ早に言われて目を丸くしていたけれど、やがてニッコリと笑ったよ。
「私は少し下しただけで大丈夫でした。父上と母上は召し上がっていなかった料理でしたので、お元気ですよ。
葬儀も終わりましたし、兄上はプラテリアにお戻りください」
「そういうわけにはいかないだろう。私はヴィペラ家の長男だ。葬儀が終わったとはいえ、まだまだ大変だろう。お前はグランデフィウーメがルークススペース国になるのに交渉役を任されているのだろう?」
「わかりました。一緒にグランデフィウーメに来てください。でも兄上。その格好でいかれるのですか?」
マルコは自分の服装を見て頭をかいたよ。工房を飛び出したから職人の格好のままだったんだ。
「そ、そうだな。着替えるよ」
兄の照れ笑いにグランデフィウーメにいたころの影はなく、トンマーゾは嬉しそうにしていたよ。
「昔の兄上のようですね」
「え?ああ。陛下のお陰で自分自身を取り戻せた。今となってはジーナ殿に酷いことをした自分が自分ではないようで、本当に恥ずかしい。そんな私を許してくださり、居場所を与えてくださった陛下に感謝している」
「そうですか。それはよかったです」
ヴィペラ家の食中毒事件がおさまるころ、正式にグランデフィウーメはルークススペースの一つになったんだ。
ジュストはルークススペースで過ごすうちに警戒心は薄れていったよ。軍で兵法を学んだり、法律を学んだりして、成人するころにはルークススペースの貴族の中で、ルドの片腕になるのではないかと噂されていたよ。
養子とはいえジュストは王子様だから成人のお祝いパーティが開かれたよ。
ボロボロになった服を着て痩せ細った少年の姿はなく、青年へと成長したジュストはルドの前に立って感謝を言ったよ。
「私はあの日、陛下にお会いしなければ今日の日を迎えることなく野垂れ死にしたか、奴隷になっていたでしょう。
まだ無知だった私が、暴言を吐いても許してくださった心の広い陛下に感謝しかありません」
ジュストに陛下と呼ばれてルドはむず痒かったよ。
「あの日俺もジュストたちに出会えて神々に感謝しているよ。陛下なんて言い方堅苦しいな。いつも通り兄ちゃんでもいいんだよ?」
「成人したらきちんとしようと思いまして、陛下と呼ぼうと決めていました」
ジュストが大人になっちゃって、ちょっとルドは寂しかったよ。でもアラサーの男の人、しかも皇帝を兄ちゃんと呼ぶのはどうなんだろうね。
「わかった。では俺はジュスト王子って呼ぶぞ?」
「それは…」
ジュストはまだ王子と呼ばれるのに照れがあるようだよ。
その王子様が成人したんだ。貴族たちはこぞって縁談を持ちかけたけれど、まだ結婚する気はないとジュストは断っていたよ。
ステファノはルドに自分の娘を嫁がせられなかったから、今度はジュストに狙いを定めてきたよ。年齢があう娘がいないから、末の弟の娘を出してきたよ。
ジュストが結局は折れて二十四歳のとき、結婚したよ。
結婚を決めたといつもの家族の食事の席でジュストが報告すると、ルドたちは祝福したよ。
「ジュストお兄様がけっこん…」
ルドの娘・セレーナは八歳だったけれど、ひそかに年上のジュストに想いを寄せていたよ。セレーナいわく、頭もいいし魔法も強いから憧れもあったらしいよ。
エトーレはルドの子どもたちのいいお兄さんになっていて、セレーナの恋の話を聞いていたよ。失恋決定にその場にいたエトーレは気まずくなっていたらしいよ。
「ジュストとこうやって食事を一緒にとれなくなるのは寂しいな」
おニブルドはセレーナの恋心に気づいてなくて、ジュストの結婚を許可したよ。
その夜、泣きじゃくるセレーナをエトーレは慰める羽目になったんだ。
ジュストの結婚式にはアウローラのククルスやアルクス家の代表者も来たよ。アルクス家は子息をルークススペースに留学させたりして、ルドと交流していたんだ。
ルドの結婚式ほどの規模ではなかったけれど、ジュストはみんなに祝福されて幸せだと思ったよ。
それがアズーロがもたらした話で、ジュストの幸せな気分はどこかにいってしまったんだ。




