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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第三章 ロラの話
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22話 願い

 あの時の悪夢は転生しても、見ることがあった。


 暴れる馬がいななき、馬車が蛇行する中、母が幼い俺を抱きしめて、何度も馬車の壁にぶつかっていた。


『逃げて。ロレンツォ!』


 母に言われるまでもなく、横転した馬車から押し出され、もつれる足で走る。


 母や父の悲鳴を振り切って。


 逃げて逃げて。魔物から隠れて。


 そこからあまり記憶はなく、暗い沼のようなところにいたような気がする。


 怖くて、怖くて。


 泣きながら震えると、あの人が優しく抱きしめてくれた。


 悪夢を見れば俺が寝付くまで、子守歌を歌ってくれるあの人。


『名前は?』


 うまく言葉がでなくて、頭が真っ白になった。


 もういないというのに、母の悲鳴が聞こえる。


 最期に呼んだ自分の名を。


『エトーレにしよう。どんな身分の子どもであれ、どんな理由であの道に一人でいたのであれ、誰かがこれから先お前のことをよくも悪くもいろんなことを言うだろう。

 自分自身に忠実な人間であれ。いいな?』


 本当の名前は覚えていた。


 それを名乗らず、忘れたふりをした。


 自分はエトーレ、あの人の子ども。


 そう思うことで、日に日に増す両親を見捨てて逃げてしまったという、自己嫌悪と己の醜さから目を背けた。


 成長するにつれ、母も父も、どんな顔をして、声をしていたか忘れてしまった。


 助けてくれたのに。

  

 あの暗い沼は、俺を離さなかった。


 言葉にうまくできなくて、泣きついてもあの人は優しく頭を撫でてくれた。


 両親の死から目をそらし、のうのうと生きている俺に生きていいと、何度も言ってくれた。


 他人の子どもなのに、幸せになってくれと。


 だから俺は、あの人も、あの人の転生者たちに幸せになってほしかった。


 前世たちだけではなく、現世も命を救われて、どうやってこの恩と思いを返せたらいいか途方に暮れたこともあった。


 そばにいて守りたかった。


 強くなれば守れる。


 権力があれば守れる。


 努力してきたけれど、あの人の現世は女性で、俺ではない、他の男を愛した。


 俺は心から愛している。


 でもあの人は、俺ではない男を選んだ。


 あの人を幸せにしてくれるなら。


 だから、身を引いたのに。


 あの男もあの人の子どもも死んだ。


 あの人を残して。


 あの人は独りが嫌いなのに。


 家族を失ったあの人は、きっと涙を流し、嘆き悲しむだろう。


 そして怒りに燃える。




 そう思っていたのに。


―――なんで…。なんで笑っているの?ロラ。

 


 



 ロラの目は赤く充血し、確かに泣いただろう。


 でも彼女は笑っていた。


 激しい違和感が、ラザールを駆け巡る。


「ロラ…」


「お待たせ。今の状況は?」


 ルドやアニバルのときのように、自然に聞いてくる。


「皇帝が北の将軍を連れて、こちらに向かっている。今日中には着かないだろう」


 前世の癖で、反射的に答えてしまった。


 ロラの目は鋭くなる。


北の将軍()の仕業?」


「認めたようだ。ランバート大統領も日程の調整がつき次第、シランスへ来る」


「そう。何か食べたいわ。魔法具を使っているとはいえ、走り回って治癒魔法かけていたから、疲れてしまったわ」


「食事を用意するから、少し休んで」


「ありがとう」


 部屋に案内すると、ソファーに座り、ロラは剣を抱えたまま目を瞑った。


 違和感が気の所為であるように、ラザールは祈りながらドアを閉めた。




 女はシランス邸を出た後、隠れるように街が一望できる小高い丘へ向かった。


 そこはシランスで有名な観光地にもなっており、人目を避けて、女は藪を掻き分けていると開けた場所に出た。


 ここからでもかろうじて、シランス邸にいる魔鳥の姿が見えた。


「間に合った?」


 聞き覚えのある声に警戒感もなく女は振り返ったが、想像していたのとは違う姿の馴染みに数歩下がった。


「あなた首…」


「あっこれ?彼女に斬られた。本当に驚いたよ。精神体モードのボクに斬りつけるなんて」


 よいしょっと言いながら、腕に抱えていた頭を元の位置に戻す。


「…昔から思っていたけど、ハチャメチャね。テッラ」


「テッラか。その呼び方もキミくらいしかしないね。

 昔っていつ?三千年くらい前?」


「そうね、そのくらいね。エトーレの転生者と話せたけれど、私の思いが届いたかはわからないわ」


「何度も転生してる彼らに、顔と名前を覚えてもらえばいいのに。お友だちはボクしかいなくなっちゃったじゃないか」


「あの人たちは転生するけど、死ねるから私とは違う。一度死ぬのと、何千年もの間生きているのとは意味が違う。

 あの人たちでも、私のことを化け物と言うでしょうね。あなたの言う通り、コルネリアの転生者と理想を分かち合いたいと思ったことはあるわ。でも彼女は指導者。私と願いが同じでも、人を導く方法が違う。なんとなく、邪魔してはいけないと思ったの。

 ああ、それに、あなたを友だちとは思ったことはない」


 友だちというほど、この者のことを知らない。

 

 会うのは決まった時代や場所ではなく、いきなり現れてはすぐに消えてしまう。


 生まれも育ちも知らない。


 ただ、この世界ではないところから来ているということはわかった。


 女は、彼女自身も親がつけた名前を忘れるほど、長い長い年月を生きている。


 いつの頃か現れて、テッラと名乗り、女に近づいてきた。


 何百年も何千年も同じ姿だったから、女と同じ不死者かと考えた。


 本人は違うという。


 ならば神かと思ったが、どうやら違うらしい。


 まったく違う価値観で話し、異なる文明を知っている。


 不死者。


 身を焼かれても、胸を刺されても、いつの間にか傷が再生してしまう。


 殺そうにも、テッラに触ろうとしても触れなかった。


 まったく自分とは別の能力を持った存在。


 彼女のような存在は、ハイドランジアを探してもいなかった。 


 初めて死んだときに、身体の成長は止まってしまったようで、外見は少女のままだった。


 不死者ゆえ、長年同じところに住んでいれば、周りの人たちに怪しまれるため、数年単位で移動している。

 

 つい数十年前までは、神使として各地を回り、お布施ももらって生活資金にできた。


 現在は、信仰が薄い地域も多くなり、そういう暮らしはやりにくくなってきた。


 各地を回る中、転生する者がいると知って、女は嬉しかった。


 遠い過去を語れる者たちがいる。


 しかし、転生者は死に、長い眠りにつく。


 女は死なない。いや死ねない。


 この心を理解できる者はいないだろう。


 何故自分だけがと気が狂いそうになったが、これは神々の思し召しだと考えることで不死を受け入れた。


 それでも、女は孤独だった。


 だから、時空を越えてくるこの者はいい話し相手になっていた。


 そう、ただの話し相手。


「冷たいなぁ。友だちいないって寂しくないの?」


「別に。あなたこそ、近頃、お話をしていないじゃない」


「今の世の中はやりづらいんだよ。人々は映像魔法具に夢中で、リアルコンタクトが重要ではないし、失われるものも記録されれば十分だと考える。

 英雄も英雄で、後の世に語られる英雄は生まれにくくなっている。

 世の移ろいは早く、英雄も流行りとして消費される。そうなると、心弾まないんだよね。だから、過去の英雄たちの話ばかり繰り返し語ってしまう。

 リアムが生まれ変わったと聞いたから、急いで来たのに。

 主婦のほのぼの日常生活なんて、誰もお話聞きたがらないよ。しかも、家族を追って自殺しようとするしさ。

 もっとこう…感情揺さぶられて、主人公が成長していく物語がいいよね」


「まさか、あなたが奇襲に加担してないでしょうね」


 女に睨まれて、テッラは肩を落とした。


「してないよ。語り部がシャシャリ出ちゃったら、興醒めでしょう?あくまでも傍観者でいるつもりだったけど、彼女が自殺しそうだったから止めたの。あとは干渉しないよ。

 キミは珍しく干渉したね」


 女はシランス邸へと視線を移した。


「私の歌は、暴力や戦争の前では無力だから」


「キミは偉いよ。人類を思って、奉仕活動するし、なんだかんだ、裏切ったヒトたちを助けようとするし。ボクだったら気が狂うよ」


「さすがに、私を火炙りにした人たちは助けなかったわよ。

 思ったんだけど、あなたって、若く見えるけど、結構年いってるでしょう?寝たきりで、精神を飛ばして、異世界旅行を楽しんでいるとか?」


 テッラのように冗談を言ったが、返答がなかった。


 急にいなくなるのはよくあることで、長時間精神を異次元に飛ばせないのだろうと女は解釈した。


 精神を飛ばせる時間も短くなっているようだ。

 

 あの異世界人も、いつかは肉体が滅びる。


 でも彼女は滅びない。


 ハイドランジア(この世界)が滅びない限り。


 いつの時代も人は死に、戦争や悲劇だらけだ。


 人々を励まし、歌い続けた。


 それしか自分にはできないから。


 今回、エトーレの転生者と接触したのは、ロラが壊れてしまうのではないかという危機感からだった。


 ロラはユビキタスという、恐ろしい兵器にもなる魔法具を操れる。


 そして、シエロ教という宗教の神である。


 宗教が人を盲目にし、異なる考えの人々を弾圧してきたのを嫌というほど見てきた。


 ロラは人類の恐怖の神にならないか。


「どうか、杞憂でありますように」


 世界が悲しみの歌で溢れないように。


 そう願いながら、不死者は今日も人知れずに歌う。

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