2話 奴隷王サクスムの話2
やぁ、お待たせ。奴隷王サクスムのお話を続けるよ。
サクスムは生まれて初めて人を魔法で殺してしまったことに、酷いショックを受けたんだ。上機嫌の長から、女の人をもらったんだけど、とても話を出来る状況じゃなかったんだよ。
長からこの男の子どもを産めと言われた女の人、といっても十四歳かそこらの子どもだったんだけど、相手の男はベッドでぐっだりしていたんだ。
優しい性格をしているサクスムは女の子を放っておくのはかわいそうだとは考えていたけれども、身体と頭が疲れはててしまっていたんだ。砂利の山が崩れるほど雨を長時間降らせたことはなかったんだよ。
「ご主人様が言っていたオンナって君?俺、魔法使いすぎて疲れてて。寝るね」
そのまま寝てしまったんだ。食事が運ばれて来て、女の子は起こすけれどサクスムが食べていいよというから、遠慮なくサクスムの分も食べちゃったんだ。女の子はお腹いっぱいにごはんを食べて床で眠ってしまったよ。
朝起きたサクスムはまだ女の子がいてびっくりしたんだ。
とても驚いたけれども、しっかり朝食はしっかり食べたよ。昨日の夜は何も食べていないからお腹がとても空いてたんだ。
サクスムは女の子をじっくり見てひたすら目を丸くしていたよ。自分の身体と違いすぎて驚いてしまったんだね。女の子はチュニックを着ていたけれど、身体のラインが違うのははっきりわかったんだ。
「どうして君が来たの?」
「あんたの子どもを産めと言われた」
「俺の子ども?産め?」
男しかいない環境で育って、奴隷のおじさんは何も教えなかったから、女の子の言っていることが想像できないんだよ。
「早くしてよ。子どもできなかったら、あたしが殴られるじゃない」
女の子は見ず知らずの男と子どもを作ることも、出産の苦しみよりも殴られることが怖かったみたいだよ。ただこの子はどちらも経験したことがないから言えるだけなんだ。
「子どもって産むものなの?」
「そんなことも知らないの。早く」
朝っぱらからサクスムはせっつかれてるよ。
「あんた、もしかしたら子どもの作り方知らないの?」
女の子は奴隷の女性部屋に時々、偉い人たちがやってきて夜伽をしているのを見ていたんだ。今なら性的虐待で捕まるけれど、この時代は奴隷は家畜同然、酷いときは家畜以下だったよ。
サクスムは女の子に襲われそうになってたけれど、人が来たから助かったよ。
その変態痴漢たちにサクスムは呼ばれてたんだ。奴隷仲間が何人か立っていたよ。
長が奴隷仲間に自分のできる水の魔法で、一番強いものを出せと命令したんだ。
並んでいた奴隷仲間で三人水が使えたよ。一人は両手いっぱいに水を出した。一人は小さな水の塊を自分の周りに出して、最後の一人はおはじきくらいの水を手にのせたよ。
「普通の奴隷はこのくらいなのだが、お前はどうして天候を操れる?」
サクスムは誰からも教わっていないから、出来たものは出来たとしか言えなかったんだ。
「他に何ができる?」
サクスムは水魔法は言われた通りにしかしたことがないから、他に何ができるかと聞かれても首を捻るだけだよ。
長が奴隷仲間に他にできることはないかと聞いて、一人が人差し指を前に出して、指先に水の弾を作って、勢いよく飛ばしたよ。人間水鉄砲だね。
それに長たちは面白がってサクスムにもやらせたよ。普通なら人からどうやって水を作り、どうやって飛ばすかを一連の流れを教わるんだけど、サクスムは見よう見まねでも出来たようだね。
「そういえば、お前はどうして身体の中の血を操れるんだ?」
肩こり腰痛解消に長たちはサクスムをマッサージ師扱いしていたんだ。
「人や動物から細かい霧が見えるんだ」
「細かい霧?お前たちは見えるか?」
奴隷たちは一斉に首を振ったよ。サクスムはどうやら発汗した人や動物の汗まで見えるようだね。
「霧と同じで目を凝らすと水が見えるんだ。血の流れもよくよく見ればうっすらだけど見えるんだ。流れが悪くなっているところをよくしているだけ」
「お前はやはり変わっているようだな。血の流れをよくすることはできて、逆に悪くすることはできるか?」
「やったことないけど、できると思う」
水魔法が使えない奴隷を前に立たせて、やれという。サクスムは言われた通りにやってみると奴隷が苦しみ出して倒れてしまったよ。血の流れを止められて血管が耐えきれなくて内出血を起こした上に貧血にもなったんだ。どう考えても死んだね。
「あ…」
サクスムは慌てて流れを整えて、治癒魔法をしたよ。なんと、奴隷仲間の意識は戻ったよ。奇跡だね。でも彼の顔はサクスムを可愛がってくれたときの笑顔はなくて、怯えた目をしていたよ。
他の奴隷仲間も怖がったり不安な顔をしていたんだ。
「胸の真ん中に心の臓というものがある。ドクドク鳴っているものだ。そこを破壊して治せ。そうだな、そいつを」
呼ばれた中で一番年長の奴隷を指差したよ。サクスムを子や孫のように可愛がっていたけれど、今はおっかない顔で睨んでいるよ。
サクスムはこの奴隷仲間が大好きだったんだ。頭が多少弱いサクスムでも、心の臓とやらを壊せばどうなるかわかったよ。
「で、できない。俺にはできない!」
鞭で叩かれてもサクスムはずっとできないといい続けたよ。
「ではお前を叩いて殺す」
仲間を傷つけるのも嫌で死ぬのも嫌。
生まれて初めてサクスムは考えるということをしたよ。でも奴隷が持っているものは腰布一枚で、サクスムのできることは限られていたんだ。
鞭でたくさん叩かれても全然いい案が思い浮かばなくて、サクスムは泣きながら言われた通りにしてしまったんだ。
心臓を破壊された奴隷は悲鳴を上げながら、胸をかきむしるように倒れたよ。誰もが演技には見えないのでサクスムの魔法だって信じたよ。証拠にサクスムは慌てて治癒魔法をかけたんだ。
涙ながら見上げる奴隷仲間はもうサクスムのことを可愛いとは思っていなくて、恨みしかないよ。命令されたサクスムを恨むのはおかしなことだけれど、彼も腰布と自分の命以外何も持っていないから、主人を恨むだけ虚しいだけなんだ。
「何度もできるのか?もう一度やれ」
長は老いぼれの奴隷は足手まといにしか思っていなくて、死んでもいいと考えていたよ。
嫌だと言ってもサクスムは鞭で打たれるだけだから、もう一度心臓を破壊したよ。すぐに治癒魔法をかけたんだけど、全然意識が戻らないんだ。
「なんで、なんで!」
水の流れが見えるサクスムは一番魔法が効いていないのがわかったよ。魔法をいくらかけても心臓は元の形に戻らないし、血管は破けたままなんだ。
「何故二度目は魔法がかからんのだ?治癒魔法が使える奴を呼べ」
治癒魔法をかけても結局は目を覚まさなかったよ。多分、心臓を破壊されてから治癒をかける時間が経ってしまったからだろうね。
「もう一度やってみるか?ほらそいつを」
「ごめんなさい。俺、できない」
膝をついて呆然と仲間の遺体を見ていたよ。隣の集落の人々の死は目で見たわけではないけれど、確かにこの奴隷を殺したのは自分だという現実が横たわっていたんだ。
「仕方ない。夕方にもう一度呼ぶ。休むように」
上級魔法を簡単に操れる奴隷の精神を潰してはもったいないと長は考えたみたいだね。
サクスムは背を押されると、魂が抜けたようにふらふらと立ち上がって部屋に戻ったよ。
部屋にはまだ女の子がいて、何度も呼ばれたけれど、サクスムはベッドに横になったまま返事もしなかったよ。
「あんた、何したの?凄い傷だよ」
「…」
鞭の痛みより仲間を殺した痛みの方が大きかったんだ。
女の子が土属性の治癒魔法でサクスムの傷を癒していくよ。土といっても泥パックをイメージした?そういう治癒魔法もあるけれど、彼女は草木の魔法を使って傷や打撲に効力のある草の葉を出したんだ。
とても滲みてサクスムは思わずうめいたよ。
「なんだ!?」
女の子がいたのを忘れていたみたい。
「なんだって何よ。治してあげてるんだから、礼くらい言えないの?夕飯は半分私にちょうだい」
「…全部あげるよ」
「あら気前がいいのね。それで何したの?」
サクスムはとても自分の心だけにしまいこんでいられずに、ポツポツと話したんだ。
女の子は気の毒そうにしていたけれど、人を武器なしで触れずに殺せることに興味を持ったよ。誰も聞き耳を立てていないか、格子の外を確認して小声で話したよ。
「あんた、それ凄いわ。何回もできるの?水の使い手はよく、相手の顔を水で覆って呼吸をできなくさせて殺すけれど、血の流れを見れるなんて聞いたことないわ」
「よく知っているね」
女の子は活発そうな顔に似合わず、冷めた目になったよ。
「あの長にうちの集落がやられてなかったら、こんな奴隷なんかにならずにすんだのよ。あいつはお父様の仇なんだから」
どうやら滅ぼされた集落の長の娘みたいだよ。奴隷制度という言葉を出したけれど、明確な法律はなかったよ。奴隷は罪を犯して人としての権限をはく奪された人や、負けた集落の民が奴隷として働かされることがあったんだ。
女の子の恨みはとても深そうだね。ボクだったらこんな子には近づきたくないけど、サクスムは同じ檻に入れられているから避けることはできないよ。
「なんで、あいつをその場で殺さなかったのよ」
「殺す?」
サクスムがおうむ返しするから、女の子は鼻で嗤ったよ。
「あいつらを殺して、ここを私たちのものにするの。そうしたら奴隷ではなくなるよ。そうしなよ」
「そんなことしたら鞭で打たれるよ…」
罰という恐怖という他に、サクスムは主人に逆らうなと言い聞かされて育ってきたんだ。命令が心の底にまで染み付いてしまっているんだ。
「それを恐れていたら何も変わらないわよ。一生奴隷でいるつもり?」
サクスムは未来を考えたことがなかったんだ。奴隷のまま死ぬと思っていて、それ以外の人生や世界があるなんて考えたこともなかったよ。育てのおじさんは一生奴隷であろうサクスムに、未来に希望を見させることは可愛そうだと考えたんだ。
「だから元々奴隷の奴って馬鹿なんだから。いい?やるのよ。今度会ったら殺すの」
「…君がやればいいじゃないか」
「私は攻撃魔法は使えないのよ。治癒魔法ばかりで」
「治癒魔法は毒も使うだろう?毒で身体を痺れさせて、痛くなくなるから傷口を焼いて塞ぐのをみたよ。君は土属性だから、植物の毒も使えるだろう?」
「あ、なるほどね。相手を殺すことばかりじゃなくて動きを止めることも手なのね」
女の子は怪我を治すことばかり考えていたみたいだよ。
長に呼ばれて、食肉にする予定のヤギなどの動物が用意されて、サクスムは安心したよ。
致死に至る怪我をサクスムが一度治した後にまた怪我させて、もう一度治癒魔法をかけても治らなかったんだ。他の人がかけてからなら治ったよ。
「こいつの魔法が強力だからか?」
「普通の治癒魔法は心の臓を破壊して蘇生させるのはほぼ無理でしょう。この奴隷は何かあります」
長は何やら考えて、サクスムに笑いかけたよ。
「お前が俺の言うことを聞けば、奴隷から解放してやろう」
サクスムは驚いたよ。
「鎖で繋がれない?」
「そうだ」
「ご飯もたくさん食べられる?」
「もちろんだとも」
「何でもやる!」
長はまた笑って、アレを連れてこいと傍にいた人に命令したよ。
すると鎖で繋がれた女の人が木に縛りつけられたよ。サクスムはその女の人のお腹が膨れていて驚いたよ。
「病気?」
サクスムの問いには誰も答えてくれなくて、わーわー叫ぶ声が建物から聞こえてきたよ。
「お母様に何をするつもり!」
サクスムの部屋にいた女の子が男に腕を押さえられながらこちらに来たよ。女の子はお腹がでている女の人の子どもみたいだね。
「あの女を殺せ」
長は命令したよ。
「あんた、何をいってんのよ。お母様のお腹にあんたの子どももいるのよ」
「だからなんなのだ?大人しくしていればお前もお前の母も俺の妾にしてやったのに。産んだ俺の子を首を絞めて殺して俺に見せつける頭のおかしい女を妾にしていられるか」
「さっさと殺しなさい。屈辱はもうこりました」
女の人は怒りで震えながら言ったよ。自分の子どもを殺されておきながら、またこの女の人を抱く長の精神もいかがなものかとボクは思うけど。
サクスムは長が全部悪そうだと思いながらも逆らえないよ。
殺せと感慨もなく言われて、サクスムは女の人を見たよ。じっとサクスムを見つめていたんだ。
「やめて!」
女の子は涙を流しながら叫び続けたよ。
「長の妻と娘だったころはもう終わったのだ。そのような考えを捨て、奴隷として生きろ」
「盗人め。ここの土地はあたしたちのものだったんだから!」
「なら取り返してみろ。できないだろう?ほらサクスム。殺すんだ。この女を殺せばお前の鎖は解いてやろう」
長はニヤニヤしていてとても下品だったよ。
人を殺して自分は奴隷から解放される。
鞭で打たれないし、ご飯もたくさん食べられる。
とても魅力的な話だよ。
「サクスム、やめて」
でも、泣きじゃくる女の子が気になってしまったよ。サクスムは母親を覚えていないけれど、大切な人はたくさんいたよ。その一人を殺してしまったけれど。
「やれ、早く。奴隷のままでいいのか?」
長と女の子をサクスムは交互に見て困ってしまった。女の子の母親を助けたいけれど、長の命令を守らなくてはいけないんだ。
――あいつを殺せば、みんな奴隷から解放されるわ。
女の子の目が涙ながらに訴えているよ。サクスムは長を殺すと考えるだけでも罪悪感でいっぱいになったよ。
キミは小さい頃に親から何かをやっちゃいけませんって言われて、いけないことをやろうとしたときの気持ち覚えてる?あ、キミはいい子だからないって?偉いね。
やっちゃいけないって言われていることをしようとして、緊張して心臓がバクバクいうんだ。
息も上がってクラクラして、逃げたいよ。でも選ばなきゃいけない。
女の子の母親を殺しても自分しか普通の人になれない。
みんなと一緒に鎖に繋がれない生活をしたい。
「わかった」
サクスムは決めたみたいだよ。