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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第三章 ロラの話
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23話 ジュストの懺悔1

 きっとこれは悪夢に違いない。



 ユビキタスが魔法具の強制停止を行ったと魔法省から連絡が入り、場所はシランスの森だという。


 あの人は無事なのか。


 心配ていると、ランバートにいるマカレナが至急二人で話したいと言われ、あの日の恐怖と後悔が脳裏に蘇った。

 


 奇襲を受ける養父。


 養父を守ろうと必死に戦う、エトーレ。


 自分はその様子を見ていた。


 そう、ただ見ていた。


『ああ…嫌だ』


 呪縛が解けたのは、養父が倒れたときだった。


 血まみれで、全身にアザが広がり、骨と皮の身体。


 ボロ雑巾という言葉が浮かぶほど、酷い状態だった。


 彼を抱えて、主人を失いウロウロしていた馬にまたがる。


―――俺のせいだ。俺がしっかりしていなかったから。


 馬に乗って走ったのは僅かな時間のはずだが、時も景色も流れが遅く、永遠に感じた。


 待機していた皇帝の護衛騎士たちが異変に気づいて、皇帝たちの後を追ってきていた。


『ジュスト様!』


 血相を変えたロドルフォ・ビアンキが、速度を上げた。


 ジュストの後ろにはグランデフィウーメの兵がいる。


『…っ。全員、方向転換!グランデフィウーメが!グランデフィウーメが裏切った』


 護衛騎士たちは、馬を翻す。


 ジュストが抱えている人物を見て、みな悟ったのだろう。


 唇を噛み締めて、全力で馬を走らせる。


 追っ手は、すぐには来なかった。


 首都オリゾンテまで急ぐも、馬も長時間走れない。


 途中の皇帝派の貴族が多い街へ逃げ込んだ。


『何が…あったのですか?エトーレ様は?』


 皇帝の遺体をベッドに寝かすと、騎士たちは涙を浮かべながらジュストに詰め寄る。


『…エトーレは死んだ』


 それきり、ジュストは手で顔を覆い、伏せてしまった。

 

 皇帝が死んだ経緯も十分にはわからず、騎士たちは困惑しながらも、皇帝の遺体をそのままにはできず、布で包み、ある事に気がついた。


『指輪がない。奪われたから?』


 グランデフィウーメ領主も必死に探していたが、皇帝の指輪をルドは持っていなかった。


 騎士に何度か声をかけられたが、ジュストは後悔の渦に飲まれていた。


『一時間後に出発します。少し食べてくださいね』


 ロドルフォに、水の入った瓶でコツンと頭を軽く叩かれる。


 敵は近くに迫っている。


 後悔ばかりしてはいられない。


 早くフェデリーゴに知らせて、グランデフィウーメに報復しなければ。


 水を口に含み、固くなったパンを柔らかくして喉に流し込むと、そういえばと、ジュストはルドからもらったお守りの入った袋を逆さにする。


 コロリと手のひらに転がったモノに、ジュストは息をするのを忘れた。


 ルドが持っているはずの皇帝の指輪だったのだ。


『マッテオ父さんが作ったものじゃなかったの…?』


―――俺のせいだ。この指輪を俺に渡したから、父さんは死んだんだ。


 ジュストはその場でうずくまり、声を押し殺して泣いた。


『ジュスト様。どうして指輪を?』


 様子を見に来たロドルフォは、ジュストが皇帝の指輪を握り締めているのを見つけた。


 ジュストは半ば放心した様子で、ゆっくりと机に指輪を置く。


『最初の奇襲で、俺のお守りが壊れたから、マッテオ父さんが作ったお守りが入っている袋を渡された。袋の中身は知らなかった。まさか、指輪が入っていたなんて…。

 これは俺が持つべきものではないのに』


 ロドルフォはしばし黙って、指輪を見つめた。


 何故、自分の命が危ない状況で、当時最強の防御を誇る魔法具を、義理の息子に渡したのか。


 あの皇帝ならどうするか。


 指輪を掴んで、ジュストの手のひらにのせた。


『陛下がこれを渡されたということは、国を託されたということだ。いつまでも自責の念に駆られて、立ち止まるな!ジュスト・ルークススペース!

 仇を取り、陛下の志を引き継ぐんだ!』


『ああ…』


 ジュストは涙を拭いて、指輪を握りしめる。


『今すぐ帰還する!』






 しかし、ジュストを待ち受けていてのは誹謗中傷だった。


 裏切り者という者まで出てきた。


 実の弟のように思っていたフェデリーゴは、仇かのようにジュストを睨みつけた。


『俺が持つべきものではありません』


 ジュストが許しを請うように、頭を下げて差し出すと、フェデリーゴはふんだくるように王の指輪を取った。


『もう二度とお前を兄とは思わない』


 周囲の冷たい視線が注がれ、そこにはジュストの味方はいなかった。


 神使の間でも同じだった。


『陛下をお守りできずに、よくもこの場にいますね』


 ルドの葬儀のとき、神使グレータの剣幕に周りもたじろいていたが、元聖神使エジリオは違った。


『あなたは来るべきでした。義理とはいえ、あの方の子です。お父君を見送りましょう』


『…いえ、俺は来るべきではなかった』


『ジュスト様。それは違います。あなたは国を、陛下を懸命に支えていました。私はそのお姿を見ています』


 エジリオに付き添われ、献花の列に並ぶ。


 棺の前で膝を折り、呆然として動かない老人の後ろ姿にジュストは見覚えがあった。


『マッテオ父さん…』


『陛下も最期はお会いしたいだろうと、来ていただきました』


 エジリオのはからいで、マッテオもルドと最後の別れができた。

 

 とマッテオとルドの関係を知る者たちは考えただろう。


 マッテオの顔を見て、エジリオは不思議に思った。


 マッテオなら、ルドの死に号泣するだろう。


 しかし、彼は目を見開いたまま、ルドの遺体を見ていた。


『マッテオ?』


 エジリオが名前を呼ぶと、マッテオはビクリと身体を震わせて、我に返った。


『ああ…。ルドだって信じられなくて放心してた』


『そうですね。このような痛ましいお姿に…』


 教会の入口から慌ただしく兵士が入ってきて、フェデリーゴとステファノに何かを告げた。


『敵が…』


 二人の顔が険しくなる。


 ステファノがフェデリーゴから離れ、エジリオに耳打ちした。


『敵が迫ってきています。葬儀を早く切り上げてほしいのですが』


『わかりました』


 ステファノも長年仕えきた皇帝の葬儀をしきたり通りに進めて、故人を偲びたかったが、そのような時間はないようだ。


 ここには多くの政府の要人がおり、至急会議をする必要があった。


 普段の半分の速さで葬儀を済ませ、住んでいた神殿にルドは埋葬された。


 皇帝の死を嘆き、神殿の周りには多くの民が集まっていた。


 エジリオは葬儀後、大規模な追悼式を行うことにした。


 そこにはリクをはじめ、ルドを支持してきた神使や、カリーナたちもいた。


 ジュストも参列したが、裏切り者という噂が立ち、彼に声をかける者はいなかった。


 厳粛な追悼式の中、それを壊すように大きな音と共に教会が揺れた。


 パラパラと埃や天井が落ちてくる中、外から兵士が叫んだ。


『敵襲!』


 多くの人がまさかと思っただろう。


 ここは首都オリゾンテ。皇帝のお膝元に敵がいるなんて。


 グランデフィウーメへ寝返った貴族たちは、首都オリゾンテの防衛と見せかけ、兵や兵器の移動をし、ルド派が多く集まる追悼式を狙い、教会へ攻撃した。


 当時、教会への攻撃は避けるべきというのが暗黙の了解であったが、グランデフィウーメはルドを魔王とし、それを崇拝する悪の手先たちが集まっているという、大義名分(・・・・)を持って攻撃したのだ。


 二度目の投擲は鐘楼を破壊し、倒れて教会の一部にぶつかった。


 直撃を受けた部分の屋根は崩落し、弔問者たちを生き埋めにしたという。


 出口には人が殺到し、転んだ人の上を人々が踏みつけて逃げるも、つっかえて、もみ合いになり、なかなか外へ出られない。


『皆様、落ちついて。非常通路を開放します』


 幼少より戦士であったエジリオは、非常事態に慣れていた。


 たが、元聖神使の声でも、パニックを起こした人々には届かない。


 天井は次々と崩落していき、神使たちに促されてエジリオも通路に向かう。


『水の使い手たち!氷の壁を張って、天井の落下を食い止めるのよ!』


 カリーナの号令で、ルドが育てた使い手たちが天井へ魔法を放つ。


 エジリオも火を放ち、瓦礫の軌道をそらしたが、人々の避難が追いつかない。


 氷の膜が天井の瓦礫を受け止めるも、重みでミシミシと亀裂が入る。


 何重にも魔法をかけようとしていると、次の投擲が教会をかすめた。


『もう、この国は終わりだ』


『俺たち死ぬんだ』


 元奴隷や平民などルドの政策に恩恵を受けていた一部の人たちは、崩れ行く教会が自分たちの未来だと感じ、祭壇で祈りを捧げ始めた。


 逃げなければ、確実にこの人たちは死ぬだろう。


 エジリオは、力の限り叫んだ。


『諦めないでください。陛下は生まれ変わり、またこの世に現れる。人々を助けてくださる。一人でも多く生き、あの方の志を受け継いで戦うのです!』


 禁句でもある異教徒の思想、転生について語るエジリオに、隣にいたリクは止めなくてはと焦る。


 逆に止めなくてよかったのだ。


 止めたら異教徒の教えを口にしたとして、エジリオが罰せられてしまう。


 いや、そんな時間はなかったのだ。


 氷の壁が破れ、凶器と化した天井が落ちてくる。


 エジリオは少しでも瓦礫が落ちてこないところへ、人々を押していく。


『カリーナ様!』


 教会の中央で魔法を展開していたカリーナは、死を覚悟した。


 突き飛ばされ、転がる中バラバラと身体や頬に瓦礫が当たり、痛みを堪える。


 収まると立っていたところに大きな瓦礫が落ちており、血溜まりが広がっていた。


 瓦礫から手が見え、見覚えのある指輪に、カリーナは嘘だと思いたかった。


『エジリオ様!!!』


 カリーナの悲鳴に、片足が瓦礫の下敷きになっていたリクは急いで外そうともがく。


 そばにいた人々に救出され、リクは戦友のもとへ急いだ。


―――駄目だな。


 戦士でもあったリクは、戦友の死を理解した。


 エジリオを助け出そうとしている人たちを止めた。


『この場を離れるのが優先だ。みな、早く逃げろ!』


『しかし…』


 無数にある柱は傾いたものが何本もあり、この教会自体が崩れるのも時間の問題であった。


『俺がなんとかする。エジリオの死を無駄にするな。逃げろ!』


 エジリオを慕っていた信者たちは、涙を浮かべて次々とその場から離れる。


 カリーナは動かず、呆然とエジリオの腕を見ていた。


『あんたも逃げろ』


『私のせいで』


『カリーナ嬢のせいじゃない。あんたはよくやった。あんたが水の使い手たちを統率してなければ、俺らはもっと早く死んでいた』


 リクは、エジリオの袖を捲り、脈を確認する。


 そして、剣を抜いてエジリオの腕を切断した。


 リクは死を知りながらも、戦友が痛みでうめき声を上げてくれないかと願った。


 しかし、エジリオが声を上げることはなかった。


『何を…』


 カリーナが驚いている間、リクは落ちていた祭壇を覆っていた布で腕を包む。


『ちゃんと埋葬してやる時間があるかわからない。敵は指輪がなければエジリオと気づくことはないだろう』


 聖神使だったとはいえ、エジリオの顔は一部の貴族や市民しか知らない。


 聖神使を退いてから、人前にあまり立っていないため、その顔も忘れ去られただろう。


 神使を敵が見せしめで、吊るすことはないだろうが、敵方の聖職者を城外に吊るすのは中央(ケントルム)でも行われていた。


 エジリオの死を見せつけ、ルド派の貴族や神使の士気を下げるということを、グランデフィウーメがやらないとは限らない。


 ここで多くの神使が瓦礫の下敷きになっただろう。


 敵がここを占拠しても、瓦礫を退け、多くの神使の遺体を確認し、エジリオを見つけ出すのには時間がかかるはずだ。


 戦いの音が教会の外からしていた。


 教会内部を照らしていた灯りも倒れ、あちらこちら火災が起こっていた。


 エジリオや瓦礫の下敷きになった者たちをその火が焼くのは、時間の問題であった。


 敵が迫る中、市民の避難誘導をせねばならず、火災の消火する時間がない。


 カリーナも決断した。


 立ち上がり、足を引きずるリクへ肩をかす。


『行きましょう』


 攻撃からいくらも経たぬうちに、教会は炎に包まれた。


 教会が敵に占拠されることはなかったが、鎮火後、誰ともわからぬ身元不明の焼死体が大量に発見された。


 エジリオの遺体もその中にあり、再建された教会の下で被害者と共に眠っている。


 リクが切り落とした腕は、現代まで聖遺物としてオリゾンテ家が守っていくことになる。

 数話ジュストの回想編になります。久しぶりに出てくる人もたくさんいると思いますので、忘れている方もいらっしゃるかと。

 私も誰だっけと思って書いています。ふふ。

 ルド編の登場人物をご参考ください。

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