21話 熟考
ロラはどうやったら、コルネリアの全ての子孫を殺せるか考えた。
前世たちが各地域で生まれたことから、ハイドランジア大陸全土に血筋は散らばっていると言っていいだろう。
家系を辿って殺していくのは面倒だ。
全人類を殺した方が楽かもしれない。
どうすれば、全人類を殺せるのか。
世界に影響力のある帝国を利用した方がいいが、その力ゆえ、反発する国や勢力との衝突は避けられない。
なら逆に、反対勢力も手中に収めればいい。
帝国も反帝国勢力をどうやって操り、人間を殺し、最終的に潰していくか。
前世たちが国のトップであったため、いかに数多の人間を殺すものが何かをよく知っている。
まずは飢饉、そして病。
原子爆弾のように広範囲に殺傷する兵器は開発されておらず、現時点のハイドランジアでの戦争兵器による死者は、餓死者や病での死者より少ない。
人は食べなければ生きていかれないし、治療方法のない感染症が流行れば多くが死ぬ。
「帝国の研究機関で、生物兵器の研究をしていると聞いたことがあるわね」
やはり、帝国を手に入れるのが必須のようだ。
神の言葉を信じる盲信者たちもいるから、これらも使えそうだ。
あとは、便利で豊かな暮らしを支える魔法具の利用できなくする。
そうすれば、多くの経済活動にダメージが出るだろう。
失業率の増加で政権不信になり、暴動が起きて、多くの国が政情不安になる。
帝国の冬は寒いし、魔法具がなければ多くの世帯で冬を越せなくなる。
食物の生産には魔法具が欠かせないため、供給量が激減し、食糧不足にもなる。
これで北の地の人口は、かなり減らせる。
しかし、魔法具の停止を早期に行えば、ロラの目的がばれて止められる可能性が高い。
それに…。
急に肩を掴まれて、思考が途切れた。
頬から血を流している女友だちが、ロラの肩を揺さぶっていた。
「ロラ!しっかりして!」
「あ…。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。家族が死んでつらいのはわかる。みんな怪我してるの。フォンテーヌ先生たちはここにいないし、手当てできるのはロラしかいないの!手を貸して」
この村の人たちは、ロラのように絶望せず、生きようとしている。
この人たちもコルネリアの血を引いているかもしれない。
ここで殺しておいたほうがいいか。
それとも、家族を殺された恨みを持たせ、帝国といがみ合う関係にすべきか。
この世に失望し、死をいとわない生きる死兵。
―――使えるかもしれない。
「…ラザールが兵を派遣してくれてるみたい。みんなにそう言って落ち着かせて。
怪我人はどこ?一つのところに怪我人を集めて」
兵士がくると聞いて、友人は安堵した表情になったが、すぐに暗い顔になった。
ジャンの実家を出ると、友人は墜落した飛行魔法具を避けるようにして通る。
無事だった人たちは、強張った表情のまま飛行魔法具を破壊していた。
「私の目の前で、急に飛行魔法具が急に落ちたの。でもお父さんは、撃たれて…」
友人の父親は、ロラが駆けつけたときは息絶えていた。
近くには遺体にすがりついて泣く、血だらけの母親がいた。
「お母さん。ロラを連れてきたから…」
女友だちは父の死に涙を浮かべながら、今生きている母親を助けようと抱き起こした。
ロラは剣を握り直すと、友人に警戒が浮かんだ。
「ロラ。その剣」
「これ、魔法具なの。杖みたいなものだから、怖いかもしれないけど」
「う、ん。ちょっと見たことあるなって。賢王様の剣みたい」
「ああ。これ。リアムの剣だから」
「え?」
ロラは水魔法で女友だちの母親の傷口を水で洗い、流血部分を確認した。
剣をかざして治癒魔法を発動すると、傷口が塞がっていく。
「傷は塞いだけど、血は戻ってないから貧血に気をつけてください」
「ありがとう」
女友だちの母親は真っ青な顔していたが、休めば問題なさそうだった。
その頃、負傷者や無事だった人が情報を求めて、村の中心に集まってきた。
「何が起こったんだ」
「早く逃げたほうが…」
「警報聞いただろう?近くの村もやられたんだ。下手に逃げたら、魔物のエサだぞ」
みな不安な顔をしている。
ロラは息を大きく吸って、村人たちに向かって叫んだ。
「シランス議員の夫人に村の襲撃を連絡した。こちらにランバート兵が向かっている。
攻撃が止んでいる今、怪我人の救助を優先。重症者を私のところに連れてきて!」
みな、我に返り動き出した。
アーチュウもロラの家から戻ってきて、怪我人の手当てや運搬をしていた。
村の中心にいた人たちの被害が大きく、飛行魔法具は中心地から同心円状に広がって襲撃したようだ。
あらかた手当が済むと、ロラは通信魔法具をポケットから取り出してラザールにかけた。
「ロラ!無事か!」
「私は平気。村の半分が殺された。そっちはどうなってる?」
村人たちも情報を求めて、ロラの周りに集まってきた。
「今、確認しているけど、飛行魔法具を撮影できる?帝国のものか確認してみるから。俺もそっちに向かう」
帝国がと、村人たちに動揺が走る。なぜ何もない辺鄙なこの村を攻撃したのか、みな疑問だろう。
「ラザールはそこにいて。皇帝に色々聞かなきゃいけないだろうし、私がそっちに向かう。
フーはどこにいるかわかる?」
「ロラの魔力を感じたみたいで、森へ飛び立っていった。
フーに乗ってくる?」
「その方が早い。他の村の状況がわからない。こちらの治癒は済んだけど、他の村はまだだと思う」
「わかった。兵に伝えておく。一応、飛行魔法具持ってきてくれる?
帝国に話すのに、現物あったほうがいいし」
「ねえ。なぜ、北の将軍が、こんなことやったかわかる?」
「…ごめん。そこまでは。将軍が指示したかはわからない。テロリストに武器が流出した可能性も捨てきれない。
ただ、彼はマニュス様を敬愛していて、中央を統一したのはコルネリア様ではないと発言したことがある。
光帝陛下の生まれ変わりは、みな男であると信じているようだから、女の生まれ変わりは認めていないのかもしれない。ただそんな理由で、ランバートへ攻撃しないだろう。管轄違うし、中央に近いんだから南の将軍が気づくはずだ」
「各将軍もルドが生まれ変わってることは、知ってるってことね。南もグルってことはない?
…やっぱり私を狙った襲撃だったのかしら。でもランバートへ攻撃したことになるわけだし、戦争でもしたかったのかしら」
アーチュウたちは、転生者?と聞きたそうにしていたが、ロラは無視した。
「俺も狙いがわからない。将軍自ら指揮をしているのか、一部が暴走しているのか。今、皇帝が調べているから。
確かなのは皇帝が襲撃を指示しているわけではない。本人とは魔法具で話した。そこは信じて」
「…わかった」
ロラは通信魔法具を切ると、じんわり汗ばんでいるのに気がついた。
フーが近づいてきているようで、森の木々が大きく揺らいでいた。
ロラは村人たちの視線を感じていた。
「みんな、落ち着いて聞いて。攻撃してきた魔法具は、帝国が絡んでいる可能性があるの。ランバート以外の兵が村に入らないよう、村の防御壁を作動しておいて。
私は、飛行魔法具を持って、ラザールと一緒に皇帝に確認してくる。犯人は必ず捕まえて裁くから、無闇に帝国人を攻撃したりしないで」
リアムっぽいことを言い、村人を信用させる。
効果はあったようで、村人たちは落ち着いてきた。
同い年の馴染みとして、ロラが帝国の皇帝と話すということに、アーチュウは困惑していた。
「なんでロラが?その剣といい、お前を狙ったってなんなんだよ」
「私が帝国の始祖、ルドの生まれ変わりであり、リアムの生まれ変わりであるから。
もしかしたら、私の前世に恨みを持つ者の犯行かもしれない」
ロラは村人たちに見せるように、剣を軽く持ち上げた。
「まさか、ロラが賢王様の?」
「そんな。賢王様の生まれ変わりを殺そうとするなんて」
ざわざわと広がる動揺の中、空がかげった。
灼熱の鳥が頭上を旋回している。
「フー!ここ!」
「ろら!」
翼を木や建物に引っ掛けないよう、広場にフーが降りてきた。
「どうしたの?ちのにおいが、たくさんするよ。ろらはだいじょうぶ?」
「私は大丈夫。でも家族が死んじゃった。敵のことを調べたいから、ラザールのところまで乗せてくれる?」
「おれりあ、いないの?」
「うん。いないよ」
オレリアが生まれたとき、フーは妹ができたと喜んでいた。
リアムの息子であるユベールのときも、弟だと言っていたから、フーは血縁という考えを理解していないようだ。
しなしなと頭の飾り羽がしなだれて、フーが悲しんでいることがわかる。
ロラは涙が込み上げそうになりながら、フーによじ登り、鞍にまたがる。
「アーチュウ。ジャンとオレリアを頼んでいい?」
「ああ、うん」
ロラはもう一度剣を抜いて、切っ先を空に向ける。
「みんなの恨みは私が晴らす!だから待ってて!」
「おお!!!」
ロラがリアムの転生者だと懐疑的な人たちも、雰囲気に飲まれたように歓声を上げた。
空高くフーが舞い上がると、ロラはこれでいいと自分に言い聞かせる。
―――村人たちの信用は得られた。村人の中から、私を深く信用し、死兵になりそうな人を探す。
飾り羽が元の位置に戻ると、フーはいつもの調子でロラに話しかけてきた。
「らざーるのおうちにいけばいい?」
「うん。お願い」
「わかった!」
リアムのときのように、ロラはフーを撫でるが、その心の中は慈しみではなかった。
―――フーも使えるわね。穀倉地帯や食糧の保管庫を燃やせば餓死者が出る。各地域を攻撃するなら、他の魔鳥を刺激しないように慎重にやらないといけないわね。
でもそれは最終局面。まずは同志を増やさなくちゃ。
一人では人類を滅ぼせない。
なるべくロラの思惑を悟られないようにしなければ、人類滅亡を阻止しようとしてロラを殺そうとする人たちが出てくるだろう。
―――死んでもいいけど、今は駄目。転生してしまうから。
計画が失敗し、処刑されるのはいい。問題は来世だ。
ロラの計画が中途半端に成功して、飢えや病が蔓延する時代に転生するのは、お断りである。
もし、ロラの転生者が現れたら問答無用で処刑するという国際ルールでも作られたら、人類を消すどころか人間らしく生きることもできなくなるだろう。
やるならば、徹底的に滅ばさなければ。
遠目で、シランスの街並みが見えてきた。
まずは襲撃の犯人を捕らえる。
ラザールの顔が浮かんだ。彼に自分の計画を話すべきか。
―――いや、今話したら止められる。あの子のことだから、私が何をするのにもついてこようとするだろうが、優しいあの子は、私の計画に賛成しない。
帝国を手に入れるには、彼を使うか…。それよりも、ジュストの転生者がいいかもしれない。ルドへ罪の意識がある。それに漬け込む。
ロラではなく神として、振る舞わなければ、帝国を乗っ取れない。神らしく、神らしく…。
フーの姿を望遠鏡で確認すると、ラザールは落ち着きなく、バルコニーをくるくると歩き回っていた。
「なんて声をかけたらいいんだろう。大丈夫かい?って大丈夫なわけないし。通信の感じだと、リアム様モードで気丈に振る舞っているけど、絶対に泣いてるし」
「彼女は泣くのを通り越して、心が乾いてしまっているわ」
誰もいないはずの背後から女の声がして、ラザールは驚いて飛び上がりそうになった。
長い金髪の女はどことなく、ロラに似ていてラザールはどきりとする。
「…誰だ?」
「私のことを話している時間はないの。彼女の言葉通りに受け取らないで。負の感情で、世界を飲み込もうとしている」
澄んだ歌声のような女の声に、ラザールは不思議とすんなり言うことを受け入れられた。
「なぜそんなことを知ってる?」
「知り合いに聞いて急いで来たの。私は伝導者。忘れ去られた記憶を歌い、後の世に広めることで、争いのない、喜びに溢れる世界を目指してきた。
でもこのままでは、彼女のせいで悲しみに満ちた世界になってしまう。だから止めて。時を超えて、彼女と共にいた人だから、あなたの声は届くはず」
ラザールに警戒の色が浮かぶ。この女は現世も前世たちも見たことがない。
なのに、自分たちのことを詳しそうだ。
「君は誰?」
「カントル。人はそう、私のことを呼んだわ」
灼熱の風が吹き付けて、ラザールは空を見上げる。
フーがこちらに向かって降りてきた。
「君は…」
振り返るとそこに女の姿はなかった。
「ラザール」
慣れた様子でフーから降りてきたロラへ駆け寄ると、ラザールは胸騒ぎがした。
「ロラ…」
名を呼ばれたロラは、強張った頬を懸命に動かした。
「色々手配してくれてありがとう。心配させてしまったわね」
声は震えていなかった。
でも黒く濁った心を隠して、うまく笑えているだろうか。




