23話 暴君ルドの話19
ブルーノたちに穴堀りをさせている間に、敵は投石機を組み立てて、ゆっくり前に進んできたよ。でも部隊の三分の二はその場に留まったよ。
「魔法と矢の飛距離を避けて全軍突入はしないのでしょう。やつらの強みは野戦です。我々を引きずりだして、あの本陣に誘導し、叩くつもりでしょう」
将軍の読みにルドは頷いたよ。
「敵の援軍は来ていますか?」
「偵察隊を出しましたが、今のところその知らせはありません」
ルドは近隣の領主に兵を出せと通達していたよ。
プラテリアに集まった兵はルドが連れてきた約五千人、プラテリアが三千人、フォレスタ約四千人らしいよ。プラテリアは現役を退いたおじいちゃん兵とか腕っぷしの強い農民とかを集めて、総力戦の勢いだったと言われているよ。
すでに死傷者を出しているから戦える人は気持ち少ないと思われるよ。
追加でフォレスタの援軍が向かっているらしいけれど、間に合わなそうだね。なんとか敵兵の数は超せていたようだけれども、敵の軍隊の規模がわからないから援軍来られた上に、実は目の前のは先遣部隊で本陣まだでしたとか言われたら、ルドピンチだね。
「落とし穴の完成より投石機がこちらに来るのが早いですね。わざと通して、燃やしましょう」
「そうしましょう。魔法部隊と弓準備!投石機は一機のみ。恐るるに足りない。射程に入ったら火を放て!」
街の外壁から約百メートルほど離れた場所で投石機が止まったよ。
投石機先端から石が発射されて、壁に中って破裂したよ。石は通常投石機で使われるものよりも小さく何個も飛んできたんだ。野戦で敵が投げていたものよりも大きめだけれど、音も破裂も大きかったよ。
破裂音にルドはやっぱりと思ったの同時にまずいと思ったよ。
「今の投石機はよく飛ぶな!」
「は?」
将軍たちは何を言い出すんだと思うよ。
しかも投石機は三連射式だったから、三連発で爆弾が飛んできたよ。ほとんど壁に中ったけれど、壁の上まで飛んできたものが爆発すると破片みたいのが飛んで運悪い人やモノに刺さったよ。
「え、三連射?」
プラテリア領主と隊長が驚いたよ。北の砦にあったのは一発タイプだったらしいよ。
ルドは妙に納得しながら言ったよ。
「もしかして改良したのか見よう見真似で作ったのかもしれません。北の砦を落としたあと、投石機を奪ったのにどうしてすぐに攻めてこないのか疑問だったんです」
北の砦を落としたなら敵の守りが固まる前に全軍投入していれば、プラテリアは落とせたかもしれない。でも敵は数日砦付近に止まっていたんだ。
目の前、あるいは別の街の壁を克服するには、投石機が必要だと敵は考えたみたいだね。
奪っただけではなく、器用にも改良してしまったようだよ。
飛距離を調節するためか、投石機をさらに前に動かしたけれども、ルドはそれでも困ったよ。
さて、ここで問題です。
ルドがいる外壁から約九十メートルの位置に投石機があります。投石機の破壊方法を考えなさい。
味方の武器は剣、魔法、弓になります。
剣はどう頑張って投げようとも届かないので、選択肢から外しました。魔法と弓の一般的な飛距離は下記になります。
魔法の攻撃範囲 十メートル
注、マエストロ級の火の使い手は約一名が戦場恐いと駄々をこねたので、穴堀り要員の防御専念していて戦えません。
弓・ロングボウの場合の飛距離 五十五メートル
あらら距離の問題だと答えがでなそうだね。
「投石機を焼こうと思ったのに、まったく届かないですね!マグナスのときは矢の飛距離で十分燃やせたんだけどな。性能があがっているし、やっぱり千年前の知識は戦場では使えませんね」
のほほんとルドは笑っているよ。
「え?破壊できるから通したのではないのですか?」
エジリオはさすがに呆れているようだよ。あと五メートル投石機が前に来てくれればエジリオの魔法の攻撃範囲になるようだけれども、聖神使だから壁の外に出るなとルドから言われていたよ。
「あーごめんなさい。勉強不足でした。飛距離を聞かなかった俺もいけないわけだし」
この場にいた人たちは王についていっていいのか不安に思ったよ。
元々投石機を持っていたプラテリアは飛距離を知っていたけれど、ルドに言っていなかったんだ。プラテリア軍も投石機は矢の射程距離内のはずだと考えていたから、ルドのミスだけではないよ。
でもこの国の軍は元々報告連絡相談できていないよね。サラリーマンだったら、上層部がこんななのはこの会社大丈夫って不安になるよね。
この後ルドは有事の際は王が国の兵士の指揮権を持つと法と軍の規律を定めたから、情報の伝達もスムーズにいくようになったよ。
今はぐだぐだなのはプラテリアの隊長も理解していたから、頑張ってルドをフォローしたよ。
「砦にあった投石機は一発のものです。飛距離も長くなっているので、連中が改良したのでしょう。我々も想定外なので、陛下のご判断は間違いではありませんでした」
「やはり改良したのですね。
あの破裂する石。火をつけていますね。では弱点は水では?」
ルドは発見したようだよ。投げ込まれた火薬は壁の上に届くものもあれば、空中で破裂するのもあったよ。
火花や破片が降り注いで、しかも破裂音もするから兵たちはすでにへっぴり腰になっていたよ。
ルドは落下してきた火薬に水魔法で包むけれど、爆発したよ。導火線の部分に火がついたまま魔法をかけられたものは、火が消えて爆破しなかったよ。
ルドのやり方を見た魔法部隊は真似して魔法で火を消そうとしたよ。成功したみたいで、爆発しなかったものをルドは回収するように命じたんだ。
「さて穴堀りはどこまでできているのでしょうか」
火薬の対処法を見つけた味方の士気は戻り始めたよ。
「あの軍の規模ですとまだかかるかと」
将軍はしげしげと火薬を手にとって観察しながら言ったよ。
「そうですね。もう少しあの栗…いえ石をもらうことにしましょう」
兵士が火薬を持ってきて、木の実のようにたくさんとれましたって嬉しそうだよ。
ルドも一つもらって観察したんだ。焦げた導火線は植物のように見えたよ。
「エドモンド様。この焦げた部分を再生できませんか?」
「再生?なんでだ?」
「いただいたものをお返ししないと」
ルドの意図を汲んだプラテリアとフォレスタの隊長は、もっと拾えと命令したよ。
植物の魔法を得意とするエドモンドが導火線を再現すると、火の使い手に火をつけるようにいうよ。ルドは火のついた火薬を、ハシゴを持ってうじゃうじゃ下に集まってきた敵兵に向かって落としたよ。もちろん、壁からなるべく遠くに飛ばしたんだ。
落ちてくる火薬に敵兵もあわてふためいて逃げるものだから、味方の兵士は手を叩いて喜んだよ。
「陛下!危ないことをなさらないでください!」
外壁に投げ込まれた火薬はもう爆発しなくなったけれど、エジリオの怒りが爆発してしまったよ。
「だいたいどのくらいで破裂するか見ていたから…」
「いけません!」
ルドを真似しようとした兵が、手のなかで爆発させてしまったから余計にエジリオは怒ったよ。
「みなさーん。それ使わないでください!持って帰って研究しましょう。怪我した人は早く治療を」
ルドは全然反省していないよ。お土産お土産と連呼しているから、将軍もこの王は肝が据わってると見直したらしいよ。
コツを掴んだ兵士たちはポイポイ火薬を敵に投げていくよ。誰がどのくらい敵に当てられるゲームが始まったみたいで、砲丸投げのように遠くに投げたり、矢につけて飛ばしてみたり、兵士のみなさんは創意工夫をこらして敵に当てていたよ。
そのうち敵が投げてくる火薬の取り合いになったんだ。
「たくさん投げ込んでくれないかな。投げるの楽し…。おっほん」
ルドが火薬で遊んでいると穴堀りが終わったと連絡が入ったよ。火薬はもう効かないとわかったのか、今度は投石機に岩が積まれたよ。
「俺もそろそろ本気出すか」
ルドは遠いと愚痴りながら、約百メートル先の岩を凝視したよ。わずかに水を視てヒビを入れたよ。投石機か投げた瞬間にパカンと割れて途中で落ちたから、敵も驚いみたいだよ。
「エドモンド様。話していた毒の魔法をお願いします」
「え?ああ。どこに放てばいいんだ?」
「俺に向かって放ってください。みなさん少し離れて」
ルドが自分の周りに水を出して、小さな竜巻のようにくるくる回しながら、上へ上へ放つよ。エドモンドはその水に毒を放てと言われたから、その通りにしたよ。
ピンポンパンポーン。
この酸は食虫植物由来の成分で、エドモンドが魔法で生み出した完全オーガニックです。ご使用の際は注意事項をよく読み、誤って肌にかけないようにしてください。
ピンポンパンポーン。
ルドは敵の本陣と思われる後方の陣へ毒を含んだ水を浮遊させたよ。
敵の本陣の一番最後尾に毒の雨を降らしたんだ。
急な雨で、しかも最後尾の方しか降らないから、敵は何事かと空を見上げたよ。雨に打たれた肌が焼けるようにヒリヒリ痛んだんだ。
肌が適度に溶ける酸を含んだ雨を降らして、敵の領地へ逃げ帰らないように後方から落とし穴の方へ誘導しようとしたんだ。
雨を突破して北の砦の方角に逃げた兵もいたようだけれども、多くはルドたちのいる街の外壁へ前進したよ。
ルドはジュストたち穴堀りした部隊に穴を落とすタイミングを任せたよ。敵は投石機を放棄し、酸性雨に混乱して攻撃が止んでいたよ。ルドは矢で牽制するように命令しつつ、落ちる瞬間を待っていたよ。
敵の後方が外壁と約五十メートルほどの距離になったときに、敵の兵列の中央から突然地面が崩落して吸い込まれるように落ちていくよ。
穴は広がり敵兵の半分近くを飲み込んだんだ。地面が崩落する爆音と敵の悲鳴が街の中にも響いたというよ。
「マエストロが雨を降らしている!私もそこにいたかった!」
壁の覗き穴から作業をしていたブルーノの嘆きは、地面崩落の音にかき消されて誰も聞いてなかったらしいよ。
「ああ…」
プラテリア領主は陥没した地面を見て驚いていたよ。兵がジェンテ・デル・カヴァッロの言葉が話せる農民を連れてきたんだけど、敵の惨事を見た農民は怖がっているよ。ルドは申し訳ないと思って謝ったんだ。
「このようなところにお呼びしてすみません。俺がルークススペース国の王、ルドといいます。
ちょうど来てくれて助かりました。彼らに降伏を呼び掛けたいので訳してもらえますか?」
来てくれた農民は四十代くらいの男の人で、ジェンテ・デル・カヴァッロが住んでいる土地に放牧したり、薬草を取りにいくから、彼らと親しいらしいよ。
血縁で組織された集団を氏族というのだけれども、ジェンテ・デル・カヴァッロの中でもいくつか氏族に分かれていて、氏族の各テリトリーの中で移動して暮らしているんだ。もし他の氏族のテリトリーに入れば戦いになるらしいよ。
農民さんが仲がいいのは数年単位で定住する氏族らしいよ。今はプラテリア近くにいて、プラテリアの農民たちと関係を築いて困ったときは助け合いをして、温厚な氏族なんだって。
この戦いには参加していないけど、強くて数が多い氏族から仲間にならないかって、声をかけられたみたいだよ。
「陛下の仰った通り、その強い氏族がジェンテ・デル・カヴァッロをまとめて国にしたのでしょう」
将軍が言うとルドは確かめてからだとまだ断定は避けたよ。
「彼らにこう伝えてください。
戦うというならば、穴に落ちた人を土や水で埋める。降伏するなら落ちた人を助けよう。
我々の土地を攻め入る理由を聞かせてくれ。話し合おう」
くどくど難しい言葉で言っても、農民さんが訳すのが大変だろうから手短にしたよ。
通訳の農民さんに兵士何人かつけたよ。兵士は農民さんを守るためでもあるし、カンペ兼励まし要員だよ。ほら武装したたくさんの人の前で話しなさいって言われても、緊張して内容を忘れたり話せなくなるかもしれないでしょう?
兵には敵が降伏したら、将軍とか偉い人を縄で縛らないで丁寧に扱いなさいと命令したよ。
ルドは酸性の水を穴の上に留めて、通訳の農民さんと兵が敵陣へ向かうのを見守っていたよ。
農民さんは怯えながら一生懸命伝えてくれたみたいだけれども、敵の本陣はワーワー叫んでいるよ。
ルドたちは何を話しているか聞こえなかったけれど、受け入れていないなという感じがしたよ。案の定、伝令が敵は一人になるまで戦うと知らせてくれたよ。
ルドがふっと力を抜くと穴に向かって水がばしゃんって落ちたんだ。深い大きな即席プールができたよ。
ジェンテ・デル・カヴァッロは幼いときから馬に乗っているから乗馬は得意だよ。でも陸地で暮らす彼らは泳ぐ習慣がないから泳げなかったんだ。
しかもこの水は酸性だから痛いし、飲めば喉がヒリヒリしたよ。
バシャバシャと何千という人がもがいて、岸へと仲間を踏み台にしてあがろうとしていたよ。
もちろん落ちなかった人たちは助けようとして、ロープや槍を出して捕まれって叫んだけれども、ジュストたちがルドの想像以上に深く掘ったから長さが足りなかったよ。
ルドはさらに矢を本陣に向かって放てと言うものだから、フォレスタの隊長はもうルドを馬鹿にするのをやめようと思ったらしいね。
穴に落ちた仲間を助けたいけれど、敵の攻撃範囲内に本陣がいる。
長い銅鑼の音が鳴り響いたよ。
敵の将軍さんだかお偉いさんは、落とし穴に落ちた仲間を無視することにしたらしく、撤退を指示したよ。酸性雨は止んでいたから、逃げることはできたよ。
「仲間を捨てて逃げるのか!」
ルドは落とし穴の水を全部また宙に漂わせてから、細かい水の礫にして放ったよ。
敵陣から離れているし、魔法の威力とコントロールは落ちていたけれど敵に打撲と恐怖を付けられたようだよ。敵軍の全体に雨を降らすと蜘蛛の子を散らすように敵が瓦解したよ。そうしたらパタリと雨を降らすのをやめたんだ。
「降伏せよ!逃げなければ慈悲を与えてやる!敵の将軍を連れてこい!二度とこの地に足を踏み入れぬようにするのだ!」
ルドの後ろに控えていた将軍や隊長たちは、うちの王様はいつも穏やかだけれども実はめちゃくちゃ恐いんじゃないかと思ったよ。
エジリオはルドをやめさせるべく、近づこうとして、来るなって怒られたよ。ルドの周りには酸性の水がずっと漂っていたんだ。
「もう十分です。あとは兵に任せて、陛下はお休みください」
「あと一息だ。屈服させないとまた連中は来る」
「ここには陛下の直属部隊もおります。我々が負けるはずがありません。陛下のお身体が大切です。止めないのなら私が力ずくでお止めします」
ルドは魔法を消したよ。エドモンドはふらふらだったから、平然と城へ向かうルドは凄いなと思っていたよ。
ルドは大きなソファーがある部屋に通されて、エジリオと二人だけで話があると言って人払いをしたよ。
「腕を見せてください」
「エジリオ様には敵いませんね」
ルドは苦笑して甲冑を脱いで両腕を捲るよ。エドモンドの魔法を受けるときに少し酸を引っかけちゃって、甲冑の隙間から服に染みて肌がただれてしまっていたんだ。
ルドが自分自身に治癒魔法をかけられないのは秘密になっているよ。キアーラを治したことで、不治の病でもなんでも治せると多くの人に思われているから、自分を治せないというのは弱点になると考えて秘密にしたんだ。
ルドを気にくわない人が聞いたら、暗殺を考えるかもしれないからね。
エジリオに治癒魔法をかけてもらうと、眠くなってきたんだ。
「お休みになられたほうがよいのでは?」
「まだ戦いは終わってないのに寝るわけにはいきません」
「魔法を使われた上にお怪我をしたのです。身体は休息を求めています」
ルドは正直このままベッドに寝転びたかったから、仮眠をとることしにたよ。
十分くらい寝ていると伝令が来たよ。エジリオが聞いていたけれど、すぐにルドを起こしたよ。
「敵の王が降参を申し出ました」
ルドがプラテリア城に着いたときに決着がついたみたいだよ。落とし穴の人たちは体力つきて穴から出られないし、落ちなかった人たちは矢や魔法を受けて戦えない。
城門が開いて前からルークススペース兵が出てきたし、背後からも兵が来たから逃げ場がなくて降参したんだ。
敵の背後から攻めたのは、ルドがプラテリアに着いたときに壁の外に停止させていた国王軍だよ。
敵兵が逃げないように馬を没収して、ついでに火薬も全部とりあげたよ。後日ルドはこの火薬の研究をするように国王軍に命じたんだ。
ジェンテ・デル・カヴァッロの王という男の人は、大人しく椅子に座っていたよ。
ルドが丁寧に扱えと言ったから暴行していないし、縛ってもいないよ。黒髪で肌が茶色みがかっているジェンテ・デル・カヴァッロの王は若そうで、二十代後半から三十代前半に見えたよ。
ルドは通訳農民さんにお仕事を続投してもらいたいから、労ったよ。通訳農民さんは頬に擦り傷を作っていたから、手をかざして治してあげたよ。
「恐い思いをさせてすみません。しばらくお願いしますね」
「と、とんでもございません!」
ペコペコするからルドは安心させるように笑って、座るように促したよ。
農民が王と同じテーブルにつかないから、将軍たちは立たせようとしたんだ。
「彼は危ない目に合い、疲れているでしょう。話が長くなるかもしれません。それとも他に話せる人がいるのなら、代わっていただいても構いません」
こういうやりとりをしている間でも、ジェンテ・デル・カヴァッロの王様は黙ってこちらを見ていたよ。
将軍たちはルドに従って農民さんを座らせたよ。ルドはここにいる人たちの分の空のコップを用意するように護衛の一人に言ったよ。
ルドの前には、空の水差しと美しいガラス製のコップが置かれたけれども、ジェンテ・デル・カヴァッロの王様の前には木製のコップが置かれたよ。通訳農民さんにいたってはコップすら置かれていないよ。
ルドはテーブルについている人には全て自分と同じものにするように言ったよ。
全員同じガラスのコップが置かれると水差しに魔法で水を入れたよ。
飲んで見せてから、ジェンテ・デル・カヴァッロの王様と通訳農民さんに飲むように勧めたよ。通訳農民さんは綺麗なガラスのコップで、しかも王様が魔法で出した水だから飲んでいいのかと困っていたよ。
「ただの水ですよ。農民が綺麗な器で水を飲むなんて、なかなかない体験だからしておきなさい」
「は、はい」
通訳農民さんは恐る恐る一口含むと、ごくごく飲み干したよ。
「喉が渇いていたんです」
「そうだと思いました。ジェンテ・デル・カヴァッロの王に安全な水だから飲むように勧めてもらえますか?」
通訳農民さんはジェンテ・デル・カヴァッロの言葉を話したよ。ルドは聞いたことのない言葉だから、国の誰かに覚えさせた方がいいなと思っていたよ。
ジェンテ・デル・カヴァッロの王様はじろりとルドを見てから、ガラスのコップに手を伸ばしたよ。匂いを嗅いでから少し口に含むよ。ルドが安全ですよと飲んで見せたよ。
ジェンテ・デル・カヴァッロの王様が飲むと通訳農民さんのコップが空だから、護衛に注ぐように言うよ。
ルドの世話係は女性が多かったから戦場に連れて来られなかったよ。だからルドの世話は護衛たちがやっているよ。
「お酒の方がよかったかな?俺は酒を作る魔法が分からないから、飲みたかったら店で買うか教会に作り方を教えてもらってください。作るよりは買った方か早いですが」
通訳農民さんはルドの冗談に笑って、自分から話すようになったよ。
「自分でも作ってみようと思いまして、作ったことがあります」
「へえ。どうでした?」
「腐って酷い味でした。チーズは得意ですけどね」
「ああ、プラテリアには美味しいチーズがあると聞いています。前に来たときは時間がなくて食べ損ねたので、今回は食べられそうです。
おっとジェンテ・デル・カヴァッロの方を置いてけぼりにしてしまいました。今から言うことを彼らの言葉にしてもらえますか」
「あ、はい」
ジェンテ・デル・カヴァッロの王様の名前はね。あ、レナータ地方の言葉とは違うから違う響きがいいよね。考えていなかった。てへ。
キミは遊牧民といえばどこの国の人たちを思い浮かべる?元寇って例えたらわかった人も多かったし、モンゴルの人たちっぽい響きの方が馴染みあるかな?
ではそれでいこうか。
名前を使わせてもらうだけで、実際の元とかモンゴルの土地や風習とは全く違うから気をつけてね。キミの住む世界と実在する人物や団体とは違いますっていうやつね。
あ、有名なチンギスさんとフビライさんはやめてとくよ。モンゴルの人たちの英雄だから変に使うと張り手飛んできそうだし。なんで張り手って?強いお相撲さん多いんでしょう?ボクみたいな華奢な人が張り手食らったら死んじゃうし。
早く話を進めろって?はいはい。
ルドはまず自己紹介して、訳してと通訳農民さんを見たよ。
ジェンテ・デル・カヴァッロの王様はルドを睨みながら、胸を張って言ったよ。
ルドには彼の名前がどれで何と言っているのかさっぱりわからなかったよ。一区切りすると通訳農民さんがレナータ地方の言葉で話したよ。
「グユク族の名前はグチュルクというそうです。十以上の氏族をまとめて、北の…ツァー?えっとトナカイを持っている人々を自分のものにした、と言っています」
「北とはどの辺なのでしょうか?」
地図を持ってこさせて、グチュルクに見せたけれど、地図というものを初めて見たようだよ。
彼ら遊牧民は地形や夜の星を見て自分の位置を確かめるから、地図に記すという風習はなかったみたいなんだ。
グチュルクに地図の見方を教えると、身を乗り出して、通訳農民さんから地名を聞いては地図上の場所を確認していたよ。ただ通訳農民さんは日常会話の最低限しか言葉を知らなかったし、グチュルクのなまりまじりの言葉のせいで、半分以上わからなかったみたいだよ。
トナカイを持っている人々というのは継ぎはぎで訳してもらった言葉から推測すると、レナータ地方と北のエルスター地方の境付近に暮らしている人たちみたいなんだ。遊牧民ではなく定住して、小さな王国を築いていたのだけれども、グチュルクが多くの氏族と戦争し、配下にしながら新しい土地を探すうちにトナカイを持っている人々、長いからトナカイの民にするね、この国の王様を殺して配下にしたんだ。
グチュルクはさらに北を目指したけれども、冬の到来はレナータより早く、雪が積もるから進行を断念したようだよ。
北より暖かな南に行けばいいじゃないと思うでしょう。南にはルークススペース国があるから、グチュルクは戦いを避けたかったみたいなんだ。通訳農民さんみたいにプラテリアの農民と交流して、最近国になったルークススペースについて情報収集したよ。でも田舎農民が兵の規模なんてわかるわけがないんだ。
グチュルクは戦争したのは、多くの民を従えたかったのではなくて、単に牧草がおおい茂る豊かな大地を求めていたんだ。でもどこも草は枯れた土の大地だから、自分の氏族だけではなく、増えてしまった配下の民を食べさせていかなければならないから、プラテリア侵略を決断したらしいよ。
ルドはこの話を鵜呑みにするつもりはないよ。とりあえず一度グチュルクたちの住む土地を見ることにしたんだ。
「あなたたちが我が国から奪ったものを返して、今後略奪や侵略しないと約束すれば雨を降らしても構いません」
何度も通訳農民さんは言い直して、グチュルクになんとか伝わったようだよ。寛大なルドの態度にグチュルクは疑っているよ。
「グチュルク王が自分を殺さないのかと聞いています」
ルドはまっすぐグチュルクを見たよ。
「あなたたちが拉致した我が国の民にむごいことをしているのならば、相応の罰をあなたに受けてもらいます。
もしもそのようなことをしていないのなら、俺も国を興したばかりです。さまざまな困難があります。あなたもそうでしょう。敵よりも味方がほしい。あなたがたの馬の使い方はとても驚かされた。あの石も。よき隣人であってほしいと思います」
勝者は敗者に力を見せつけて従わせる。これはレナータ地方のやり方でも、グチュルクたちジェンテ・デル・カヴァッロも同じだったよ。ジェンテ・デル・カヴァッロは、敗者の氏族の長を馬で生きたまま引きずって見せしめにしたんだ。
だからまだグチュルクはルドに警戒していたよ。ルドは国を興した理由、理念だね、それを話したんだ。
ジェンテ・デル・カヴァッロは神々が大地と生命を創造したというルドたちの信仰はしていなくて、祖先を敬う風習があるよ。
ボクは日本のマンガやドラマで見たのだけれど、キミはするのかな?お墓や仏壇に手を合わせて死んだ人に日常の報告や、何かあったときに見守っててくださいってお願いするでしょう。そういう感じだよ。
ジェンテ・デル・カヴァッロたちも、死んだらこの世界とは違う場所、天国のようなものがあるとは考えていたんだ。
ルドはここを突破口に神々は天の国にいて、苦しみも悲しみもない場所なんだ、そういう場所を作りたいんだって話したんだ。
なんとなくわかってくれたみたいだよ。
「この考えにグチュルク殿も賛同してくれたら嬉しい。もちろん今すぐではなくていいから。まずはあなたたちのことを知りたい」
グチュルクも自分の民が生き残れる術があるなら、かけようと思ったようだよ。胸を二回軽く叩いて頷いたよ。
「了承の合図です」
通訳農民さんの言葉にルドは満面の笑みを浮かべたよ。




