23話 ジュストの懺悔1
きっとこれは悪夢に違いない。
ユビキタスが魔法具の強制停止を行ったと魔法省から連絡が入り、場所はシランスの森だという。
あの人は無事なのか。
心配ていると、ランバートにいるマカレナが至急二人で話したいと言われ、あの日の恐怖と後悔が脳裏に蘇った。
奇襲を受ける養父。
養父を守ろうと必死に戦う、エトーレ。
自分はその様子を見ていた。
そう、ただ見ていた。
『ああ…嫌だ』
呪縛が解けたのは、養父が倒れたときだった。
血まみれで、全身にアザが広がり、骨と皮の身体。
ボロ雑巾という言葉が浮かぶほど、酷い状態だった。
彼を抱えて、主人を失いウロウロしていた馬にまたがる。
―――俺のせいだ。俺がしっかりしていなかったから。
馬に乗って走ったのは僅かな時間のはずだが、時も景色も流れが遅く、永遠に感じた。
待機していた皇帝の護衛騎士たちが異変に気づいて、皇帝たちの後を追ってきていた。
『ジュスト様!』
血相を変えたロドルフォ・ビアンキが、速度を上げた。
ジュストの後ろにはグランデフィウーメの兵がいる。
『…っ。全員、方向転換!グランデフィウーメが!グランデフィウーメが裏切った』
護衛騎士たちは、馬を翻す。
ジュストが抱えている人物を見て、みな悟ったのだろう。
唇を噛み締めて、全力で馬を走らせる。
追っ手は、すぐには来なかった。
首都オリゾンテまで急ぐも、馬も長時間走れない。
途中の皇帝派の貴族が多い街へ逃げ込んだ。
『何が…あったのですか?エトーレ様は?』
皇帝の遺体をベッドに寝かすと、騎士たちは涙を浮かべながらジュストに詰め寄る。
『…エトーレは死んだ』
それきり、ジュストは手で顔を覆い、伏せてしまった。
皇帝が死んだ経緯も十分にはわからず、騎士たちは困惑しながらも、皇帝の遺体をそのままにはできず、布で包み、ある事に気がついた。
『指輪がない。奪われたから?』
グランデフィウーメ領主も必死に探していたが、皇帝の指輪をルドは持っていなかった。
騎士に何度か声をかけられたが、ジュストは後悔の渦に飲まれていた。
『一時間後に出発します。少し食べてくださいね』
ロドルフォに、水の入った瓶でコツンと頭を軽く叩かれる。
敵は近くに迫っている。
後悔ばかりしてはいられない。
早くフェデリーゴに知らせて、グランデフィウーメに報復しなければ。
水を口に含み、固くなったパンを柔らかくして喉に流し込むと、そういえばと、ジュストはルドからもらったお守りの入った袋を逆さにする。
コロリと手のひらに転がったモノに、ジュストは息をするのを忘れた。
ルドが持っているはずの皇帝の指輪だったのだ。
『マッテオ父さんが作ったものじゃなかったの…?』
―――俺のせいだ。この指輪を俺に渡したから、父さんは死んだんだ。
ジュストはその場でうずくまり、声を押し殺して泣いた。
『ジュスト様。どうして指輪を?』
様子を見に来たロドルフォは、ジュストが皇帝の指輪を握り締めているのを見つけた。
ジュストは半ば放心した様子で、ゆっくりと机に指輪を置く。
『最初の奇襲で、俺のお守りが壊れたから、マッテオ父さんが作ったお守りが入っている袋を渡された。袋の中身は知らなかった。まさか、指輪が入っていたなんて…。
これは俺が持つべきものではないのに』
ロドルフォはしばし黙って、指輪を見つめた。
何故、自分の命が危ない状況で、当時最強の防御を誇る魔法具を、義理の息子に渡したのか。
あの皇帝ならどうするか。
指輪を掴んで、ジュストの手のひらにのせた。
『陛下がこれを渡されたということは、国を託されたということだ。いつまでも自責の念に駆られて、立ち止まるな!ジュスト・ルークススペース!
仇を取り、陛下の志を引き継ぐんだ!』
『ああ…』
ジュストは涙を拭いて、指輪を握りしめる。
『今すぐ帰還する!』
しかし、ジュストを待ち受けていてのは誹謗中傷だった。
裏切り者という者まで出てきた。
実の弟のように思っていたフェデリーゴは、仇かのようにジュストを睨みつけた。
『俺が持つべきものではありません』
ジュストが許しを請うように、頭を下げて差し出すと、フェデリーゴはふんだくるように王の指輪を取った。
『もう二度とお前を兄とは思わない』
周囲の冷たい視線が注がれ、そこにはジュストの味方はいなかった。
神使の間でも同じだった。
『陛下をお守りできずに、よくもこの場にいますね』
ルドの葬儀のとき、神使グレータの剣幕に周りもたじろいていたが、元聖神使エジリオは違った。
『あなたは来るべきでした。義理とはいえ、あの方の子です。お父君を見送りましょう』
『…いえ、俺は来るべきではなかった』
『ジュスト様。それは違います。あなたは国を、陛下を懸命に支えていました。私はそのお姿を見ています』
エジリオに付き添われ、献花の列に並ぶ。
棺の前で膝を折り、呆然として動かない老人の後ろ姿にジュストは見覚えがあった。
『マッテオ父さん…』
『陛下も最期はお会いしたいだろうと、来ていただきました』
エジリオのはからいで、マッテオもルドと最後の別れができた。
とマッテオとルドの関係を知る者たちは考えただろう。
マッテオの顔を見て、エジリオは不思議に思った。
マッテオなら、ルドの死に号泣するだろう。
しかし、彼は目を見開いたまま、ルドの遺体を見ていた。
『マッテオ?』
エジリオが名前を呼ぶと、マッテオはビクリと身体を震わせて、我に返った。
『ああ…。ルドだって信じられなくて放心してた』
『そうですね。このような痛ましいお姿に…』
教会の入口から慌ただしく兵士が入ってきて、フェデリーゴとステファノに何かを告げた。
『敵が…』
二人の顔が険しくなる。
ステファノがフェデリーゴから離れ、エジリオに耳打ちした。
『敵が迫ってきています。葬儀を早く切り上げてほしいのですが』
『わかりました』
ステファノも長年仕えきた皇帝の葬儀をしきたり通りに進めて、故人を偲びたかったが、そのような時間はないようだ。
ここには多くの政府の要人がおり、至急会議をする必要があった。
普段の半分の速さで葬儀を済ませ、住んでいた神殿にルドは埋葬された。
皇帝の死を嘆き、神殿の周りには多くの民が集まっていた。
エジリオは葬儀後、大規模な追悼式を行うことにした。
そこにはリクをはじめ、ルドを支持してきた神使や、カリーナたちもいた。
ジュストも参列したが、裏切り者という噂が立ち、彼に声をかける者はいなかった。
厳粛な追悼式の中、それを壊すように大きな音と共に教会が揺れた。
パラパラと埃や天井が落ちてくる中、外から兵士が叫んだ。
『敵襲!』
多くの人がまさかと思っただろう。
ここは首都オリゾンテ。皇帝のお膝元に敵がいるなんて。
グランデフィウーメへ寝返った貴族たちは、首都オリゾンテの防衛と見せかけ、兵や兵器の移動をし、ルド派が多く集まる追悼式を狙い、教会へ攻撃した。
当時、教会への攻撃は避けるべきというのが暗黙の了解であったが、グランデフィウーメはルドを魔王とし、それを崇拝する悪の手先たちが集まっているという、大義名分を持って攻撃したのだ。
二度目の投擲は鐘楼を破壊し、倒れて教会の一部にぶつかった。
直撃を受けた部分の屋根は崩落し、弔問者たちを生き埋めにしたという。
出口には人が殺到し、転んだ人の上を人々が踏みつけて逃げるも、つっかえて、もみ合いになり、なかなか外へ出られない。
『皆様、落ちついて。非常通路を開放します』
幼少より戦士であったエジリオは、非常事態に慣れていた。
たが、元聖神使の声でも、パニックを起こした人々には届かない。
天井は次々と崩落していき、神使たちに促されてエジリオも通路に向かう。
『水の使い手たち!氷の壁を張って、天井の落下を食い止めるのよ!』
カリーナの号令で、ルドが育てた使い手たちが天井へ魔法を放つ。
エジリオも火を放ち、瓦礫の軌道をそらしたが、人々の避難が追いつかない。
氷の膜が天井の瓦礫を受け止めるも、重みでミシミシと亀裂が入る。
何重にも魔法をかけようとしていると、次の投擲が教会をかすめた。
『もう、この国は終わりだ』
『俺たち死ぬんだ』
元奴隷や平民などルドの政策に恩恵を受けていた一部の人たちは、崩れ行く教会が自分たちの未来だと感じ、祭壇で祈りを捧げ始めた。
逃げなければ、確実にこの人たちは死ぬだろう。
エジリオは、力の限り叫んだ。
『諦めないでください。陛下は生まれ変わり、またこの世に現れる。人々を助けてくださる。一人でも多く生き、あの方の志を受け継いで戦うのです!』
禁句でもある異教徒の思想、転生について語るエジリオに、隣にいたリクは止めなくてはと焦る。
逆に止めなくてよかったのだ。
止めたら異教徒の教えを口にしたとして、エジリオが罰せられてしまう。
いや、そんな時間はなかったのだ。
氷の壁が破れ、凶器と化した天井が落ちてくる。
エジリオは少しでも瓦礫が落ちてこないところへ、人々を押していく。
『カリーナ様!』
教会の中央で魔法を展開していたカリーナは、死を覚悟した。
突き飛ばされ、転がる中バラバラと身体や頬に瓦礫が当たり、痛みを堪える。
収まると立っていたところに大きな瓦礫が落ちており、血溜まりが広がっていた。
瓦礫から手が見え、見覚えのある指輪に、カリーナは嘘だと思いたかった。
『エジリオ様!!!』
カリーナの悲鳴に、片足が瓦礫の下敷きになっていたリクは急いで外そうともがく。
そばにいた人々に救出され、リクは戦友のもとへ急いだ。
―――駄目だな。
戦士でもあったリクは、戦友の死を理解した。
エジリオを助け出そうとしている人たちを止めた。
『この場を離れるのが優先だ。みな、早く逃げろ!』
『しかし…』
無数にある柱は傾いたものが何本もあり、この教会自体が崩れるのも時間の問題であった。
『俺がなんとかする。エジリオの死を無駄にするな。逃げろ!』
エジリオを慕っていた信者たちは、涙を浮かべて次々とその場から離れる。
カリーナは動かず、呆然とエジリオの腕を見ていた。
『あんたも逃げろ』
『私のせいで』
『カリーナ嬢のせいじゃない。あんたはよくやった。あんたが水の使い手たちを統率してなければ、俺らはもっと早く死んでいた』
リクは、エジリオの袖を捲り、脈を確認する。
そして、剣を抜いてエジリオの腕を切断した。
リクは死を知りながらも、戦友が痛みでうめき声を上げてくれないかと願った。
しかし、エジリオが声を上げることはなかった。
『何を…』
カリーナが驚いている間、リクは落ちていた祭壇を覆っていた布で腕を包む。
『ちゃんと埋葬してやる時間があるかわからない。敵は指輪がなければエジリオと気づくことはないだろう』
聖神使だったとはいえ、エジリオの顔は一部の貴族や市民しか知らない。
聖神使を退いてから、人前にあまり立っていないため、その顔も忘れ去られただろう。
神使を敵が見せしめで、吊るすことはないだろうが、敵方の聖職者を城外に吊るすのは中央でも行われていた。
エジリオの死を見せつけ、ルド派の貴族や神使の士気を下げるということを、グランデフィウーメがやらないとは限らない。
ここで多くの神使が瓦礫の下敷きになっただろう。
敵がここを占拠しても、瓦礫を退け、多くの神使の遺体を確認し、エジリオを見つけ出すのには時間がかかるはずだ。
戦いの音が教会の外からしていた。
教会内部を照らしていた灯りも倒れ、あちらこちら火災が起こっていた。
エジリオや瓦礫の下敷きになった者たちをその火が焼くのは、時間の問題であった。
敵が迫る中、市民の避難誘導をせねばならず、火災の消火する時間がない。
カリーナも決断した。
立ち上がり、足を引きずるリクへ肩をかす。
『行きましょう』
攻撃からいくらも経たぬうちに、教会は炎に包まれた。
教会が敵に占拠されることはなかったが、鎮火後、誰ともわからぬ身元不明の焼死体が大量に発見された。
エジリオの遺体もその中にあり、再建された教会の下で被害者と共に眠っている。
リクが切り落とした腕は、現代まで聖遺物としてオリゾンテ家が守っていくことになる。
数話ジュストの回想編になります。久しぶりに出てくる人もたくさんいると思いますので、忘れている方もいらっしゃるかと。
私も誰だっけと思って書いています。ふふ。
ルド編の登場人物をご参考ください。




