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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第三章 ロラの話
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25話 ジュストの懺悔3

 ジュストはマッテオと共に、グランデフィウーメ制圧に向けて戦争を繰り返し、時にはポネンテなど味方の領主を助けに行ったりしていた。


 フェデリーゴが正式に皇帝になることが決まり、国内が落ち着かない中で、人々の希望になるはずであった。


 首都にある友人宅を訪れていたステファノの孫が、帰路で暗殺されるという事件が起こった数日後に、フェデリーゴの食事に毒が入れられるということが起こった。


 味方しかいない神殿内部での毒入り。首都とはいえ、安全ではない。


 フェデリーゴの警戒心を強めたが、それ以上にキアーラが恐れを抱いていた。


―――ルドだけではなく、フェデリーゴたちまで殺されるかもしれない。私が、この子たちを守らなければ。


 キアーラはフェデリーゴに身を隠すよう、連日訴え、聞き入れなかったら自殺すると言い張り、これにはフェデリーゴとステファノが折れた。


 ステファノが折れた理由に、神殿の防御力であった。


 当時最強を誇っていた要塞都市は、首都オリゾンテではなく、ルークススペース帝国の北部にあるプラテリアであった。


 プラテリアは、ゲレル王国で産出された水晶、後に魔石と呼ばれる鉱物を使い、魔法具を作っていた。


 トンマーゾ・ヴィペラの兄である、マルコ・ヴィペラにより、魔法具を使った防御壁が完成し、小さなプラテリアを守っていたのだ。


 街一つを囲う防御壁を作るには、時間と職人が必要だった。


 プラテリアから職人を首都へ呼び寄せたが、途中で敵方に暗殺や拉致されるなどして、首都の防御壁が完成していなかった。


 首都とプラテリアの間にある都市に、防御壁の建設がされており、一時的にフェデリーゴたち皇族を避難させることになった。


 この判断がフェデリーゴの冬の時代となり、ルークススペース帝国の分裂、滅亡になるとは、誰も考えていなかった。


 ジュストの妻であるセレーナは、避難せず、戦場に行く夫を常に心配していた。


 避難地まで、ジュストが護衛をしていたが、夫として接することがなかった。


『俺を死んだものだと思いなさい』


 そう、ジュストが子どもに言い聞かせるものだから、セレーナは悲しくなった。


 避難地につき、ジュストがすでに襲撃を受ける味方のポネンテを助けようと発っていることを人伝いに聞いた。


『酷いわ。何も言わないなんて』


『あいつとは離縁しろ』


 兄のフェデリーゴに素っ気なく言われ、セレーナは夫の境遇を憂いていた。


 ジュストは、二度と妻と子どもたちと会うことはなかった。


 フェデリーゴたちの避難地の近くの街がグランデフィウーメ派の手で落とされ、北へ北へと逃げることになったのだ。


 当時最強の兵団の一つである、ゲレル国に行き、援助を求めた。そこでも戦闘が繰り広げられ、ゾリグと共に未開の地であったエルスターへ追いやられることになる。


 皇帝の後継者たちは逃げ、首都を治めるのは老いたステファノとなってしまったのだ。


 久しぶりに首都に戻ったマッテオは、ステファノに前から考えていたことを提案した。


『グランデフィウーメと和睦しろ。どこかで手打ちにしなければ、国が滅ぶ。これだけ反対勢力があれば、元の国土の広さには戻らない。時間が経つにつれ、犠牲は多くなるばかりだ』


『手打ち?陛下が殺されているのだぞ。フェデリーゴ様がお許しにならない』


『そのフェデリーゴはここにはいない。それで、首都への帰還の見通しも立たない。尻尾を巻いて逃げたと、兵たちに噂が広まってしまっている。あいつが戻ってきても、信用を得るには時間がかかるだろう。少しでも、国を安定させてから、フェデリーゴを帰還させるしかない』


『しかし…』


『いいか、ステファノさんよ。ルドの望みはなんだった?飢えも、戦争もない平和な世の中だ。今はどうだ?

 戦争だらけだ。平和なら国が小さくなってもいいじゃないか。ルークススペースは元々国というより、同盟という要素が大きかった。

 ここでグランデフィウーメを手放せ』


『…』


 ステファノも、どこかで戦争をやめなければと考えていた。


『考えておく』


『頼んだぜ。俺は一度、グランデフィウーメに帰る。家族を残したままだからな』


 マッテオはジュストを将軍に任じ、グランデフィウーメに帰った。


 孫の一番上の子が結婚するという話が出ている中で、ルドが死んだと聞き、オリゾンテへ行ったのだ。


 あれから、二年近く経った。


―――もしかしたら、ひ孫でも生まれているかもな。


 と楽しみにしていたマッテオは、荒れ果てた畑と、壊れた我が家を前にして、絶望へと落とされた。


 家の中は散らかり、血痕らしいものもあった。


『今まで何をしていたんだよ、マッテオ。あんたの孫娘一人残して、みんな殺されたぞ』


 ルドのいとこの子どもが、疲れ果てたように言った。


 ルドの伯父も、その家族も、グランデフィウーメによって殺された。


 そして、マッテオの妻も子も孫も、一人残してみな。


―――奴隷に転生して馬鹿になったな、俺は。ルドの家族をグランデフィウーメが放っておくはずがないだろうが。


 嫁ぎ先で匿われていたマッテオの孫娘を連れて、オリゾンテへ向かったのだ。


 マッテオの連れの少なさに、ジュストも最悪を予感していた。


 マッテオはステファノの前に立った。


『孫一人残して、妻も子も殺された。ルドの伯父らもだ。

 俺に死に場所をくれ』


 ステファノは頷いてから、プラテリアに行くように言った。


 プラテリアはゲレル王国と接し、グランデフィウーメ派のフォレスタとの激戦地であった。


 プラテリアは技術者もたくさんおり、ルークススペースとしては、落とされてはいけない都市であった。


『ルドのいとこ夫婦もいたはずだ。行ってくる』

 

『マッテオ…』


 呼び止めたジュストの肩を叩く。


『お前は無茶するな。元気でな』


『マッテオも』


 かける言葉も見つからず、ジュストはマッテオを見送った。


 ルドはこうなることを予期し、プラテリアにいとこ夫婦を移住させ、魔法具の技術者になってもらっていた。

 

 親族の死を聞いたルドのいとこは、一晩泣き、マルコ・ヴィペラと共に防御壁を作り続けたという。


 マッテオは、フォレスタとの戦争の中で死んだと言われている。


『コルにまた逢えるだろうか』


 自ら死兵となった、彼の最期の言葉を聞いた者は、いなかっただろう。



 エルスターへ逃げたフェデリーゴは、マッテオの死を聞き、深く悲しんだという。


 彼も、レナータに戻れる日は来ないかもしれないと思っていた。


 ロドルフォ・ビアンキがジュスト宛に、フェデリーゴはルークススペースに戻るつもりのようだと手紙を出したのもこの頃だった。


『必ず俺が取り戻して、平和な国にする』


 ジュストはそう思いながら、戦っていた。


 だが、ジュストの願いは叶わず、彼は戦死し、ルークススペース帝国は滅亡することになる。


『みんな、俺より先に死にやがって』


 ジュストの訃報を聞いたリクは、そう呟いた後、公的な場所には一切出なくなった。


 記録もなく、どこでどう過ごして、そして、死んだのか。記録は残っていない。


 


 



 巨大な水晶の棺に納められた遺体に、男は既視感を覚えた後、激しい頭痛が襲った。

 

 押し寄せる、己ではない記憶の波に立っていられず、男はその場で膝をついた。


『フィデル?』


 兄の声に、己はフィデル・ルークススペース・デスペハードだと思い出す。


 流れ込んだ記憶の量に思わず、額を押さえる。


―――これが転生というものなのか。



『嘘たろう…。だって、ずっとそばにいたのに』


 前世の養父は目の前で殺され、国を取り戻せず、死んだ。


 謝りたかった。


 何を、どう謝ればいいのかわからないが、前世は養父ルドに謝りたかった。


『お前、いつレナータの言葉を?』


 目を丸くする兄の前世は、ルドと共に死んだエトーレだという。


 レナータの言葉ではなく、なぞるようにエルスターの言葉で話す。


『思い出した…』


『何を?』


『前世』


 周りは驚き、前世は誰だと色めき立っている。


 兄のエクトルは、フィデルの腕を掴んで立ち上がらせると、別室へ向かった。


 二人だけになると、緊張した面持ちで話し出す。


 デスペハード帝国の皇族は、グランデフィウーメの血も流れている。


 グランデフィウーメ側の誰かが転生してもおかしくなかった。


『何を思い出した?名はわかるか?』


 デスペハード帝国では裏切り者と罵られてきた男の名を言うのが、フィデルはためらった。


 フィデル自身も蔑んでいたからだ。


 あんな男の転生者だと、認めたくない。


 だが、浮かんで止まらない記憶たちは、あの男の転生者だと告げている。


 後悔と罪の意識で、エクトルの顔を見られなかった。


 フィデルは、絞り出すように名を言った。


『ジュスト…』


『何?』


『ジュスト・ルークススペース。悪かった。エトーレ。助けられなくて』


 わずかな間が空いてから、頬に衝撃が加わり、フィデルはエクトルに平手打ちされたことに気づいた。


 前振りもなかったため、踏ん張ることもできず、椅子から転げ落ちた。


 大きな音を立てたせいで、部屋の外で待っていた皇帝ルシオが部屋に入ってきた。


『どうしたんだ!』


 一人の弟は床にうずくまっていて、もう一人の弟は拳を握っていた。


『陛下、扉を閉めていただけませんか』


 エクトルに言われ、ルシオは扉を閉めた。三人だけになると、フィデルはうずくまったままエルスターの言葉で言った。


『すまなかった。エトーレ』


『お前、本当にジュストなんだな?』


 ゆっくりと頷く弟に、ルシオは唖然となる。


 何故このときに?


 水神王と呼ばれたアニバルの葬儀の日に思い出した?


 フィデル本人も予期しているはずもなかった。


 前世の後悔に囚われ、兄のエクトルに頭を下げている。


 エクトルは拳をさらに握る。


 情けなく頭を下げて震える弟も、毅然としていたジュストが惨めな姿になるのも、エクトルはたまらなく不愉快だった。


『俺が怒ってるのは、そこではない!ジュスト。俺が警告したの覚えているよな?ヴィペラに気をつけろって。

 光帝陛下は、お前が奴の手を退けられると信じていた。おかしいと思ったら、相談してくれると思っていた。俺もお前が頼ってくれると信じていた。

 もう一度言う。お前が操られて、グランデフィウーメの言いなりになったことを怒ってはいない。俺の忠告を聞かなかったことだ。光帝陛下…アニバル様も、お前が頼ってくれなかったことを悲しまれていた』 


 嗚咽をこぼすフィデルの背を、エクトルは撫でた。


『もう終わったことだ。ジュストであることを忘れて、今まで通り、フィデルとして生きろ。

 アニバル様はそう願われていた。光帝陛下は、お前を怒っていない』


『そんなことできない!謝りたかったんだ。ずっと、ずっと。そばにいたのに。会えたのに。なんで今ごろ思い出すんだよ…』


 フィデルは、エクトルの説得を聞かず、あらゆる職を辞して、シエロ教の神官になり、アニバルの墓守となった。


 水晶の棺を毎日拭き、花を供える。


 アニバルの安らかな顔を見るのがフィデルの日課となった。


『会いたいです。

 来世でまた会えますか?父さん』



 会いたい。


 会って、一言謝りたい。


 たった一言を。


 たった一言なのに。


 言えずにいる。



 フィデルの来世は、ルドの転生者と会うことはなかった。


 デスペハード帝国の皇子として生まれたが、幼少より前世たちの記憶があり、その生涯をルドの転生者探しに費やした。


 皇帝も、他のきょうだいたちも誰一人、彼を止めなかった。


 その頃もまだ、ジュストは蔑まれていたのだ。


 歳も取り、歩くこともままらなくなり、ルドの転生者は現世にはいないのだと絶望して、自ら命を絶ったのだ。


 来世ならきっと会える。


 そう思い詰めてのことだった。


 そんな保証はどこにもないと、他人なら言えただろうが、彼はそんなことを考えることはできないくらい、妄執してしまった。


 次の生も、変わることはなかった。


 現世もフィデルと名をつけられ、早いうちからジュストらの記憶があった。


 ルドの転生者を探す旅に出なかったのは、つい数十年前までリアムとして生きていたからだ。


『また会えなかった』


 諦める。つまり、来世に期待して、現世を生きることを諦めようかと考えることさえあった。


 亡霊ともいえるジュストの思いが、現世のフィデルを覆いつくしていった。

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